1部1章《903年》オウロ①
初投稿です
友人向けにTwitterで書いてたもののまとめになります
これから勉強していきますので優しい目で見てやってください
少しずつ壊れていく、そう感じていた。
国を守るために前線で兵を率いて戦った英雄であり、親友であった男が徐々に変わっていくのを感じていた。
大陸で中央に位置する我が祖国ロベリア王国は、北西に位置する鬼人族の侵攻を防ぐために砦を築き、戦いを続けていた。王子であったソールも、英雄と呼ばれる活躍をもって、若くして王となった。
そんな尊敬できる男が、きっかけが何かまでは分からないが、自らに与えられた能力がいつしか我が子や孫へと移り行くものだというのを許せないと思い始めていたようだ。
彼の、いや王のと言おうか。
王の力は、血筋に受け継がれる天刻印、その中でも強い力を持つ太陽の刻印であった。
代々受け継がれてきた力ではあるが、それが自分から失われ、子や孫へと移り行くのを恐れるようになる。
そんな王は王妃の妊娠を知り焦ったのか、秘密裏に、私にも知られぬよう、呪術師や刻印師を呼びつけていたようだ。
そのことを私は後にオババから聞いて知る。
私は刻印によらぬ魔術も扱うオババにより、産まれてくるのが王女であることと、産まれる日を把握していたので、忙しくなる前にと自領であるアレクト伯爵領へ戻り仕事をこなし、息子のルードを連れて王都へと戻った。
息子については、いずれ仕える主人の生誕に立ち会わせておくのも悪くはないと思ったのもあって連れてきたのだ。
三歳になったばかりの我が子は、親の目から見て、とても優秀に感じるし、期待を持っている。間違いなく、姫様のそばで役に立つ男に育つことだろう。あまり誉めると、妻に親バカなのでは。と言われるので表にはそうは出さないが。
血筋によるものではないので、天ではなく地ではあるが、生まれつきの刻印持ちでもある我が子は、いずれはオババに師事させるのも悪くはないと思っている。
が、現時点で会わせることもないかと思ったので、同じく息子を連れてきていた軍での戦友レオスと奥方に預け、自分は王都で、城の近くにある寂れた飲み屋でオババと会う。
客も少なく暇そうにグラスをみがく髭面の店主に声をかけ、奥の個室に入る。オババと会うのによく使う店で、奥の部屋は店主が気を使って、周りに話の聞こえぬ作りになっている。
そんな部屋、中央に置かれたテーブル、椅子に腰掛けた老婆。いつも通りの全身を覆う汚れたローブのオババがいた。
「来たかい」
年齢は知らないが、おそらく実年齢よりも上、八十前後の老婆に感じるのは、ローブのせいか、それとも誰にも悟られぬよう姿を隠し生きてきたが故か。
王が、いや当時はまだ王子だったが、現王妃ルナと婚姻を結ぶこととなった少し後、この老婆は私、オウロ・アレクトの前に姿を現した。
「呼び出されたのだ、来るさ」
老婆の言うことすべてを鵜呑みにして話を聞いたわけではないが、王妃の母のことにも詳しく、王妃の祖母であるということも真実に感じられた。
何より、この老婆は王妃の祖母であると語りながらも、私と話し、私に王妃や産まれてくるであろう曾孫の力になって欲しいということ以外は何も望まなかったから信じた。
そこから数年、オババと名乗るのでそう呼ぶことにしてる老婆との付き合いは続いている。
「何の用もなく呼び出すオババでもあるまい」
王都を離れることは伝えてあったオババが、王都に戻るとすぐに鴉を伝書鳩代わりに手紙を持たせ寄越した。
これは緊急の用件かと急ぎの用だけを片付け、すぐに来たのである。
「すまぬの、気になることがあっての」
自分の身分では現在はもう身軽に出歩けるものでもないので、顔を隠せるフード付のコートを身につけ、城の地下から抜け出してきている。当然、誰にも気づかれずにというわけにもいかないので、信頼のおける部下に手伝ってはもらっているが。
「ワシは予言の類いができるわけではないのじゃがな。王の行いを見ておると、よからぬことが起こる気がしてならぬのよ……故にお主に伝えておきたくての」
オババの能力を詳しくは知らないがおそらく、王妃の産む子が娘であることなどは、予言というより、透視などに近い力で知ったのだろう。かといって、その予感をまったく信じないというわけでもない。
「ふむ、とりあえず話を聞こうか」
女の勘というのは馬鹿に出来ないものだからな。
