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婚約破棄の忘れ形見  作者: さぁこ/結城敦子


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33/121

033:灯台下暗し

 王と王妃を廃するのは、エンブレア王国では簡単なことではない。

 継承権第二位の王弟・ストークナー公爵は人物としては王位に相応しいが、一粒種のトーマスを失ったことで、公爵夫人が王妃の座を勤められるような状態ではなくなっていた。また、次代を巡っての争いが起きる危険性をはらんでいた。

 ああ、ストークナー公爵の息子、トーマスが生きていたら……もしかしたら、真っ当な青年に育っているかもしれなかったのに。

 もっとも、両親にしてみれば、たとえ放蕩者に成り果てようとも、生きていてくれさえすれば良かったのに、と言うはずだ。


 ならば継承権第三位のニミル公爵夫人である。女王になるが、この国では女王の時代は繁栄すると言われている。後継となる息子のウィステリア伯爵ランスロットは大層、立派な青年である。ニミル公爵夫人を中継ぎに、もしくはすっ飛ばしてランスロットを王位につけるのが策としては現実的だった。

 けれども、それをチェレグド公爵が先導して行うのは、猛烈な反感を買のだ。

 ランスロットは海軍士官である。

 口では王妃派との融和を目指していると言っても、そうなれば、そら見たことだ、チェレグド公爵は反王妃派の筆頭として、海軍閥の長として、己に有利な人物を王位に就け、自らの権力を拡大しようとしていると言われるであろう。言われるだけなら我慢すればいいことだが、王妃派が実力でもって対抗しようとし始めれば、収拾がつかないことになる。

 王妃派には陸軍、一部の新興貴族と商人たちがついていた。陸軍は軍事力を持ち、新興貴族にはキール男爵家のように新しく興っただけの理由があった。商人には資金力がある。

 最悪、内乱となれば本土である以上、陸軍に地の利がある。

 エンブレア王国の海軍は精強である。海運を封鎖し、消耗戦に持ち込むことも可能だ。由緒ある貴族は古くから続いてきた理由があった。反王妃派についている商人もいる。彼らは海運業に携わり、海軍の艦に商船の安全を守らせていた。

 負けはしない。戦争には、だ。

 が、それによって引き起こされる人的被害と経済的損失は大きい。

 国力が疲弊すれば、あの節操もなく近隣諸国にちょっかいを掛けているベルトカーン王国につけいる隙を与えてしまう。

 内乱自体、困るのだ。

 自分たちの立場を優位にする為や、利益の為に、王妃を利用している者が多い王妃派も、それが分からない訳でもなかった。

 何か一つでも動けば、一気に崩れ去るような危うい両派閥の均衡は、引くことも、進むことも出来ず、小競り合いを繰り返しつつ、時が過ぎて行った。

 その間、チェレグド公爵は必要な準備をしつつ、機が熟すのを待った。

 それが王太子・アルバートの成長だった。

 チェレグド公爵が公爵となって初めて挨拶した時、彼は十二歳だったが、その時にはすでに、王妃に対して疑問を抱いていたのが見え隠れしていた。とは言え、まだ少年である彼に協力することは出来なかった。それではかつて幼王を擁し、権力を我がものとした先々代チェレグド公爵と同じとみなされ、警戒されるからだ。アルバートもまた態度を明確にすることは巧みに避けていた。

 それから五年……ようやく大人と言えるほどになった彼は、王妃の息子でありながらも中立を望む人間に育った。

 世間知らずで、やや自分勝手な正義感を抱いてはいるが、素直で勤勉な若者だ。消去法にしては悪くはない選択に見えた。

 マリーナとのことは大減点ではあるが、王妃派、反王妃派をまとめ上げるには、目に見える融和の象徴が不可欠なことは認めざるを得ない。筆頭公爵家の姪でありながら新興貴族の男爵家の娘であるマリーナがうってつけなことも。

 本来ならば、自分がもっと早く、マリーナの身の処遇に関して手を打つべきだったのだ。それを両親の思い出が残る『夕凪邸』で静かな生活をさせたいと望むばかりに、後手に回ってしまった。

 チェレグド公爵はマリーナのこれからを案じたが、こうなってしまうともうほぼどうすることも出来ない。

 王都に連れて行っても、王妃が健在の間は社交界にも披露出来ない。適当な貴族に嫁がせることも難しいだろう。

 そもそもマリーナが幸せでなければ意味がない。

 つまり、やはり王妃をなんとかしなければならないのだ。

 ここ最近、チェレグト公爵はある糸口を掴むことに成功した。その糸を辿っていけば、王妃に打撃を与えられる。

 その後の王妃派の暴発を抑えるためにも、目の前の王太子に賭けるのだ。


「殿下の為に、いいえ、この国の為に最善を尽くしましょう」


「ありがとう。

それでマリーナ・キール嬢の身の上なのだけど……」


 アルバートの話は、すでにチェレグド公爵が本人より聞き及んでいたことだった。

 なんと王太子の小姓として王宮にあがるという。

 『その件に関しては、きっりち聞かせてもらおうじゃないか』という言葉を公爵的な言い回しに替えて尋ねた。


「一体全体、どういう事の次第でそのようなことになりましたのでしょうか?

