やっと見つけた!
「今何時だ?」
俺は枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。
目覚ましのライトのスイッチを押すと液晶が時刻を光って教えてくれる。
5時54分か、俺は横で眠る妻を起こさないようにベットを降りる。
トイレをを済ませたら素早くパジャマから外着に着替える。
「おはようラッキー」
頭を撫でながら首輪にリードを着けて散歩セットを確認したら玄関ドアを開けて散歩に出発、
「ああ、今日も良い天気だ」
柴犬のラッキーは尻尾を振りながら軽く走る。
柴犬のラッキーとは変わった名前だ。
子供が名付けたんだが俺はハチか太郎がよかった。
40分余り散歩をして自宅に帰る。
郵便受けから朝刊を取り玄関で犬の足の汚れを丁寧に拭きとり、新聞を持ってリビングに行く。
妻はもう起きていた。
「おはようあなた」
「おはよう律子」
妻は俺にコーヒーを淹れてくれる。
新聞を読みながらコーヒーを飲む。俺の毎朝の習慣だ。
「昨日あなた宛に同窓会のお知らせが来ていたわよ」
「大学かな?」
「中学校って書いてあったわよ」
「仁政から?」
「仁政ってあなた岸島中学校でしょ?」
「そうだったな」
『浩二君』
どこかで聞いた懐かしい声がした。誰だろう決して忘れてはいけないこの声!
(どうしたんだ頭が痛い!)
「あなた!」
意識を失った。
「久し振りだな浩二」
目の前に大人の兄貴がいる。
大人?
当たり前だ、兄貴は今年50歳だ。
「兄貴元気そうだな」
「ああ、いつまでも落ち込んでられないよ」
「今日はどうした?」
「実は再婚を考えているんだ」
(再婚?結婚していた?あ、そうか兄貴はあいつと結婚していたんだな)
「あ、そうなのか?相手は?」
「お前を知っている人だよ」
「俺を知っている?」
「紹介するよ」
そこにいたのはとても綺麗な女性だった。
歳は40代くらいか、大きな目に通った鼻筋。
大きな体で見事なプロポーション若い頃はさぞ美人だったろう。
「お久しぶりです浩二さん」
間違いない、この人は。
「順子姉さん..」
「浩二覚えてたか、小中学校一緒だった西山順子さんだ」
「嫌だ私もう西山から籍を抜いたから十河に戻りましたよ」
「そうだったな。どうした浩二?」
「西山って?籍を抜いた?」
「順子さんは若くしてご主人を亡くされ
遺された子供さんを一人で育てられたんだ。
そのお子さんも成人されたので自分のご両親の介護をされる為にこちらに帰ってこられたんだ」
「そうなんです。そして子供が結婚したので籍を十河に戻したの」
「そうだったんですか?」
「まさか私の初恋が40年以上してから実るなんて」
「知らなかったよ」
「お互い子供だったからね」
「俺が、俺が2人を応援していれば!」
『浩二君』
(ぐ!また頭が痛い!)
「どうした?おい!浩二!!」
また意識を失った。
懐かしい地元の商店街を歩いていた。
30年前は賑わったアーケードが今は店よりマンションが目立つ。
駅から離れた商店街は10年以上前からシャッターだらけだった。
このままでは町が寂れると町会長が音頭を取って賃貸マンションが林立したんだ。
おや?向こうから歩いて来る髪の淋しい中年のおっさんは...
「薬師さん!」
「はい、そうですがどちら様ですか?」
「浩二です。山添有一の弟の山添浩二です」
「お、浩二か?久し振りだな、いつこっちに帰ってたんだ?
お前も神社に振る舞い酒を貰いに行くのか?」
「振る舞い酒?」
「なんだ偶然か、一緒に行こう」
俺達は神社に着く。橋本喜兵衛さんの名前が刻まれているあの安産にご利益の神社だ。
神社の登りには[祝 橋本喜兵衛113歳]と書いてある。
「まだ生きてたのか?」
「まだまだ生きそうだな、橋本喜兵衛の長寿を祝って乾杯!」
俺達は振る舞いの日本酒を升で飲む。
「うまい!」
「うまいな、久し振りの酒だ!」
「久し振り?体でも壊してたのか?」
「あれ?何でだろ。まあ、いいや。薬師さん白石さんは元気ですか?」
「白石?誰だそいつ?」
「やだな、白石ですよ白石杏子!」
「白石杏子?懐かしい名前だな中学校卒業して以来会ってないな!」
「秀星卒業以来ですか?」
「何言ってるんだ?俺達みんな岸島中学校だろ!秀星高校なら浩二の出身校だな」
そうだった何を言ってるんだ、俺は?
『浩二君』
(ぐ!また頭が痛い!)
「お、おい久し振りの酒が祟ったか?しっかりしろ!」
俺はまた意識を失った。
俺は駅前を歩いていた。
再開発の波が来たのはバブルの頃だ。
ターミナル駅の隣の駅だったこの駅前も昔からあるような店舗は全て一掃されてしまった。
薬局、本屋、レコード店、文具店もう全て無い。
その後バブルは崩壊してまばらに更地が駐車場になった。
再び再開発が始まったのは2000年代中頃くらいか。
そして現在駅前にあるのはタワーマンションとチェーン店の薬局そしてコンビニだけだ。
「ここには何も残っていない」
俺はさ迷いながら裏通りを歩いた。
「え?」
そこにはあの喫茶店があった。俺は恐る恐る扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
そこにはあのマスターが...いる訳がなかった。
「すみません一人ですが」
「はい空いているお席にどうぞ」
若いウェイトレスに案内される。
俺はなぜか店内の奥まった席に座る。
何故かそこに座らなければいけないかのように。
コーヒーをオーダーする。
まもなくコーヒーは来た。何の変哲も無いコーヒーだ。
俺は目を閉じる。
思い出そうとするが分からない。
(仁政?順子さんの初恋が兄貴?薬師さん白石杏子、岸島中学校?)
「由香...」
呟きながら俺は目を開ける。
店内の音楽はさっきまでの煩いポップスからジャズに変わっていた。
音楽だけじゃない店内の照明もLED電球から落ち着いたオレンジ色の電球に。
俺は混乱しながらコーヒーに手を伸ばす。
(あれ?なんだ?この手?指?)
店内の仕切りのガラスに顔を写す。
そこには49歳でなく12、3歳の俺がいた。
「浩二君・・・」
テーブルの向かい側から声がした。
慌てて前を向く。
そこにいたのは...
「由香...」
涙を流しながら微笑む由香がいた。
「帰ろう浩二君」
由香は俺に手を差し出す。俺は迷わず由香の手を握る。
次の瞬間俺はまた意識を失った。
今度は頭の痛みはなかった。