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婚約破棄の忘れ形見  作者: さぁこ/結城敦子


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068:地獄の沙汰も金次第

 橋のたもとにある渡り賃徴収所の男は任務に忠実だった。

 マリーナとアルバートがいくら懇願しても、料金を払わなければ決して橋を渡してくれそうにない。


「そこをなんとかお願い出来ないか?

お金なら、後ほど、必ず持ってくるから」


「いけませんね旦那。

これは決まりですから。

私が決めたんじゃぁない。国王陛下がお決めになったことだ」


 その息子は自分が後を継いだら、この決まりごとは廃止しようと決めた。


「橋を渡るのにお金がかかるなんておかしいだろう?

その金は、一体全体、どう使われるのだ?」


「橋の建造費と管理費に使われる」


 一日に三回はこの手の質問をされるので、徴収人は淀みなく答えた。


「――それはおかしい」


 アルバートは自分に報告されている話と違う、と思った。

 すでに建造費の方は払い終わり、大勢の人が行き交う便利な場所にある橋は、交通上も商業上も重要な拠点であるから管理費は国家から出されていた。少なくとも、予算には、そう計上されている。

 では徴収した金はどこにいったというのだろう。


「おかしいもおかしくないも、この橋を渡る人間は金を払わないといけないことになっている。

嫌ならずっと向こうの方にある橋にいきな。そこは金がかからない。

それか泳いでいくか、だ」


 川は穏やかそうだったが、幅は広く、深そうだ。それに、漁船から商船、何隻もの小さな船から大きな船までが、水面を埋め尽くすように航行している。


「ジョン、泳げる?」


「私は泳げます」


 マリーナはあっさりと答えた。小さい頃に、父親にみっちりと鍛えられたので、泳ぎ方は知っている。


「……私は泳げない」


 海軍に所属する船乗りですら泳げない者も多い。王太子が泳げなくても驚きはしない。


「私を助けると思って、なんとかならないか?」


 アルバートは徴収人に向かって、重ねて訴えた。


「私があなたを助ける義理がどこに?」


 それもそうだ。

 説得を諦めたアルバートはトイ商会への道を尋ねようとした。

 だが、その背中から、乱暴に小銭が徴収人に向かって放り投げられた。


「通っていいぞ」


 三人分の料金を一目で計算して、徴収人は許可を出した。

 マリーナは自分たちを追い抜いていこうとする三人の男たちの一人が、例の絹の切れ端を握っているのを見た。ノラの行方を聞こうとして、息をが呑む。

 男はパーシー・ブラッドだったのだ。

 マリーナが生まれる前からキール艦長に仕え、『夕凪邸』から王都への旅を共にした”仲間”だ。

 パーシーはマリーナに気付いたというのに、声を掛けようとはしなかった。むしろ見つかってバツが悪そうな顔をした。パーシーと共にいる二人は、まるで見たことが無い。初対面の人間を見た目で判断してもいいのか分からないが、あからさまに胡散臭い風体だった。

 そこでマリーナも声を掛けることを躊躇する。

 パーシーが立ち止まったので、他の二人が振り向いた。

 ――と、パーシーは急いで橋の向こうを指差し、「おい、あれは!」と声を上げ、走り出した。すぐさま、残りの二人も続く。


「どういうこと――?」


「絹の切れ端に血がついていたね」


 同じくパーシーに気づいたアルバートが深刻そうに言った。

 まさかパーシーがノラを誘拐した犯人の一人とは思いたくなかったが、ノラを追っていることは確かなことだった。

 

 料金を箱に入れた徴収人が「通行の邪魔だ」と二人を追い払おうとする。

 トイ商会まで走っている暇はない。

 

「助ける義理、あります!」


「はぁ?」


 マリーナが突然、叫んで、胸元から何かをごそごそと取り出そうとするのを見て、アルバートは徴収人に彼女の服の隙間から覗く肌が見えないように立ち塞がった。

 が、後ろから押しのけられる。


「これ! これで、ここを通して下さい!」


 それは鯨の歯の彫刻だった。船乗りが助けてもらった恩を返すと言う約束の印。

 徴収人は明らかに動揺した。


「あなた、昔、船に乗ってましたね」


「なぜそれを――」


 だって、海の匂いがするから。

 川下から流れてくる物理的な海の匂いではなく、マリーナの心に久々に帰港した守護艦が教えてくれる匂いだ。艦の上で、彼女の父や伯父、義兄、さっきすれ違ったパーシーが、「そいつは仲間だ!」と叫んで指を指している。


「この鯨の歯の彫刻の意味も知ってますね」


「知っているさ!」


 なぜか怒ったように徴収人が言った。


「知らないのはおたくの方だ。

それは橋の通行料にするような軽々しいものじゃない。もっと重大な時に使うもんだ」


「それが今なんです!」


 マリーナは急いで、自分の知り合いが誘拐され、そこから逃げ出したようだが、また追われていることを口早に説明した。


「その絹の切れ端ってこれのことか?」


 思いもかけず、ノラの撒いた”パン屑”が出てきた。


「そうです! それです! なぜ……」


「橋の通行料だ」


 そう言うと、徴収人はマリーナとアルバートを見る。


「それを出す前に、もっと出すものがあるだろう。

その外套とか……剣とか――」


「あ……!」


 画家のアランは絵具を買うために外套を売ったと話していた。服は売ればお金になるのだ。絹の切れ端だって、通行料になった。

 マリーナが外套を脱ごうとすると、それを制し、アルバートが自身のものを差し出した。


「アルバートさま!」


「ジョンは病み上がりなんだから。身体が冷えたらまたぶり返してしまうよ。

私の外套で構わないかな?」


「勿論です……旦那」


 王太子の外套は、お忍び用といえども布も仕立ても素晴らしく、橋の通行料には割が合わない。


「頼まれてくれないか?」


 徴収人の顔色を読み、アルバートはちゃっかりとお願い事をした。


「なんでしょうか……」


「トイ商会に伝言を――」


 もしかすると、鯨の歯の彫刻の威力の余波もあったのかもしれない。

 それとも外套を脱いだことで、フードもなくなり、アルバートの顔が露わになったからかもしれない。

 徴収人は改まった口調と態度で、アルバートの願いを聞き届けた。

 


 通行料は払われた。


「行ってよし」


「ありがとうございます」


「ありがとう」


 二人は橋を渡った。

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