「王が呪術師や、刻印師を集めておったのは知っておるか?」
急な話の始まりだったが、真剣な表情であったので黙って話の把握につとめることにする。
「いや、知らないな、気づかなかった」
使える者も少なく、あまり聞くこともないが、呪術師とは本来手の甲にだけ刻む人刻印を顔を除く全身のあちこちに刻むことで、身体能力の向上や特殊能力の発現などに至った者達のことである。
そして呪術師ほどではないが、貴族や商人など金銭的に余裕のある、または戦いを生業にする騎士や冒険者などしか用がないのが刻印師である。
刻印師とは一部の者が生まれつき持つ天刻印や地刻印の力を、力持たぬ者達に与えるために産み出された人刻印を刻む技術を持った者達のことで。特殊な技術と道具により、激痛を伴うというデメリットはあるが、刻印を手の甲に刻み、刻印持ちの能力者にすることができる。
王は太陽の天刻印持ちであるし、戦場に出ることもなくなった現在、刻印を刻む理由も思い当たらない。
呪術師などなおさら必要ないはずだ。
彼らの特殊な力の多くは、人を呪うことである。
「なぜそのような者達を……」
何かを考えてる、何かを隠している。
そんな風に感じることもあったが、長い付き合いの戦友を疑うのも嫌であり、王に確かめることもしてこなかった罰か。
「王が何を考えているかまではわからぬ。だが不安なのじゃ」
このことを知り私も悪い予感を感じずにはいられなかった。
「オウロよ、ワシの望みは、孫娘やその子供が幸せになることじゃ。そのためならお主に協力でもなんでもする、だから助けになってやっておくれ」
「オババ、アンタには世話になってる。出来ることなら力になってやりたい」
オババは王妃に関係ないことでも、私の周りに起きる出来事などをそれとなく伝えてくれるので、領地の運営などでずいぶん助けられている。
「王のことも、私は今でも友だと思っている。私に何が出来るかはわからないが、王が間違えたのなら、王妃や姫のために動くことを約束する」
友は王になった。立場上、自分から何かを言うことも少なくなった。だが友が、ソールが道を間違えたのなら、正してやりたいと思う。
親友だと思っている。甘い考えかもしれない、だが自分の言葉になら、今でも耳を貸してくれるとそう思いたかった。
オババは私に小さく頭を下げた。
城に戻ると呪術師や刻印師の痕跡を探すことから始めたが、秘密裏に、それも私にも知られず呼んだということであり、私の手の者では知るものはいなかった。
それ故に王が、私にも隠さねばならぬことをしていることはわかったのだが。
「いったい何をしているというのだ」
直接尋ねるのは最終手段として、どうしたものかと城の書庫で、呪術師や刻印師絡みの書物をだらだらとページをめくる。
真剣に読むには、自分の知識の範囲外過ぎて理解が及ばないので流し読み程度に目を通しているだけだ。手がかりになるとも思っていないこともある。
刻印師については自分も剣の人刻印を刻んでもらったのもあり多少はわかるが、呪術師を名乗るものには今まで生きてきて一人しか出会ったことはない。
といっても鬼人族との戦いの際に集められた貴族の私兵の中に居たというくらいで、会話をしたわけでもないが。
書庫にてどれくらいの時間が経ったのか、外は大分暗いようだった。特に進展もなかったがそろそろ与えられた部屋に帰るかと席を立つと、不機嫌そうに書庫の入口に立つレオスに気づいた。
「どこに行ってるのかと思ったら、こんなとこで時間を潰してたのかお前は」
なんでそんな不機嫌そうなんだと思って、あっ、とつい声をもらしてしまった。
オババに呼び出され城を出る前に、レオス夫妻に息子を預けていたことを完全に忘れていた。
付き合いの長いレオスは私の反応から、忘れてたことを察したらしい。
「何かに夢中になると他のことが目に入らんやつなのは知っていたが、息子のことは忘れんでおけ」
至極まともなことを言われた。
何も言い返せないので、素直に謝罪した。
「すまん!」
謝罪したのだこれでも。苦笑を返されたが。
「まあ、いいんだけどな。うちの妻も息子が増えたみたいで楽しそうだったし、レクスも遊び相手が出来てはしゃいでいたしな」
文官派になり細身になった私と違い、そのまま軍に身を置き、体を鍛え上げてるレオスは体も分厚い。腕を組んで立たれていると圧力を感じるほどだ。
