順子姉さんの決意
季節は進み年が明けて2月のある日。
「失礼しました」
職員室から出てた浮かない顔の女生徒。
岸島中学校2年十河順子である。
今 彼女が職員室にいた理由は高校進路について担任の先生と相談の為だった。
彼女の手には先日塾で受けた模試の結果が握られていた。
まだ教師や塾の講師には志望校を具体的に決めてない事にしていたが彼女の志望校は決まっている。
『学芸大学附属高校に行たい』
しかしそれは不可能に近い挑戦となる。
募集人数が毎年50人で昨年度の偏差値は75、競争倍率16倍と言う数字であった。
「『無謀だからやめなさい。』か」
先程担任に言われた言葉を呟く。
「だからって『はいわかりました』とは言えないのよね」
順子は廊下を小走りで教室に帰っていった。
彼女が学芸大学附属高校に挑戦する事を決意したのは浩二が襲われたあの事件から始まる。
知らせは事件の起きた翌日、唯からの電話であった。
「え?浩二君が?どこの病院?病室は?」
「落ち着け、今は面会謝絶だ」
「ゆ、有一君はどうしてるの?」
「うむ、学校に来ていた。だが顔は真っ青で倒れてしまいそうだった」
「.....」
「今 有一の家に行くのは止めておけ、有一の家も今は大変でそれどころじゃない」
「唯、私は何をしたらいいの?」
「今は浩二の意識が戻るのを祈るしかない。
有一の事は我々が見るから」
「分かった、唯、お願いします。
志穂と美穂にも宜しく言っておいてね」
本当は志穂達の家にも電話をしたかったが志穂達の従兄弟である由香の気持ちを考えると電話等出来ない順子だった。
幸いな事に浩二の意識が戻った知らせを受けたのも唯からの電話だった。
いつもならどんな些細な事でも有一から電話があるはずだが
事件以来順子の元に有一からの電話は1度もない。
「もう大丈夫だ。有一安心したのか昼休みに寝ながら泣いていたぞ」
嬉しそうな声で報告する唯の電話に淋しさを覚える順子。
淋しさは尚も続いた。
お見舞いに山添家に行った時に由香も偶然来ていた。
「良かった、本当に良かった」
「ありがとう順子姉さんにも心配かけたね」
そう言っている浩二の傍に寄り添う由香の姿を見て有一を励ます事も出来なかった自分を比べ情けなくなるのを感じていた。
そんなある日、唯と橋本姉妹にお礼の為に喫茶店に来てもらった際に唯が言った。
「順子、このままで良いのか?」
「え?」
「このまま高校も有一と別の学校に進んで良いのか?」
「でも有一君は学芸大学附属高校に...」
「分かってますわ、有一様は私達と同じ高校に進むでしょう。
でも順子、あなたはそれで良いのですか?」
志穂からも順子に投げられる言葉。黙り込む順子。
「私も今回の事で分かりましたわ、有一様が本当に励まして欲しいと思っていたのは順子、あなたですわ」
美穂の言葉に息をのむ順子。
「勘違いしないでくれ、私達は諦めていない。
だが順子も私達と同じ舞台に立って欲しいんだ」
唯の言葉に頷く志穂と美穂。
「同じ舞台に?」
「そうだ学芸大学附属高校に来い」
普通に考えれば無謀な言葉である。
しかし唯達の言葉に返す事が出来ない。
「私達も協力致しますわ、後受験まで1年4ヶ月死に物狂いで挑戦しませんか?」
3人の真剣なまなざしに順子の決意は固まった。
「分かりました。これから私、十河順子は死に物狂いで勉強するわ」
こうして順子の受験生活は始まった。
順子の当初の偏差値は65、普通に考えればそれなりの高校に行く事は可能であるが目指す学芸大学附属高校には到底届かない。
まずは順子は来年度4月に始まる塾のコースを難関国立高校進学に入る事を目標に据えた。
[必ずみんなに追い付いてみせる]
そう決意する順子だった。