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妖seeker  作者: リャーネ
第1話 こっくりさん ~天知る地知る狐知る?~
3/5

 未確認生物探求同好会。略して、UMA会と知る人は呼ぶ。


 しかし、これはあくまでも仮の姿。本当の名を『怪異探索部』と先輩は呼んでいる。


 どうしてわざわざ偽っているのかというと、同好会を立ち上げる際、許可が下りなかったからだとか。

 当然だろう。怪異などと一言に言っても、何を指すのかも分からない。中には分かる人もいたが、そんな危ないものを探す活動など許可できない、と言われてしまったらしい。


 そこで、UMA会となったそうだ。不思議なことに、こちらの名前だとあっさりと許可されたのだ。

 曰く、『よく分からないものならともかく、ビッグフットやネッシー・ツチノコなら知っているから』らしい。正体について分からないという意味では、どちらも同じだと思うのだが……。


 そんなわけで、食後に一度別れてお互いに準備をした後、再び講義棟の前で待ち合わせている。

 懐から懐中時計を取り出し、時間を確認する。これもまた、曽祖父との思い出の品だ。現在時刻は、午後3時半を少し過ぎたところ。


「お待たせ!」


 声とともに肩を叩かれたので振り返ると、予想を裏切らず先輩が立っていた。

 白のブラウスと赤いフレアスカート、上には薄手のコートを羽織っている。学食で会った時の格好のままだ。


「今日は着替えてないんですね」


「山に入るわけじゃないからね、靴はヒールに履き替えたけど」


 そう言って、見えるようにコートを開いてみせた。確認の為に下を向いた拍子に、首元で結われた左右の黒髪が揺れる。

 髪に目を奪われてしまったが、確かにスニーカーから替えてきたようだ。髪色と同じく自己主張しないその色は、スカートの赤に合っているように見えた。


「よし、じゃあ行こうか後輩君」


「了解です、会長」


 先を歩く先輩の後に従い、校内を歩く。今から向かうのは、この学校の中等部だ。


 此処、月星陽学院大学は、附属学校を(よう)している。幼稚園から大学までを、一貫してここで過ごす人も少なくない。先輩もその一人だ。

 大学から入学する者との間に軋轢があるという話だが、幸いにもまだ遭遇したことはない。願わくば、このまま平和に過ごしたいものだ。


 大学の正門が南にあり、今から向かう中等部は北東の方角にある。北西に向かうと高等部があり、それぞれの先で初等部・幼稚園へと繋がっている。


「――はい、では通ってもらって大丈夫です」


 学校間にある警備室で学生証を提示し、許可証が入ったネックストラップをそれぞれ受け取った。

 お礼と会釈を終えると、鉄製の門が開けられ、中へと入る。


 既に放課後だからか、帰る生徒あり、部活動へ向かう生徒あり、放射状に歩いている。

 幾人かの生徒がこちらの様子を伺っているが、すぐに興味をなくし、各々目的の場所へと足を運んでいった。


「それで先輩、歩く方角からここ(中等部)だろうとは思っていましたが、依頼主は誰なんです?」


「うむ。私の従姉妹なんだけどね、今朝スマートフォンに連絡があったんだ。助けて欲しい、とね」


「助け、とは……こりゃまた穏やかじゃないですね」


「まぁ、なんとかなるだろうさ」


 そう言って、スタスタと前を歩いていく。少し考えがあり距離をとってみると、服装を除いて見事にその場に馴染んでいる。

 中には、先輩を追い抜かす身長の生徒もいて、最近の子どもの発育には驚くばかりだ。そして対照的な、先輩に対しても。


 靴を履き替えてきたのも、もしかすると彼女なりの見栄だったのかもしれないが――


「比べてみると、本当に小さいな……」


「なにか……言ったかい?」


「っ!? いいえ、なんにも?」


 小声で呟いたにもかかわらず、まさか5メートルは先で反応されるとは思わなかった。恐ろしい。

 そこからは余計な事を言わず、大人しく付いていくことにした。……歩くスピードが露骨に上がったところを見るに、もはや手遅れだが。




―――




 加速する小さな背中を追い、校舎に入り、階段を上がって廊下を歩くこと数分。やがて一つの教室の前についた。H字型の校舎、4階の角部屋だ。

 造りの関係か、それとも配置の影響か。運動部員の声もここまでは届かず、自分たち2人を除いて、廊下に人影は無い。


 コンコン、と先輩が扉をノックすると、中から声が聞こえた。それを聞き、扉を開ける。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」


