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ある男の半生。

あるところに1人の男がいた。

地方の田舎で長男として産まれたその男は正一と名付けられた。

古い男尊女卑が強く残る地域だ。

都会から嫁いで来た男の母親が我慢出来るものではなく母親は自分の実家に帰ってしまった。

3歳の正一を嫁ぎ先に1人残して。


時が過ぎ男は高校へ進む。

高校は親元を離れての寮での生活。

男の父親はすぐに後添いをもらい男が中学校2年生の時に弟が出来た。

しかし弟が出来た事で継母による男へのいびりが始まった。頼りの父親は完全に継母側であった。

必死で勉強を続け特待生となり学費免除でこの高校に進んだ。

寮で相部屋のもう一人の相手は優しそうな眼鏡をしていた。

たちまち2人は親友となる。

親友の淹れるコーヒーに男は心を奪われた。 


やがて高校卒業となる。

親友は大学に行かず世界的な有名ホテルにシェフ見習いで就職する。

男は医学部に進んだ。大学でボクシングをしながら青春を謳歌した。


卒業後研修を無事終えた男は精力的に働いた。

経験を積むため大学病院や大きな総合病院を渡り歩いた。

そんなある時男はアメリカ研修に行く。

その先で一人の女性と出会った。

女性の名前は川井純子。


2人は恋に落ちる。やがて男の研修が終わり日本に帰って来た。その後女もアメリカでの大学生活を終えて2人は再会を果たした。

その後も順調に交際を続けやがて2人は結婚する。

男は妻を愛していた。妻も男を愛していた。

妻は男の好きなコーヒーを美味しく淹れる為に毎日毎日練習した。

男が病院にいる間も何度も練習した。

試行錯誤の末に満足出来たコーヒーを男に出した。


『うまい』


男の一言で妻の苦労が報われた。

やがて夫婦に子供が出来る、産まれてきたのは可愛い女の子、瑠璃子と名付けられた女の子はお父さんが大好きな娘に成長した。


3歳になり娘は名門と言われる幼稚園に通い始める。

同じ園で大好きな男の子が出来たと聞いた時少し嫉妬したのも夫婦の内緒話だ。


それから数年後、男はある医療分野で注目を浴びるようになる。

最初は雑誌の記事から始まり、やがてラジオやテレビにと男は出るようになった。

男の家族の生活は一変する。


忙がしい病院の勤務に加えてのテレビ出演。

テレビ出演を抑えて病院勤務に集中すれは良かったのだが、テレビで大切な情報を皆さんに教えているという充足感が勝ってしまった。

家に帰る事が減り、娘の誕生日やクリスマスパーティー等毎年家族で祝ったイベントも男は参加しなくなった。


その一方有名になった事で男の周りにはたくさんの人が集まるようになった。

皆が『先生は素晴らしい』と褒め称えた。

ますます男の帰宅は減って行く。

気がつくと娘は男に全く懐かなくなっていた。


その淋しさを紛らわすかのように男は遊び初めた。

元来真面目で学生時代から勉強しかしてこなかった男だ。

たちまち堕落していった。

浮気を繰り返しても最後には許す妻。

男の感覚は麻痺して行った。


ある日浮気相手の看護師が言った。


『先生、私赤ちゃんが出来たみたいです』


男は歓喜した。

(今度の子育ては失敗しない昔の瑠璃子のようにそしてずっと子供は俺に懐かせる)と。


男は妻に初めて離婚を迫った。驚く妻は拒否をする。しかし男が放った一言。


『女に子供が出来た。今度の結婚は失敗しないぞ』


強烈な一言だった、茫然とする妻から離婚届けにサインをさせると男は役所に提出した。

浮気相手の女は妻と娘の住む自宅に住もうとした。

しかし自宅は元々妻の家族が贈ってくれたものだから奪う事は出来なかった。



男の浮気相手の子供は残念な事に流産してしまった。

(また子供なんか仕込めば良い)

