表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の忘れ形見  作者: さぁこ/結城敦子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/121

094:可愛さ余って憎さ百倍

 チェレグド公爵が「もう我々は必要なさそうですね」と臍を曲げかけたので、アルバートは慌てた。ストークナー公爵も甥の代わりに謝罪する。すると、パーシーが苦笑した。


「”エリック艦長”、子どもっぽい真似は止めて下さい」


「悪かったな。

で、殿下、カール・ブルクハルトの正体を聞きますか? それともすでご存知ですか?」


「聞こう」


 アルバートはパーシーに話の続きを促した。



***



 エンブレア王国の海軍に入隊する人間には、大雑把に分けると二種類の事情がある。

 野心と愛国心に燃え志願した者と、厄介者扱いされて本人の望みではなく乗せられた者である。

 パーシー・ブラッドは後者だった。彼は決して、乱暴者で持て余された訳ではなく、家族が多く、口減らしの為に艦に乗せられた。

 艦は危険もあったが、陸よりもマシな食べ物が出た。それが虫が湧いた固いパンだろうが、塩辛い豚肉だろうが、量があるだけでご馳走だった。彼の生まれた家の貧しさが窺い知れるだろう。

 その上で、彼は最高の上司と出会えた。

 キール艦長である。

 その頃はまだ一介の海尉であったが、彼は小さく愚かな子どもであったパーシーを可愛がってくれた。しかし、同じ艦に乗っていた陰気臭い黒髪黒目の士官候補生の一人は、パーシーのような火薬運搬係パウダーモンキーを下劣で無学と馬鹿にしていた。偉そうな士官候補生は、どこかの公爵さまの持つ領地の一つを預かる管理人の息子で、学問が出来、いつも本を持ち歩いていた。いつか艦長になり、大きな戦争で武勲を上げ、爵位を得るのだと公言してはばからなかった。

 ある日、彼の大事な書物を汚い手で触った子どもがいた。彼は怒りに任せ、その子どもさんざんに殴りつけ、海に落とそうとした。


「これで私の人生は終わりだ、とその時は思いました」


 士官候補生に半殺しの目にあったパーシーを助けたのはキール海尉だった。

 事情を聞いたキール海尉は、パーシーに同情した。


『お前は本が読みたいのだね。しかし、勝手に人の本に触ってはいけないよ。代わりに私の本を貸そう』


 キール海尉の早とちりだった。

 パーシーは士官候補生の本に、綺麗な少女の絵が挟んであるのを見て、面白半分で手を出したのだ。

 しかし、命の恩人にそれを言い出せず、いやいや、勉強をする羽目になった。


「おかげで、私は航海士にまでなりました」


 件の士官候補生とはすぐに艦が別々になり、それ以降、同乗せずに済んだ。

 パーシーが再び、彼に会ったのは、キール海尉が艦長になり、ミスター・エリックと呼ばれていたチェレグド公爵が副長になった頃である。キール艦長には美しい恋人が出来た。世を忍ぶ仲であったが、兄のエリックに会いに来たという口実で、帰港中の艦を訪ねてきたりしていた。

 キール艦長が港の周りを、彼女を連れて散歩している時、護衛として後ろを歩いていたパーシーは物陰から視線を感じた。

 黒髪黒目の不吉な雰囲気の男が、他には目も入らぬように、一心に、キール艦長の隣を歩く女性の後ろ姿を見ていた。それが、あの幼いパーシーを情け容赦なく殴打した士官候補生だった。制服から、海尉に昇進したのが分かった。

 

 パーシーは思い出した。あの男の本に挟まっていた少女の絵は彩色されていた。若葉を思わせる瞳が印象的な美しい少女。

 あの絵はエリザベス・イヴァンジェリン・ルラローザを描いたものだったのではないか。

 どういう関係なのか、彼はエリックに「こうこうこういう男を知っていますか?」と尋ねた。聞かれた副長はしばし、頭を捻った挙句、直接、妹に聞いた。

 聞かれたエリザベス・イヴァンジェリンはあからさまに嫌な顔をした。


『お兄さま、あんな男の話、私、聞きたくないわ』


 男の実家が管理していたという公爵領は、チェレグド公爵家のものだったのだ。

 チェレグド公爵家は何か所にも管理地があるし、エリックは次男坊で幼い頃から海に出ていたので、その男とは顔を合わせたことがなかった。言われてみれば、どこかの管理人の家に、そんな息子がいたような……いなかったような……もしかしたらいたような気がする、程度である。

