0話『約束と祝詞』
三賢者とは、偉大なる魔法使いを育てた人たちのことを言います。
魔法を教えたのがオズ。
戦いを教えたのがマーリン。
理を教えたのがマゴス。
と、言われている。
そしてこの物語におけるこの三人はそれぞれの賢者の名を受け継いだ者たちのことです。
先生は優しい。
私になんでもしてくれる。
魔法のことも家事とかも、なんだって教えてくれる。
けれど、先生は外の世界については一つも教えてくれない。
食器を片付け終わり、私は魔法の本を読みながらぼんやりと考える。
先生はとても優しい。
どうして外の世界について教えてくれないのか、私なりに考える。
一つめ、私に見られたらいけないものがたくさんあるから。
二つめ、先生が知ってほしくないものがたくさんあるから。
三つめ、私が、世界に嫌われているから。
と、そこに玄関から声が聞こえてきた。
「荷物きたのかな?」
私は読んでいた本をテーブルに置き、玄関に向かう。
「はーい。 今いきます」
扉を開ける。
「どちら様です、か?」
そこにいたのは、真っ黒な人だった。
暗く、黒く、なのになぜか眼光だけがギラギラと光っているその人は、にたりと目と口を歪め、不敵な笑みを向ける。
「……」
あぁ、これ嫌なやつだ。
一年前に、私を嫌っていたやつらと同じ。
「ねぇ、出たい?」
「えっ?」
「ここから、出たい? ねぇ、出たい?」
なに、こいつ。
私に話かけてくる。
陰口や悪口じゃなくて、私に直接話をしてくる。
答えて、いいのかな。
「ねぇ、ねぇ。 ここは、せまいよ。 出ようよ」
黒いそれは、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
ゆっくり、ゆっくり。 なのに、逃げることができない。
逃げないとと本能が思っているのに、体がいうことをきかない。
「出たい、よね? 一緒に出ようよ」
手はゆっくり私を包んでいく。
「大丈夫、怖くない。 すぐに終わる、から」
ゆっくり、この世界から光が消えていく。
暗闇が私を包み込んでいく。
あぁ、どうしてだろう。
どうしてこんなに、落ち着いているんだろう。
あのときの、あの人たちには感じたことがないこんな気持ち、この人はあの人たちとなにか違う。
まるで先生といるような、そんな安心感だけが、私の心にはあった。
きっとこの感情があってしまったから、私は逃げれなかったのかも知れない。
ゆっくり目を閉じていく。
先生、ごめんなさい。
同時刻、ロンドンにて。
「それで、君はどうするんだい?」
「どうって?」
「世界からの預言が一年前のあの異常を指しているなら、隠し子をもっと厳重に見ておくべきなのでは?」
「マーリン。 隠し子じゃないよ? 彼女にはもうディアナという名前があるんだ。 そんな言葉で彼女を呼ぶのはやめてくれ」
「すまない。 では、ディアナと呼ばせてもらおう。 ディアナをもっと厳重に見ておくべきなのではないのか?」
「まだ彼女が原因と決まっているわけじゃないだろう。 それに、ディアナは私の世界から出る術を知らない」
「……こういってはあれなんだが、彼ならどこにでも入れるし、なんだって持ち出せてしまうんじゃないかな」
「彼? ってまさか、あいつが?」
「そう。 我ら三賢者の一人、炎繋のマゴス」
三賢者とは、私とマーリン、そしてマゴスの三人のことを言い表す言葉である。
「確かに、あいつなら私の結界の中にも入ってこれる」
でも、彼は私を嫌っているはずだ。
それなのにわざわざあちらから干渉しにくるか?
