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3冊目

 図書委員に、変わった奴が居る。同じクラスの男子だ。

 

 一年の時からテストでは常に上位にいて、同じクラスでなくてもそいつの存在を知っている奴は多い。自称進学校だから、先生からの期待もあつい。最近は成績が落ち込んでいるようだけれど、誰にだってよくあることだ。すぐに戻ってくるだろう。


 落ち込んでいるといったって、上位二十位以内には確実に入っている。


 私は、義務付けられたようにろくでなしの順位だ。


 いや、『義務付けられたようにろくでなしの順位を取る役』を演じているといったほうが的確かもしれない。とにかく、わたしとは正反対の奴だ。


 変わった部分というのは、勉強ができることでも、成績が落ちてきたことでもない。友達がいるのか怪しいところでも、休日の行動が読めないことでもない。


 奴は、図書委員の当番の時に、きちんと図書室に現れるということだ。

 

 進学校において、委員会に出るということは、内申点を上げる必要性において重要視されそうだが、“自称”進学校の場合はそうではない。


 私たちの価値は、明確に数値化されている。テストの点数や、授業態度の点数。これを合計したものが、私たちの価値だ。


 委員会に出ている暇があれば、テストの点数を上げる方法を考えるべきである。


 美化委員なんて、用務員さんが居れば事足りる。飼育委員なんて、飼育しなければ良い。放送委員なんて、お昼時に自動でクラシックが流れるように設定しておけば、人間は必要ない。


 図書委員だって同じだ。司書教諭がいれば、私たちの存在なんて必要ない。学校という大きな枠の中に、委員会という小さな箱を作る必要があっただけだ。中身なんて、必要ない。


 誰も入りたがらない箱だから、私は進んで入っている。孤独の箱が欲しかったからだ。本当の自分を入れておくには、心地よいサイズだった。


 例の変わった奴は、成績が落ちてきたころに、私の箱に入り込んできた。私は最初、私に近づいてくる哀れな奴なのかと思った。


 学校という集団の中には、自分の地位を変えようともがく奴がいる。


 私は、クラスカースト上位の中でも少しだけとっつきやすい見た目と雰囲気らしい。だから、私に気に入られて少しでも自分の順位を上げようとする奴がいる。


 そういう奴の目は、決まって甘いだけの、安物の蜂蜜みたいな目をしていた。

 

 女なら、私と仲良くなることで、上位グループに指先だけでも引っ掛かりを付けておきたいという欲。


 男なら、私か、私に近しい人間を彼女にして自分の価値を底上げしようという欲。


 それらの甘い欲が無意識のうちににじみ出ている。そういうことに敏感すぎる私は、絡み付く甘さに胸焼けを起こしそうになる。けれど、私はそれを無下にできない。その気持ちを、理解できてしまうから。


 変わった奴からは、何故かその甘味を感じなかった。


 甘さどころか、派手だという岳で度々向けられる嫌悪のような苦味も。怒りのような辛さもなかった。言うなれば、スーパーの特売で売っている安い豆腐のよう。甘いのかも苦いのかもわからない。


 だからだろうか、奴がここに居たところで不快感を感じないのは。不快感どころか、そもそも気にも止めていない。


 居ないにこしたことはないけれど、居たからといってどうとも思わない。そんな奴だった。


「黒川は、学校に何を求めている?」


 だから、珍しくそいつが言葉を発したとき、私は人が言葉を発したと認識するのに時間がかかった。


「僕なんかとは、会話も嫌なのか。それとも、突拍子も無さすぎただろうか」


「え、ああごめん。もしかしてわたしに話かけてたの」

 一言目よりも小さく、溢してしまったように発せられた言葉に、わたしはようやく反応を示した。


「この部屋には、今のところ僕と黒川しか居ないんだから、当たり前だろう」


 読んでいる文庫本から目線も外さずに「当たり前」などと言われたところで、私にとっての当たり前と、こいつとの当たり前がかけ離れたところにあるとしか思えなかった。


「人に話かけているつもりなら、文庫本にくっついている目を引き剥がして、話し相手の方を見るのが、当たり前ってやつなんじゃないの」


 わざと大袈裟に文庫本から顔を引き剥がして奴の方を見た。


「確かに。申し訳ない。」


 本当に今まで読んでいたのかと疑いたくなるようなそっけなさで本から目を話すと、私の方を向いて軽く頭を下げた。


 今まで何度か図書室で鉢合わせになっていたはずなのに、奴が目線を上げたそのとき、はじめて目が合った。


 何を見ているのかわからない。むしろ、なにも見ていないような目。光の反射具合もあるのだろうが、目にハイライトが入っていないイラストを思わせる目だった。


「あんたの方が、何が楽しくて学校来てるのかわからないわよ」


 思わず本音が漏れてしまっても、それが届いているのかいまいちよくわからない。そんな奴だ。


「そうなんだ。僕はそれがわからない」


「なに言ってんのお前。はあ?」


 劣等生役として口汚いというポーズではなく。本気でそう溢してしまうほど、奴の意図が読めなかった。


 嫌悪を抱く隙間が無いくらい、疑問と異質物を見る不思議さに埋もれてしまった。

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