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004:遠くの親戚より近くの他人

 姉二人の縁談の心配をしていた妹に、その矛先が向いた。しかも、このエンブレア王国でも最も長い歴史を誇るチェレグド公爵家の嫡男・アシフォード伯爵コンラッド・アーサー・ルラローザを誘惑しろという無茶振りである。


「どう考えても無謀です! キール家は貴族と言っても男爵家なんですよ? それも新興の!

それが最古にして筆頭公爵家。歴代の王族とも縁が深く、十桁代とは言え継承権まで持っているチェレグド公爵家と釣り合うと思っているんですか?」


「あら、現在の王妃さまは男爵家ご出身でいらしてよ。

男爵令嬢でも、国王さまと結婚出来たのですもの、公爵さまとだってまるっきり夢物語とも言えないわ」


「そのせいで、今、どんな状況になっているか、ミリー姉さまだってご存じのはずです!

ましてや、マリー姉さまが分からないはずがありません」


 ミリアムが「バカバカしい」と出て行こうとするマリーナを押しとどめた。そのまま、ドスンと椅子に座らせる。と、今度はローズマリーと目が合った。


「ねぇ、マリーナ。

現チェレグド公爵はキール艦長と面識があるのよ。

それも我が兄・ジョアンとアシフォード伯爵のように、かつて一つのふねの下、艦長と副長だったこともあるほどの。

この『夕凪邸』も、かつてはアシフォード伯爵領のものだったのでしょう?

それを譲って下さったと言うことは、きっと深い絆があったに違いないわ。

マリーナのこともきっと守ってくれるはず」


「そうよ。キール艦長の葬儀の際も、丁寧な挨拶に結構なお見舞い金を下さったわ」


 結婚したものの、キール夫人は自身の夫を尊敬を込めてキール艦長と呼んだ。


 三年前、キール艦長は海上で世を去った。

 下士官や水兵であれば遺体は砲弾を抱き、自身のハンモックに包まれ海に帰されるものだが、キール艦長はその軍功をもって、陸へと運ばれ、盛大な葬儀が営まれた。現在、国内外で不穏な空気が流れていることもあって、彼をことさら英雄として祀り上げ、民を鼓舞する必要があったのだ。


 キール艦長の元で副長を務めたこともあるチェレグド公爵は、今や海軍大臣となっていた。葬儀では、かつての友人を懐かしむ様子も、その死を悲しむ仕草もついぞ見せなかったとマリーナは記憶していた。

 しかし、キール夫人には別のようだ。


「とても親身に声を掛けて下さって。

『夕凪邸』が負担になるようならば、こちらで引き取る。その上で、どこか手ごろな家を紹介しようと……言って下さったのよ」


 義理の娘の眉毛がきゅっと上がったのを見て、キール夫人の声は小さくなった。


「マリーナが絶対に手放したくないって、きっと言うと思っていたから、あなたには言わなかったの」


 母親の言葉をミリアムが引き継いだ。妹を抱き寄せ、頭を撫でる。


「大事なお父さまとお母さまの思い出が残っている館ですものね。手放すのは辛いわね。

だけど、まさか髪の毛まで勝手に切ってしまうなんて……」


「私の薬代のせいで……ごめんなさいね」


「いいえ」


 優しい母親と姉たちの言葉に、マリーナは胸が熱くなった。この三人を捕まえて『シンデレラの意地悪な継母と義理の姉』だと言う人たちに聞かせてやりたい。

 『夕凪邸』さえ手離せば、生活はもっと楽になるはずなのに、彼女の我儘で不便を強いているのだ。せめて姉二人には少しでも多くの持参金を持たせて良い結婚をしてもらいたい。その為なら、自分が使用人代わりに働くのは苦ではない。もともと彼女は部屋に籠って刺繍や読書をするよりも、外を歩き回った方が好きな性質だった。

 

「本当に! マリー姉さまの薬代ならなんとかなったのに!

もう! こんな髪の毛じゃ、アシフォード伯爵がなんと思うか!

……でも平気。安心するといいわ。

マリー姉さまが『マリーナ・キールは可哀想なシンデレラ』、『意地悪な継母と義理の姉二人』に苛められ、虐げられている酷い身の上だって噂を流してくれたから。

この髪の毛もきっと、そのせいだと思ってくれるに違いないわ。

さすがはマリー姉さま」


「アシフォード伯爵がジョアン兄さまの部下になったと聞いてから、ずっとこの機を覗っていたの。

アシフォード伯爵領と言っても、ルラローザ家にはチェレグド公爵領を筆頭に、他にも多くの爵位に領地、そして、城館があるわ。長年、こちらの管理は代官に任せっきり。

これじゃあ、たとえお隣さんが立派な貴族だって、何の意味もないわ。

だからジョアン兄さまに、『アシフォード伯爵が部下の内に、きっと誘って来て下さいねって』お願いしていたの。それがついに実現したのよ。

私、興奮のあまり頭に血が昇って……っと。

とにかく、お金もコツコツと貯めていたし、あとはマリーナを着飾るだけ……と思っていたら、この有り様ですものね。

けれども、それを逆手にとって、哀れな身の上の令嬢という筋をでっち上げ、人々の噂話として聞かせれば、アシフォード伯爵の気を引くはずよ。

なんと言っても、アシフォード伯爵は騎士道精神溢れる立派な方と聞いています。助けを求める可憐な少女がいると知っては、無視できないに違いありません。

ああ、任務の後、ジョアン兄さまに必ず上陸許可が降りると踏んで、三か月も前から仕込んでおいて良かったわ」


 前言撤回。

 マリーナはミリアムの手を振り払って立ち上がった。


「あの噂、お姉さま方が出所でしたの!?」


「「そうよ」」


 悪気の無い二人の姉にマリーナは脱力する。

 よりにもよって、自分たちの評判を落とすような噂を自ら流すなんてどういう了見をしているのだろうか。

 「何を考えているのですか!」と聞けば、「望みうる限り最高の結婚よ!」「玉の輿に決まっているじゃない!」との返事。


「ですから、どう考えても無理です。

マリー姉さまの方がずっと賢いし、ミリアム姉さまの方がずっと美しい。

どちらかがアシフォード伯爵を籠絡して下さい!」


「駄目よ。見ての通り、私は身体が弱いの。とても由緒ある公爵家の後継ぎに添える身の上ではないわ」


「私は知っての通りの粗忽者。そこら中の物を壊しまくって、賠償金を請求されるのが落ちだわ」


「それにねぇ、マリーナ。ローズマリーもミリアムもただの平民・ウォーナーの娘なの。

でもあなたは違う。立派な国の英雄、キール艦長の娘なのよ。その功績たるや、そこらの男爵や子爵なんかよりも、ずっと素晴らしいものよ」


 母親までもが娘に男を誑かせと迫ってくる。

 じりじりと迫る三人に、マリーナは堪らず「マリー姉さまの飲む霊水を汲んでくる時間なので!」と言って、外へ飛び出してしまった。

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