表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Hand to hand

作者: 建山 大丸

初恋愛物、初短編です。

ちゃんと恋愛物になってるのかな?

 ー サーカス ー


 広いステージの中を、繰り広げられる人と獣の妙技。


 曲芸師(ジャグラー)達が魅せる素晴らしい操技(ジャグリング)の数々。

 鍛え上げた肉体の限界点を魅せる身体技術(アクロバット)

 高所で行われる危険な綱渡りや空中アクロバット。

 ステージを縦横無尽に駆け巡る獣やバイクの曲乗り。

 そんな凄技の合間に起こる、道化師(クラウン)達の踊りや身体表現(パントマイム)より起こるハプニング。


 そして、それらを見る観客達の笑い、拍手、そして大歓声。


 サーカスは、それらが融合した一時の異空間だ。


 そんな異空間に心を奪われた少年が1人。


 「うわあぁぁ…………。パパ! ママ! スッゴいねぇ!」


 彼の名は沢入 渉(さわいり わたる)。半月前にやって来た長期公演のサーカスを、両親と共に始めて見て以来、その魅力に取りつかれた少年だ。

 ほぼ毎週サーカスを見に来ている事からも、そのはまり様は窺い知れるだろう。


 「ははは、渉は本当にあの演目が好きなんだね」

 「ふふふ、他にも色々あるのにね」


 そんな彼のお気に入りの演目は、ジャグリングでも、派手なアクロバットでも、猛獣ショーでも、道化師達でもない。


 「だって、道具も何も使わないで、あんなに凄いことしてるんだよ! まるでヒーローだよ!」


 彼が一番好きな演目は"Hand to hand"と呼ばれるアクロバットの種類で、二人一組の鍛え上げた肉体の力とバランス能力だけで様々な姿勢を作り出す演目だ。


 そして何度もサーカスを見続けた結果、好きが高じた少年は数日後、


 「…………たしか、こうやって…………こうで……」


 家にある2体の人形のおもちゃを使ってで"Hand to hand"ごっこをするようになり、


 「いくよー! せーの!」


 近所の公園で、親に買って貰った大きなぬいぐるみを使って"Hand to hand"の練習と言う名の遊びを始めるようになるのだった。 


 そんなある日の事、いつものように公園で練習に励んでいると、ふと誰かに見られているような気がした少年は、練習を中止して辺りを見る。


 すると、少し離れた場所で少年をじっと見てる女の子を発見するのだった。


 「どうしたの?」

 「いま、何をして遊んでたの?」


 少女の言葉に、少年は少し怒った表情を見せる。

 彼にとってはこれは真剣そのものの練習であり、遊びなんかではないからだ。


 「これは、"ハンド トュー ハンド"の練習だよ!」

 「…………"Hand to hand"?」

 「それ! 僕は、あれをやる人になるんだ!」


 その言葉を聞いて、少女はプッと吹き出す。


 「何がおかしいんだよー!」

 「本当にやりたいの?」

 「やりたいよ!」


 そう少年が答えると、少女が突然少年に飛び掛かってくる。

 突然の事に、少年は少女を受け止めきれずに倒れてしまう。


 「何するんだよぉ!」

 「本当に"Hand to hand"をしたいなら、私くらい支えらるくらい力がないとダメだよ?」

 「そんなの突然やられてもできないよ」

 「アクロバットは、突然の危険があるから、何かあったとき咄嗟に動けないと危ないんだって」


 そう言うと、少女が少年を起こして服についた土埃を払う。


 「だから、私と一緒に練習しよう!」

 「え?」

 「基本は体力だよ! 走るよ!!」

 「ええぇぇ!?」


 そう言って、少女は笑顔を見せて少年の手を取り走り出し、少年は引っ張られるままついていくのである。

 こうして、少年の相棒はぬいぐるみから少女に変わるのだった。


 彼女は両親がサーカス団員で、名前を"チェリー"と名乗っていた。

 本当の名前は違うらしいのだが、海外のサーカス団員も多いことから、チェリーの方が呼ばれ慣れてしまったらしい。


 「だから、君も私をチェリーって呼んでね! ワイリー!」

 「ワイリー……?」

 「さわいりだから、"ワイリー"! "Hand to hand"は、コンビのパフォーマンスだから、二人の名前がコンビの名前になるんだよ! でも、さわいり&チェリーだとカッコ悪いから、ワイリー&チェリー!」


