夢の喫茶店! 後編
「あーうまかった」
「本当おいしかった」
「おいしかった。良い店だね、ありがとう浩二君」
俺達は料理を食べ終えて感想を言い合う。
すぐ食べ終えた食器を下げにマスターがやって来た。
「飲み物はいかがいたしましょう?」
「そうだな。俺は今回もコーヒー」
「僕も」
「私はダージリンをミルクで」
「私はもちろん抹茶ね」
「かしこまりました。
宜しかったらカウンター前の席に移動されませんか?」
俺はマスターの提案に驚く。
なぜなら余りマスターはカウンター前にお客を座らせない人だから。
「良いんですか?」
「ええ。今お客様は皆様だけですから。皆さんのお話がとても楽しいもんで。宜しいでしょうか?」
「「ええもちろん」」
俺達4人カウンター前の席に座る。
「浩二、どうやってこんな良い店を見つけたんだ?」
「そうよ浩二どうすれば良い店が見つかるの?」
飲み物を待っていると佑樹と花谷さんがに聞いてきた。俺はあの日思い出す。
「2年前の冬、塾の帰りに雨宿りさせてもらったんだ」
「雨宿り?」
「そうだよ。マスターが雨に濡れた僕にタオルと温かい紅茶をご馳走してくれて」
「それだけ?」
「うん」
「お待たせしました」
マスターはカウンター越しに注文した飲み物を並べていく。
「ありがとうございます」
「浩二君肝心なところが抜けていますよ」
飲み物を並べ終わったマスターは俺に話し掛けた。
「肝心なところ?」
「ええ、私が淹れた紅茶を一口飲んで『ティーロワイヤルですね』って、驚きましたよ」
「ティーロワイヤル?」
聞き慣れない言葉に佑樹と花谷さんはお互いの顔を見合せたが由香は名前を知っているみたいで俺を見て微笑んだ。
「角砂糖にブランデーを浸し火をつけアルコールを飛ばして紅茶に淹れた物ですよ」
「浩二、分かったのか?」
「うん。紅茶の風味が増して体が暖まるんだ。
それでマスターの優しい人柄が気に入っちゃって僕から親しくさせて貰ったの」
「ははは、私の方こそ浩二君のお話が面白くて楽しい時間を過ごさしていただいております」
「『楽しい話』って大人と何の話をするの?」
大人と中学生の俺が対等に何の話をするのか分からない由香達。
「たいした話はしないよ、音楽とか飲み物の話とかだよ」
「本当?」
「何か信じられないぜ」
「いえ浩二君の言う通り、本当に他愛ない話ですよ」
疑惑の目を向ける3人にマスターは静かに語る。
しかし音楽と言ってもジャズのアームストロングやデイビスJR、
他にはモータウンに代表されるソウルミュージックの話だし。
飲み物はスコッチウィスキーのスペイサイド好きのマスターにグレンリベットの18年物はチェイサーより水で割っても美味しい事を語り合ったり。
前回喫茶店が休みに浩二と会った時は匂いで利きウィスキーをしてマスターは思わず飲んでしまい飲み過ぎて奥さんに怒られた事やマスターは奥さんから禁酒を1週間命じられた事を含めて皆には言わない。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
その時喫茶店の扉が開きマスターはカウンターを出る。
「おや?皆さまお揃いですね」
「はい、また来ました」
俺は聞き覚えのある声に振り返る。
「兄さん」
「浩二?みんなも来ていたんだ?」
兄貴は喫茶店に俺だけでなく由香や佑樹達が来ている事に驚いたみたいだ。
「お久し振りです」
「こんにちはー」
「こんにちは」
挨拶が済むと兄貴の後ろから女の子達が顔を覗かせた。
「え?由香さん来てらっしゃいますの?」
「ワッ、志穂様、美穂様」
「ワッとはご挨拶ですね。私達だけじゃありませんよ」
「こんにちは」
「おっす」
「順子さん唯さん、お久し振りです」
「どうしたのみんなお揃いで」
兄貴が連れてきた面々に俺は驚く。
「順ちゃんが美味しいケーキを食べに行きたいって言うから出掛けたんだ、
そうしたら喫茶店の前にみんないててさ。
まさか美穂さんと二人で喫茶店に行った事みんな知ってるなんて」
兄貴は苦笑いしながら頭を掻く仕草をした。
「お兄さん美穂様と2人で喫茶店に行かれたんですか?」
「由香さん、その事については色々と美穂に事情があっての事で私達は全く何も思っていませんよ」
「順子さん...」
優しく微笑む順子の顔にそれ以上は言えなくなる由香。
