結
保健室が既に施錠されていた、職員室に鍵を取りに行った際にも一悶着あった等。問題はあったものの、タマちゃんを無事に保健室のベッドへ寝かせることができた。
起きた時の事を考えて先輩にはその場で待機してもらい、1人で教室の後片付けに向かった。
机を移動させ、こっくりさんに用いたシートと10円玉を鞄に仕舞い、最後に教室を見回す。
特に物が移動しているわけでもなければ、先程のような霊気も感じない。どうやら完全に、元の空間へと戻ったようだ。
召還していないのに何故、という疑問はあるが、静寂と夜の帳が下りたこの場に留まっても、答えは出ないだろう。
出口からもう一度だけ中を確認し、最後に扉を閉めた。
「やぁ、後輩君。1人で任せちゃってすまなかったね」
保健室に戻ると、先輩に労いの言葉を受けた。ベッドの様子を見ると、既にタマちゃんは意識を取り戻したようだ。
「あっ……運んで下さって、ありがとうございました……」
彼女を運んだことは、先輩から聞いたのだろう。上体を起こした体勢で、頭を下げられる。
「どういたしまして。それで、気分が悪いとかはないかな?」
「ちょっと疲れているような感じはしますが、他にはなにもないです」
「さっきの儀式の代償だろう。タマちゃんは若いから、明日はそんなに影響が出ないかもしれないね」
それは暗に、僕達は明日の辛さを免れないということでは? と思ったが、口にしない。
ただ、明日のアラームは念の為に、いつもの倍の回数鳴らすようにしよう。
「しかし、あのこっくりさんが取り憑いていないとすると、タマちゃんの同級生は何に取り憑かれているんだ……?」
就寝前の行動について頭にメモをしていると、未解決だった話に先輩が触れた。
「場を整えたとはいえ、あれだけの現象を起こせる以上、あの霊は本物だろう。故に、嘘をついているとは考えにくい。先週の召喚で、別の霊が紛れ込んでいたか……?」
顎に手を当てて考え込む先輩を眺めつつ、僕の中では1つの可能性が、頭に浮かんでいた。
タマちゃんの驚き様を見るに、前回はあそこまでの現象は起きなかったのだろうと考えられる。
しかし奇跡的に、召喚には成功していた。それも、召還することなく終えたにもかかわらず、誰一人犠牲になることなく、だ。
つまり、考えられることは2つ。
今日のこっくりさんが、シチュエーションによって普段以上の力を持って召喚されたか。それとも、前回の召喚が不完全だったか、だ。
もし後者ならば。今回は試さなかったが、こっくりさんに逆らって硬貨を動かすことも可能かもしれない。
それを確かめる意味でも、彼女に1つ聞いてみなければ。
「タマミちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「あ、はい。私に分かることだったら……」
「ありがとう。――タマミちゃんと一緒にこっくりさんをした他の3人だけど、仲は良いのかな?」
「あ、そうですね。男の子2人とはあまり話しませんが、女の子とは凄く仲良しですよ」
前回はタマミちゃんと他を合わせて、4人で行った。そして内訳は、男女2人ずつ。
「その女の子と男の子2人はどうかな?」
「3人とも家が近くの幼馴染で、小さい頃からの仲良しらしいです」
「ふむ……なるほど」
これはますます、昔の焼き増しのようだ。こんな形で、昔の苦い思い出が役立つとは……人生とは分からないものだ。
自分の中の答え合わせの為、最後の質問を彼女にする。
「もしかして、その女の子は――」
―――
「――んで、結局何を聞いたんだよ?」
こっくりさんを行った翌週。
今度こそ件のアレを食べてやろうと、例の如く学食の地下階層へと腰を下ろした。
黙々と食事をしているところにやってきたのが、今し方質問を投げかけた目の前の男。
コイツこそ、軽薄そうなファッションと、同年代から少し年上辺りの異性から人気がある整った顔をした、親友兼悪友だ。
そして、僕が執事というあだ名で呼ばれるようになった原因を作った男でもある。
曾祖母からのモノクル、曽祖父からの懐中時計もそう呼ばれる理由だが。その2つを見て、僕を執事扱いしたことが、今日に至る呼称の発端だ。
しかし、そのおかげで同回生達に受け入れられたのも事実だ。
あだ名というものは、存外人と人の間の壁を取っ払ってくれるらしい。その点については、感謝している。
これで女癖さえなんとかなれば、彼についての印象は前半部分だけとなるのだが……。
そんな目の前の我が友は、こちらが頼んだのと似たようなものを口に運びながら、答えを待っている。
「別に大したことじゃない。その女の子が、男の子のうちのどちらか――教室を出て行かなかった方の事が好きなんじゃないか、って聞いただけだ」
今こうしてこの男に説明しているのは、どこから聞きつけたのか、僕達の部の活動があったことを知って、興味本位らしい。
隠すほどのことでもないので、こうして共に昼食を摂りつつ、聞かせているというわけだ。
「ふーん? それの何が関係あるんだ?」
「こっくりさんの別の呼び名については、今話しただろう? その時に『キューピットさん』という名前も挙げたはず」
「そういやぁ、言ってたかも」
「キューピット――クピドと言えば、恋愛事だ。恋のキューピッド、なんて言葉もあるくらいだからな。おそらくあの中学生達も、そんな目的で始めたんだろうさ」
