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刻印のアレリア  作者: 砂ノ城
第一の物語・月の姫
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2部1章《922年》ルード①

 ランス王国。ここ数年、大陸の南部への侵略を繰り返してる国であるが、王都は戦争中とは思えない賑わいだ。


 この国で過ごしたのは七年前から二年前までの五年間。


「変わらないな、この国の賑やかさは」


 沈みゆくのを緩やかにすることしか出来ないでいるロベリア王国で暮らす民とは違い、暮らしている人々にも活気がある。


 市場ではさまざまなものが売られている、侵略戦争を行いながらも、他国との交易もうまく行われている証拠だろう。


「そうなのか、俺はこの国に来るのは初めてだが、すごい賑わいだな。うちの国とは大違いだ」


 私の横を歩く男は、成人男性の平均的な身長より少し高い私よりもさらに高い、筋肉の量的に体格の良さも違う。


 街の通りに露店が並ぶ見慣れない光景に、あちこちキョロキョロと見回している。


「レクス、そんな様子だと田舎者だと思われて侮られるぞ」


 同い年の幼馴染とは産まれた時からの付き合いだから、二十三年になるか。


 昔から好奇心旺盛なやつで、私を引きずり回しては色々と迷惑をかけてくれた。喧嘩っぱやくて、考えなしに行動することが多い、父の言い草を借りるなら、父親のレオス将軍譲りの脳筋なやつだ。


「だってよー、こんな賑やかなの見たことなかったし、初めて見るものもいっぱい売ってるしよー」


 おっ、とか声を出すと、目についたものが気になったのか、並べて売っている露店へと向かってしまう。


「お前、一応私の護衛だろうが」


 絶対に聞こえてないとわかりつつ呟く。


 レクスが向かったのは、短剣などを売る露店だった。


「見ろよルード、なかなか良いもの置いてるぜ」


 素直なレクスの意見に店主の男も満面の笑みだ。


「兄ちゃん、いい目してんね! 貴族様にも卸すもんも打つ腕を持つ俺の友人が作ってるもんなんだわ! まあ、あんま高いと屋台じゃ売れないんでな、長剣だったりなんだりは母ちゃんが店の方で売ってるわけだがな」


 私も並べてある商品を手に取り確かめてみるが、確かによく鍛えられてる。露店で売ってるとは思えないほどの良品だ、と思い値札を見ると、値段も露店で売れるとは思えない価格だった。