 小さく手を合わせて謝罪した彼女の前に立っていたのは、制服を着た女子生徒だった。

 ロングヘアの先輩の対になるように、黒髪をショートボブにした少女だ。前髪には白と黒のヘアピンが交差するように留められており、アクセントになっている。


「ううん、大丈夫。ごめんね、お姉ちゃん」


「ああ、いいのいいの! タマちゃんの顔が久しぶりに見られて、お姉ちゃん嬉しいよ~!」


 歩み寄って抱擁しているところを見ると、それは本心なのだろう。先輩にはない、中学生にしては豊満な胸部を、寂しい胸部で堪能している。

 一方、タマちゃんと呼ばれた少女も、困惑はすれど嫌ではないようだ。


「ふーっ、満喫した。――あっ、紹介が遅れたね。従姉妹のタマミちゃんだっ」


「は、はじめまして。今日はその、なんといいますか……ご、ごめんなさい!」


 紹介された後、すぐに全力で頭を下げられて、思わず驚く。


「あー、ほらほら。そんな事しなくても怒ったりしないからさ、顔を上げてごらん?」


「はい……」


「それで、こっちが私の助手兼後輩君だ!」


「よろしくお願いします。えっと……タマミさん、って呼んでもいいかな?」


「は、はいっ。ど、どうぞ……」


 まだ少し怯えられているが、年上の初対面の男が相手では仕方ないだろう。兎にも角にも、これでお互いの事を知ることができたわけだ。


「それで、タマちゃん。詳しく聞かせてもらえるかな。タマちゃん達がここでしたこと――こっくりさんについて」




―――




 事の発端は一週間前。先輩の従姉妹、タマちゃんと友人達合わせて4人で、こっくりさんをしたのだという。

 人が滅多に寄り付かない教室なこともあり、彼らはこの場所を選んだ。教師陣が施錠していると思いこんでいるだけで、実際には立て付けが悪いだけだと知っていたことも、この場所を選ぶ理由となったようだ。


