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婚約破棄の忘れ形見  作者: さぁこ/結城敦子


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35/121

035:所変われば品変わる

 馬車はついにエンブレア王国の王都に着き、チェレグド公爵邸でアルバートは”アシフォード伯爵”から”王太子”へと名実共に戻った。

 筆頭公爵家の邸宅は、『夕凪邸』は勿論、『暁城』すら凌ぐ豪勢さで、キール家の三姉妹はそれぞれの性格にあった歓声を上げた。

 それからローズマリーは急ぎ、寝室へと収容され、ミリアムは一個目の物を壊し、マリーナはアルバートに連れられ、王宮へと誘われた。

 王宮は、チェレグド公爵家以上の絢爛豪華さで、マリーナは目が回りそうになる。まるっきりお上りさんのようだ。キョロキョロしていると、アルバートの近習・ロバートと目が合い、笑われたような気がした。

 『暁城』では素朴な男に見えたのに、王宮にあれば立派な人物に見える。聞けば、どこぞの子爵の息子らしい。

 国王の息子であるアルバートは、もっとしっくりきている。まるで絵の中の王子さま。と言うか、そのものだ。自分の家なのだから当たり前ではあるものの、この格式の高そうな場所で一切、臆する様子もなく、優雅にくつろいでいる。

 田舎では世間知らずに見えたが、都会では、マリーナの方がよほど世慣れない子どもだ。

 キール夫人も言っていたではないか。


『――アシフォード伯爵なんですよ。ただの伯爵さまじゃないのよ。公爵さまのご嫡子さまなのよ。

庶民の常識を知らなくても当然でしょう。

その代わり、上流社会の常識はしっかりと身についていますよ――』


 人によって常識は変わるものだ。今後、どんなものに出くわそうと、徒に驚いたり、拒絶したりはすまい、とマリーナは確認した。 


「ついておいで、ジョン」


 ロバートを下がらせ、アルバートは勝手知ったる王宮内をずんずん進む。廊下で行き会う女官たちは王太子のお戻りに色めきたっていた。その側を歩く小柄な従者見習いの存在にも、当然、注目が集まる。女の子だったら、嫉妬の炎で焼き殺されそうだが、幸い、”ジョン”は田舎から出て来たおぼこい少年風だったので、概ね好意的に受け入れられそうだ。

 そう、たとえ、王太子の居室に繋がる隣室に、部屋を承ろうとも。


「こ……ここですか?」


「そうだ。私の部屋の隣だね。いつでも私の用事をこなせるだろう?」


 その小部屋は、王太子の豪奢な部屋の、一見、壁にしか見えない場所に扉があった。王太子側からは鍵がかけられるが、その反対は不可能。つまり、王太子のお呼びにはいついかなる時でも応じないといけず、逆に、用が無い時は、王太子の意志で出入りは拒否されるということだ。廊下側にもそれとなく扉があるので、閉じ込められる訳ではない。そちらは小部屋側から施錠が可能だった。


「こちらの鍵はかけておくように。

私の部屋との扉は基本、開けておくので、ジョンの部屋を通って、誰かに侵入されると困るだろう?」


 艶然と微笑まれると、それがアルバートの無自覚な持ち味だと知っていても、マリーナはくらっとしてくる。

 慌てて心の守護艦の乗員を整列させて点呼を取る。一人足りないが、まぁ、いい。

 ”男”が男に見惚れるなんて、おかしいことだ。

 チェレグド公爵が言ったように、マリーナは”ジョン”として職務を全うする覚悟で王宮に上がっていた。まさか、自分を籠絡しようと、アルバートが本気を出して、自覚的に彼女に接しているとは思ってもいなかった。


