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刻印のアレリア  作者: 砂ノ城
第一の物語・月の姫
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2部5章《922年》フローラ

 娘であるお姉さまが、同じく娘である私の身代わりとして隣国ランスに送られると知ったお母様はそのあとすぐ、牢獄へと送られ、自分では救い出すこともできぬ娘を思い出さぬようにと当時からずっと遠ざけていた花を、庭師の方に頼み、部屋に飾っていたそうです。


 その花に、母の顔を見に部屋に立ち寄った私が気づく。


「お母様? そのお花はいったいどうなさったのですか、お母様のお部屋で今まで見たことがないお花ですけど」


 王妃である母が見つめている、花瓶に1輪だけの花。庭には数えきれない種類の花が咲き誇っている、庭に出ていてそれなりに花には詳しいはずの私が見たこともない花、綺麗でどこか儚げな印象の花。


「そう……あなたはこの花のことを知らないのね」


 後悔するように呟くお母様。悲しげな顔をしてる。


 言葉にするのを躊躇っている。けれど諦めたように口に出した。


「この花の名はローレル、以前はこの庭にもいっぱい咲いていて、でもすべて焼き払われいつしか忘れられてしまった花。そして……フローラ、あなたの姉の名でもある花よ」


「お姉、さま……? 私はひとりむすめだったはずでは」


 母が嘘を言う理由もないので、自分の上には亡くなった姉がいたのかと少し思った。でも、それなら知らないのも不思議な話です。


「あなたの姉は……わたしが……わたしがまもりきれなかったから……ごめんなさい……ごめんなさいローレル……」


 なにかを思い出したのか、急に泣き崩れる母。そんな母を抱き締める。詳しく聞きたかったが、いまの母を見てこれ以上聞くことはできなかった。だが存在も知らなかった姉の名は、私の中にも何かを残した。



 姉の存在を知った私は、昔から仕える家臣や使用人達に話を聞きに言ったが、話をにごされるばかりで答えてくれる者はいなかった。母は口を滑らせてしまったが、本来城ではその存在は語ってはならないものだったのでしょう。


 この時の私は知りもしませんでしたが国民を含め、姉姫がいたことを知るものがいないわけではなかったのです。


 私の親世代、それより上の世代であれば多くの者が知っていることでした。ですがお姉さまの扱いを知られたくなかったお父様は、城でその話をすることを禁じていたのです。


「姫様、どこでお知りになったかはしらねえが、そのことはこの城では決して語っちゃいけねえことなんだ、すまねえなぁ」


 そう断ってたのだが、それでも必死に頼み込むと庭師の方はぼそりと教えてくれた。お母様にローレルという名の花を用意した方でした。


「姉姫様は確かにおられた、太陽の天刻印を持たずにお産まれになられて、それでも娘として王女としてお育ちになられてたのですがね、姫様、フローラ様がお産まれになった後に起きた事件で別の天刻印を持つことが分かり、王は王妃様の不貞を疑いなすって、自分の娘とは認めないと、人前に出されることはなくなり、あっしらにも口に出すことを禁じられたのですわ」


 余計なことを言ってしまったと後悔する庭師だったが、もうここまで言ってしまった以上解雇されるのはまぬがれないかと観念し、すべてを語ることにした。


「今回隣国の王子へフローラ様の嫁入りを求める申し出に、姉姫様を代わりに差し出すことになさったらしく、おそらくもうそろそろ隣国に送り出されることになるかと思いますわ」


「そんなっ、私の身代わりにお姉様を差し出すというの!?」


「王様は姫様を大切に思ってらっしゃるから……」


「そんなことは言い訳にもならないわ!」


 どうにかしたい、そう思った私だったが、どうすればいいかもわからなかった。助けを求める人物にも心当たりがなかった。


「ひどい……お父様、あなたはなんていうことを。お姉様、お姉様は今どこに……!どこにおられるのですか!」


 庭師の方はそれ以上のことは知らなかったのか、答えてはくれなかった。


「誰か……誰か頼れる人は……。そうよ、彼ならお姉様のことも知っているかもしれない」


 オウロ大臣の息子で、子供の頃から城に出入りしていたルードさんのことを思い出した私は彼を頼ることにした私は、そのあとすぐに侍女のちゅんと彼の部屋へと向かう。


 ルードさんの部屋の前に着くと、激しいノックの連打の後、蹴破る勢いで戸が開け放うと子供の体格に侍女服のちゅんが転がり込んでいく。そして、左右をキョロキョロと見渡し、ルードさんを見つけるとビシッと指差した。


 城で執務用に個人的に与えられてる部屋で作業中、突入されたルードさんはその後ろから、フローラ姫が続いて部屋に入った私に呆れた視線を向けたあと、書くのを間違ったのか紙を丸めたものをちゅんに投げつける。