殿下は”ジョン”が女の子ということをご存知と聞き及びました。

それで小姓とはいかがなものかと……」


「本人が望んだのだ」

 

 『いや、止めろよ』

 チェレグド公爵は短く心の中で突っ込んだ。しかも、アルバートはマリーナのことをまだ”ジョン”として扱っているという。『何考えてるんだ』


「彼女は王妃を知りたいと言った。本当のことを知りたい――と」


 マリーナがこれ以上、王妃の何を知りたがっているのか、妹の本を読んでいないチェレグド公爵には分からなかった。


「それで王宮に連れていくのは乱暴な話です。

見つかったらただでは済みませんよ。

マリーナの評判にも関わります」


「分かっている。が、それは皆、考えることではないかと思ったのだ」


「と、言いますと?」


 怪訝な気持ちと、まさかという気持ちでチェレグド公爵は王太子を見た。


「小姓が女の子とは思わないだろうし、その女の子がマリーナ・キール嬢だとは王妃も思わないだろうと」


「まぁ、さすがに王妃さまもご自分の”スカートの中”に殺そうとした女の子が入って来るとは思いませんでしょうね」


 抑えきれていない嫌味臭い言葉が出たので、アルバートも苦笑した。


「それに彼女が見たいものを見て”満足”したのならば、すぐに返そう。

彼女はきっとすぐに”満足”するだろう」


 満ち足りるという単語は相応しくないが、そうとしか表現できない。


「王妃や王宮に嫌気がさすでしょう。

そんな娘を王太子妃にとお望みですか?」


「いいや。

もうすでに私の求婚で迷惑を掛けている。その上、あの王宮を見たら、ますます嫌になるだろうね。

でも――」


 アルバートは目を伏せた。

 おじさんでも、王太子の美貌は称賛すべきものだった。


「それを知らせずに嫁いで欲しいとは言えないと思ったのだ」


「確かに……そうですが……」


「それでもね……公爵、不思議だろう?」


 頬を染め、嬉しそうにアルバートが微笑んだ。恋をしている表情だ。


「私は彼女が自分に付いてきてくれると言った時、とても嬉しかった。

もしも、彼女が私を好きになってくれる可能性があるのならば、賭けてみたい。

彼女はきっと、そうならないと私との結婚を承諾してくれないと思うのだ」


 自分の姪が、すっかり王太子の心を掴んだことにチェレグド公爵は驚いた。おまけに姪の考えがそこまでしっかりしている上に、相手の王太子にも浸透させたことに感心した。

 さすが、あの妹の娘。

 婚約をさせて、また破棄する事態は避けなければならい。国の為にも、マリーナの為にもだ。

 マリーナは王宮に単身乗り込むことになる。頼れるのは王太子アルバートただ一人。となれば、若い男女のことである、自然と情も湧いてくるだろう。

 ただし、チェレグド公爵は念を押しておかなければならなかった。


「我が姪・マリーナは、非力な女子の身の上でありながら男子として、殿下のお側近くに侍ることになります。

傍から見たら滑稽で、道理に反しているかもしれません。それでも本人はお役に立つ覚悟でおります。

ですので、マリーナが女の子とお知りになっていても、女の子扱いは出来るだけお避け下さい。

どうか他の従者たちと同じように引き回して下さい」


「分かった。

確かに、”ジョン”は職務を全うするということを知っている人間だ。

”彼”を侮辱するような真似はしないと誓おう」


「はい。

また、殿下が”ジョン”をマリーナと気付いたことを知りましたら、もしかしたら、マリーナは知らず知らずに殿下に頼る素振りを見せるかもしれません。

それでは周りに示しがつきませんし、秘密も保持出来なくなる恐れがありますので、どうか、殿下が”ジョン”のことを知っていることも、お隠しになられる方がよろしいかと」


「そうだな――マリーナ・キール嬢も私に知られるのは嫌だろう。知られたことが分かったら、居心地が悪くなるだろうしね」


「それから……」


「まだあるのか!?」

 

 思わずアルバートは呻いた。


「今一つだけ。

マリーナのこと――どうぞよろしくお願いいたします。あの娘は大事な妹と親友が残した忘れ形見なのです。

傷をつけるような真似だけはお許しください。ご不満があればすぐさま我が家にお返し下さい。あれに無礼があった場合は、全て私の責任です。どうかこの皺首をお取り下さり、マリーナを咎めることだけはお許しください」


「……勿論だ。決して悪いようにはしない。約束する」


 もしも、王太子との間に”何か間違い”があったら、妹が枕元に立って毎夜毎夜、恨み事を言うに違いない。

 マリーナとジョアンの扉越しの逢瀬を見た夜、すでにチェレグド公爵は斧を持った妹に追いかけられる夢を見ていた。それで、目が覚めたのだ。

 『俺じゃなく、王太子の方に行ってくれないかなぁ』

 本当に妹が化けて出ているのならそういうこともあるだろうが、実際は、兄の気持ちの持ち方次第のことである。それは叶わぬ願いであった。

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