 と、言うわけで少年、ワイリーは色々なことをチェリーから教えてもらう。


 「チェリー! 痛い! 痛いよ!!」

 「我慢するの! 体が硬いと大ケガしやすいってパパが言ってたもん!」


 柔軟。


 「チェリー……もう、腕が上がらないよ……」

 「"Hand to hand"は、手と手を繋いでパフォーマンスをすることが一番多いの! だから、腕の筋肉をつけないと、私が落ちちゃうんだから!」


 筋トレ。


 「チェリー! 落ちちゃうよ! 怖いよ!」

 「マ…………ママが…………バランスが…………無いと…………だ…………だめ…………やっぱり怖いよー!!」


 バランス。


 そして、


 「やっぱりできないよ! 怖いよ!」

 「大丈夫! "Hand to hand"は、空中ブランコみたいに、二人の息が合わないとできないんだって。だから、二人で合図を決めようよ」

 「せーのーで。みたいなの?」

 「そう! だけど、それだとつまんないから二人だけの合図を決めようよ!」

 「秘密の合言葉みたいでいいね!」

 「それじゃあ……」


 そうして、ワイリーとチェリーの奇妙で楽しい日々は続いていくのであったが、終わりの日はどんどんと近づいていくのである。


 そう、チェリーはサーカス団の子供。

 この町に滞在できるのも、サーカス団が興行を行っている間だけなのだ。


 そして別れの日は訪れる。


 「ワイリー……いっぱい付き合ってくれてありがとう。元気でね」

 「チェリー! 僕、絶対サーカス団に入るから! その時、一緒に″Hand to hand″しようね!」

 「うん! 約束だよ!」


 こうして、少年は″ワイリー″の志を抱きながら″沢入 渉″へと戻っていくのだった。




✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳




 「今日が入団式かぁ……サーカスってちょこちょこ出入りがあるから知ってる人がどれだけ残ってるかなぁ……」


 月日は流れ、幼かった沢入少年も成人を迎えることになる。

 チェリーから教えられた練習を毎日こなし、小学校に入学すると似たような技術が学べる体操教室へ入り、中学校ではさらに器械体操のクラブに入り、練習に明け暮れた。

 それも、幼い頃憧れたサーカスに入るため。


 そして、ずっと側にいて支えてくれた少女との約束を果たすため。


 彼は、中学校を卒業するとともに、この国では数少ないサーカスの専門学校に入ることを決めていた。

 だが、子供の将来のことを心配する両親からは良い返事をもらうことができず、何とか条件付きで入学を許してもらえる事になった。


 それは、一般的な高校生と同程度の学力を維持できなければ即退学して、転校することというものだった。

 なので、彼は毎日学校でサーカスの基礎を学びつつ、夜は勉学に励むという生活を3年間続けることになるが、それでも彼は毎日が楽しかった。

 危うく何度か退学の危機を迎えることにもなったのだが、その都度自分よりも学歴や年齢が上の先輩や同期、後輩が勉強を見てくれてギリギリ何とかなっていた。


 3年間基礎を学んだ彼は、2年間学校から斡旋されたバイトで協力関係にあるサーカスに裏方として手伝いに行ったり、または大道芸等をすることで実践経験を積むことになっていく。

 その時に知ったのは、彼が憧れたサーカス団はすでに解散してしまっていたという事。

 つまり、彼の夢の一つはもう叶うことが無くなってしまったということだ。


 それでも彼は頑張りつづけた。

 それは、もう一つの願いを諦められないというのもあるのだろうが、きっと自分の生き方を限定してしまっていたので、ここで全部無にしたくないという意地だったのかもしれない。


 そうして迎えた卒業、彼はこの国でそれなりに大きなサーカスに入団することが決定した。

 このサーカスの″Hand to hand″後任を育てる必要が出てきたこと、彼の先輩が奨めてくれたというのもあるが、真面目な彼の働きぶりが評価された結果でもある。


 そうして始まった入団式、彼は一人の女性に釘付けになる。


 彼女の名前は″木下 桜(きのした さくら)″。

 従姉妹とともに別のサーカスに所属していたのだが、彼と同様に″Hand to hand″の後任として引き抜かれたらしい。

 彼女は両親がサーカス団員で、何度か渉が育った町にも来ていたことがあるらしいのだった。


 (桜……英語で……確かチェリー……)