当時でも試合では負け越すくらいだったから、今ではもう本気で戦っても一本も取れずに負けるのだろうな。
「ところで、こんなとこで何をしてたんだ? わざわざ子供を預けに寄るくらいだから、城を出てるもんだと思っていたが」
少し部屋を離れる程度なら、メイドに預ければ済む話だが、私用で出かけるのに城の者の手を借りるのは悪いと、レオスに頼んだのだ。
「出てはいたが、昼過ぎには戻っていたよ。だが戻ってから調べたいことがあったのでな、城内をうろついたりして、ここに来て、気付いたらこの時間だった」
特に何の進展もなかったのに時間だけは無駄に過ぎていた。
いや多少呪術師や刻印師、刻印などについて詳しくはなったか。
「ふむ。それは戦友の俺にも言えないことか?」
私とレオスは同じ戦場で戦った仲だ。同世代の貴族達の中でも、特に気を許してる一人でもある。
勘の鋭い奴でもあるし、黙っていても何かしら気づくだろう。そう思い、話すのも悪くないかと思った。
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
友を試すわけでもないが、私に反対することもありうる、間違えていようが王にただただ従うというなら、話すわけにもいかない。
「なんだ?」
「まあ例え話として聞いてくれ。レオスの上の立場、そうだな軍の上官が何かを隠してしようとしてる、それをお前が間違ってることだと思ったらどうする?」
「殴る?」
その答えに最初は吹き出し、そのまま腹を抱えて笑う。
子供が出来て落ち着いたかと思っていたが、そういうとこは昔と変わっていないんだなと安心もした。
「相変わらず脳みそまで筋肉なやつだな」
「馬鹿にしてんのか?」
「誉めてるんだよこれでも」
納得いってない顔で見てくるが無視しておく。
「話すが、ここだけの話にしておいてくれ」
オババから聞いた話、呪術師や刻印師のこと、それと最近私が王について感じてることなどをざっくりと話した。
途中何度か、何かを言いたげだったが黙って最後まで聞いていたレオスは、聞き終えるとしばらく目を瞑り、何かを考えていたが、真剣な表情でやっと口を開く。
「よくわからん」
力が抜けた。
書庫の椅子にお互い座って話していたが、椅子から転げ落ちそうになった。
「それだけ考えてそれなのか……」
この脳筋……。
「俺もソールが、力を失うことを恐れてんのは感じてた。だが、天刻印は子や孫に受け継がれてくもんだ、それは仕方ないことだろう?」
天刻印は生まれつき持つもので、持って産まれた者に強力な力を与えるが、刻印を受け継いだ後継が生まれると前の持ち主は徐々に力を失っていく。
「まさか子供を、どうこうするって話でもないだろ」
長い歴史の中では、力を失うことを恐れ子供を産まれないようにしたものもいたが、その場合は血族のなかの誰かの子供に天刻印が産まれてくる。
遺伝で産まれることが多い天刻印だが、子が産まれないとなると、他の血筋から産まれてくることになる。そうなると、そちらが天刻印を受け継ぐ王家の直系となるので、それはしないはずだ。
書庫でレオスに会い、話をした後、そのまま二人で城に与えられているレオスの自室へと向かう。
王都内、城の近辺に兵士や使用人用の共同住宅があるが、一部の人間には城内の居住区の一室が与えられている。私とレオスもその一部というわけだ。
「すまなかったね。まさかこんな時間になってしまうとは」
子供達は寝てしまっているようで、出迎えてくれたレオスの妻は指を立て口に当て、静かに、と告げる。
寝付くとそう簡単には起きない我が子なので、寝かせたまま抱いて連れてこうかと伝えると、起きてしまっては可哀想だと朝まで預かってくれることになった。
「本当にいいのか? 預けてしまって」
頷くレオスの妻に礼を言う。
「あー、悪いけど子供達、二人のことを任せて俺も出てもいいか? 最近は互いに忙しくてオウロとゆっくり話すことも出来ないしな、明日の昼までには戻る」
申し訳ない気持ちもありつつも、預かってくれるというならとそれに甘えて自室に戻ろうとすると、レオスがそんなことを言い出す。
「酒なら付き合わんぞ」
大酒飲みのレオスと違い、私は少量をのんびり楽しむ派なのだ。
「そうじゃねえよ」
共に戦場にて戦ってた頃と違い、軍と城勤めで所属も違うこともあり飲む機会も減ってるので、てっきりそういうことかと思ったがそうではないらしい。