「おい、ちゅん。お前はまだ謹慎中のはずだが、なぜここにいる」


 それをさっと避けるちゅんに目を向け、頭に手をやり、首を横に振りながら呆れた顔のルードさん。


「終わったのです!」


「謹慎一週間を命じたのが、あのバカ坊っちゃんの来た日だからまだ三日目のはずだが?」


「終わったのです!」


 ちゅんは敬礼なんてする立場ではないから、兵士の真似事でしょうが。胸に拳をやり、背筋を伸ばして、敬礼で応じる。


「おい」


「謹慎は終わったのです!」


「……はぁ、もういい。フローラ様に近づいたからって、無闇に貴族に噛みつくんじゃないぞ、後処理が面倒だ」


 ルードさんは自分の追求にも聞く耳も持たず返答するちゅんに、何を言っても無駄だと諦めた顔で言う。


「姫ちゃまに近づくやつには鉄拳制裁なのですよ!」


「おまえ、噛んでるじゃないか、しかも思いきり」


 城で私を見かけ、口説くとまではいかないがしつこく話を続けちゅんの怒りに触れ、噛まれた貴族の訴えと、ちゅんをかばう私の間に入り、話をうやむやにすることに奔走したのだ。小言も言いたくなるのでしょう。


「言葉のあやなのです」


「使い方あってるかそれ」


「そんなことは置いといて姫ちゃまの話を聞くのです」


 お前が来なければ普通に話は進んだんだが、と呟いたのが私に聞こえたので、ちゅんにも聞こえてるはずですが気にした様子はなかった。



 ちゅんのことは置いておくことにしたのか、ルードさんは私の方へ向いた。


「……まあいい、でフローラ様、こんなとこまで何用ですか? ここを訪れたことなんて、初めてですが」


「そうでした、ルードさん! ルードさんにお聞きしたいことがあったのです。ルードさんはお姉さまを、第一王女ローレルさまをご存じですか!?」


 私には知られないようにお父様がしていることを知っているルードさんは、どこから知ったのかと疑問を持ったようでした。


 ですが、ランス王国へと嫁ぐお姉さまの準備のため動いてる人間もそれなりにいるので、そこら辺りかと自分なりに納得したようです。


 もっとも私は、お母様から聞いて知るまでは、周りの方達が何の準備に急がしそうにしているのかきづけなかったのですが。


「私が小さい頃にお会いしたこともありますし、今私がしてるのもローレル様絡みの書類の整理などなので、当然ですが知っています」


「なら、お姉さまがどこにいるかもご存じなのですか!?」


「城の地下におられます、牢獄ではありますがそれなりによい環境ですのでご心配はいりませんよ」


 牢獄、そう聞いて、やはり助けないと駄目だと私は思った。これ以上、姉を酷い目にあわせてはおけないと。


「お姉さまのところへ案内してください、お願いします」


「会ってどうなされるのですか?」


 頭を下げた私に、ルードさんはすぐ尋ねてきました。


 尋ねはしたものの、私が何を言いたいのかは分かっているようでした。


「お姉さまをひどい目には合わせておけません!」


 それでも、こう言うと、ルードさんはため息をつきます。


「そうですか、ローレル様のことを……助けたいということですか」


「このままではお姉様はあまりに不幸です、どうにかして助けてさしあげたいの……」


 私の言葉に、ルードさんは苦い顔をした。つらそうな顔だった。


 一瞬、出そうとした言葉を飲み込み、少し時間を置いて話始める。


「姫様、ローレル様を本気でお救いしたいとお思いなら今回のことはこのまま進めるべきなのです」


 考えた末に助けを求めたルードさんに、このように言われるとは思ってなかったのか驚いた。


「隣国の申し出を断って、このままこの国にいたのではローレル様は牢のなかで一生を過ごすことになります」


 そう言ったルードさんは強く私を見つめて、こう続ける。


「それとも、姫様が、隣国に行き、ローレル様に姫としてこの国に残っていただきますか?」


 そんなことは王が許すはずもないが。とも言った。


「それは……」


 姉を助けたいと言ったのが自分である以上、嫌とは言えなかった。が言葉に詰まってしまう。


「ローレル様にとっては隣国に嫁ぐこと、これが自由になるためには一番なのです。ランス王国には私もついてゆきますので、ローレル様のことはご心配なさらないでください」


 ルードさんの言葉に、私は諦めざるをえなかった。


 これ以上何を言ったところで、何の解決策も示せない私が嫌だ嫌だとわがままを言っているにすぎないからです。


「わかりました……姉のこと、よろしくおねがいします」


 頭を下げる私に、礼を返し、ルードさんは机に再び向かって作業を始めたので、私とちゅんはそのまま退出した。



 その後数日が過ぎ、お姉さまがランスへと送り出される日。城の前で式典が行われていた。


 隣国へと王女が嫁ぐということ、そして今まで生きているということも付せられてた王女であったこともあり、式典を見るために多くの国民が訪れている。


「あれが私のお姉様……お美しい方ね」


 お姉さまに会うことを望んだがそれはお父様に拒まれた私は、嫁入りのため城を出る式典を遠目に見ることだけは許されていたので、式典の衣装で着飾る姉を見つめていた。


 それに気付いたらしい隣に立つルードさんに何かを言われた様子のお姉さまはこちらへ目を向けたようでした。


 目が合ったのを感じたのは私だけだったのか、それともお姉さまも気づいてくださったのか。


 会った、といっていい距離なのか分かりませんが、私がお姉さまの存在を知り、初めて会ったのはこの時だったのです。


 美しい、私とは違って、研ぎ澄まされた刃のような美しい方だった。




 この出会いのあと、私がお姉さまと再び会うことになるのはまだ大分先になるのでした。


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