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白石さんピンチです。 前編

 6月になった。

 1983年の6月は俺にとって...いや俺達家族にとって忘れる事が出来ない月。

 前回の時間軸で、じいちゃんが体調を崩したのが6月だった。


 数ヶ月前から注意深くじいちゃんの体調に気を付けていたが、数日前に風邪をひいてしまった。


 狼狽える俺を心配した由香は、お父さんにお願いして総合病院での検査入院を手配してくれた。


「大袈裟じゃのう、心配せんでええ単なる風邪じゃ」


 そう言って、最初は取り合わなかったじいちゃんだが、俺が何度もお願いし、ようやく聞き入れてくれた。


 なにしろ前回の時間軸では、そのまま心臓の疾患が見つかり、長期の入院となった経緯がある。

 以前からじいちゃんの健康維持に細心の注意をしてきたつもりだが、心配でならない。


 ばあちゃんも最初は余り心配してなかったが俺の様子を見て、病室に泊まり込む事となった。


「それじゃ僕帰るから、じいちゃんをお願い」


 ばあちゃんに頼んで病院を後にする。

 今日の検査は、思ったより結果が良かった、一安心。


 時刻は午後8時を少し回っていた。

 今日も補習授業を休んでしまったが、由香が課題と授業内容を教えてくれる、本当に感謝しかない。


 病院を出て、最寄りの駅に入る。

 ホームで俺は見慣れた女の人を見つけた。


「杏子ねえさ...」


 声をかけようとした声が止まる。

 杏子姉さんの隣に、見知らぬ男が居るではないか。


 誰だ、薬師兄さんじゃない。

 高校生?いや大学生かもしれない。

 杏子姉さんには男兄弟はいないはずだ。


 2人は楽しそうに談笑していた。

 男は何度も杏子姉さんの手を繋ごうとしている。

 しかし、杏子姉さんは男の手を何度も振りほどいていた。


 そのまま電車に乗り、並んで話す様子は完全なカップルだ。

 薬師兄さんは知っているのだろうか?

 遠巻きに2人の様子を見続ける。


 電車が駅に到着し一足先にホームへ降りる。

 後から階段を降りて来る二人、杏子姉さんを改札まで送ったら、男はホームに戻り次の電車に乗るようだ。

 改札で男は突然杏子姉さんを抱き締めた。


「あっ!」


 思わず声が出る、杏子姉さんは俺に気づなかない、驚いた表情で男を振りほどき改札を走り去った。


 呆然としながら走り去る杏子姉さんを見送る。

 抱き締めた男を見ると、先程までの照れた顔を止め、ニヤリと笑った。


 その笑顔は好きな人に対して見せる物ではない。

 獲物を狙うかの様な、情欲に満ちた表情に思えた。


 どうした物か...

 薬師兄さんが杏子姉さんを好きな事は知っている。

 杏子姉さんも薬師兄さんの事は好意に近い感情を持っていると思っていた。

 なんにしても、先程の様子だけでは詳しく分からない。


 また何か大変な事に首を突っ込む事になったのかもしれない。

 翌日、由香と学校へ向かう道中で昨日の出来事を話してみた。


「...大変な物を見ちゃったね」


 由香も浮かない顔をする。


「薬師兄さんの事が頭から離れなかったよ」


「そうよね、浩二君が見た男は一体何者かしら?」


「高校生にしたら少し身体が大きいと感じたよ」


「体格だけじゃ分かんないよ」


 そう言って由香は考えている。

 確かにそうだ、見た目だけなら佑樹は中学生に見えない。

 順子姉さんも、どう見たって二人は成人。

 逆に兄貴はどう見ても中三に見えない、小三でも通じる。


 祐一は?

 アイツは男に見えない、どう見ても...困ったもんだ。


「杏子さんに直接聞くしかないわね」


 バカな事を考えている俺と違い、由香は真剣だ。

 杏子姉さんは由香にとって昔からの知り合いだけに放置出来ないのか。


「直接聞くの?」


「浩二君は実際に見たんだし、変な勘繰りを入れるより、ズバリ聞いた方が相手の事含めて分かると思うんだ」


「どう聞いたら良いかな?」


「それはまた考えましょ」


 一旦話を終わらせ、学校に着いた。


「浩二君、由香ちゃん、おはよう!」


 校門で待ち構えていた祐一は元気に手を振る、可愛い奴め。


「おはよう祐ちゃん」


「おはよう祐一。

 毎朝待ってなくても良いぞ、教室に入れば同じクラスなんだし」


「でも早く浩二君に会いたかったんだもん!」


「祐一、いつも言ってるだろ誤解を招く言い方は止めなさい」


 二年から俺と由香の同じ特進コースの仲間になった祐一。

 編入試験をパス出来たのは祐一を含めて四人、特進クラスは34人になった。


「ハイハイ2人共、早く校舎に行くわよ」


 少し呆れ声の由香。

 そのまま特進クラスが入っている校舎に入り、佑樹と花谷さんの二人に廊下で合流した。


「おはよう由香」


「おはよう和歌ちゃん!」


「オッス浩二。今日も祐一を巻き付けての登校か?」


「おはよう佑樹、祐一を巻き付けるって良く分からないぞ」


 巻き付けるとはなんだ?