 こんな高くて売れるものなのかと思ったが、ここでは売るだけでなく店の宣伝も兼ねているのかもしれない。


「ほう、おっちゃんは露店だけじゃなく、店舗もかまえてんのか」


「おうよ、武器屋ワンワンってんだわ、向こうの通りにあるんで見かけたら寄ってってくれな」


「変な名前だなー! なんか由来でもあんのか?」


 前からの知人のように馴染んで店主と話しているレクスの脇で、手に取った短剣を光に当て、輝きを見る。


 これはいいものだ、デザインもいい。


「ふふん、かみさんが犬好きでな、鳴き声から取ったのよ」


「あ、それだけなのか」


「なかなか聞かん名前だから記憶に残るだろう?」


「確かに」


 店主と笑いあってたレクスは、短剣を構えてる私に気付き、じっと見つめてきた。


「なんだ?」


「それ気に入ったのか?」


 気に入った、んだろうな。


 デザインがいいとは思ったが、握った感じが手にしっくりくる、刃も分厚く丈夫そうで実用に耐えるだろう。


「そうだな、うん。店主、これ貰えるか」


「あいよ! お買い上げありがとう」


 短剣を身につける鞘つきの革の装飾品が目に付いたので店主にその分も含めた料金を支払い、短剣と装飾品を受けとる。


「兄ちゃんら、旅人さんかい?」


「おう、ロベリアから来てる」


 別に隠すことでもない、それでもぺらぺら喋るなよと言いたかったが、遮るのも不自然だから流れに任す。


「宿なんかは決まってるのか? 紹介するぞ」


 単に親切なのか、紹介料でも貰えるのか分からないが店主の言葉を聞き振り返ってくるレクスに首を振って応える。


「あんがとな、おっちゃん。でもこいつが昔この国に住んでて知人もいるんでな、そこで世話になれるから大丈夫なんだわ」


「そうなのか、まだこの国にいるんなら、また顔出してきな、もっと良いもの揃えといてやる」


 店主は特に気にした様子もなく笑って言った。


 商売根性なのかもしれないが、この店主がそこまでいうなら本当に良いものなのだろう。時間があれば寄るのも悪くない。


 振り返り店主に手を振るレクスと、約束をしてる店へと向かう。城の近くにありながら、あまり人の通らぬ通りにその店はある。


 知る人ぞ知る名店だなんだと、地元の人間の間で賑わっている酒場だ。ガタイのいい男達が、エールを飲んで、肉をかじり騒いでいるなか、店主の二人の娘が忙しそうに料理や酒を運んでいる。


