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夢の時間ですわ!

 

「暇ですわね。

 志穂さん、お出かけしませんか?」


「遠慮致しますわ、今日はゆっくり、この小説を読むと決めてますの」


 学校も春休みに入り、どこか長閑な橋本姉妹。

 特に用事もない2人だった。


「それなら私1人で駅前の本屋に行きますわね」


「いってらっしゃい美穂さん」


 そんな訳で珍しく一人で出かける橋本美穂であった。

 駅前の本屋はとても大きく、立ち読みをしても、本を床に置く等の乱暴な扱いしないかぎり、店員も咎めない店で人気があった。


「あ、ありましたわ」


 美穂が手を伸ばしたのは恋愛小説。

 それまで余り読書に興味は無かった橋本姉妹だったが、本が好きな坂倉唯の影響で、すっかり読書好きになっていた。


 特に美穂が好きなのは恋愛小説。

 ちょっと性描写がある物がお気に入りだった。


「フフン、まさか新刊が手に入るなんて、今日は良い買い物ができましたわ」


 本を手に、ご機嫌でレジに向かう美穂。


「あれ? 美穂さん?」


「ゆ…有一様」


 不意に声を掛けられ、振り返る美穂の視線の先。

 姉妹にとって憧れの人、山添有一の姿があった。


「偶然だね、僕も欲しい本があってさ」


 さすがは気配りの男、有一である。

 美穂の持つ本を覗いたり、尋ねたりせず自然体だ。

 しかし美穂は、


(ど、どうしましょ有一様と2人でお話するチャンスなのに、この本を見られては大変ですわ!

 本を返しに行きましょうか?

 いえ、返しに行ってる間に帰られてしまうのでは?

 待ってて貰いましょうか? いいえ殿方を待たせるなんて!

 それなら一緒に返しに行けば.....

 結局本のタイトルが有一様にバレてしまいますわ!)


 完全に脳内はパンクして固まっていた。


 そんな美穂の様子に気配りの男、有一は更に空気を読む。

 素早く美穂の手にしている本のタイトルを見て固まった理由を理解する。


「美穂さん僕もその本好きなんだよ。

 この作者さんの違うシリーズも面白いよね」


「え?有一様もこういった本を読みますの?」


「変かな?男が恋愛小説なんて」


「全然変じゃありません!

