2部4章《922年》レクス
王様にランスへローレル様を身代わりに突き出すことを提案したルードはその後すぐオウロさんの所へ向かい、ローレル様の牢獄に向かう許可を取る。
今まで王の目を気にして、オウロさんはルードがローレル様に会うことを許さなかったが、今回ランスへ送られるローレル様にルードは付いていくことになるので、会わせる許可も出来たというわけだ。
階段を降りてきた音で俺達の存在に気づいたのか、鉄格子ごしにローレル様は顔を上げ目を向けたようだった。鉄格子の内側、本来火の灯っているはずの壁の燭台も消されてるようで、部屋の上部の窓からの月明かりが差し込むだけで、動いた気配が感じ取れるくらいで、顔や表情までは分からない。
「お前達はなんだ、こんなところになんの用だ」
関わるのもめんどうくさいとでもいう感じの声。世話をするために定期的に訪れる者はいるが、まともな用で訪れるモノなどいないのだ。そんな態度も仕方ないのかもしれない。
ルードはわかりやすく態度には出さなかったが、会えて嬉しいのに、自分に気づいてもらえなくて悲しいというのが俺には伝わってきた。
「ローレル様、私の名前はルード。今回、フローラ様を王子の妃にと求めるランス王国にあなたさまを代わりに差し出すことを王に進言したものです」
おお、名乗ったよ。やっぱり悲しかったんだな。
俺は後ろに立ち、腕を組んで壁に寄りかかって二人の様子を見てることにする。
「何をくだらないことを……私が他国へ嫁ぐ? 私にはここで朽ちてくのがお似合いだ。表に出ることがあるとすれば、死んだときだけだ」
会話は続いてるが鉄格子から最も離れた位置、部屋の奥、壁際の寝台に座ったまま近寄る様子はない。
ルードは名乗ったにも関わらずたいした反応もなく、気づかれなくて悲しんでる気配が漂いだした。
「暗いな……あまりに暗い」
失望した、そんな声を演じて、ローレル様の心を逆撫でする。
怒らせて元気を出させるなんて単純なことだが、今は有効だ。
「何?」
ルードの思惑通り反応を見せるローレル様。
鉄格子ごしにルードはローレル様に近づいた。俺の方からではよく見えていないが、目が合ったんだろう。
「ローレル、お前は美しい、そうまで美しく育ちながら、なぜそうまで暗いのだ。なぜ闇の底に住まうゴブリン共のように死んだ目をしている、お前はもっと……美しく輝けるはずだ」
愛され育っているであろう妹のようにうつくしく着飾ることもゆるされず、能力を封印し体の自由を奪う腕輪すら付けられていたローレル様。
牢獄に閉じ込められてる自分にたいしてのその言葉にローレル様は激昂し、つかみかかる勢いで鉄格子に近付いてルードを睨み付ける。
「……貴様に何がわかるというのだ!! 王家に伝わるものとは違う天刻印を持って産まれたというだけで、このような扱いを受ける私の、私のいったい何がわかるんだ!!」
そんな彼女にルードは笑う。
ちょっと演技っぽさが過ぎやしないかと俺は思うが、本心を知るが故か。
「なんだ、まだ怒れるんじゃないか。まだ生きてる、あなたの中にはまだ光がある。これなら、私があなたに賭けるだけの価値はあるようだ」
ルードにローレル様を利用するつもりなどない。
ローレル様に対して、ルードが本心を隠すための演技でしかない。だが、騙しきれる確信があるのだろう、そのまま演じ続ける。
言っている意味を理解できないのか一瞬力なく座り込み見上げるローレル様を見下ろすと、ルードは立つようにうながした。
牢の中にも月明かりは入る。牢獄暮らしでも世話をするために信用出来るものをオウロさんが定期的に通していた。
みじめとまでは言わないが、王族には相応しくない質素な服に身を包んでいるが、それなりに手入れされ、月に照らされたローレル様の髪は、宝石のようにとても美しかった。
「月の姫、あなたは美しい、あなたに永遠の忠誠を。あなたに仕え、あなたのために働くことを約束する。私はルード、この国にたいする悪魔になりたいだけの男です」
悪魔になりたいなんて芝居がかった台詞を言うルードに吹き出しそうになるが、我慢する。
この時の俺は知るよしもないが、爽やかな笑みを浮かべるルードを見てローレル様は、妹姫が産まれる以前に遊んだ男の子のことを、ルルと呼んでいたいつも笑顔だった少し年上の少年を思い出していた。
ルードの誘いに乗れば、ローレル様のここでの暮らしのように、ただ過ぎ行く時間を感じるだけの人生は終わる、それが自分にとって良い意味か悪い意味か考えているのかもしれない。
短くない時間、ローレル様は考える様子を見せ、それをルードは急かすことはなかった。
だが、しばらく時間が経ちルードは語り始める。
「これが、あなたにとっておそらく最後のチャンスです。脅すわけではありませんが、今回のことを避ければ、あなたには利用価値がなかったと、王があなたに何をするのかもわかりません」
この男は王に対する敬意など持っていない、とローレル様にも思わせる言葉だった。
ルードを信じたわけではないはずだ。それでも、ここで朽ちていくだけの人生に本当に納得していたわけでもないだろうローレル様は決意を込めた眼で、強くルードを見返した。
「……わかった。私のことは好きに使うがいい。お前の思惑に乗ってやる」
微かな笑顔で応えたローレル様に、実にいい笑顔を浮かべたルードは、鉄格子ごしにローレル様の手を取った。
ルードが左手の地刻印を使う。月明かりで出来た影がローレルの腕輪に絡み付き、天刻印を封印する力を砕いた。
「今はまだ腕輪から解放することくらいしか出来ませんが、近いうち必ずここから連れ出してみせます、もう少しお待ちください」
「いいえ、ありがとう。これがないだけでもずいぶん楽よ、ずっと何か見えない鎖にでもとらわれている感じだったから」
鎖。
親父が王の近辺で見かけたやつらは、そんな刻印を持ってたらしい。
いずれ戦うことになるやつらだ、調べておく必要があるか。
この再会から数日後、ルードはローレル様と共にランスへ旅立つことになる。