「ふーん、ここに例の友達がいんのか」


 友達。まあ、友達か、悪友とかそういう類いの。


「時間にルーズな奴だからまだ来てないとは思うがな、とりあえず奥の部屋で待たせてもらおう」


 顔見知りの酒場の店主は、久しぶりに見た私に気付き、ニヤリと笑みを浮かべ、手を上げる。


「戻ってたのか?」


「いや今日来たところだ。あいつと会うんだけど奥の部屋あいてるかな?」


「お前ら以外は基本的にはこっちだからな」


 豪快に笑う店主。


「あとでツマミと酒を持っていかせる、泊まっていくんだろう。寝台の用意も二階にさせておくぞ」


 気の効く店主に礼を言い、勝手に入れと手で指し示されたので、レクスと二人、通路を抜け奥の部屋へと向かう。



 酒場の奥の個室。奥と言ってもそれほど離れてるわけではないので、表の賑やかさはそのまま伝わってくる。


「楽しそうでいいな、あっちは」


 店主の用意してくれたツマミをつまみながら、エールを美味そうに飲んでいるレクス。お前も十分楽しそうだぞ。


「うちの国もこんくらい賑やかならいいのにな」


「そうだな」


 それには私も同意する。


 さはど広くない個室にはテーブルが一つとそれを挟むようにソファーが二つ置かれている。連れが来たら移動するつもりで、今は私はレクスと向かい合うように座っている。


「しっかし、お前の友達遅いなー」


「私達ほど身軽な身分でもないしな」


 仮にも王子である、城を抜け出す常習犯だが、常習犯だからこそ抜け出しに手間取ることもあるのだろうと私は気長に待つ気でいる。


 そもそも今日の夕方頃に到着する予定だと伝えただけで、来れるかどうかの返事も聞いていない。外せない用事があるのなら、手紙の一つでもそろそろ届くとは思うが。


「王子様かー、どんなやつ?」


「そんなに気を使う必要はないが、一応王子だからな、国際問題にならない程度の礼儀はわきまえろよ」


「わかってるって、そんくらいはさ」


 本当にわかってるのかよ。


 まだ二杯目の私と違い、既に五杯目を飲み干しかけているレクス。公式の場ではないが、王子と会うと言われていて酔っぱらうほど飲むか普通。


「どんなやつか、か。王子の噂くらいは知ってるか?」


「あー、殺戮王子とかなんとか」


「ロベリアの人間が知ってることならまあ、そんなもんだろうな」


 他国にはそう思われるようにしてるくらいだしな。


「会えば分かるが、性格は悪くないが口の悪いやつでな。誤解されやすい性格といえば可愛いげがあるが、誤解されるように行動してるとこがあるやつだ」


「なんでそんなことしてんだ?」


「印象操作ってやつかな、戦争することの多い国だ。逆らえばひどい目にあうが素直に降ればそうはならないとなれば、戦争にならずに済むこともある」


「ふーん」


「興味なさげにすんな。まあ、そんなのとは別に、悪ぶるのを楽しんでるようなとこもあるやつだ」


「変なやつなんだな。ところでこの店はツマミも美味いなー、ルードがこの国に世話になってた頃もよく来てたのか?」


 厚切りに切られたベーコンにフォークを突き刺し口に運んでいる。


 人に話を振っておいてこの態度である。長い付き合いで慣れっこだから怒りはしないが。


「そうだな、まあアイツの行きつけの店だってのがでかいが、私個人の友人と飲むのにも使っていたな」


 この国ではほとんどアイツ、王子のヴォイドと一緒だったから個人的な友人はこの国にはさほど居ないけどな。


「ん、どうやら来たようだな」


 ノックもなく扉が開く。


 レクスと変わらない体格に、黒のローブ姿。ただし金の糸で美しい模様が描かれているため、身分を隠す役割はまったく果たしていない。


「お前、少しは身分を隠すとかしたら?」


「黙って城を出ようがどうせ護衛に馬鹿共がついてくるんだ、なら目立ってた方があいつらも俺を見失わずに済んでいいだろう」


「なるほど、賢い」


 感心してる馬鹿がいるが、そういうことではない。


 ヴォイドの後ろから、フル装備ではないが十分戦闘をこなせる装備の三人が入ってくる。


「やあ、久しぶりだな。今日は三人しかいないのかい?」


 私が顔見知りの護衛達に尋ねると、ふんっと鼻を鳴らすヴォイド。


「そいつらには今三交代制を導入中だ。九人も付きっきりだとうっとうしくて仕方ないのでな、八時間おきに交代させてるというわけだ」


「なかなか画期的なことをしてるな、工房なんかで導入すれば生産性があがるか」


「お前の国では日々の暮らしに精一杯でそんな余裕ないだろうさ、手が空いてる人間がいないと話にならんだろ」


 確かにそうだろうな。他国へ民が流れ、人口が減る一方の国では無理か。


「ところで三交代はいいが、ヴォイドが寝てる間の当番は仕事が楽になるよな」


「ルードさん聞いてくださいよ、うちの殿様、睡眠時間がバラバラだし夜中に出歩いたりもするしで、意外と一日中気が抜けないんすよ」


 私の疑問に、ヴォイドの護衛で一番気さくなライが答える。


「相変わらずか、そういうところは」


「ですです」


「ライ、貴様主君を売るとはどういう了見だ」


 睨むヴォイドに気にする様子のないライ。


「えー、ルードさんならいいかなって」


「こいつは他国の人間だぞ」


「殿様だってそんな風には思ってないくせに、このこの」


 馴れ馴れしくヴォイドを指でつついたライは、いつのまにかヴォイドの手に握られている東方由来の武器ハリセンによって叩き落とされていた。


 音が派手なだけかと思いきや、割と本気で痛いんだよなあれ。ちなみに、ヴォイドにハリセンを手渡してたのは護衛の一人、九人の護衛で唯一の女性のコウだった。


「珍しいなお前がそんな風に笑ってんの」


 レクスの言葉に自分が大笑いしていたことに気づかされた。