 私は有一さんが同じ本が好きで、こんなに嬉しい事はありません!」


 いつものお嬢様言葉を忘れ、大声まで出す美穂。


「ご、ごめんなさい。

 つい、はしたない所を…」


「ううん大丈夫、楽に話してよ。

 そうだ美穂さん、この後時間ありますか?」


「ええ大丈夫ですわ」


「それじゃ駅前の喫茶店に行かない?」


「喫茶店ですか?」


「うん。 浩二が見つけたんだ」


「浩二さん一人で喫茶店に行ったんですか?」


「凄いよね、僕は無理だよ。 

 浩二は子供が余り行かない所を何処でも行っちゃう」


「私達だけで大丈夫でしょうか?」


「大丈夫。僕も何度か一人で行ってる」


「そうなの?」


「最初は浩二に連れて行ってもらったんだけど。

 喫茶店のマスターと浩二が仲良くって僕も自然に仲良くなったんだ」


「でも喫茶店は煙草の臭いが...」


「それなら安心だよ」


「安心?」


「禁煙なんだよ」


「禁煙ですか?」


「そうなんだ映画館みたいだよね。

 喫茶店は禁煙で煙草を吸いたい人には喫煙者ルームが店内にあってね」


「初めて聞きました」


「うん。マスターが煙草嫌いなんだって。

 美穂さん行きませんか?」


「行きます!有一さん連れて行って下さい!」


 美穂はまた大きな声が出て、慌てて周りを見渡す。


「ご、ごめんなさい」


「大丈夫 自然な美穂さんも良いものだから」


 2人は本の会計を済ませると、喫茶店に向かう。

 店は本屋から歩いて2分程の距離だった。


「いらっしゃいませ」


「こんにちはマスター」


「おや、有一君いらっしゃい。

 今日は1人じゃないんですね。

 はじめまして」


「こ…こんにちは」


「さあどうぞ入って下さい。

 緊張しないで」


 眼鏡をかけた優しげな店主は2人を店奥のスペースに案内する。

 子供だけが喫茶店に入る事は珍しい時代だった。


「注文は後でいいかな?」


「はい、後で声をかけますから」


「分かりました、ゆっくり選んで下さいね」


 マスターは水の入ったコップとおしぼりをテーブルに置き、カウンターに戻った。


「この席って店の外から見えなくて、店内も他の席から死角なんだって」


「ありがとう、安心ですね」


 まだ緊張している美穂に有一はそっと教えた。


「それじゃ注文は何にする?」


「有一さんは?」


「僕はカフェオレかな」


「コーヒーなんですか」


「うん。

 浩二はいつもここじゃホットコーヒーをそのままブラックって言って飲んでるけど、

 僕には苦くてね、でもカフェオレは美味しいんだよ」


 ホットミルクティーにしようとしていた美穂は有一の話を聞いてと同じものと決めた。


「私も有一さんと同じカフェオレにします」


 ニッコリ笑う有一に、つられて笑う美穂。


「マスターカフェオレ2つお願いします」


「かしこまりました」


 カウンターからマスターの返事が返って来た。


 暫しの沈黙。

 再び緊張するの美穂。

 チラチラと有一の顔見る度、顔がを赤くなるのを感じていた。


(な、何か話さなくちゃ。

 何を話したら? 

 テレビの話?それとも流行りの歌?

 …ダメ一人じゃ上手く話せないわ、それに相手は有一様なのよ?

 どんな話なら退屈しないの?

 これは志穂を置いてきた罰、報いなのね!)


 また固まってしまった美穂を見て、有一は話を始める。

 やはり気配りの男だ。


「最近本を読むのが楽しくて、これも唯の影響かな?

 美穂はどう?」


 あえてフランクに坂倉と美穂を呼び捨てにして緊張を解す有一。


「有一さんも?

 私も唯の影響よ。

 私も志穂も勉強以外は本ばかり読んで、最近はテレビを見なくなったの」


「そうなんだ、本って楽しいよね。

 でも浩二に本を勧めても

『僕は読書より音楽鑑賞だね』

 とか言ってさ。あんまり乗ってこないんだ」


「お待ちどうさまです」


「ありがとうございます」


「あ…ありがとうございます」


「飲んでみて、火傷しないようにね」


 恐る恐る口を付ける美穂。

 殆ど飲んだ事の無いコーヒーに警戒する。

 苦みは殆ど無くミルクとコーヒーが絶妙に絡み合う。


「美味しい」


「良かった、口に合ったみたい。

 僕は少しだけカフェオレに砂糖を入れるのが好きなんだ」


「お砂糖を?」


「うん子供みたいだよね、でもこれが美味しいんだ」


「私も」


 有一を真似てスプーン1杯の砂糖入れてみる。

 ミルクが甘くなりコーヒー牛乳になる。

 しかもとびっきり高級感のある一品に変わった。


「美味しい!」


 さっきよりも大きな声が出る美穂。


「…あ」


 慌てて口に手をやる美穂。

 楽しそうに美穂を見つめる有一とマスター。 


「ありがとうございます。ではごゆっくり」


「またやっちゃいました」


「恥ずかしがらないで、それだけ美穂さんがリラックスしているって事だから僕も嬉しいよ」


 やはり気配りの男有一だ。

 その後有一と学校の事、読書の事、志穂の話等で盛り上がった。殆ど美穂が喋ったのだが。


「今日はありがとう。とっても楽しかったよ」


「そんな私の方こそ夢のようでした。

 有一さんありがとう!」


 そして店を出て美穂の家の手前で分かれた。


「ただいま帰りました。」


「美穂おかえりなさい。随分ご機嫌な様子ね」


「うん今日は有一さんと本屋であってね。

 盛り上がっちゃった」


「え! 有一様と? 

 それに美穂さん、その口調とうされましたの?」


 その後、美穂から話を聞き、本気で悔しがる志穂。

 そして美穂の口調も戻るのに数日掛かった。


(本当に楽しかった。

 あの夢の時間をくれた浩二さんも感謝だわ)


 幸せをかみしめる美穂だった。


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