ほんとうか? と疑う私と同じような目を向けてる嫁さんに、お酒は飲みません! 暴れません! と何か言っている。
というか、また飲んで何かやらかしたのか。
その後、少しのやり取りをして、仕方ないなぁという顔をしてる嫁さんに背を向けてこちらにやってくる。
「じゃ、こいつ借りてきます」
振り返えって頭を下げてるレオスに合わせて、私も振り返り頭を下げると、手を振って応えてくれた。
「で、なんで付いてきたんだ?」
自室へ向かうように廊下を歩きながら尋ねる。
「子供預けておけるなら大人しく部屋に戻る気はないんだろ、俺も気になるし付き合うさ」
どうやら私が何を考えてるかはお見通しだったようだ。
「こんな時間だ、調べられることも限られるとは思うんだがな、気になり出すとどうにもな」
「わかるさ、俺だってソールのやつが何か考えてんのは感じていたし、それが王妃や産まれてくる子供に良くないことなら止めたいしな」
子供に良くないこと、か。
「なんだよ、その顔は。例え親の力をすべて受け継ぐ力を持って産まれてくるとしても、それで親が力を失うとしても、子供に罪はないんだ、当然だろ」
筋肉の塊で、戦いのことしか頭に無さそうな顔をしてるが、子供好きで。子供が争いに巻き込まれることや、兵にならざるをえないことを嘆いてもいた優しいやつだ。
普段から脳みそまで筋肉だとバカにはしてるが、本当の意味で馬鹿ではない。そんなことは昔から知ってるし、言えば殴られるだろう。
「まあ、そうだな。子供に罪はなく、天刻印は受け継がれゆくものだ」
力を持つに相応しいものを主として、血を受け継ぐものに引き継がれていく。
神が与えた勇者の力、それこそが天刻印だ。
魔族の驚異のなくなった今の世では、天刻印も当時の勇者で、後に国を興した王族や貴族に受け継がれている象徴みたいなものでしかないのだが。
「確かに、与えられた力が失われゆくのはつらいだろうが、ソールが戦場に出ることもないだろ。気にすることでもないと思うんだが、あいつは何を恐れているんだろうな」
「そうだな、王として刻印の力が必要な場面などほとんどないと言っていい」
天刻印は後継が産まれても徐々に力が受け渡されていくだけで、後にすべての力を失ったとしても、輝きを失うだけで消え失せはしない。
王として、天刻印を持っていたことの証明としてなら、力を失おうとも問題はないのだ。
「ところで、こんな時間だ。何かを調べるにしても、どうするつもりだったんだ?」
書庫で調べて知ったことだが、刻印師ならすでに仕事を終えていればもはやいないだろう。王が自らに刻むために呼んだのであれば、それさえ終えれば城に用はないのだから。
だが呪術師の力、いくつかある能力の中でも呪いと呼ばれるものの類いは、距離的な問題や継続的にかけなければならないなど条件が厳しいものがあると記されていた。
呪術師に何を求めたかまでは分からないが、呪いの力を欲したのなら、今も城内にいる、もしくはすぐ来れるようになっているはずだ。王個人、いや自ら使う手の者がいたとしても痕跡をすべて消すことはできないはずだ。
「王が天刻印を失わずに済む何かをするとして、可能性が高いのは王妃だと思うのだ、だから接触を持っておこうと思う」
「男の俺達がこんな夜中に王妃に会うのは難しい、というか無理じゃないか? 不義を疑われたら、それこそ王妃の身が危険になると思うぞ」
それは凄くまともな意見である。
「わかっているさ、王妃個人と会うのは俺達であってはならない。だが私の妻が以前、王妃の侍女をしていたことがあるのは知っているだろう」
「ああ、何度か会って話したこともあるし、お前の嫁さんは貴族でも有名人だしな」
私も貴族の出身ではあるが下級貴族の部類だ、妻を娶れるほどの身分にあったわけでもない。それでも許されたのは、戦場であげた功績と、王の口添えがあったからだ。
そして妻は王妃の、いや王妃になる前から彼女の侍女をしていた。貴族の子女がより身分の高い者のもとで侍女をすることは珍しいことではない。
「妻の後任とも私は顔見知りだ、連絡の取りようもある。この時間でも、なんとかなるはずだ。だから、そちらへは私が向かう。お前は城で、王の行動範囲で人が寄り付かず、城外の者と会えそうな場所を調べてみてくれ」
お互いにやることを確認して、二手に分かれる。
真夜中に近い時間、静かな城内に私達の足音はやけに響いて聞こえた。