2部3章《922年》オウロ
馬鹿息子がランス王国へと向かい二ヶ月ほどか、そろそろ戻っても不思議ではないが、王子に会うなど上手くいったのだろうか。
フローラ様の生誕以降、以前にも増して変わっていく王を私達は止めることが出来ずにいる。王の周辺で不審な動きを見せる者も増えていく。王の力は増す一方だ。
息子の行動次第では、私も覚悟を決めねばならないのだろうな。
「ルード、お前がこの国にもたらすものは、民にとって良いことなのか悪いことなのか、私にはわからないよ」
幼い息子に、姫様を救いたければ強くなれと、そう言った。
息子は必死になって学び、戦い続けた。今では私よりもはるかに強くなった。それでもまだ、王に逆らえるだけの力があるかと言われると疑問だ。
ノックされる音の後、返答を待たずに扉が開かれる。
「入るぞ」
私の自室に勝手に入ってくる者などレオスくらいのものなので、驚きはない。壁に向かい置かれた机にて書類に目を落としていた私は座ったまま振り返りため息をつく。
「何十年も言っているが、ノックの意味あるのかそれ」
「しなくてもいいならしないが」
「そうじゃない、返事を待てと……まあいい、なんだ?」
何十年も直らないものが今さら直るものでもあるまい、
「ああ、レクスがお前のとこの息子より先に戻ったんでな、ほらよ、お前宛の預かりものだ」
丸められ紐でくくられた紙を渡される。
「ルードからの手紙、か」
「そうだろうな」
頷くレオスから受け取った手紙を、紐をほどき開き目を通す。
読み少し考える様子を見せる私に、手紙を寄越せと手を伸ばしてくるので渡す。
「いよいよ、か」
「あの馬鹿息子はもう止められんだろう」
ここまで暴走しそうになる息子を抑えてきた。
お前の失敗が、姫様をより苦しめることになると、そう言い聞かせて抑えてきた。
だが、もう止められない。最後のつもりで挑むだろう。
「ローレル様も来年二十歳、だからなんだという話だが、十五での成人の儀も行えてない姫様をこれ以上あそこには置いておけないってことだな」
レオスも私も、ローレル様をこんな目に合わせてしまっている負い目があるのだ。
天刻印の力さえ王に隠しとおせていれば、今も王女としていられたのかもしれない、そう思うとやりきれない。
「ああ、二十歳になられる前に助け出すつもりでいるはずだ」
期限は残り半年か。
だが、もうすぐ冬が来る。
ロベリア周辺では動くのに影響があるほど積もることはないが、雪が降れば体力を奪われる。行軍には不向きだ。
それを考えると動くのは春先、期限はもっと短くなる。
「あいつらが動き出す時には俺は助力する気でいるが、お前はどうするんだ、戦うのか?」
「私がか」
「お前だって昔は前線で兵を率いてただろう」
何年前の話だそれは。
「戦を離れてもう二十数年、それに来年四十五なんだが」
「年齢の話をしたら俺もそうだろうが」
ポーズを取り、筋肉を見せてくるレオスに嫌な顔をする。
「やめろ、筋肉を見せつけてくるな、悲しくなるだろ」
背筋も胸筋も腕も足も、昔と変わらずというか、年々ごつさを増してるのを感じてはいたよ。
「お前は元々細かったが、怪我をしたわけでもなんでもないのに、あの戦争の後、全然戦わなくなって随分痩せたからなぁ」
「戦って守れるものもあれば、戦わずに守れるものもあると知っただけさ」
それでも、いざという時動ける程度の訓練はしてきたつもりだが。レオスと比べると、ただの痩せた初老の男だ。
「訓練なら付き合うぞ」
「お前と訓練なんて死んでもごめんだ」
脳みそまで筋肉なやつのトレーニングなど、私には拷問でしかない。
残念そうな顔をするな、そんな顔をされてもしないぞ。
「久しぶりに模擬試合ならどうだ? 木剣でいいからさ」
「そんなに私を潰したいのかお前は」
「そうじゃねえよ、オウロとも若い頃はよくやってたろ、木剣でさ。懐かしいなってだけだ」
十代の頃、私やレオス、ソール、そして同世代のやつらは自分達の正義を貫くために、腕を磨くことに必死だった。
剣もそうだし、刻印の力もだ。
模擬試合もよくやったものだ。私は負けることの方が多かったのだが。
「お前に付き合うと筋肉痛になりそうで嫌なんだが、たまには付き合ってやるか、仕方ない」
「おう」
若い頃と変わらない無邪気な笑顔を向けてくるレオス。
二人で庭の訓練場に向かう。
城勤めの兵士達の訓練場だが、今日はその姿はなかった。
私とレオスとの模擬試合、兵士達がいれば娯楽気分で観戦されて鬱陶しかっただろうことを考えると、静かでよかったともいえる。
