目覚め
ここは?
目を開けると白い天井が見えた。
初めて見る部屋、左手を誰かに握られている。
首を曲げて確認しようとするが首に何か巻かれているみたいで曲がらない。
次に体を起こそうとする、しかし体が強張ったみたいにうまく動かない。
何より下半身に違和感が...
やっとの思いで上体を少し起こす事が出来た。
「浩二?」
手を握っていた人が俺の名前を呼んだ。
その声、もちろん誰か直ぐに分かった。
「母さん...」
「浩二!気がついたの?分かる?私が分かる浩二!」
「母さん落ち着いて、分かるよ、だからお母さんでしょ」
みるみる母さんの目に涙が浮かんで来る、やがて大量の涙が流れ出した。
「浩二!!」
一際大きな母さんの声が部屋に響いた。
「山添さんどうしました!」
その声に白い服を来た女性が部屋に入って来た。
頭に白い何か乗ってる、(あれなんだっけ?)
俺はそんな事を考えていた。
「浩二が!浩二が!」
「奥さん落ち着いて下さい。すぐに当直の先生をお呼びしますから」
白い服を着た女性は俺の枕元にあるコードがぶら下がった握り棒を握り丸いスイッチを押した。
『はいどうしました?』
突然天井から女性の声がする。
「407号室山添浩二、意識回復されました。先生をお願いします」
女性は驚く俺の顔を見たまま冷静に話した。
『了解しました。すぐ先生に連絡します』
再び天井から声が、どうやらさっき押したスイッチはインターホンで部屋全体が受話器になっているんだな。
ようやく落ち着いてきた俺は状況を確認する。
ここは病院、白い服を着た女性は看護師さんだ、頭のあれはナースキャプだったかな?
それにしても下半身に違和感が。少し体をずらそうとする。
「あ、まだダメです。先生がいらっしゃるまでそのまま、そのまま」
看護師さんが俺の体を軽く押し留める。
「そうよ浩二おとなしくしなさい」
看護師さんの後ろで少し落ち着いた母さんも言う。
さっきまで大声出してたくせに。
「はい、失礼します」
白衣を着た中年男性が別の看護師を連れてやって来た。
眠そうな目を擦りながら俺に話しかける。
「君名前は?」
「山添浩二です」
「生年月日と年齢は?」
「1970年3月3日生まれ、49歳です」
「49?」
後で母がびっくりした声を出す。
「いえ今は12歳です」
「今は?」
「お母さんまだ記憶が混乱しているのでしょう、大丈夫ですよ。
それじゃ最後の質問だ、君に何が起こったか覚えてるかな?」
「はい、僕はあの日、顔を殴られて頭を打って気を失いました。後の事は覚えてません」
覚えてる限りの事を医師に話した。
「分かりました。お母さん、ちょっといいですか?」
「はい」
医師は母さんと部屋を出て行く、別室で簡単な説明を受けるのだろう。
いかん落ち着いたら下半身の違和感が堪らん。
俺は恐る恐る布団の中に手を入れパジャマから自分のあれに手を伸ばす。
「あれ?」
「どうされました?」
「いえあの...」
明らかに狼狽する俺の態度を見て看護師さんも何かを察した様だ。
「先生に聞きますからね」
「はい、お願いします」
しばらくして医師は戻って来た。
「先生、カテーテルを抜いてもいいでしょうか?」
「うん?あ、良いよ取ってあげて」
そう言い残し先生は出ていった。
「はい分かりました」
そう言うと看護師さんは半透明のゴム手袋をする。
(まさか?)
「はい失礼します」
瞬く間に布団を半分捲る。俺から看護師と下半身は見えないが恥ずかしさは変わらない。
次にパジャマを降ろされ露出した感覚が。
「あの!自分でやりますから」
「残念ですが内部に傷をつけてはいけませんので」
やっぱりダメか。
「どうしたの浩二?あらっ!?」
何で母さんこのタイミングで帰って来んの?
「ごめんね浩ちゃん、お母さん見ないからね」
(いや見ないじゃなくて、部屋を出て行って!)
そう言おうとしたとき。
ズリュ
「ギャー!!」
とんでもない痛み信号が俺のアレの先から発信された。
「はいもう大丈夫ですよ」
看護師さんは慣れた手つきでパジャマと布団を戻しカテーテルと尿の入った袋を一緒に持って出ていった。
母が俺の脇の椅子に座る。
何となく気まずい物を感じる。
下半身のアレもまだ違和感が残っている。
「良かったね浩二、今日精密検査受けて異常が無かったら土曜日には退院できるのよ」
「今日?母さん今一体何時なの?」
「そこから時計が見えなかったのね、今は夜中の2時過ぎよ」
「そうなんだ、カーテンが暗いから夜だとは思ったよ」
そうか、意識を失ったのが昼過ぎだったから10時間近く寝ていたんだな。
「良かったわ、本当に良かった。3日も起きないから心配で心配で」
「3日?」
言われてみれば、体の強張りもあるが、3日間も眠っていたとは驚きだ。
「そうよ3日間意識が戻らなかったのよ」
「母さんごめんね心配かけて」
「本当よ、由香ちゃんの事も考えてこれからは行動しなさい」
母さんは泣き笑いしながら言った。
「由香は?」
「毎日朝と夕方来てくれたわ、今日も夜の9時まで付き添ってくれたのよ」
そんなに遅くまで?
由香に対して申し訳無い気持ちで一杯になる。
「そっか、家族だけじゃなく由香にも迷惑かけちゃったな」
「何言ってるの浩二、川口君や花谷さん、清水さん達も毎日家に電話してくれていたのよ。
『浩二君どうですか?』って毎日毎日」
母さんはまた泣き出した。
俺も申し訳無さとありがたさで涙が出る。
少し体を曲げて母に背を向けて涙を拭った。
「今、由香ちゃんに電話したわよ」
母さんがびっくりする事を言う。
「今夜中の2時過ぎだよ」
「夜中でも明け方でも電話する約束なの。
あの子は橋本さんの娘だけど私の娘でもあるのよ!」
「え?」
「そういう事よ。由香ちゃん電話にすぐ出たわ。電話の向こうで大声で泣き出して最後は嗚咽するからなかなかお話し出来なかったけど。
今日の朝6時に由香ちゃんのご両親と一緒に来るって」
「由香の両親も?」
「由香ちゃんのお父さんお医者様だから詳しく聞きたいんでしょうね」
由香だけじゃなく、由香の家族にまで心配を掛けてしまった事に益々申し訳無さが...
「さ、早く寝なさい。朝にはお父さんやおじいちゃん おばあちゃん そして有一も来るから」
安心させようと優しく笑う母さん、俺も寝ようとするが結局寝付けないまま朝を迎えるのだった。