「でもよ、それならこっくりさんじゃなく、そっちを呼べば良かったんじゃねーの?」
「さすがにそこまでは分からん。派生したものを、こっくりさんと同じ手法で呼び出せるか分からなかったとか。あまりにも露骨な名前だと、冷やかされたり来てくれないと思ったんじゃないか?」
「まー、多感な時期だしなぁ。うんうん、青春ってやっぱいいわ」
数度頷いた後、昼食を啜る。こちらも同じく、箸を動かした。
「……いや、ちょっと待て。それだとまだ、奇声をあげて走っていった男子生徒が説明つかないぞ?」
なにかに気付いたように食事を中断し、訝しむようにこちらを見る。まだ説明が足りない、という顔だ。
「お前の話だと、その男子はこっくりさんに取り憑かれてないんだろ? なら、そんな事をする理由がないじゃんか」
「いや、理由ならある。それも、今説明したばかりだろう」
「お前は分かってるからって、説明を省き過ぎなんだよ。もっと優しく話さないとモテないぜ?」
「むっ……」
余計なお世話だ、と言いたいところだが。真に頭の良い人物は、子どもにも理解できるように難しい物事を説明すると、聞いたことがある。
自分が秀才だとは思っていないが、そういったところからでも見習っていくことは、大切だろう。
「……分かった。じゃあ、順番に説明するぞ」
「おう、よろしくさん」
「タマミちゃん達4人は、こっくりさんを行った。その理由は、恋愛関係。タマミちゃんの友達の女子生徒が、どちらかの男子生徒のことが好きだったからだ。……ここまでは良いか?」
「問題なーし」
「彼女達はこっくりさんを呼び出して、意中の男子生徒に好きな人がいるかを聞いたんだろう。或いは、女子生徒の方を聞いたか。……自分達で硬貨を動かした可能性もあるが。まぁその聞いた結果、もう一人の男子生徒が奇声をあげて出て行った、と」
「だーかーら、その出て行った理由を知りたいって言ってんだよ」
「女子生徒とその片恋相手は、実は両思いだった。でも、もう一人の男子生徒も、その女子生徒のことが好きだったんだよ」
「あぁ!!」
合点がいったように、悪友は手をポンと打った。こういった子どもっぽい仕草が、マダムの受けが良いとは本人の弁である。
「よく分からないもののせいで、好きだった女の子が他の男に取られた。――もう一人の男子生徒には、そう映ったことだろう。こっくりさんのルールを知っていたのか、それとも精神的に追い詰められた結果か知らないが、その後は語った通りだ」
「ははーん、なるほどねぇ……振られる形になった上、好きだった相手の前で狂ったように走り去ったとなれば、学校に行き辛いわな。その男子の親御さんも、理由を明かせないわけだ」
「あの時分特有の行動だから、すぐ立ち直ってくれると良いんだがな……はしかみたいなものだと、割り切ってくれることを祈るのみだ」
誰もが一度は経験するであろう、中学生の頃に陥る『無根拠な万能感』。自分のことだが、あまり思い出したくもない話だ。
過去の自身の行動に頭を痛めていると、目前の男がこちらを見ていることに気付いた。
「どうした?」
「いや、随分振られた男子の方に同情してんなーって思ってな? そりゃ、可哀想だとは思うけどよ」
「あぁ、そういうことか」
指摘されるまで気付かないほど、自分でも無意識に肩入れしてたらしい。まぁ、それも無理はないか。
「同じ当て馬にされた同志として、身を案じるのは当然だ」
「へ……? あっ!!」
その後、フロアを満たすほどの大声で笑い始める悪友。どうやら思い出したようだ、僕が小学生時代にこっくりさんをしたという話を。
大声はやがて引き笑いへと変わり、こちらの頭痛を更に加速させた。
「ひーっ、ひーっ…………いやー、笑った笑った」
「楽しんでもらえてなによりだ」
「そう怒るなって。俺も1つ、面白い話をしてやるからさ」
そう言って、器の端に口を付け、喉を鳴らしていく。それを見ながら、こちらも黙々と消化する。
全て飲み干したのか、器をテーブルへ置き、悪友は話し始めた。
「俺が今食ってた飯、知ってるよな?」
「そりゃあ、もちろん」
「でもな、関東で同じものを頼んだら、お前の器に残っているメインディッシュの代わりに、天かすが乗ってるんだぜ?」
「ほう、そりゃ初耳だ。面白い」
「だろ? 合コンで使うと良いぜ? 他の口説き文句と絡めてな」
「なら、一生使うことはなさそうだ」
相槌を打ちつつ食べていると、器にはついにメインディッシュと出汁だけが残されている。
さて、噂に名高いその味、確かめさせてもらおうか。
横槍を入れられないよう警戒しつつ、箸でそれを掴み、口の中へ――入れた。
口内で広がる、甘くもしっかりとした…………
「……味がしない」
「は?」
楽しみにしていたものを食し、堪能するはずだった口が捉えたのは、ただの舌触りと歯ごたえだった。
味というものを、一切感知していない。出汁の味が分かる以上、味覚障害ではないはずだ。
「そっちはしっかり味がしたのか?」
「染み込んだ旨味が、舌の上で踊ったぜ?」
「どうしてだ……」
「つかれてんじゃねーの? ストレスとかで味覚が一時的になくなることもあるらしいぜ?」
「うーむ」
友の言葉を可能性の1つと捉えつつ、器に目を落とす。
半分に噛み切られた油揚げが、出汁の上でたゆたっていた。