「よし、かかってこい」
「お前が負けたら腕立て伏せ千回するか?」
木剣をかまえ、どっしりと立っているレオスに、いつだったかの言葉を真似てやった。思い出したのか、笑みを浮かべる。
「あいつらがガキの頃にそんなことを言ったこともあったか、よく覚えてたなぁそんなこと」
「記憶力は自慢でな」
「だが、冗談でも俺に勝てると思うなよ」
馬鹿にするつもりはなかったが、どうやら私の言葉は筋肉馬鹿を本気にさせてしまったようだ。気力の高まりで、レオスの姿が大きく見える。
昔でも勝てる気がしなかったのに、老いてなお、あの頃以上とは。
「昔の勘を取り戻すまではお手柔らかに頼む」
しゃがみこむ動作と体重移動で前方に滑り込みながら、膝辺りの高さで剣を横に振る。
読まれていたのか余裕をもってレオスは飛び上がり避けると、構えていた上段から着地する勢いそのまま振り下ろす。
「っ……」
転がって避けて、立ち上がり木剣を構えて向かい合う。
「ルードに似たのか、ルードが似たのか。普通は子が親に似るもんだが、昔のお前はそこまで変則的な動きはしていなかったし、子に似たのかね」
「若い頃と違って力押しできるわけでもなし、細身の息子の剣は参考になる」
「ふっ、ほらもう一本来い!」
完全に上から見られているが、それもまた仕方ない。
なにせもう何十年も剣など振るってこなかったのだ、頭の中のイメージに体がついていかないのもある。
「くそっ」
正面から剣を振ったのでは当然のように弾かれ落とされる、かといって蹴りを混ぜても防がれる。
「さすがに将軍を任されてるだけのことはあるな」
普段あまり素直に誉められることがないからか、素直な私の言葉にニヤリとする。
「お前も、全然訓練してなかった割にはいいと思うぞ」
お世辞の言えるやつでもないし、それは本心だろう。
だが全然駄目なことは自分でわかる。
「駄目だ駄目だ、鍛え直さないと話にならんな」
私は諦めて、庭の芝にそのまま寝転がる。
懐かしい感触だった、服が汚れることも気にせずこんなことが出来たのはどれくらい前だったか。
横になって見上げる空は、雲もなく澄んだ空だった。
「俺ならいつでも付き合うからよ」
「それは遠慮しとく」
「なんでだよ!」
善意で言った言葉をすげなく断られたレオスはふんっ、と鼻を鳴らすと私の隣に横になる。
「なあレオス」
「なんだよ」
「お前にソールが討てるか? あいつの周りがどうとかじゃなく、気持ちの問題でさ」
私の問いに、数分以上考えたレオスが答える。
「……討ちたくはないな、いくら変わっちまっても友達だろ」
「成長したな、昔ならただ殴るって言うだけだったのにな」
「お互いもういい年だしな、殴って解決しないこともあると理解したさ」
でないと将軍になんてなれないか。
私だってソールを討つようなことはしたくない。
それでもこれ以上衰退していく国をただ見ているというのも出来ない。
「革命戦争なんて、やらずに済んだなら……」
「革命なんてやめとけと、息子を止めるか?」
「……」
「ルードはローレル様さえ救えれば、国なんてどうなってもいいんじゃないか?」
さすがにそこまでら言わないとは思うが、最優先はローレル様だろう。
「ローレル様を救いだし、ローレル様がこの国にいることを望むのなら、そのためには、ソールを討たないわけにはいかないだろうな」
ローレルの存在を忘れている可能性もあるソール。
それでも存在を思い出せば、目障りだろう。
「ルードが帰ったら話し合おう。民に被害を少なくするためにもどうすべきなのかを」
ソールを討つにしても、王都を攻めるには戦力が足りない。
暗殺も困難だが、出来たとしても簒奪者となってしまっては後の統治が難しい。
その後数日が過ぎ、国へと戻ったルードは王の元へ向かい、フローラを寄越せとも取れる書状を使者より受け取り激昂していた王に言った。
「陛下、フローラ様は太陽の天刻印を持ち、いずれ婿を迎え、この国を継いでゆく身の上。幸いにも隣国の王は、王女をと言ってきております。我が国にはこのような時のために生かしてある王女がいるのをお忘れでしょうか」
ルードの意見は王に受け入れられた。
「よくぞ言ってくれた、それでゆこう」
太陽を持つフローラではなく、ローレルを差し出すことで済むのなら、太陽の天刻印を手元に残せるのだ。なんの問題もないではないか、そう思ったのだろう。
ここからルードとローレル様の周りは忙しくなる