表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

6杯目

 やつに水をかけてから、一週間プラス少しの時間が過ぎた。土曜日のキッチンへ通うようになって、土曜日にあそこへ行かなかったのはいつぶりだろう。日曜日のお昼ごはんを食べても、私は自室のテレビの前から動けないでいた。


 クローゼットの奥の方には、相変わらず僕の殺人道具が収納されている。水をかけたあの日から、クローゼットの奥の道具が誰のものなのかわからなくなっていた。


 僕の殺人道具だと思っているが、もしかしたら私が自殺をするための道具なのかもしれない。


 両親への罪悪感や、秘密を隠している友人への後ろめたさから、誰かのせいにしているだけなのではないだろうか。


 私は、二重人格なんかじゃない。死ぬことで誰かと入れ替わっているなんてない。けれど、私と僕は同じではない。私は偽物で、本物は僕だ。心では、そう思っている。


 けれど、学校へ行っているのは私だ。ノートを取っているのも、友達とお弁当を食べているのも、授業の合間に隠れて芳穂さんの本を読んでいるのも私だ。僕が借りた本を、私が読んでいる。


 そういえば、この一週間学校では特に変わったことはなかった。


 月曜日の朝は、心配と不安からお腹が痛くて仕方がなかった。


 学校中に言いふらされていたらどうしよう。自分の机が落書きにまみれていたらどうしよう。


 ラインのグループを急に退会させられたら。お昼を一人で食べなければいけなくなったら。授業中の発言以外、誰とも会話せずに帰ることになったら。みんなからの視線が、どす黒い色に変わっていったら。


 そんなことを考えると、ハリネズミを丸飲みしたかのように私の胃はキリキリと痛んだ。


 それでもなんとか学校へ行ったのは、やつのせいで行けなくなるという事実が悔しかったからだ。


 僕の大好きな日常を壊されそうになったのに、私の日常まで壊されたままで居られなかった。


 火曜日は吐き気が収まらなくて、遅刻ギリギリまで駅のトイレから出られなかった。


「学校生活が壊れてしまったら、やつを椅子でぶちのめして、停学にでもなってやる」


 頭の中で何度も椅子を振りかぶるシミュレーションをしながら、なんとか教室へとたどり着いた。


 学校生活は、平穏そのものだった。


 友達は何度目かの彼氏の愚痴を笑いながら話していた。別の友達は、甘えるような声で私に数学のノートを借りていった。別の友人からは、飴玉を貰った。


 今までと変わらない、平穏な日々だった。


 やつの目的が、まったく見当がつかなかった。学校でやつが視界に入るたびに、一番近くにある椅子の位置を確認していたけれど、話しかけてくることもなく、物静かなグループ数人で集まっていた。それも、普段と変わらない私にとっての背景だった。


 お昼のバラエティ番組が、テレビから垂れ流される。有名な女優が、不倫をしていたらしい。都心にあるパンケーキ屋さんから、行列が絶えないらしい。


 眺めてはいるけれど、テレビから流れる動画と音声は、私の脳を少しタッチしてすぐにどこかえ消えてしまう。


「君みたいな人を探していたんだ」


 あの時やつが言っていた言葉が、テレビからの情報の侵入を拒んでいた。


 意味がわからない。


 成績がすこぶる良いわけではない。異性にモテた試しもない。ファンタジーな話は、少年誌のバトル物が好きだ。


 学校は、平穏だった。


 土曜日のキッチンは、まだ僕にとっての平穏だろうか。


 また、ハリネズミを丸のみしたような胃の痛み。月曜日よりも、ハリネズミの活きがいい。


 あそこは、僕にとっての日常だ。数少ない、本物の僕が、本物の僕として受け入れられている場所だ。


 芳穂さんに借りている本をまだ返していない。手物にある本が終われば、また別の本を借りる予定だ。


 それに、あんな日陰者のせいで、僕の日常が壊れてしまうのは気に食わない。


 もし、土曜日のキッチンの雰囲気が変わっていたら、駅前のお花屋さんでサボテンを買おう。とびっきり針の硬そうなやつを。


 そして、やつの家を見つけ出して、そのサボテンで殴打してやる。


 私の自殺なのか、僕による他殺なのかの答えはまだ出ていない。


 それでも僕は、クローゼットを空けて、殺人を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