「はい。気を付けます」


「では、荷をほどくと良い。今日はゆっくりするといいよ」


「――いえ、それでは」


「私はこれから母に戻ったことの報告に行くから、すぐさまジョンに用事はないよ」


 王都について早々に、王妃に見える機会が出来たとマリーナの胸は跳ねあがった。


「では、私も!」


「いいや、ジョン」


 ここはアルバートがマリーナを早計と止めた。


「いきなり我が母上とは、ジョンは勇敢だね。

それとも無鉄砲?」


 後先考えずに突っかかっては、マリーナだけではなく、伯父、義兄、引いては母と姉にまで迷惑がかかる。


「すみません。大人しくしています」


「後で遠目で会わせてあげる。それから考えればいいよ――」


 復讐するか、許すか。

 マリーナは一人、残された部屋で考えた。

 廊下側はしっかり施錠をした。王太子も自身の部屋の方の鍵を掛けて行ったので、軟禁されている気がしないでもないが、「私がいない間、フラフラ出歩かないように」と命令されているので、鍵の有無で部屋に籠っている訳ではなく、自分の意志であると、彼女は捉えた。出た所で、王宮の中はまだ迷宮と同じだ。

 そんな王宮内で最初に親しむべき彼女の部屋は小さくて、隣や周りの部屋と比べれば質素かもしれないが、居心地はいい。マリーナの為に即席で作られたようではなく、元から王太子の側近のために用意された部屋のようだ。ただし、武装侍従用の部屋のような気もする。

 王太子側も廊下側も、扉は巧みに隠され、そこに部屋があるとは気付かれ難い作りだからだ。王太子を密かに護衛する為の秘密の部屋だったのかもしれない。

 それだけに、安心感もあった。

 首から父の形見の鯨の歯の彫刻を引っ張り出し、鞄からは母親の本を取り出す。

 『意地悪な公爵令嬢』

 副題を付けるならば、『王妃になった男爵令嬢』だろう。それとも『婚約破棄の忘れ形見』だろうか。

 『夕凪邸』を爆破し、罪の無い子どもを害した王妃に対し、素直に憎しみ、敵討をする心意気で向き合えればいいのに、この本のせいで矛先が鈍ってしまう。

 それでは王妃に負けてしまう。勝ち負けの問題ではないのだが、困ったことに、王妃に負けるということは、『死』に直結するのだ。

 途端に、ぞっとする。

 想像の中で、王妃の姿が肥大していくのが分かった。


「なるべく早く、殿下に王妃さまの顔だけでも見せてもらおう」


 父は言っていた。艦と艦の戦いでは、相手の顔が見えない。相手の顔が見えないと、敵の姿を大きく、あるいは、小さく見てしまう。

 大事なのは、相手のことを正しく認識し、対応を考えることだ。

 

 鯨の歯の彫刻は服の中にしまい、さて、本はどうするか悩んだ挙句、もう一度、鞄に戻し、それから寝台の下に突っ込み、自分はその上に座った。

 胸のさらしを緩めると、一息吐く。

 

「殿下……早く帰ってこないかしら」


 チェレグド公爵の見立て通り、今のマリーナには頼れる相手は彼一人だけであった。

 しかし、すぐに考え方を改める。

 両頬をぺしぺしとはたくと、気を引き締め直す。


「初日で、こんな情けないことじゃ駄目だよね。

もっとちゃんとしないと」


 わざわざ男装して、王宮に入りこんだ意味を、考えないといけない。

 とは言え、故郷を後にして、初めて王都に来て、その上、王宮に上がったのだ。疲労感が半端ない。普通の少年でも緊張するのに、女の身と知られないように振る舞うのだから、二重の心労だ。

 疲れているとまともな判断も出来なくなる。


「休める時は、休まないとね。殿下もそうするように言ってくれたし……」


 マリーナはこてん、と寝台に横たわると、目を閉じ、そのまま、深い眠りへと入って行った。


 その後、戻ってきたアルバートが寝ているマリーナを覗きこんで、しばし佇んでいたのを、彼女は勿論、知る由はなかった。

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