2部2章《922年》ルード②
私の頼み通りヴォイドはランスの国王、実の父に隣国ロベリアの姫ならば嫁にとってもいい、と言ってくれた。
本来他国の姫を嫁に迎えるなど大事だが、息子が戦ばかりで後継のことなど考えなどせずにいるのを不安に思っていたランスの国王は、これはチャンスだと乗り気で動き出す。
「これでいいのか? おそらく数日中にはロベリア宛の書状を用意することが出来るだろう」
前回と同じ酒場の個室には私とレクス、ヴォイド。
護衛にはライとコウ、そしてオウだったのだが今回は代わりにセンが来ている。
「すまないな、助かる」
今回も向かい合ったソファーのこちら側に私とレクス、あちら側にはヴォイド。その後ろに護衛達三人が立っている。ライはたまに座ってはコウにつつかれて立ち上がるのを繰り返してる。
「しかし、ただ我が国を訪れただけで、王族になど会えるはずもないお前らが我が国からロベリア王家への書状を持って帰ったのでは不審がられるだろう?」
姫様達の誕生以前からだと人格的に変わってしまったと、父やレオス将軍に言われている国王だが、衰退は止まらないが国を荒らさない程度にはまともに治めている。
判断力がないわけでもない。
それに王の異変に気づき動いてる者達もいれば、今の王に取り入っている者達もいる。その者達は自分達の権力が失われるのを恐れ、王を、自分の立場を守ることには注意を払っている。
「そうだな、それに関してはそちら側で使者を出してもらえるように出来ないだろうか」
その方が内容はともかく、他国からの正式な申し出であるとして、自然に受け入れられるだろう。
「大殿も、独り身の殿様がついに嫁を取る気になったと乗り気なので、正式な使者を用意するとは思いますよ!」
ヴォイドの後ろからライがそう言うので、顔を上げて目を合わせると笑顔を向けた。
「いろいろすまない」
「気にするな、とは言わんぞ。大いに感謝して、俺に恩を返すがいいさ」
頭を下げた私にそんな憎まれ口を叩くヴォイド。
「殿様ー、むしろ以前命を助けてもらった恩をこっちが返してかないといけないと思いますけど」
ライの言うことがなんのことかは私にもはっきりわかる。
命を助けた、というほどのことではないと私は思っていたが、ヴォイドの護衛達はそのことから私を認めてくれているようだった。
「ライ、国の不利益になることをペラペラ言うなと何度言えば分かるんだ」
普段は自らハリセンで叩いてるが今回は立ち上がるのが億劫だったのか、指を鳴らして合図をすると、コウがハリセンでライを思い切り叩き床にたたきつけ踏みつけた。
「あの時はヴォイドだけがピンチだったわけでもない、私だってあのままでは危なかったかもしれないんだ、それを貸しだなんて思ってはいないさ」
実際、あの時に負った傷はほとんどそのまま残っているくらいだ。
「いい人ですねールードさんはほんとに、殿様にも見習ってほしいっす」
コウに踏みつけられた状態でそんなことを言うものだから、ヴォイドのことを敬愛してるコウに激しく何度も踏みつけられてる。
鍛えてるのは分かるが、なぜそれだけ背中から踏みつけられて、なんのダメージもなさげなのか。
「おいルード、お前の国への使者を決めたぞ。この馬鹿と、お目付け役にコウ、この二人だ」
良いことを思い付いたとばかりにヴォイドが言い出す。
「私はかまわないが、護衛を使者に送り出してしまってかまわないのか?」
「この国で俺を襲うやつなんてそうそういないし、こいつら二人がいなくても残り七人もいるんだ十分だろ」
まあ、それはそうだろう。
「殿!? わ、わたしもですか!」
まさか自分がヴォイドのそばを離れ、他国に行かされることになるなど思いもしてなかったコウが慌てふためいている。
「この馬鹿を一人で国外に出せと?」
そう尋ねるヴォイド。
「そうは言いませんが、ですがわたしでなくとも!」
諦め悪く食い下がるコウ。
「俺はお前を一番信用しているし、出来ると思ったから頼んだのだが、無理だったか? それなら別の……」
お前、そんなことコウに言うか。
まあ、わざとだろうけど。
「やります! やらせてください!」
そうしてヴォイドに上手く乗せられたコウは手を上げ、使者となることを受け入れた。
分かりやすく使われているコウに、コウの兄でもあるセンが、その後ろで口を隠し肩を震わせて笑っている。
「そうだ、今回この二人は使者としての役目を終えたあと、ルードがロベリアを奪るまでは帰還を禁ずることにする、二人とも励めよ」
私としては助かるが本当にいいのかそれは。
それを聞いたコウは、先程やりますと言ってしまった手前、その言葉を下げることも出来ず、しばらくヴォイドの元へ帰れないことに絶望し、燃え尽きたように真っ白になって座り込んでるんだが。
ライはコウの足から解放されたが、そのまま床にゴロゴロと寝そべったまま、ロベリアか~楽しいとこあるかな~、などと旅行気分でいるようなことを呟いていて、部屋を去ろうと立ち上がったヴォイドに一度強く踏まれていた。
座り込んでしまったコウをセンが肩に抱え上げ部屋を去ろうとする。