「私は少し思ってる」
「唯、奇遇ですね私もですわ」
しかし言う事は言う坂倉さんと志穂さんだった。
「うぐ!」
「こら!」
「冗談だ」
「冗談ですわ」
「まあそんな訳だよ。マスター奥の大きなテーブルをお願いします」
「はいかしこまりました。ご注文はまた後程」
「いえマスターもう決まっています」
「うむ」
「「「「ケーキセット5つ」」」」
「かしこまりました。飲み物いかがしましょうか?」
「「「「カフェオレ!」」」」
「浩二何でみんな声を揃えてるんだ?」
「分からないよ」
俺と佑樹はよく分からない女性陣の行動に頭を捻る。
しかしカウンターに並んでいるこちらの女の子達は俺達とは違う所に注目していた。
「由香ケーキセットだって」
「聞いたよ和歌ちゃん」
「おい和歌まさか...」
「由香も?」
「マスターケーキセット2つ下さい!」
「やっぱり」
「べつ腹べつ腹」
「そうよね」
にこやかにケーキセットを頼む由香と花谷さんを見て余計な事を言ったら大変な事になりそうな気がした。
「佑樹、何も言わないでおこう」
「そうだな」
「かしこまりました」
そうして追加で注文したケーキセットが運ばれてきた。
「美味しい!」
「なんて美味しいケーキなの...泣けて来るわ」
由香と花谷さんが感嘆の声をあげながらケーキを食べている。
俺と佑樹はコーヒーのおかわりを飲んでいる。
奥のテーブルでも女の子の歓声が上がって静かだった店内は一気に賑かになった。
「...ちょっとした隠れ家だったのに」
「何か言ったか浩二?」
「いや独り言」
「まあ賑かに過す1日も良いじゃねえか」
「そうだな」
佑樹の言葉に頷く。
その時再び喫茶店の扉が開いた。
「こんにちは」
「マスターこんにちは」
「いらっしゃいませ。」
「賑やかだな。お?浩二とユゥも来ていたんだ!」
「あら浩二にみんな来ていたの?」
「薬師兄さん!杏子姉さんも一緒でどうしたの?」
薬師兄さんと杏子姉さんの2人が喫茶店に来るという意外さに驚く。
「ちょっと明信と今日一緒に出掛けてたの」
「へぇ珍しい」
「浩二知りたいか?知りたいか!!」
薬師兄さんは俺の前に来るなり鼻息粗く迫る。
「明信、余計な事話したら次に私と行く事は無いよ」
「うむ。浩二男は余計な事は喋らんのだ」
後ろに下がり両手を後ろで組む薬師兄さん。
「アッキーがよく分からねぇよ」
「今日明信と映画に行ったのよ」
「「「「ええ?」」」」
杏子さんの意外な言葉に驚く俺達4人。
「この前色々あってね、今回は埋め合わせみたいな感じかな。
帰りに明信が前回喫茶店に来た時に忘れ物したって言うから寄ったの。私もまた来たかったしね」
その時奥のテーブルで座っていた1人の女性と少年が入り口からの聞こえる聞き覚えのある声に近づいて来た。
「やっぱり杏子じゃない!久し振り!」
「わ!順子!久し振り!」
「薬師君に白石さん久し振りだね」
「有一まで来ていたの?久し振り!」
「誰か知り合いがおみえですの?」
大盛り上がりの兄さん達を見ながら入り口にいる特定の男を見る志穂さんと美穂さん。
「志穂さまあの男は....」
「ええ、由香の祝賀会で見ましたわ」
「誰だ?知らない男だ」
坂倉さんは明信を知らないみたいだ。
実は体育大会で見ているが顔を黒く塗り変装していたから分からなくて当然だ。
「「唯あれはブルドック男よ!!」」
「誰がだ!」
「明信あんた祝賀会で何しでかしたの?」
「内緒だ」
「まあ良いわ。それより由香、美味しそうなケーキね」
「ええ杏子さん、この店のケーキセットとても美味しいです」
「なら私も今日はケーキセットね。明信あんたの話はゆっくり聞かせてもらうわよ」
「や、止めろ白石...耳を、耳を引っるな...」
にこやかに薬師兄さんの耳を摘まみながら席に歩いて行く杏子姉さんだった。
「佑樹、更に賑やかだな」
「ああ、さすがに賑やか過ぎだな」
「あら私はこういうのも好きよ」
由香はカウンターに座る俺と佑樹の後ろに立って賑やかな店内を嬉しそうに見ていた。
「由香?」
「だってみんな浩二君が喫茶店とみんなを繋いだ縁だもん。みんな楽しそう!」
「そうね、みんな夢の世界を楽しんでいるのよ。」
由香の言葉に花谷さんも続いた。
「夢の世界って?」
「ここは浩二君が教えてくれた夢の喫茶店よ!」