 なので、妹がなぜその男を嫌うのか、知らなかった。

 妹のエリザベス・イヴァンジェリンは、幼い頃から、その男の両親が管理する領地にある別邸にたびたび滞在していて、男とも顔見知りであったが、その印象は、年々、悪くなる一方だったという。


「あの男が、恐れ多くも国王の婚約者であったイヴァンジェリンさまに邪心を抱き、しつこく言い寄っていたそうです」


 男は何を勘違いしたのか、エリザベス・イヴァンジェリンと自分が結婚出来ると思い込んでいたらしい。

 どこにでも付きまとい、ことあるごとに言い寄っては困らせた。

 先々代のチェレグド公爵は激怒し、厄介者として、彼を海に出してしまったのだ。


「それでも、いつか公爵を見返し、イヴァンジェリンさまと結婚しようとしていたのです」


 半ば、無理矢理、半ば、志願して、二つの理由で、公爵家の領地管理人の息子は海軍に入隊した。

 いずれ憧れの乙女を手に入れる。それが彼の夢であり、彼のいう所の下品で無学な連中の中で生き抜くための原動力となった。


 だが、エリザベス・イヴァンジェリンが選んだのは国王でも、勿論、その陰気くさい使用人の息子でもなく、勇敢なキール艦長であった。

 エリザベス・イヴァンジェリンが意地悪な公爵令嬢として王都から放逐された時、彼は艦に乗って、海上に居た。そして、そのままベルトカーン王国との小競り合いに巻き込まれ、行方をくらませた。


「同じ艦に乗っていた人間によれば、海に落ちたとも、ベルトカーンの捕虜になったとも言われていたのですが……」


 どうやら男はベルトカーンの捕虜となったと言うのが、正解らしい。


「奴がベルトカーンから解放されて王都に帰って来たばかりという頃に、会ったことがあると言う人間を見つけました。

二十年ほど前だと聞いています。ちょうどストークナー公爵家にトーマスさまが生まれた日の前後だったとかで、よく覚えているそうです。

『海はこりごりだ、陸での仕事を探している。真面目に働いて、ささやかな幸せを得たい』と言っていたので、昔のよしみで紹介することにしたそうなのですが……では、雇用主に会おうという当日……奴は来なかったそうです。

なんの連絡もなく約束をすっぽかされ、こちらの面目を失ったと、怒っていましたよ。

文句を言おうにも、それっきり、奴の姿を見ることはなかったそうです」


 男は姿を消し、どんな手段を使ったのか、もしかすると、捕虜時代に間者になれという誘いをうけていたのかもしれない。ベルトカーン国王に近づき、その信頼を得て、故国であるエンブレア王国に戻ってきた。

 ただし、ベルトカーン王国の大使として、だ。


「すっかり面変わりして、私はすぐには分かりませんでした。

あちらも、自分のことを分かったかどうか」


 パーシー・ブラッドは十歳の少年から、大人の男になっていたし、男が見下していた火薬運搬係の子どもの顔をまともに見たのは、自分で顔の原型が分かなくなるほど殴った後だけだったからだ。

 それでも、因縁の二人は邂逅を果たした。


「奴の両親や身近な人間たちはすでに他界しています。……その死にも不審な点がありますが、申し訳ないが、今はそこまで立ち入る暇がありません。

とにかく、ベルトカーンの大使は、エンブレア海軍士官だった男です。

その男の名は――」



「「ジョン・ペイン」」



 今度こそ、チェレグド公爵はぶち切れそうになった。

 とっておきの情報までもが、アルバートの既知の事実だとは。おまけに、今度はマリーナまで知っている。

 二人で仲よく声を合わせて、カール・ブルクハルトの本名を呼んだのだ。

 ただ、チェレグド公爵は怒る前に気付いた。二人の顔が真っ青なのを。マリーナに至っては、震えている。まるで幽霊を見たようだ。


「大丈夫ですか?」


 事情を聞くよりも、身を案じた。


「大丈夫ではないが……」


 比較的すぐに精神的衝撃から回復したアルバートは、いまだ打ちのめされたようなマリーナを気遣った。

 

「大変、失礼ですが、席を外すことをお許しください」


 マリーナは震える声で、それだけをやっと言った。アルバートの許可を得ると、彼女はすぐに、小姓の部屋として用意された自室へと退いた。

 そこで、寝台の下に隠していた鞄を引っ張り出す――。


 一方で、アルバートはパーシーに命じた。


「ジョン・ペインのこと、引き続き、調べて欲しい」


「仰せのままに」


 王太子殿下直々の命令に、パーシーは必ずや、期待に添えるように努力することを誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