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刻印のアレリア  作者: 砂ノ城
第一の物語・月の姫
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3部1章《922年》ローレル

 妹の身代わりとしてランスへと送り出される私は、表向きは長年の病から快気した姫の隣国の王子への嫁入りとして、式典で国民達に祝われている。


 私は着飾った嫁入り衣装で、国民達に囲まれた通りをルードと護衛達と歩く。


 ルードの指示通り、軽く微笑み手を振ると両手を上げて歓声をあげる人々。子供達は跳び跳ねている、こんな風ににぎやかな光景を見るのは子供の頃以来、何年ぶりになるのかしら。


「……ローレル様、右手奥の方を少し見上げますと城の方から妹姫のフローラ様が見ていらっしゃいます」


 隣に立つルードに言われるがまま、気づかれることのない程度顔を向け視線を送ると、確かに太陽のようだ、と思うような少女の姿が見えた。


「あれが私の妹……」


 そっと見上げたのだが、こちらを見つめていたのか目が合った気がした。


 妹の姿を見ても実感はわかなかった。


 妹の誕生を心待ちにしていた、産まれた妹を見て、すごく幸せな気持ちになった気もする。それでも、今のあの子と、思い出の中の妹が同じには思えない。


「不思議なものね、私からすべてを奪ったと恨んでいた気すらするのに、彼女を見ていると憎いとは思えないわ」


 閉じ込められる生活の中、妹を恨んだことがないとは言わない。太陽を受け継いだ妹さえいなければ、私が牢獄へ閉じ込められることもなかった、そんな風に思ったこともあった。


 それでも、あの子に罪はない。それはわかる。


「またいずれ会うこともあるかとは思います、それがフローラ様にとって良いことか悪いことかはわかりませんがね」


 自分を利用して何かを目論んでることだけしかわからないルードに私はため息をつく。


「私はいったい何をさせられるのかしらね」


「ローレル様にとって悪いようにはいたしません」


 何を言っても悪どい表情を浮かべてるように感じるルードの言葉、素直に受け取れるものでもないが、そう、と呟き、そのあとは特に何も言わなかった。


 この国にいい思い出などなかった、だが生まれ育った国だ。この国で妹が産まれず王女として育てたのなら、と少し思ってしまう。


 こうして私は隣国ランス王国へ渡った。



 ランス王国では私を迎える式典等は、王子の求めもあり行われず、国民もその存在を知ることもなかった。国王も、周辺の国に名高いフローラならともかく、私では自慢にもならんと公にすることもなかった。


 子供だましのようにフローラとは別の姫を送り込んできたロベリアに怒りはあったようだが、狙いがあったが故と息子に諭され、怒りはおさめ、興味も失ったと、そうルードに聞いた。


 王子ヴォイド、私、ルード、そして王子の護衛だという、ライとコウは同じ部屋にいた。


「貴様が牢獄暮らしのローレル姫か、牢獄暮らしが長かったわりにはそのような雰囲気もなく、美しいではないか。そこのルードの言うとおり月の姫といったところか」


 そのようなことを言うが、私にたいして女性として興味を持って見るような目では見ていないのはわかった。


「ヴォイド、悪ぶらなくてもローレル様にはお前の話はしてあるので大丈夫だぞ」


 殺戮王子などと言われているが、そんな人物ではないのはこの国を訪れる前にルードから聞いていた。


 ルードは苦笑し、それにたいしてヴォイドは大笑いを返した。


「ふっ、クセみたいなもんだ、誰にたいしてもこんな感じなのでな。ようこそ、ローレル姫、歓迎は特にしないが、よく来てくれた。俺がお前に女を求めることはないので安心して過ごすがよい。用があるときは、そのルードに言うといい。この城の者でそいつの言うことをきかんものはいない」


 それはルードが、この国で権力を持っているということ?


「ルード、あなたはいったいこの国で何を……」


「いえ、特には……」


 私から目を逸らして、答えるルード。


「俺がローレル姫に手を出さんのも、出せばそいつに殺されるからだ」


 悪戯する子供のように笑うヴォイドに、焦ったルードは椅子を急に立ちあがり、膝をテーブルにぶつけて、恨めしげにヴォイドを睨んだ。


「余計なことを……言うな」


 ルードのその様子に大笑いをしたヴォイドは、ルードの肩に手をやり、私ににやりと笑みを浮かべた。


「この城の、いやこの世界の誰も信用できなくても、こいつだけは信頼してやれ、こいつはお前のためなら世界中のやつを敵に回すくらいのことは簡単にやる阿呆だからな」


 あまりの言葉に、唖然として言葉を失ったルード。


「ふん、この王子を利用したんだこのくらいの嫌がらせは許せよ。ルードよ、ローレルを送りに戻ったようだがライ達三人を貸してやる話はまだ継続でかまわんからな、好きに使え」