 祐一が俺の首に両腕を絡ませているだけではないか。


「佑樹おはよう。寂しかったら一緒に巻き付いてあげようか?」


「勘弁です」


 佑樹め、祐一からせっかくの申し出を断ったな?


「おはよう浩二君、祐一君」


「おはよう孝君」


「おはよう孝」


「由香おはよう」


「おはよう瑠璃ちゃん」


 青木孝と川井瑠璃子さんも加わり、七人で時間一杯お喋りを楽しんだ。

 そして迎えた昼休みの学食、昨日見た杏子姉さんの話になる。


「...信じられねえな」


「そうよね、私も佑樹と同じよ」


 薬師兄さんと杏子姉さんを知る佑樹と花谷さんも意外な表情を浮かべた。


「僕は白石さんや薬師さんを知らないけど、珍しいことでもないんじゃない?」


 一人、祐一だけは事態が飲み込めないみたいだった。


「だって薬師さんって人と、白石さんって人は付き合っている訳じゃないんでしょ?」


 祐一の意見は第三者視線でなら正しいのだろう。

 しかし昨日、男が見せたイヤな笑顔がどうしても気になってしまう。


「なら張り込んでみるか?」


 佑樹が呟いた。


「張り込むの?」


「そうだよ、昨日浩二は普段帰らねえ時間の電車に乗ったんだろ?

 また今日も同じ時間の電車に乗る可能性が高いはずだ」


「そうよね先ずは私達も確認したいし、由香どう思う?」


「そうよね、私も確認したいわ」


「また結果を教えてね!」


 祐一だけ帰る方向が違うので来る事が出来ない。

 残念そうな祐一だが仕方ない。

 そんな訳で、補習授業を終わってからクラブの終わる佑樹達を待って一緒に帰る事に決まった。


 乗り換えの駅で時間を潰し、改札の陰に隠れて杏子姉さんが表れるのを待った。


「おい、あれじやねえか?」


 目の良い佑樹が人波の一団を指さす。

 俺と由香には分からない。


「本当だ、杏子さん男と一緒よ」


 次に花谷さんが見つける。

 しばらくして俺と由香も見つける事が出来た。

 佑樹達のお陰で杏子姉さんに気付かれる事なく、後をつける事が出来たのだ。

 俺達四人は杏子姉さんと同じ電車に乗り、見失わないよう隣の車両から二人を見張った。


「...成る程、浩二の言ってた通りだな」


 小さな声で佑樹が呟いた。


「白石さんの様子は少し警戒してるみたいに見えるわ」


 花谷さんも二人を見ながら呟く。

 杏子姉さんは密着しないよう男との間に鞄を挟み、距離を取ろうとしていた。


「そうね...昨日浩二君が見た感じではカップルみたいだったんでしょ?

 そう見えないわね」


 杏子姉さんの様子に由香も気づいた様だ、確かに昨日のような感じではない。

 杏子姉さんからは男に対する不信感のような物を感じた。


 電車は駅に到着する。

 俺達は急いで電車から降り、改札口近くで佑樹と俺、花谷さんと由香の2グループに分かれて杏子姉さん達を待った。


 しばらくすると杏子姉さんと男が昨日と同じように改札に向かって来る。

 男はそれとなく杏子姉さんに近づこうとするが、素早く身をかわし男に手を振って、急ぎ足で帰っていった。


「...どうやら今日は何も出来なかったみたいだね」


「そうね。あの男も残念そう、ざまあないわ」


 由香と花谷さんは安心し、杏子姉さんの後を追う。

 他に危険が無いか、杏子さんが自宅に帰るまで見守るのだ。

 花谷さんは今日の為、剣道部から木刀を携行している、安心だ。


 杏子姉さんと男の関係は分からない、どうやら恋人とかではないらしい。

 佑樹も納得した様子で頷く、これなら杏子姉さんから男が何者か聞きやすい。


「チ!!」


 舌打ちが聞こえた、男からだ。

 顔を見ると、怖い顔で杏子さんの消えた方向を睨んでいる。


「アイツどうしたんだ?」


「分からない」


 突然の豹変に驚く佑樹、俺も訳が分からない。

 男は俺達に気づかず、少し大きな声で独り言を呟いた。


「お高くとまりやがって...さっさとヤらせろ...クソアマが!」


 男は唾を吐き捨て、ホームに戻って行った。


「...浩二、今の聞いたか?」


「はっきり聞こえたよ」


 由香と花谷さんが居なくて良かった。

 怒りを滲ませる佑樹、俺も同じ気持ちだ。

 大変な事が杏子姉さんに起きようとしている。

 絶対手遅れになる前に片付けなくては...


 佑樹としっかり頷いた。



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