 始めは順調に進行していたそうだが、途中で男子生徒が急に奇声を発して教室を出て行き、翌日は学校を休んだそうだ。

 手の込んだ悪戯だろうと彼らは考えていたそうだが、今日まで一度も登校していないらしい。


 お見舞いにも行ったそうだが、親はお礼の言葉だけで、詳しい事を話してくれなかったことが更に不気味だという。


 もしかしたら、こっくりさんに祟られたんじゃないか。あの男子は、取り憑かれてしまったんじゃないか。中断してしまった自分達も、祟られているんじゃないか。

 一緒に行った女子生徒が、泣きながら訴えかけてきたことで自分も不安になり、オカルトに詳しい先輩を思い出し、連絡を取ったそうだ。


 以上を、先輩がタマちゃんから聞き取ってくれた。下手に口を挟んでも、きっと好転しないだろうと思っていたし。


「……よし! 分かったよタマちゃん、私達に任せておきたまえっ!」


「あ、ありがとうございます!」


「うんうん。――後輩君、いつものやつを出してくれ」


「はい」


 先輩からの指示を受け、肩に掛けていたトートバッグを近くの机の上に下ろし、ファスナーを開いた。

 中からそれぞれ新品の、A4サイズのスケッチブックと赤と黒のボールペンを取り出し、手渡した。スケッチブックはリングタイプではなく、引っ張ると1枚取れるタイプだ。


 この活動を始めてから、こういった小物類を用意しておくのは僕の役目だ。新品であることにも、勿論意味がある。


「ん、ありがと。じゃあ、私が描き終わるまで、ちょっと待っててくれたまえ」


「了解です」


 椅子に座って作業を開始している姿を、黙って見守る。タマちゃんもそれに倣って、少し離れた椅子へと腰を下ろした。


 少し悲しく思いつつ、窓から外を見る。夕日が沈もうとする姿が目に入り、教室を茜色に染めている。

 もうすぐ黄昏時だ。


「うーん、打ち解けてもらおうと思ってたんだけど、二人ともだんまりかい? こういう時は男がリードするものだよ、後輩君!」


「いやぁ、面目ない」


 口では申し訳ない気持ちを伝えつつ、無理難題を押し付けられたことと、多感な年代の少女と何を話せば良いんだ、という葛藤を飲み込む。


「まぁ、いいさ。――それなら、今回の問答に入ろうじゃないか」


「拝承」


 きた。

 先輩と邂逅して以降、何度となく繰り返されてきたやりとりだ。


「え、あ、あの……?」


 タマちゃんが混乱する中、会話は続く。


「じゃあ後輩君。君が知っている『こっくりさん』について、語ってもらおうか」


「はい」


 予想通りのお題に胸を撫で下ろし、僕は自身の知識を総動員して、咳払いの後、答えを返す。


「テーブル・ターニングを源流とする、所謂(いわゆる)占いの一種です。用意するものは、五十音・0から9までの数字・肯定と否定を意味する言葉・そして中心上部に赤で書かれた鳥居が書かれた紙と、10円硬貨。鳥居の上に硬貨を配置し、参加者が指を上に乗せて霊を呼び出す。そして質問を投げかけると、指が乗せられた硬貨が自然に動き、答えを示してくれる、と」


「基本のおさらいだね。西洋のウィジャボードから派生したものである事は、言うまでもないだろう」


「その辺りは、一応。……続けますね。質問に答えてもらったら、呼び出した時と同様に言葉を唱え、霊を還す。この際、霊を呼び出している間は、硬貨から指を離してはいけない。霊が還ったことを確認する前に、離すことも同様。それを破ってしまうと、霊に取り憑かれてしまう、と言われています」


 言葉を切り、成り行きを見守っていた少女に視線を向ける。向けられた彼女は胸の前で手を組んで震えており、今語ったことに対して同意を示すように、首を縦に振った。


「エンジェルさんや天使さん、他にはキューピットさんという派生もありますが、呼び出し・問いかけ・還す、このプロセスに変わりはありません。簡単にできることから、主に子どもが遊びですることが多いそうですね」


「その辺りの亜種の場合、呼び出すモノは霊ではなく名称に変わってたりするんだろうかね。――ちなみに、後輩君はやったことあるかい?」


「小学生の時分に、一度だけ。スタンダードなタイプだったんですが……まぁ、特に面白いことは無かったですよ」


「なんだ、そりゃ残念だね」


 返事をしながらも、先輩は手を止めることはない。今も一字ずつ丁寧に、紙へと色を広げている。


「それで、知っていることは全部かい?」


「他となると……そうですね。こっくりさんは、漢字で『狐狗狸』と書く、とかですかね」


 教壇の前まで移動し、白のチョークで板書に書き示した。おそらく知らなかったのだろう、タマちゃんが興味深そうにこちらを見ている。


「そもそもこっくりさんは、低級の動物霊を呼び出すものだと言われています。その中でも、人を騙す狐や狸――つまり狐狸(こり)と、憑きもの筋で有名な狗神(いぬがみ)()を、当て字として用いたのでしょう」


 それ以上の説明に黒板は使用しないので、手をハンカチで拭い、再び席へと戻る。


「霊が答えてくれるとは言いますが、諸説あります。本当に硬貨に霊が入っている説は勿論、参加者が無意識に動かしている説。または、無意識ではなく意図的に動かしている説も」