 チェリーのサーカスには海外の団員も多く在籍していたため、彼らからチェリーと呼ばれることになったと彼女は言っていた事を思い出す。


 「?? どうしたの? じっと見てるけど……」

 「いや……あの……」

 「沢入君よろしくね! 桜、行こう。柔軟そろそろ始めないとだよ」

 「あ、うん。分かったよ、お従姉ちゃん。じゃあ沢入くん、後でね」

 「あ、はい」


 こうして、渉の新しい日々が始まるのだった。


 始まった彼とチェリーの関係は順風満帆……というものでは決してなかった。


 と、言うのも、


 「桜! 体軸がズレてる! そんなんじゃ渉くんに負担かかるよ!」

 「はい!」

 「渉くん! 足腰弱いよ! 本当に3年もあの学校でトレーニングしてきたの!? 貴方は土台役なんだから足腰を重点的に鍛え直しなさい!」

 「はい!」


 二人の練習には、チェリーの従姉が付いていたからだ。

 彼女は自身もアクロバット一つ、軟体芸(コントーション)倒立芸(ハンド・バランス)の演者でもあるのだが、桜と渉のトレーナー役も行っているのだ。


 「お従姉さん、厳しいね」

 「基礎トレーニングはちゃんとやらないと大怪我につながるっていうのが、私達のお父さん達がいたサーカスの基本だから」


 (知ってる。それは(チェリー)に教えてもらった事だから)


 口まで出かかった言葉を緊張からか実際に出すことができず、実際出せた言葉は、


 「うん。知ってる」


 というもので、その言葉を聞いて不思議そうな表情をみて、小さな子供の時の事とはいえ、彼女がそのことを忘れてしまったということを悲しく思い、同時にその可能性に全く思い至らなかった自分がひどく馬鹿らしく思えたのだった。


 「渉くん、今日も仕事お疲れ様。」


 そんなある日の公演終了後、道具を片付けて一休みをしていると渉を呼ぶ声がする。

 そちらを見ると、スポーツドリンクを持った桜の従姉が立っていたのだった。


 「木下さん、ありがとうございます」

 「ちょっと気になってたけど、桜は名前なのに、何で私は苗字なのかしら?」

 「いや、年上の方でトレーナーを名前呼びは……」


 実際は、桜に釘付けになっていて名前を聞いていなかったのと、いまさら聞いて練習時に扱かれるのが怖いから今さら聞けないと言うのが主な理由なのだが。


 「桜も年上だけど? むしろ、女の子で名前呼びしてるの桜だけじゃない」


 そう言うと、彼女は彼にニヤニヤと笑いかける。


 「いや、何か意図があるわけじゃないですよ! ただ、相棒になるわけだから、少しは距離を縮めた方がいいのかと思って……」

 「へぇ~、ほぉ~、ふぅ~ん」

 「信用してないでしょ!」


 そんな他愛のない話をしていた二人だったが、ふと木下は渉をじっと見つめるのである。


 「な、何ですか?」

 「渉くん、何があったかは分からないけど、練習や仕事はちゃんと集中しなさい。気の入っていない練習は、どれだけやっても意味がないし、貴方や桜の大怪我に繋がるわ。仕事も同じ、私達の仕事は少しの気の緩みが大事故に繋がるの」


 渉は木下が発した言葉、そして本気で心配し、目の奥で見える強い怒気を含む表情に血が凍るような思いをする。

 彼女は、彼があの一件以降モチベーションが下がってしまい、練習・仕事にイマイチ身が入りきっていない事に気付いているのだ。


 「2ヶ月後に行う興行で、貴方達はデビューさせる予定だったわ。でも、今の貴方だとトレーナーとして、舞台に出すわけには行かない」


 そう言い残し、彼女は彼の元を去っていくのだった。


 残された渉は、一人木下が言ったことを何度も思い出しながら猛省する。

 自分の集中力を欠いた仕事のせいで大事故に至ることを思い至らなかった自分に情けなさを感じているのだ。


 それもまた、小さい頃にチェリーに何度も何度も言われつづけたことだったから。


 (……そうだよな。向こうが昔のことを覚えていなくても、一緒に演技をするっていう目標は果たせるじゃないか。覚えてくれているって思ったのは、俺の勝手な願望だよ。それに引きずられて、チェリー……桜さんに迷惑はかけちゃいけない)