 確かに久しぶりかもしれない、こんな風に笑うことが出来たのは。


「お前が国を出た時は寂しかったが、ここでの暮らしはお前にとって良いものだったんだな」


 そうだな。ここに来た当初は、こんなところで時間を無駄になんか出来ないと思っていた。


 だが、かけがえのない時間だった、今はそう思う。



 この国に来ることになったのはオババの勧めだった。


 オババ自身には予知の力はないが、予知の力を持つ長い付き合いの知人に助言を求めに行き、『影の地刻印を槍の天刻印の元へ』とそう言われたそうだ。


 影の地刻印は私の持つ刻印。


 槍の天刻印はランス王国に受け継がれてるもので、今はヴォイドが力を有している。


 十五歳までの間、オババや父、レオス将軍達に修業をつけてもらっていた。それでもローレル様を助け出すには戦力が足りなかった。


 かつて父が諦めた時より、王の身辺の影は増えている。


 さらなる力を求めていた私は、オババの助言に従い、この国を訪れ、士官候補生の通う学院へと入り、同じく学院へと通っていた王子ヴォイドと出会った。


「お前がこの国を出て二年か? 今回はまたずいぶん急な来訪だが何の用だ」


 私がレクス側へと立って移動すると、空いたソファーにふんぞり返るように座ったヴォイドが尋ねる。


 手に持ったグラスには、自然な動きでコウがボトルのワインを注いでいる。ちなみにライはハリセンで叩かれて床に横になった状態で、頭を上からヴォイドに踏まれている。


「ヴォイドには話したと思うが、いよいよ動き出そうと思う」


 興味深そうな顔をするロイド。


「ほう、ついに反逆するだけの戦力の目処がついたのか」


「正直な話をすれば、ギリギリのところだ。だが、もうすぐ十五年だ。ローレル様も来年二十歳になられる、一刻も早く助け出したい」


 隣でレクスも頷く。私ほどではないが、レクスにとってもローレル様は幼なじみで、私の一番の協力者でもある。


「戦力を貸せって話なら断るぞ、うちは南部に戦力を割いてるから、北部のロベリア相手に兵を減らしている余裕はない」


 南部に侵略しているランスだが、反攻がないわけでもなく、南部の国々との国境の砦に向けては常に兵を出していなければならない。


「いずれ兵を貸してもらいたいとは思っているが、減らすつもりはないさ、それに見返りは用意する。でも、その前にやってもらいたいことがあるんだ」


「なんだ、言ってみろ」


 いつのまにかヴォイドの足元からライが、ヴォイドの背後へと移動している。それには反応せず、話を進める。


「ロベリアに対して、ランスの国王陛下に『ロベリアの王女を王子の妃に迎えたい』と言ってもらってくれ」


「なに?」


「国王は、その言葉をランスにフローラ姫様を差し出せという意味だととらえる」


 力にこだわる国王が太陽の天刻印を手放すはずがないのだ。


 フローラ様の誕生からも十四年が経つが、未だにフローラ様の天刻印は淡い光を放つだけで、すべてを受け継いでいない。王がそれを拒んでいるからだ。


「そこで私が王に、ローレル様を身代わりに差し出すことを提案すればおそらく通る。そして、ローレル様を連れ出すことができる」


 十四年も待たせることになってしまったが、あの牢獄から助け出せる。


「あのー、ローレル様ってルードさんの想い人のあれじゃありませんでしたっけ? それを殿様のお嫁さんに?」


 話を疑問に思ったのか、ライが尋ねてくる。


「俺の嫁になんてのは口実で、国外へ連れ出すことが目的なだけだろう」


「そりゃそうだ、この一途馬鹿が本気で姫様を他人に渡すはずがない」


 ヴォイドの言葉にレクスが続き、二人は大声をあげて笑い出す。


「一途馬鹿っていいな、ピッタリだ」


「そうだろ? ロベリアの同世代の貴族達はみんなそう言ってるんだぜ」


 お前ら、私を陰でそんな風に言っていたのか。


 言ってるやつらはレクスに吐かせるとして、後で呼び出してお説教だな。


「話を続けるぞ。反逆するにしても、ローレル様を救い出すことまで含めると難易度が段違いだ。故に、国外へと先に連れ出すために力を貸してほしい」


「そういえば見返りってなんだ?」


 そう尋ねたのはヴォイドではなくレクスだった、この国にうちの国が出せるものがあるのかという意味だろう。


 それほどの差が二つの国にはある。


「フローラ様を差し出そう、ローレル様が王位を継げばロベリアにはいらない」


 私が言うと、レクスが嫌そうな顔をした。


「おい、ルード。それはさすがにうちの親父も黙ってないと思うが、話は通してあるのかよ」


「いや、まだだが」


「あの親父怒るとマジで恐ろしいからな、何やんのも勝手だが俺は親父には逆らえないぜ」


 レクスはレオス将軍の副官に剣術を教わっていたが、将軍も息子に教えたくないわけではないらしく模擬試合をしてはレクスを叩きのめしてた。その恐怖がぬけないのだろう。


「それは困るな、お前には親父殿を超えてもらいたいんだが」


「いつかは勝てると思うが、あと数十年は無理だな」


 父親が老いるのを待って叩くつもりかよ。


「まあフローラ様のことは冗談さ、ローレル様が嫌がるだろうしな」


 ローレル様が妹をどう思っているかなんて分からないが、あの優しかった姫様が妹を邪険にするとは思えない。


「ローレル様、か。変わってしまってないかな」


 十四年も牢獄だ。


 変わらないはずがない。


 苦しくなかったはずがない。


「どう変わっても、姫様は姫様さ」


 例え私のことを忘れててもかまわない。


 私とした約束を忘れててもかまわない。


 私は覚えてる、それを叶えたい。

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