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妖seeker  作者: リャーネ
第1話 こっくりさん ~天知る地知る狐知る?~
4/5

「でもお姉ちゃん、どうして机を移動させたの? 十分スペースはあったし、前の時もそのままだったんだけど……」


 いざ始めるとなるとやはり恐怖心が蘇ってきたのか、不安そうにタマちゃんが尋ねた。


「するだけならあのままでも良いけど、どうせならもっと本格的にやろうと思ってさ。教室の位置でお膳立てをされたとあっちゃ、合わせないと!」


「…………??」


 ますます頭の上に疑問符を浮かべる彼女に、助け舟を出す。


「タマミさん、この教室の位置は何処だったか分かるかな?」


「えっ……4階の端っこ、ですよね?」


「そうだね。じゃあ、学校の中心から考えて、この教室の方角は?」


「えっと…………北東?」


 その答えに、首肯する。

 そう、今いる場所はH字型の校舎、右上の位置――つまり、彼女の答えた通りだ。


「それも正解。そして北東の方角っていうのはね『鬼門』と呼ばれているんだ」


「キモン……?」


「うん。鬼の門と書いて、鬼門。陰陽道では……いや、いいか。早い話が、縁起が悪い方角なんだ。風水みたいなものだと思ってくれると良いよ」


 ただでさえいっぱいいっぱいな状態なのに、詳しい説明をされても混乱するだけだろう。それに彼女は、部員ではないのだから。


「先輩が言っていた、お膳立て云々はこれだよ。こっくりさんも鬼も、この世の存在じゃない点は同じだから、場を整える意味はあるんだ。これが、本格的って言った理由の1つ」


「ま、まだあるんですかっ!?」


 驚き半分恐怖半分で聞き返してくる。どうせ僕が言わなくても先輩が教えるだろう、それならさっさと済ませたほうが有情か。


「さっき先輩が、時間を気にしていたよね? あれは逢魔が刻(おうまがどき)――魔なるものに逢う時刻って書くんだけど、この世と別の世を繋ぐ時間と言われているんだ。これがもう1つだよ」


「時間……」


「先週こっくりさんをした時、何時くらいだったか分かるかな?」


「えっ、確か16時半くらいだったような……」


「それならまだ夕方くらいだね、逢魔が刻にはまだ遠い。今回はこの2つだね」


 前回は方角だけだったようだが、今回は加えて時間も合わせる。もしもこっくりさんを降霊させるなら、より良い環境と言えるだろう。


「いいや、3つだよ。後輩君」


「えっ」


 タマちゃんに説明していたのを黙して聞いていた先輩が、僕の発言を否定した。


「何の為に机を移動してもらったと思ってるんだい? これも要素の1つだよ」


「ですが、なにかありましたっけ?」


「この机、どこにあると思う?」


「教室の真ん中、ですよね?」


「じゃあ、四角の机の意味にも注目して考えて」


 ヒントを貰い、少し考えてみる。こうしている間にも時間は流れている、急いで答えを導き出さないと。

 そもそも先輩は、どうして机を移動させる際、四角と指定したのだろう。スペース確保のためだけならば、両端に寄せるだけでも良かったはず。


 中心と四角……上から見ると、歩ける空間は十字路のように見えなくもない。


 …………そうか。


十字路の悪魔(クロスロード・デビル)、ですか」


「うむ、見事だっ! 実際は十字路でもないし夜の学校も使えないから、雰囲気だけだけどね」


「あ、あの……」


 得心が行った僕とは違い、タマちゃんはまだ分かっていない。ただ、これに関しては説明すると長くなりそうだ。


「うーん、とりあえず机の位置に意味がある、くらいに思っておくと良いよ」


「はぁ……」


 納得はしていないようだが、今は我慢してもらおう。




―――




「じゃあ2人とも、机の前に立ってくれ」


 先輩の声を合図に、一定の間隔を空けて、それぞれの位置に立つ。向かって右にタマちゃん、左に先輩が立っている形だ。


 サビ取りされた10円玉を先輩が懐から取り出し、鳥居の上に置いた。後は皆が指を上に置き、呼び出すことで開始される。


「始める前に、一応注意しておくけど」


 人差し指を硬貨ではなく自分の横に出し、注目を集めるようにしてから語り始めた。


「どんな存在であれ、無償で召喚に応じることは殆ど無い。今回の儀式も、私達3人の生気(せいき)を供物として呼び出すことになる。くれぐれも、指を離さないように」


「せ、生気って大丈夫なの、お姉ちゃん!?」


 既に一度恐怖体験をしているためか、今にも泣き出しそうな声を出しながら、先輩に聞くタマちゃん。

 それでも、全てを人任せには出来ないと参加の意思を表明してくれた少女は、とても立派だと思う。


 今回の事で、なんとしても解決させてあげないと。


「明日の寝起きが気怠(けだる)くなるくらいで、命に別状はないから安心して。ただ、1人が離すとその分他の2人の負担は増えるし、離した指と硬貨の間から霊が出てくるかもしれないから、それだけは気をつけてね」