「もし世界のかく……、ディアナが生きているって世界にばれたら、きっと君は幽閉どころじゃすまないぞ」
そうか……。 そういうことか。
「マーリン、私はもう戻らせてもらう」
マゴスの狙いは、私を隔離、もしくは権力を無くすこと。
でも、それにディアナは関係ない。
巻き込むわけにはいかないんだ。
『___震え、震え、震え。 世界を震わせ真実を見せよ。 お前は私の、私はお前の世界を創るもの。 真実はすぐそこに、虚空の彼方より門を開け、光の使者よ___』
「っ!? 門が、開かない?」
「おかしいな……。 僕の眼も見えなくなった」
「いったい何が?」
瞬間だった。
鳴り響く轟音とともに地震に似た衝撃が広場全体に伝わる。
「まさか、もう異変がっ!?」
「オズ、僕は騎士とともに異変を見てくる。 君は早く帰る方法を見つけてディアナの無事を確認するんだ」
そういうとマーリンは走って広場を出ていく。
ディアナは無事だろうか。
『___震え、震え、震え。 世界を震わせ真実を見せよ。 お前は私の、私はお前の世界を創るもの。 真実はすぐそこに、虚空の彼方より門を開け、光の使者よ___』
「くそっ!」
門は開かない。
考えられる理由は二つ。
光の使者に見放された。
いや、それはできない契約だ。
もう一つは、この異常で一部の魔法が使えなくなっている。
すると、広場にいた魔法使いの一人が声をあらげる。
「空間移転ものの魔法が使えなくなってる! くそっ! 魔術都市だってのに魔法が使えなくなったら意味ないじゃねぇか!」
魔法が使えなくなる。
それは、魔術都市であるこの街では考えられないことだった。
なぜなら、水や火、電車に船など、すべてが魔法によって動いているからだ。
もし生活に必要な魔法が使えなくなったら、それはこの街が麻痺することになる。
「このまますべての魔法が使えなくなったら、この都市はおしまいだ!」
すると、更に大きい轟音と地震が起こる。
私は広場を出て、外の状況を確認しに行く。
「なんだ、あれは?」
そこにいたのは、黒い巨大な怪物だった。
「オズ!」
空を飛んでいたマーリンがこちらにくる。
「あれはなんなんだ?」
「おそらく、この異常の原因だと思う。 王の騎士たちでも手を焼いているってことは、かなり厄介なものであることは間違いない」
すると、そこにマーリンの言っていた騎士がくる。
「マーリン! 空を見ろ! 崩れ始めたぞ!」
上を見上げると、世界が作った魔術都市を守るための結界が、光の粒になって消えていっていた。
「まずい! このままだとこの都市は崩壊するぞ! オズ、なにか方法はないか!?」
「なにかって言われても!!」
「おやおや、ずいぶんお困りのようだねぇ。 お二人さん」
その声を耳に通した瞬間、私の背筋が凍る。
「……マゴス」
「やぁ、久しぶり」
「マゴス、あれは君の仕業かい? 僕たちの魔法が制限されているのも」
「はて、どちらも知らないな?」
マゴスは手を顎に当て、首を傾げる。
「ディアナは、ディアナには、なにかしたのかい?」
するとマゴスはにっこりと笑い、人差し指を立てて口に当てる。
「一つ、オズ君が約束をしてくれるならディアナちゃんの居場所とあれの対処法、教えてもいいよ?」
「な、約束だと!? 魔法使いにとってそれは破れぬ誓いそのものだぞ! オズ、してはいけないぞ! もう少しで王が到着する! それまで……」
「それはどんな約束だ?」
「なっ……!?」
マゴスは更に顔を歪める。
「実に簡単な話だよ。 オズ君、君には、永遠に君の結界に閉じ籠っていてほしいんだ」
「……それで、君が私の知りたいことを教えてくれるなら、私は約束するよ」
「では、約束の祝詞を」
『___汝は古の葉を司りし者、その言葉に嘘はなく、その言葉に偽りは許されない。 誓うならば答えよ___』
『___我、偉大なる魔法使いの名を受け継ぎしもの、オズ・ハドリウェスが誓う。 汝は我の願いを叶えし者。 汝の願いを聞き受けよう___』
たまたま読んでくださったかたは有難うございます_(._.)_