ルナの空中図書館
ルナは学校の帰りに、いつも決まって寄り道する場所がありました。それは家の近くにある八幡神社の境内の裏に広がっている大きな木がたくさんある森のような場所です。ルナはそこで休憩するのでした。森と言っても、山奥にあるような深い森ではなかったので、ルナはそこを「小森」と呼んでいました。いつもその「小森」で学校であった嫌なことや、自分が失敗してしまったこと思い出してリセットすることにしていたのでした。誰にだって、失敗することがあるし、思い出したくもないことがあるものです。そのまま家に帰ってしまうと、そんな嫌な気持ちを引きずってしまう‥そんな自分を切り替えるためには、気分転換をする必要があるものです。‥他の子なら、例えばゲームや友だちに打ち明けたりすることで気分転換するのですが、ルナには残念ながら熱中できるゲームも悩みを打ち明ける友だちもいなかったんです。だから、ルナはいつもひとりぼっちだったので、小学校へ通うようになる前から嫌なことなどがあると、「小森」でゆったりとした時間を過ごすのでした。
その日もルナは、「小森」に来て「ふぅ‥」とため息をつきました。大きな木にもたれて、誰に話すわけでもなく話し始めました。
「どうしてかな?‥ねえ、私ってそんなに変?」
そう言っても、誰も返事をしてくれないことをルナは、もちろん分かっていました。でも、ルナは「ちゃんと森‥小森は、聞いてくれているんだ」と思っていました。だからルナは、森の木々たちに向かっていつも話しかけるように独り言を言うのでした。返事をして欲しいわけではなく、聞いて欲しかっただけなのです。ルナは、もう一度呟くように言いました。
「‥ねえ、私ってそんなに変?」
でも、その日はいつもと違って何か不思議な風がルナの頬をすり抜けて行ったのでした。風に震えて何か声がしたような気がしたのです。
「変じゃない‥変じゃない‥」
「えっ?」
ルナは、一瞬誰かがいるのかな?‥と思って辺りを見回した。でも、小森の中には誰もいるような感じではありませんでした。
「やっぱり‥変なのかなぁ?」
ルナがそう呟くと、今度ははっきりとした声で返事が返ってきたのでした。
「変じゃないよ。君はちっとも変じゃないよ?」
ルナが振り返ると、そこにはとても可愛いウサギが木と木の間にちょこんと
立っていました。びっくりしたルナは、しばらくの間何も言えなくてそのウサギを見ているばかりでした。‥ウサギがしゃべるなんて、夢のようだったからです。するとウサギが優しい声で言いました。
「ルナ‥君は少しも変じゃないよ?」
「‥貴方、誰なの?」
「見れば分かるでしょう?‥僕はウサギ‥名前はピピです」
「ウサギのピピ‥さん?」
「そう。野ウサギのピピです。‥以後お見知りおきを」
ウサギはそう言うと、まるで紳士のようにルナに深々とお辞儀をするように頭を下げたんです。その仕草が面白くてルナ思わず笑い出しそうになりましたが、ルナもつられるようにお辞儀をしてしまいました。ルナが顔を上げると、ピピが微笑んでルナに話し始めました。
「いきなり話しかけてしまい、申し訳ございませんでした。貴方があまりにも深く悲しんでいらしたので、つい‥」
ルナは、ピピの話を聞いて、さっきまで自分が悩んでいたことを思い出そうとしたのですが、自分が何に悩んでいたのか忘れてしまったようでした。
「あれ?‥私は何に悩んでいたのかしら?」
「思い出せないのなら、きっとたいしたことありませんよ‥それより、僕は貴方をお迎えに伺ったんですが‥?」
「お迎えに?‥どこへ?‥いつ?‥何故?」
「アハハ‥そんなに一度に質問されても困ります‥」
「あっ、それもそうよね。‥ごめんなさい」
「僕たちは空中図書館の職員なんです」
「クウチュウ‥図書館?」
「はい。空に浮かぶ空中の図書館です」
「図書館が空に浮かんでいるの?」
「そうです‥変ですか?」
「うん‥」
「‥まぁ説明しても難しいかもしれないですね‥ところで、今日は何月何日ですか?」
「えっ?‥確か二月二十九日だって先生が言ってたわ。四年に一回のウルウ年だって‥」
「そうです。それが非常に大切なのです」
「何が大切なの?」
「閏年の二月二十九日‥しかも新月なのです」
「閏年の新月‥?」
「はい。僕たちウサギは月の満ち欠けの仕事と空中図書館の両方の仕事をやっているんです」
「それは大変でしょうね。忙しくないの?」
「はい。大変です。‥だから神様は、僕たちウサギのために四年に一度、閏年の二月二十九日に空中図書館を自由に誰でも招待できる権利を与えてくださったのです」
「二十九日って、‥つまり今日?」
「はい。しかも今夜は新月なので、月の仕事もお休みなのです」
「月が出ないから?」
「はい。‥僕は、ルナ‥つまり貴方を空中図書館へ招待させていただきたく思って、やってまいりました」
「何故?‥何故私を?」
「僕はずっと空の上から貴方を見ていました。‥それで、ずっと以前から貴方を招待したいと思っていたのです」
「どうして?」
「貴方が森の仲間だからです」
「森の仲間?」
「普通は人間を招待することはありませんが、神様にお願いして特別に許可を与えてもらったのです」
「‥だから、何故?」
