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約束の約束  作者: 小河 太郎
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第弐話 「日めくれないカレンダー」


いつからだろうか。

僕が、僕だけが、同じ時間を繰り返すようになった。


肉体的には一切、一歳として年を取ることこそないが、精神はそのままこれまでの経験を経験しているわけで、同じ今日だったとしても、暦の上では同じ生年月日だったしても、一つ、一日ずつ、年を取った自分として、その日を迎えることになるのだ。


能力、というのが一番妥当なのか、それとも病気、奇病と呼ぶのが正しいのか分からないけれど、僕にこの能力が備わったのは、ほんの数ヶ月前、ゴールデンウィークの最終日である五月七日の振替日のことだった。


何がどういうわけでこんな、非現実的なことが起きたのかは、僕自身でさえ、理解出来てないし、僕以外の人にはもっと分からないのだろう。

神様のイタズラなのか、それとも救済の処置として、僕に救いの手を差し伸べてくれたのか。

と、言うのも僕が時間を巻き戻る理由として


——「柚季〜!迎えに来てあげたよ〜」


インターホンのチャイムを鳴らし、朝から元気良く、二階まで通る声で僕を呼ぶのは、小学校五年生の頃からのクラスメイトである、巫 雛。

帰りは僕が家まで送ってってやり、朝は彼女が逆に迎えに来る、という、まるで付き合いたてのカップルのようなことをしてこそいるが、別にそういう関係でもなく、良く誤解されていたり、されてなかったり。


ただ、只のクラスメイト、友達と呼ぶにもやはり、距離は近いようなそんな関係性なのは否定は出来ないわけだけれど。

小学校五年生からにも関わらず、どうしてそんな親しい仲になったのかは、また別の時、機会があれば語るとして


「柚季ー、まだ寝てるのー? 今日は遅刻ギリギリとか嫌だからねー!」

声で分かる。恐らく、怪訝そうな顔をしているのだろう。

昨日は僕が寝過ごして、危うく遅刻する所だったんだっけ。


——それはもう、随分と遠い日のことのように。


カレンダー上では、今日の昨日は九月十九日なわけだが、昨日の明日が九月二十日、今日なのだけれど、僕の場合、九月十九日はもう、三十二日も前のことなのだ。


五月五日の時に、初めてこの能力が発動したその日は、十五回なループで抜け出せることが出来た。そしてもう一つ、七月二十九日に二度目のループを経験しており、それは五回という短さで抜け出せることが出来たのだが、

今回ばかりは、正解を見つけ出すことが全くと言っていいほどに見当たらない。


三回目なループだったのもあり、少しばかりの、慣れが生じた。

慢心。

しかし、そんな余裕も直ぐに砕かれる程に、今回のループには、九月二十日には、いくら繰り返しても抜け目がないのだ。


僕自身の行動を変えてみようと、学校にわざと遅刻したり、仮病を使って一日家に引きこもってみたり、用もなく隣町に出たり、そんな悪足掻きをしてこそみたものの、結果は何にも変わるわけがなく、一番最初に経験した正規の九月二十日をできる限り、忠実に再現し、繰り返さないための方法を探ることに落ち着いた。

机のすぐ横の壁には、ずっと同じ暦の、小さく西暦と、一番目立つように、大きく数字で九月二十日、そして、その下隅に水曜日という文字だけをきっかりと示す、そんは日めくりカレンダーが、そこにはあるだけだった。


