4冊目
学生の本分は勉学である。なんてわたしが言うのは少しおかしいだろうか。けれど、奴の場合はそんなこと無いだろう。
奴はこの学校で「良い成績を取る役」に属している。
自ら進んでかどうかを置き去りにしても、そこは変わらないはずだ。
そんな奴が「わからない」だなんて、口にして許されるはずがない。
「あんたにわからないこと、わたしがわかるわけ無いでしょう。」
少しの苛立ちと毒を混ぜながら、突き放すようにわたしは答えた。
「強い言うなら、勉学じゃないの」
「それは、義務であって求めていることではないだろう」
「なにそれ。哲学ごっこならよそでやってくれないかな」
適当に受け流すと、わたしは再び本へと視線を落とした。この話はもうおしまいだと暗に示すように。
けれどそいつは、おかまいなしに私に話しかけてくる。
「仮に勉強が目的だと言うのなら、ここでこうして本を読んでいる必要はないだろう。」
私は、わざとらしく大きめのため息を吐き出して、本に栞を挟んだ。
いまなお本に目を戻さずこちらを見ているそいつ。まあ、丁度読んでいたところもきりがよかったし。たまには、普段と違う人種と話すのも良いだろう。
「なぜ学校へ来るのか。という問いに対しての答えなら、勉学で正解でしょう。それに、高校で勉強することは義務ではないわ。選択よ」
将来性という不透明な約束ごとに縛り付けられた選択だ。まあ、行ける環境にあるならば、高校くらい行っても罰は当たらない。
「なら、学校へ来る理由は高校生であることを選んだから。になるのか」
「そうかもね」
数学の問題を解くように真面目な顔をしながら、そいつは私の解説を飲み込んだ。
「で、つまり学校へは何を求めて来ているんだ?」
どうやら、それっぽい話ではぐらかされてくれないらしい。
私は、わざとらしくまたひとつ大きなため息を吐き出した。というのも、答えらしい答えの無い問答に早くも辟易し始めていたのだ。
「カカオはなんの為に実をつけるかわかる?」
「なんだ突然。今は関係ないだろう」
「いいから」
またしても、眉間にシワを寄せながら腕組をして考える。こいつがこんなにも考え込むのを始めて見た。
もしかしたら、学校のテストの時以上に頭を悩ませているのかもしれない。まあ、テスト中どころか授業中でさえこいつの顔なんて見たこと無いから、知らないけれど。
「チョコレートに加工されるためか」
「意外。あなたなら、種子を残すためとでも言うのかと思ったわ」
意地悪に笑ってやっても、クラスの男子共みたいに狼狽えることはなく、毅然としたい態度で私の方を見ていた。
「君が、そんなに素直な問題を出すとは考えられない。」
「私としては不快な回答だけれど、たしかにそうね」
まるで、毅然とした態度をとるように義務付けられたロボットのように見える。そんなロボットのネジを一本だけでいいから外してみたいと思った。
「それは、生産者の都合よ」
「なら、種子を残すためか」
「あなたがいったのよ。そんな回答を求めていると思うの」
「それもそうだ」
はじめてコーヒーを飲んだ子供のように眉間にシワを寄せて、そいつは考え込んでいた。
「遺伝子に組み込まれた性質だからか」
「ひとつ前の回答と違いがわからないわ」
表情をかえずに、そいつは前を向いてまた考え始めた。
種明かしをすると、この問題には明確な答えがない。だから、そいつが出した二つの回答もある意味正解だ。
今まで正解の用意された問題だけを解いてきた人間に、こんな問題を出したらどうなるのか気になったからだ。
結果はギブアップなのか、私が思いもつかない回答をしてくるのかはわからないけれど、途中経過は少しおもしろいと感じられた。
そいつが悩んでいる間に、私はまた本を開いた。
丁度いい静寂が、図書室を満たしていく。私はまた物語の世界に没頭した。
「効率的にカカオ豆を生産るためか」
「はじめと変わってない」
時々、思い付きではじめた会話を楽しんでいることに気づかされながら。