 そもそもそれすら自分の勘違いで、本物のチェリーは別のところにいるかもしれない。

 そう思うと、自分の思い込みで一方的に桜へ想いを寄せていたこと、そしてトレーナーである木下に心配をかけていたことをとても恥ずかしくなり、全身で身悶えてしまう。


 だが彼は、そのおかげで自分の中で何が大切だったのかを思い出し、また練習・仕事に励むのだった。

 むしろ、今までの自分を恥じるかのように、気持ちを振り払うようにより集中するようになるのだった。


 「桜さん、今までゴメン」

 「へ? な、何が?」

 「2ヶ月後の興行にむけて頑張ろう!」

 「?? よくわからないけど、が、がんばろう」

 「渉くん! 気合いが入ったのは良いけど、空回ってるよ! 感情を制御して、息を合わせなさい!」

 「はい!」


 そして、練習で納得が行かないときがあると、


 「木下さん、練習付き合ってくれませんか?」

 「大丈夫? 少しやり過ぎじゃない?」

 「でも、このあたりのバランスがうまく取れなくて……桜さんと体格が近い人って、木下さんしかいないから」

 「……15分だけだよ。それで今日は休みなさい」

 「ありがとうございます」


 木下に追加練習を付き合ってもらい、


 「へぇ……そのチェリーって子に色々教えてもらって、渉くんは本気でサーカスに入ることを決意したんだ」

 「はい。恥ずかしながら、実は桜さんがチェリーなんじゃないかなって思ったんですけど、多分僕の勘違いだったみたいで」

 「それで集中できなかったの?」

 「はい」

 「若いねぇ~。青春だねぇ~」

 「木下さんだって、俺と3つしか違わないじゃないですか」

 「あはははは。で、切り替えられたのね」

 「はい。自分の勝手で人に迷惑はかけられません。チェリーの教えです」

 「聞いてると、チェリーって子も大分渉くんに迷惑かけてる気がするけどね」

 「知ってますか? 本人がそう思わなかったら迷惑にならないんですよ」

 「ポジティブだねぇ。若さだねぇ」


 自分の気持ちを落ち着かせるため、木下に自分の昔のことを少しずつ話すようになっていったのだった。




✳✳✳✳✳✳



 「桜が怪我!?」


 本番を3日前に控えたその日、僕と木下さんは耳を疑う言葉を聞く事になった。


 テントの建設も終え、他の団員達と食料を買い出しに行った桜が、スマホ運転をしていた自転車とぶつかって右手首を捻挫し、腰回りを挫傷してしまったのだ。


 「すいません……興行を直前に控えて……」

 「いや、骨折等じゃなかっただけのが救いだよ」

 「だけど団長、どうするんですか? もうプログラムは変更が決まってしまっています」


 団員の言葉に、団長がこめかみの辺りを揉むようにして考え込む。


 「うむぅ……残念だが、今回はいつもの二人にやって……」

 「待ってください」


 団長の言葉を遮るように、木下が口を挟む。


 「今回の興行は、渉くんがいた幼稚園、小学校、中学校やその地域に渉くんを前に出した広告を出しています。彼の親族や友人は、彼を見にやってくる筈なんです」


 そう、今回の興行は俺の地元で行われるのだ。

 その事を知っていた木下さんは、それに合わせるように俺や桜さんをトレーニングして団長に提案をし、その方がチケットが売れると思った団長がその提案を受け入れて、今回デビューまでこぎつけたというわけだ。


 「しかし、桜くんが怪我をした以上、彼一人では……」

 「私が相棒を務めます。今回は私の演目はありませんし、彼の練習にも付き合っているので、今回の演技構成はちゃんと分かっています」

 「う……うむぅ。本当に大丈夫かね?」

 「公演まで3日、それなら間に合わせてみせます」

 「今回の興行の売りは、沢入君だから、やれると言うならばそれに越したことはないが、二人とも、良いのかね?」


 団長の問い掛けに、渉と桜は頷く。


 「私の不注意でこんな状態になってしまったので、私に拒否する権利はありません」

 「やらせてください、団長」

 「うむ、ではその方向で頼むよ千恵里(ちえり)君」

 「わかりました。じゃあ宜しくね、ワイリー。練習は1時間後よ」


 団長に一礼し、こちらを向くと木下さんは僕の肩を叩いてその場を離れていく。


 (ちょっと待って、何で木下さんがその呼び方を知ってるの!? まだそんな話してない……)