ピンポンピンポンピンポン、と、次第にチャイムの回数が増え、そして鳴る感覚も狭まっていく。


「今日も、急かすんだから……」


僕は、恐る恐る、玄関のドアを開ける。


「ヒエッ……‼︎」


「おはよ、柚季!まさか、そんな変な声を聞かされるとまでは思わなかったわ」


こればかりは、意図的にではなく、素で声が裏返ってしまう。 何回繰り返しても、こればかりは慣れないもので


「その手に持ってる葉っぱの先にうごめく芋虫様を早くどかしてくれないでしょうか……」


「男の子のくせに芋虫くらいで、キャッキャ言って〜、全く、だらし無いなぁ」


キャッキャではなく、キャッだ。

もっと言えばヒエッ。

どちらにせよ恥ずかしいのに変わりはないが。


ここばかりは忠実に再現しなくとも、とも思うのだが、この芋虫が何か鍵を握っていると思うと、この下りも不本意ながら、やっておかなくてはならないのだ。


「ちなみに私、自転車ないから今日は徒歩だよ」


「自転車、パンクしたんだろ?」


雛は若干、驚いたように「なんで知ってるの⁈柚季、まさか何かの能力を!」


「なわけ、あるか。何となくだよ、何となく。」


—–まぁ、あるのだが。


雛は、目を細め、僕を下から覗き込む。


「何となく、ねぇ」


雛の自転車パンクの、そのせいで、帰りは二人乗りをさせられる羽目になるだが、今日を終わらせるためにも、このくらいのことは我慢しなければな。


「ほら、玄関で立ち止まってると、学校、遅れるよ。」


僕は、つま先をトン、と。靴を履くと、図々しくも玄関先に上がり込んで居た雛の横を先に通り越す。

家主が先に家を出るという、変な光景。


「散々、人を待たせといて、それかい!

全く、ホント無愛想なんだから」


僕が住んでいるのは、二階建ての寮のようなアパートだ。

部屋数は一階、二階共に五部屋ずつ、計十部屋で、そのうちの一◯一号室は大家さんの部屋になっている。

中学生にも関わらず、実質的には一人暮らし、というわけだ。

両親は僕がまだ物心ついたくらいの頃に、離婚。親権は父親が預かる結果となった。ただ、父子家庭とはいえ、父親は朝早くから夜遅くまで、毎日のように仕事漬けで、ろくに会話すらしていないのも現状で、お正月や、ゴールデンウィークやお盆や年末、長期休暇の頃くらいしかまともな会話すらしていない。

そんなかなり忙しく、家に殆どいないにも関わらず、父は僕を何とか養ってくれていることについては、とても感謝している。別に、今更父親と休日を過ごしたいとも思わないし、夜は一緒に食事をしたいとも思わない。

中学生なんてそんなものだろう。

俗に言う思春期だ。

今の住まいだと、朝と夜は大家さんが食事を用意してくれるし、家賃も父の会社が負担してくれるので、父子家庭の身としては、父も僕も、とても助かっているのだ。

ちなみに、僕は一◯三号室。


「柚季、私、髪型変えようかなーって思っているのだけど」


「前髪、ぱっつんにでもするのか?」


「今日の柚季、ものすごく、冴えてるね。」


少し驚いた様子の雛、僕としてはそのリアクションも、もう、何度めか。


「そのままで良いと思うけどな、長い前髪を真ん中で分けてる感じ、おでこ出てて、可愛いんじゃないの」


「そ、そう?」


やや照れる雛。


「でもでも、最近は、ぱっつんが流行ってるからさ!ほら、あれよ、三戸なつみ!」


「あれは、三戸なつみは、前髪を切りすぎた奴でしょ、しかも、そこそこ前のブームじゃん。」


コホン。と謎の咳払いをするや

「と、とにかく!今日の塾帰りに切ってこようと思って!どうかな?」


「どうかなって、まだ見てもないからなぁ。

物は試しよう、とか言うし、やってみれば?」


一体、僕はいつになったら、彼女のぱっつん姿を見ることが出来るのだろうか。


——明日は、遠く


(もうじきだったかな)


僕が、時間を繰り返す理由。それは、


横断歩道を渡っていると、ブブーッと、大きな音を鳴らし、一台の軽自動車が、こちらに向かって、突進してきた。

誰彼構わずに、襲い掛かるイノシシのように、何の躊躇もなく。


「雛っ‼︎」


僕は、左肩にいる雛の右腕を右手で掴み、僕と正面に向かい合わせるように、そのまま抱き寄せるような形で、その体を引き寄せた。


ガシャン、と、僕と雛のすぐ先にあった電信柱へと激突した。


「ゆ、柚季……?」


「大丈夫?怪我はない?」


「う、うん……」


僕が時間を巻き戻る理由。繰り返す理由。


「柚季が、引き寄せてくれなかったら、電信柱と一緒に、私……」


赤色へと移り変わる途中、信号機は点滅するが、周りの人々は、しばらく、その横断歩道の上に立ち往生していた。

次第にパトカーやら救急車やらのサイレンが聞こえはじめた。


「怪我しなくて良かったよ。ほら、学校、遅れちゃうよ?」


「柚季、ありがとう」


少し、涙目だった雛。


けど、今日はまだ、これだけじゃない。

これだけじゃ終わらせてくれない。

この世界が、僕の運命が。


僕のタイムリープのトリガー。


それは。



——雛が死ぬこと




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