「うん……」


「じゃあ……始めるよ」


 怯える従姉妹を励ますように、自らの右手の人差指を硬貨に乗せた。倣って、僕も右手を乗せる。

 指を庇うようにして祈りのポーズをとっていた少女だが、やがて決心したように、指を硬貨に置いた。


 顔を硬貨から上げると、先輩と目が合う。それに頷きで返し、準備が完了している旨を伝える。

 彼女の視線はタマちゃんに向き、こちらも頷いていた。


「せーのっ」


 先輩の掛け声を合図に、合言葉を口にした。









 こっくりさん こっくりさん おいでください









 言い終えた途端。風も吹いていないのに、体を何かが駆け抜けるような感覚を覚えた。


 呼応するように、体感気温も下がったような気がする。


 毛が逆立ったような、鳥肌が立ったような、目に見えない何かを感じ取ったのだと、体が教えてくれたのか。


 同じ感覚を味わったのだろう、左右からも息を呑む気配を感じた。


「出来た、かな?」


「おそらく」


「試しに、なにか聞いてみてくれたまえ」


「そうですね……」


 空いた手を顎に当てて思案した後、まずは確認をすることにした。


「あなたは本当にこっくりさんですか?」


 こちらの質問に、硬貨は魔法陣の上を滑り『はい』と書かれた位置で止まった。

 2人が動かしているとは思えないことから、どうやら召喚は成功しているらしい。


 鳥居の元へ戻るようにお願いし、定位置に行ってもらう。


「どうやら問題なさそうですね」


「いや、もう一度他のことで確認しよう」


「じゃあ、なにか聞いてみて下さい。この中の一人しか、答えが分からないようなものを」


「後輩君の初恋相手の名前を教えて下さい」


「はあっ!?」


 あまりの衝撃に指を離しそうになるが、なんとか踏みとどまる。いきなりなんてことを言い出すんだ、このちびっ子先輩は。

 だが、初恋の相手については、誰にも話したことはない。僕が動かさなければ、本当にこっくりさんが知っていることになる。


 そうなれば、もはや疑うことなく本物だと判断して良いだろう。


 ……甚だ不本意ではあるが。


 停止していた10円玉は、その質問に答えるべく、自ら動き始める。いや、霊が硬貨に宿っているのならば、動かしている、と言うべきだろうか。

 一文字選んでは3秒ほどその場に留まり、それを数度繰り返すと、静止した。


 示された答えは――


「どうなんだい、後輩君?」


「……本物であると、認めざるを得ないですね」


 そう、正しい答えを導き出したのだ。これ以上疑うことは、怪異の存在の否定だろう。


「そうかそうか! ……覚えておこう」


「勘弁してください」


「本物だと分かったところで、先週の事を聞いていこう。――あなたは、先週も呼びかけに応じたこっくりさんですか?」


『はい』


「目の前の女の子は先週呼び出した内の1人ですが、覚えていますか?」


『はい』


「まさか同じ霊が降りてきているとは、予想外でした」


 素直な感想が、思わず出た。付近の低級霊が、このこっくりさんだけではないだろうにもかかわらず、だ。


「先週の召還が不十分だったから、この場に留まっていたのか。それともタマちゃんと縁ができているか、のどちらかだろうね」


「なるほど」


「なら、タマちゃんの友人について聞いてみるとしよう」


 先輩の言葉に、タマちゃんが肩を震わせた。先週の真相が、いよいよ明らかになる時だ。


「この女の子達は、先週あなたを還すことなく終わったと思いますが、それについて怒っていますか」


『はい』


「ひっ……!!」


「離しちゃダメだ!」


 こっくりさんの回答に対して、距離を取るように後ろに下がろうとしたタマちゃんを声で止める。右手が塞がっている中、言葉で止められた事は幸運だっただろう。


「……続けるよ?」


「お願いします」


「――怒っているとのことですが、もしかして彼女と一緒にいた男の子に取り憑きましたか?」


 それまでと同様、硬貨は3本の指を乗せて動き――


『いいえ』


 これまで否定の言葉を選ばなかったこっくりさんだったが、今回初めて『いいえ』の位置で止まった。


「これは一体……?」


「こっくりさんが言っている事が本当なら、タマちゃんの友人は取り憑かれていないことになるね」


 思わず先輩と顔を見合わせ、質問内容とその答えについて話し合う。つまり、男子生徒の狂言ということになる。


「……有り得ないとは思うけど、タマちゃんを安心させるために、動かしたりしていないね?」


「先輩、さすがにそれは酷いっす」


「冗談だ。勿論、私も動かしていない。……もう一度、聞き方を変えて質問してみよう。確認の為にも」


「了解です」


 一度咳払いをしてから、改めて口を開いた。


「あなたに取り憑かれたせいで走り去ったという話を聞いたのですが、あなたではな」


 まだ、質問をしている段階で。硬貨が動き始める。

 肯否以外の選択肢として、五十音へと移動していく。これまでと違った展開に、握った左手に嫌な汗をかく。


 やがて停止した硬貨を見つめたまま、選ばれた言葉を軌跡に沿って、頭に浮かべた。


『ち』


()