 ここに至り、渉はある可能性に気づく。


 「桜さん!」

 「はい!?」


 その場を去ろうとした時に呼ばれた桜は何事かと驚きの声を上げる。


 「木下さんって、千恵里っていうの?」

 「渉くん、知らなかったの?」


 あきれた様子で渉を見る千恵里だが、今の彼にはそんなことは二の次だ。


 「千恵里さんって、小さい頃なんて呼ばれてたの?」

 「えっと、″ちえり″だと海外の団員さん達が微妙に呼びづらいっていって″チェリー″って……渉くん、どうかしたの? 顔赤いよ?」

 「ううん、大丈夫。ありがとう桜さん」

 


 明らかに様子がおかしくなった渉に、心配そうな表情を浮かべて桜はその場を立ち去っていく。


 誰もいなくなったその場で、渉は立ち尽くす。


 なんて事だ。

 なんて事だ。

 本人を前に勘違いしていた。

 本人だと知らずにべらべら偉そうにしゃべってた


 それよりも


 本人だと思ってないから、自分の気持ちを言ってしまった!!!!


 そうして、彼は練習時間になってもやって来ない事に心配した桜が呼びにくるまでの間その場で見悶えることになるのだった。



✳✳✳✳✳✳



 「ねぇ、チェリーいつから俺がワイリーだって気づいてた?」

 「知りたい?」

 「まぁ、一応」


 今、渉と千恵里は舞台の袖にいる。

 舞台では自分たちの前の演者が終わり、道化師達が観客席に飛び込んでハプニングを起こしているところだ。


 「最初からだよ」

 「え!?」

 「挨拶の時から。だって、小さい時に見たサーカスの"Hand to hand"に魅せられてサーカスに入りたいっていう、ここに住んでいる沢入何て言う苗字の男の子なんて滅多にいないでしょ」

 「まぁ……確かに。じゃあ、何ですぐ教えてくれなかったのさ」

 「ほら、それは……私のこと忘れてたらさ、馬鹿みたいじゃん。貴方まだ、小学生にもなってなかったし」

 「俺は、チェリーが年上だって全く思わなかったよ。身長もそんなに変わらなかったし」

 「それは、貴方が歳の割に大きかったのと……私が……小さかったから……」


 舞台では先程まで使っていた道具が全て回収され、道化師が子供を連れてきて″Hand to hand″の真似事をしている。

 それは、小さい頃にワイリーとチェリーがやっていたそれだった。


 「ああ、あれを昔やってたんだ」

 「今度は逆だよ。あの時は私が土台で貴方が上役だったわ」

 「懐かしいね」

 「あの時の事、覚えてる?」

 「ん?」

 「貴方が私に乗るときにとても怖がったから言ったこと」

 「うん、まぁ」

 「じゃあ、その時の合図で出るからね!」

 「嘘! 恥ずかしいって! しかも、良く調べたら意味が微妙に違うじゃんか!」

 「本人だと思わずに、私に熱い告白をしたんだから今更変わんないわよ!」

 「うぅ……」


 道化師の役目が終わり、袖へと戻ってくる。

 もうそろそろ俺達の出番だ。


 「言っても良いけど、確認させてよ」

 「何?」

 「チェリーは俺をどう思ってるんだよ」

 「馬鹿ね」


 そう言ってチェリーはワイリーを見る。

 その表情は、あの時見た幼いチェリーの顔だった。


 『それじゃあ、私がワイリーを、ワイリーが私を好きになれば安心できるよ! だから、君が好きっていうの!』

 『他の人に聞かれたら恥ずかしいよ』

 『……そっかぁ。じゃあ、他の国の言葉にしよう!そうすれば何となくごまかせるよ』

 『何て言うの?』

 『それはね』


 【それではお待たせしました! 地元が生んだスーパースター! ワイリーとチェリーによります″Hand to hand″です!】


 場内アナウンスが流れる、もう迷っている時間はないようだと渉は覚悟を決める。


 「行くわよ! ワイリー! せーの!」

 「分かったよ! せーの!」


 「「Ich lieb(貴方を愛)e dich(してる )」」


 そう言って二人は手を繋いで舞台へと飛び出すのだった。



 最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