気楽に考えた男だが浮気相手は執拗に再婚を迫った。


そんなある日予定より早く男が勤務を終えて浮気相手と暮らす自宅に帰って来た。

そこで見たものは裸で抱き合う男女だった。


本来なら感情が爆発するところであるが男は妙に冷静にそして納得した。

『妻の地位が欲しかったから再婚を迫ったのか』

『早く子供が欲しかったから浮気したのか』と


逆上した浮気相手が襲ってきたが男は冷静に相手の男を殴り2人を紐で縛り上げた。

2人の話は男の予想を超えていた。


元々この2人は付き合っていて浮気相手の男と思っていた方が本命だと知った。

前回の赤ちゃんも男の種では無く、結婚して後から離婚をでっち上げ財産を狙った事を2人はベラベラ先を争うように話した。


男は冷静なつもりだったが恐ろしい顔をしていたらしい。

全ての話をテープに録音すると男は裸の2人を縛り上げたまま挨拶に行った事のある浮気相手の実家の玄関前に叩き出した。

録音したテープを女の背中に貼り付けて。


男はまた妻とやり直せば良いと思った。

優しい妻の事だ、少し強く出れば何とかなると。

離婚して元妻だが男の中ではまだ妻だった。


何度か妻に電話をした。最初は妻に名前を名乗るだけで電話を切られた。

何度目かの電話で懐かしい娘の声が聞こえた。

ろくに話は出来ないまま妻に電話が代わった。

妻は会うこと了承した。男はシメタと思った。


(これでやり直せる)と


久し振りに帰ってきた我が家。

男は実感した、

[ここは俺の家]だ。

玄関で家族と再会した。

2年振りに見る妻は少しやつれていて娘は大きく美しくなっていた。

隣に見たような少年がいた、どうでもいいから同席を了承した。


久し振りに妻のコーヒーを飲み男は確信する。

『間違いないこいつは俺を待っていた、必ず俺を許す』と。

しかし妻の答えは完全な拒否だった。


男は身体中の血が逆流するのが分かった。

怒りで妻の胸ぐらを掴む、横から娘が止めに入って来た。


(お前が俺を拒絶したからこうなったんだ!)


今まで1度も家族に暴力を振るった事は無かった男だったが理性を失った今は止まらなかった。


突然現れた少女(実は男の子だが)に腕を固められ床に叩きつけらた。

続いて現れた別の少年が男に言った一言。


『あなたが捨てたのです』


(捨てた?俺が?)


更に追い討ちをかける妻の言葉。

男は項垂れながら立ち上がる。


『二度と顔は出さん』


リビングを出ようとした時、先程の言葉を言った少年がいた。

男はその少年の目が激しい怒りを隠している事を察する。


(こいつは危険だ!)


気がつくと全力で男の子を殴っていた。


後の事は余り覚えていない。

気がつくと警察に捕まっていた。

急に恐くなり自己弁護もしたが全て無駄だった。


起訴され裁判となり判決が出た。

幸いな事に執行猶予が付いた。

すぐに医師として復帰を模索する。

しかし全ての病院で採用を断られてしまう。


開業医するとしても開業するだけの資金も無く銀行融資を申し込むが無駄であった。


進退窮まった男は大学時代の恩師を頼った。

結婚の時には仲人をして貰うなど一番お世話になり一番迷惑をかけた人だった。

恩師は怒りでも憐れみでも無くただ昔のように優しい目をして男を自分の研究室に入れてくれた。

近況を伝え打開策を相談する男。

話を聞き終わった恩師は


「君はとんでもない方達を敵に回したね」


そう言うと一冊のパンフレットを男に渡した。


[国際協力事業団 海外医師派遣]そう書かれていた。


「先生、私は医師として日本にはいられないのでしょうか?」


「分かりません」


「それなら私は闇の世界で生きて行きますか」


自棄気味に男は言った。


「そうなると、あなたは娘にも会えなくなりますが?」


悲しそうに男を見る恩師。

娘の名前の<瑠璃子>を名付けてくれた事を思い出す。


「君がもう一度立ち直るなら私は全力で応援するよ。じっくり考えたまえ」


そう言うと恩師は部屋を去って行った。

男が海外派遣を了承したのは1週間後だった。


それから数ヵ月が過ぎ、男が海外に発つ日の朝が来た。


男は空港に向かう前にタクシーをある家の前に停めて車の中から家の中を窺った。


妻と娘が見えた。


元気に笑う妻と娘の顔が。出会った頃の明るかった妻の顔が娘の小さかった頃が

結婚式、娘を初めて抱っこした日、男の誕生日のお祝いをしてくれた事等、次々頭に甦る。

もう全て帰らない。


「俺は何を間違ったのか.....」


男の脳裏に少年の言葉がまた聞こえた。


『あなたが捨てたんです』


「俺が捨てたのか」


男の目から涙が止めどなく溢れた。




同日、ある屋敷の日本庭園にて。


「今日あの男が日本を出ますぞ」


「そうですか色々ご苦労おかけしましたな」


「いや儂は大した事はやっとりません」


「ご謙遜を、しばらくは安全ですな」


「いつまであの男を海外に?」


「この橋本喜兵衛の目の黒いうちは許しませんぞ」


じいさん達の話は続いた。



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