『う』


 明確な、選択肢ではない否定の言葉だった。


 ただ言い方を変えただけなのに、敢えて文字で伝えたことに対して、なんらかの感情が込められている気がした。


 それは好意的ではない、負の感情。つまるところ――

 怒りだ。


「なっ……!?」


「んん……!?」


「ヒイィィ!?」


 驚愕と悲鳴を、各々が上げる

 静止していたはずの10円玉が、質問をしていないのに動き出したからだ。


 その動きは――あぁ、見間違うはずがない。何故ならつい今しがた、それを目で追ったばかりなのだから。


『ちがう』


『ちがう』『ちがう』


『ちがう』『ちがう』『ちがう』


『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』『ちがう』


 確認の為の一時停止すらなく、その三文字を巡礼者の如く、繰り返し移動する。

 そこまで速いものではないが、人力では再現出来ないような正確さで繰り返されるそれに、背筋が凍る。


「も、もういやぁ……」


 限界なのだろう。タマちゃんが力の抜けた声を出した。とにかく少しでも離れようと、腕をギリギリまで伸ばして体を後ろに引いている。


「まずいっ」


 先輩の声で金縛りが解けたように、寒気が遠のいた。その言葉で魔法陣に目を落としてみると、今にも彼女の指が離れそうになっていた。

 いや、まだ離れていないのが不思議なほどだ。プルプルと小刻みに震えるそれは、もう爪と肉の間ほどしか触れていない。


「やっぱり怒ってるんだ……こ、このまま私も祟られるんだ……っ!!」


 悲痛な叫びとともに、かろうじて乗っていた指が離れ――


「戻すんだッ!!」


 彼女の手首を掴み、無理矢理硬貨の上へ押し戻した。

 ――自分の右腕で。


 瞬間。青白い線で縁取られた、白い煙のようなものが、硬貨の中から出てきた。

 宙空で止まったかと思うと、ゆらゆらと左右に揺れ、やがてその場に留まる。


「う、動かない……!?」


「こっちもダメだ!」


「いやぁ!!」


 指を定位置に戻そうとするが、体全体が動かない。2人の反応を見るに、どうやら同じ状態のようだ。


 取り乱している間にも、そのこっくりさんと思われる霊体は、なんらかの形を作り出す。

 犬、のように見える。しかし、こっくりさんであることから、もしかしたら狐なのかもしれない。


 その霊体は、スライドするように僕の方へと向かってきた。体は、まだ動かない。


「後輩君っ!!」


 先輩の悲鳴が聞こえ、それが顔に触れるかというところで。


 バシンッ! という弾ける音が自分のすぐ横から聞こえた。突然の破裂音に、思わず目を閉じる。

 音はその1回のみで、続く気配はない。覚悟を決めて目を開いてみると、目の前には霊体は存在せず、教室を満たす気配も儀式を開始する前に戻っていた。


「だ、大丈夫だったかい!?」


 こちらに体当たりするように、先輩が飛び込んできた。ペタペタと全身を触られ、まるでなにかを確かめるようだ。


「大丈夫、みたいです。自分でもよく分かりませんが」


「ふっー、そのようだね。いやはや、まさかあんなものを見られるとは」


「本当に霊でしたね、あんなにはっきりと」


「……ところで、タマちゃんは?」


 お互いに感想を言い合っていたが、ふと会話に参加しない女子生徒のことを思い出し、そちらに目を向ける。

 すると、机の前で体を丸め、気絶している姿があった。あの最後の音が、彼女の緊張の糸まで切ってしまったのだろう。


「とりあえず、保健室にでも運ぼう。直に目を覚ますだろうさ」


「そうですね、机はまた後でなんとかするとして」


 彼女の前に屈み、膝の裏と背中に手を回し、持ち上げる。所謂、お姫様抱っこだ。

 起きている時であれば抵抗もされたかもしれないが、今は我慢してもらおう。


「よし、行こう」


 窓の外は既に夕日が沈み、夜の足音が聞こえている。


 廊下の蛍光灯を頼りに、3人で教室を後にした。

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