 そう言い捨て、私達二人を残して、ヴォイドは部屋を出て、それを追いかけるように護衛の二人は去っていった。


「あなたはなぜ私を……」


 ルードが自分を利用したがっているのはわかっていた、それでも自分の利益のためではなく、私のためなのをなんとなくわかってきていた。


「……それは、いつか落ち着いて話せる時がきた時に話します。今は聞かないでください」


 目をそらし、顔を真っ赤にするルード。


 そんなルードを見て、なんとなく気恥ずかしくなった私は、それ以上追求することはできなかった。


「これから先、忙しくなると思います。ですが今しばらくはゆっくりしてください。ここにはあなたを縛るものなど何もない、自由にしてください」


 顔を赤くし、私を直視しないようにしつつ早口で言い、逃げるようにルードは部屋から出ていった。


 ルードも去り、部屋に一人残された私。自室として与えられた部屋ではなかったため、部屋の外のメイドの案内で自室に移動すると、そのまま眠りに落ちた。



 夢を見ていた、幼い頃、まだ王女として生きていた頃の夢。


「ねえ聞いて! 私は王女として産まれたけど、この国に王子はいないから、いつかは私がこの国の王様になるのよ!」


 今思うと笑ってしまうが本当に思っていたのだ、父の、ロベリア国王の自分にたいする態度になど子供の私は気づくことはなかったのだ。


「なら僕はお姫様、いや女王様かな。ローレル様のもとで大臣でもやらせてもらおうかな」


「もう!私は本気よ!あなたも本気で大臣になるくらいの気持ちでいなさいよ!」


 拗ねるように言う私に、いつも笑顔の少年は楽しそうに返す。


「あはは、いつかそうなる日が来るのを待ってますよ、姫様」


 幼い頃、こんな日々があった。


 あまりにひどい出来事のなか忘れてしまっていたけど、確かにあったはずなのだ。


 こんな長い夢、見ることなんてなかった。


 あの冷たい牢獄の部屋では、ベッドもあったが、それでもいつ誰が邪魔になった自分を殺しにくるかと怯えて生活していたのだ。


 熟睡できたことなど、一度たりともなかったのだ。


「ねえ、ルル。約束よ! 私が王様になったら、必ず私のもとで大臣として働くのよ!」


「はいはい、わかりましたってば! そのためにも父のもとで頑張りますよー!」


 大臣の息子だったんだと思う、親の仕事で城へ来て、私と遊んでくれていたのだと思う。


 でも3歳ほど歳上の少年は私をほんとうの妹のように可愛がってくれていた。


「そう! 素直でよろしい! が、頑張ってたら、えっと……その、わ、私の夫……にしてあげても……いいんだからね」


「へ?」


 突拍子もないことを言い出す幼い頃の私に、少年は呆気に取られた表情をしていた。


「だ、だってそうでしょ!私一人じゃ後継も産めないもの!」


「それはまあ確かに」


「あなたのことは嫌いじゃないわ!いつも遊んでくれるもの」


「そこですか」


 単純だなぁ、まあまだお子様だしなぁ、と呟きながら笑っている少年。


「ど、どうなの?私のこと……嫌い?」


 真っ赤になった顔で恥ずかしそうに自分の反応を待つ子供の頃の私。


「さぁ、どうですかねー!」


 多少歳上の少年は、王女との婚姻なんて望んだところで難しいことは理解してたのだろう、意地悪言うかのように立ち上がり笑顔で私に言った。


「でも、大人になって、姫様が王様になって、それでも僕のことを求めてくれるなら、応えてあげてもいいですよー」


「むう、なんでそんな上から目線なの王女にたいして。約束よ! 私が王様になったら、あなたは私のものになるのよ、わかった!?」


「はいはい、お姫様! 私はあなたのしもべですよ」


 適当に言ってるように聞こえたのかプリプリと怒る王女の私に少年はすごく良い笑顔を向けていた。


 長い夢から覚めると、私の目には涙が。


 その後のことは思い出すとただただつらいだけだったが、彼のことは忘れてしまっていたが、それでも最初の頃は彼が助けに来てくれることを望んだこともあったのだ。


 夢から覚めた私は、少しボーッとしていた。


 彼のことを忘れていた自分、そして助けには来てくれなかったという事実。もちろん子供の彼に出来ることなど限られていただろう。


 でも幼い頃の自分は彼の助けをあの部屋で待ち、助けに来ない彼にいつしか裏切られたと思うようになり、そして過ぎ行く日々のなかで忘れていったのだろう。


「あの時の少年がどうしてるかたずねようにも、ロベリアの人間は彼だけ。こんな夢の話なんて、彼には出来ないわね」


 メイドの一人も連れてこれていればと思うが、捨てられるようにこの国に送られたローレルにはルードしかついてこなかった。


「私にも、あんな時間があった。それを思い出せただけでも、少しは生きていこうって気力になる気がするのは不思議なものね」


 窓から見る景色は、見たことのない国だ。でもここから何かが始まる、そう思った。


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