「後輩君は、その中だとどれだと思っているんだい?」


「1つ目の、動物霊が動かしている説です」


「その理由は?」


「僕の傾向なんて、先輩は知っているでしょうに」


 わざわざ語らせようとする先輩に対して、肩を竦めてみせる。一年はおろか、半年にも満たない付き合いだが、互いのスタンスについては、双方ともに理解しているのだ。


「全てを科学で説明出来たらつまらない。少しくらいは、超常の存在が入り込む余地があってもいいんじゃないか。――そういうことですよ」


 いつも通りの答えを口にし、意思を示した。そう、何から何まで明らかである必要なんてない。分からないことがある方が、日々の生活は豊かになる。


 そうでなければ、誰が死後について信じるというのか。誰が幽霊を信じるというのか。


 墓前で手を合わせる際、先祖の冥福を祈る時点で、既に目に見えない存在を肯定しているというのに。


「うむ! ……後輩君、話は以上かい?」


「即座に思い出せる範囲というなら、これで全部ですね」


「そうかい、ありがとう。丁度、こっちも描き終わったよ」


 そう言って先輩は、僕とタマちゃんに手招きをした。それに従って近づき、机の上に目を向けると、確かに完成していた。

 育ちの良さがうかがえる書体であり、見ているだけで気分が良くなりそうだ。


 作業を終えた先輩は、教室の掛け時計を確認し、こちらへと振り返る。時刻は、5時を少し過ぎたところだ。


「幸い、まだ少し時間があることだし、さっきの後輩君の説明の補足をしておこうか」


 これからすることにも関係するしね、と言い、語り始めた。


「まず、後輩君が言った霊を呼び出すという行為。つまり、これは降霊術だね」


 机の間を縫うように、左右を行ったり来たりしている。さながら、推理を披露している探偵のようだ。


「降霊術、つまり召喚するのに必要なものと言えば、代表的なものだと魔法陣(まほうじん)になる。これに関しては、フィクション等でも有名だろう」


 そこで一度切り、先輩は今しがた完成したばかりの紙を、こちらに示すように見せた。


「魔法陣と言えば、普通は円形を思い浮かべるだろう。しかしそれは、本来の意味での魔法陣――所謂、魔法円の影響だ。召喚する為の術式を()かれたものである以上、この紙も1つの魔法陣と言える」


「お姉ちゃん、魔法円って……?」


 おずおずと挙手するタマちゃんに、良いことを聞いたとばかりに先輩は大きく頷く。


「うむ。そもそも、魔法陣には2種類あるんだ。1つは、知っての通り召喚するためのもの。もう1つは、召喚した対象から身を護るためのものだ」


 彼女の顔を見つめたまま、指を一本立て、説明を続ける。


「そもそも魔法陣は、術者を(まも)るものを指していたんだ。召喚した存在から、自らが危害を加えられないようにね。魔法陣から悪魔なんかが出てくるのは、近代の影響が強い。私は、前者を『護方陣(ごほうじん)』後者を『魔法陣』と呼び分けているけどね。――話を戻そう」


 手を戻し、再び視界を往復するように歩き始めた。


召喚する(よびだす)以上、召還(かえす)までがセットなことは、後輩君には言うまでもないだろう。タマちゃんにも分かりやすく言うと、帰るまでが遠足、ってヤツさ。呼び出しておいて元の場所に戻さないなんて、そりゃ怒りたくもなる。こっくりさんを(かえ)すまでの注意点なんかは、この辺りが関係していると、私は考えている」


 そこでふと立ち止まり、ポンと手を打った。なにか思いついたのだろうか。


「後輩君、中心の机以外、四角に寄せておいてくれないかい?」


「……? えぇ、分かりました」


「わ、私も手伝いますっ」


 手伝おうとしてくれた少女に、大丈夫、と一言告げて待つように言った。引き出しには何も入っていないので、この程度は一人で十分だ。


 運ぶ作業をしている間にも、先輩の話は続く。


「後輩君は言及していなかったけど、こっくりさんで用いた紙や硬貨を早めに処理することも、注意点の1つとして挙げられているんだ。召喚に用いたものをそのままにしておいて、意図しない召喚を防ぐためにね。魔法陣は破いて無力化、硬貨は人の手を渡らせることで、魔法の残滓を消す意味がある」


「魔法陣は形を崩すという点で分かりますが、硬貨はそんな方法で大丈夫なんですか?」


「問題ないさ。寧ろ、ベストな処理方法だと言えるね」


「と、言いますと?」


「簡単なことさ、後輩君」


 出来の悪い弟子に接するようにチッチッチっと指を振り、ニヤッと笑った。


「魔法や怪異の対極とも言える、科学溢れる世間を(まわ)るんだ。あっという間に霧消しちゃうさ」


「なるほど、道理で」


 普通の人は、魔法なんて信じてはいない。火をおこすのにも詠唱など必要のない、ライターやマッチを使う世界を選んだからだ。

 そんな信じられていない空間を渡り歩けば、魔に属する触媒など、効力を失くすだろう。


 そうこうしているうちに、作業は無事に終わった。机や椅子は四角に追い込まれ、中心の一脚を囲むように3人が集まっている形となった。


「よし。時間も丁度良い感じだし、場も整った。そろそろ始めるとしようか」


 先輩のその宣言を合図に、僕達3人のこっくりさんは始まる。

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