「こいつらがロベリアに向かう際にはお前らに声をかけるよう言っておく、上手く使え」
振り返ったヴォイドは不敵な笑みを浮かべていた。
これで借りは返したぞ、そう言いたかったのかもしれない。
むしろこっちが借りてしまったくらいさ。
数日後、酒場にそのまま宿を取り宿泊していた私とレクスの元に、ライが訪れ、正式な使者として国を立つ用意が出来たので翌日ランスの王都を出るということで準備を進めてくれという話だった。
翌日、酒場の前で待っている私の所へ現れたのはライとコウ、そしてオウだった。
オウはレクス以上で、レオス将軍に近い体格のよさ。穏やかな性格で優しげな顔つきの無口な大男だ。
「オウ、見送りできてくれたのか?」
オウは首を横に振って答える。
「ルードさん、殿様がロベリア行くのにオウも連れてけって言うんで連れてきたんすよ」
「ヴォイドが? しかし三人も借りてしまって大丈夫なのか? ロベリアを落とすまでなんていっていたら急いでも半年以上はかかると思うぞ」
ヴォイドの九人いる護衛はみんな腕利きだから、一人来てもらえるだけでも随分助かるのだが、それが三人も。感謝してもしきれないくらいだ。
「まあセンもいますし、他に五人いるんで」
「そうか、ありがたいよ、ほんとに」
素直に頭を下げると、いやいやそんなやめてくださいよ、とライが言う。ヴォイドの命令だとしても、ありがたいことにはかわりない。
「ヴォイドに甘えてばかりもいられないから、なるべく早く帰せるようにしたいと思うよ、ところでそれは?」
オウの引く荷車に目をやると、ここに着いた時からずっと荷車に乗せられうなだれているコウがいる。
私にライが笑いかける。
「こいつのことを気にしてるなら、気にしなくていいっすよ、殿様からしばらく離れなきゃいけなくて拗ねてるだけなんで」
「それだけヴォイドを敬愛してるってことだろ」
「まあうちの連中はみんな殿様が好きですけど、こいつは子供の頃殿様に拾われて、うちの連中に育てられたようなもんすからね。殿様のこと兄貴みたいに思ってるとこもあるんすよ」
フローラ様の拾ってきた侍女のちゅんみたいなことか。
彼女の場合、フローラ様以外の人間には決して気を許さないからただの猛犬でしかないが。
「コウ、ランスに用がある時には君を優先で向かってもらうようにするから、ランスに帰れるまで少し長くなるとは思うけど、力を貸してほしい」
コウの力は潜入などに向いている、これからのことを考えれば力になってもらえると非常に助かる。が、無理強いはしたくないので頼むとこちらを見上げて苦笑した。
「わかってます、殿に頼まれたんですから。ただちょっと寂しかっただけです」
そう言って、顔を挟むように両手で頬を叩いて気合いを入れたのか荷台から飛び降りる。
「すいません、ちょっと拗ねてました!」
「ちょっとか? かなりじゃないか?」
「うるさいです」
茶化すライの頭をハリセンで叩くコウ。
「おまえ、殿様の命令でならともかく、いない時にまでそれなの? 俺一応リーダーなんだけど」
「殿が、好きにやれって言った気がしました、殿が」
「…………」
「オウ、無言で頷くなよ」
同意してるのかオウが力強く頷いているのにたいして、ライはつっこんでいた。
「お目付け役なんで、バシバシいきます!」
「あ、ルードさん、俺、こいつをランスに置いていけたらってすごく思ってます」
ハリセンをブンブンと音を立てて素振りしているコウを見て、嫌そうな顔をしてルードにぼやいた。
「コウには居てもらえると凄くたすかるのでな、それは受け入れられないな」
「まあ、そっすよね。そういやあのマッチョさんは?」
マッチョさん……
「そういえば紹介してなかったか、レクスというんだ」
ということはヴォイドも名前を知らないはずだが、初対面とは思えないほど打ち解けて飲んでたが。
レクスは誰とでも仲良くなれるようなところがあるから不思議ではないが、それなりに気難しいヴォイドとも打ち解けるのはさすがだな。
「レクスさん、覚えておきます、でどこに?」
「王都に私の知り合いがいてね、この前紹介したのだが気があったらしく色々教わってたみたいなんだ。なので、この国を出る前に挨拶に、というわけさ」
「ルードさんは挨拶はよかったんですかい」
特に深い意味はなく単純に気になっただけなんだろう。
しかし私としては会わずにすむならその方がいいのだ。
「たまに会うぶんには悪いやつじゃないんだが、暑苦しいやつでな、今回はもういいかな」
レクスを行かせたのも、王都に来てることを知られてて下手に放っておいて見送りにでも来られるとめんどうだからだ。
「レクスには門の辺りで昼頃に待ってるように伝えてあるから、そこで合流しよう」
「わかりました」
返事をしたのはコウだった。
ライはオウの引く荷車に黙って乗って横になっている。
それを特に気にした様子もなく引くオウと、先の尖った棒でつつくコウ。ライは狭い荷台の上で転がり器用に避けている。
ふっ、来たときの二人旅とは違い、なかなか賑やかな旅になりそうだ。