ルナは、ピピの話が納得できずにピピの目をしっかりと見つめながら、少し怒ったように言いました。するとピピは、平気な顔をして微笑みを忘れないようにルナに話し始めました。
「ルナ?‥貴方はいつも一人でこの森に来て、木々たちに話しかけていましたよね?」
「うん‥ここが好きだから‥」
「実は、ここの木々たちも貴方の話を聞くのが楽しかったんですよ?」
「えっ?‥この森の木々たちが?」
「はい」
ルナは、驚いて周りの木々たちを見回しました。大きな木が風に揺れたように思えました。まるで「そうなんだよ?」とでも言いたげに‥
「だから、私を空中図書館へ‥?」
「はい。その通りです」
「‥でも、どうやって行けばいいの?‥空の上って、遠いんでしょう?」
ピピは、ポケットの中から小さなラジオのような物を出して、ルナに渡しました。それからルナに言いました。
「それは、ラジオのような形をしていますが、空中図書館へ行くための移動装置の受信機なのです。それを持って今夜八時に部屋の窓を開けておいてください。お迎えに参りますから‥」
「今夜八時?」
「はい。ではその時にお会いしましょう」
そう言うと、ピピは風に舞う木の葉と一緒にルナの目の前から姿を消しました。森の中に一人残ったルナは、こういう話を以前どこかで聞いたことがあるような気がしたのです。でも、それが「いつ、どこでだったのか」ということを思い出すことができませんでした。誰もいなくなった森の中でルナは深く息をついて、思い出そうとしましたがダメでした。日も陰ってきたのでルナは家に帰ることにしました。
「空中図書館‥だなんて‥」ママもパパも信じてくれるとは思えなかったので、夕食の時も黙っていました。するとママがいつも夕食の時に、いろんな話をしてくれるルナが黙っているので、心配そうに言いました。
「ルナ、どうしたの?‥身体の具合でも悪いの?」
「ううん。別に何でもないわ」
「そう?‥今日は、お風呂に入ったら、すぐに寝るといいわ」
「うん‥ごちそうさまでした」
早めにパパとお風呂に入ってから、パジャマに着替えてしまいました。
「パパ、ママ‥おやすみなさい」
ルナが眠る挨拶をすると、パパもママも「おやすみ‥ルナ」と言ってくれました。ルナは二階の自分の部屋に入ると、もう時計は七時半でした。ルナは少し慌ててベッドの横に準備されている明日の服に着替えてから机の中に隠していたラジオのような移動装置を出して、窓を開けて夜空を見上げました。
「後五分で八時か‥空中図書館って、どんな所なのかしら?」
そう思って想像していると、ルナは胸がドキドキしてきました。本当にどんな所なんでしょう?
‥パッポゥ・パッポゥ・パッポゥ‥
一階のハト時計が八回なって八時になったことを教えてくれました。ルナが「いよいよね」と思った時、急にカーテンが揺れて涼しい風が部屋の中に入ってきました。ルナは、驚いて一瞬目を閉じてから、また窓の外を見ようとした時にルナの部屋の中に誰かがいるような気がしました。
「お待たせしました。準備はいいですか?」
思わずルナが振り返ると、いつの間にかルナの部屋の中にピピがキリッとした洋服を着て立っていたのです。ルナは、驚いて目を丸くしました。
「いつの間に‥?」
「あぁ、驚かしてしまいましたか?‥大変失礼いたしました。僕は先程の風に乗ってやって来ました」
「素早いのね?」
「えぇ‥まぁ、ウサギですからね?」
ピピは恥ずかしそうに頭をポリポリと掻きました。でも、急に気分を変えたようにルナに向かって「それより‥」と声をかけました。
「あっ、私なら準備はOKよ」
ルナはこくりと頷きました。するとピピは「受信機のスイッチを押してもらえますか?」と言い、ルナの隣‥窓辺に並んで立ちました。ルナは大きく息をすってから、受信機のスイッチを押しました。すると急にものすごく強い風が吹いて来て、ルナもピピと一緒に外へ押し出され二人とも空に舞い上がって行ったのでした。
‥驚いて声も出ないルナをかばうようにピピがしっかりとルナの手を握ってくれていました。空には月が出ていないので、手に届きそうな星が一面に輝いていました。それを見てルナは「本当にキレイだわ!」と思いました。
「素敵な星空でしょう?」
ピピが手をつないだルナに話しかけました。ルナが大きく頷くと、ピピは嬉しそうに言いました。
「もうすぐ着きますよ?」
不思議なことにルナはピピの言葉に少し驚きましたが、少しも怖いとは思いませんでした。「怖い」と言うよりも、むしろ「懐かしい」感じさえしたのです。何か優しい風に吹かれているような、そんな気分でした。一度も行ったことがないのに、本当に変だなと思いましたが‥
空中図書館‥そこは雲におおわれていて、見た目には普通の図書館と変わらない石で造られた二階建ての建物でした。夜だからからか、誰もいないらしく辺りはとても静かでした。ルナは、自分の胸のドキドキが聞こえてくるような気さえしたほどでした。
「誰もいないの?」
ルナは、声をひそめてピピに話しかけました。するとピピはニッコリして、静かにルナに説明してくれました。
「いいえ。図書館ですから、ちゃんと職員が働いていますよ。静かなのは地上の図書館と同じです」
「あぁ、確かに地上でも図書館って、静かだわ‥」
「さぁ、中へ入りましょう」
ピピに導かれるようにルナは、空中図書館の大きなドアを開けました。木製のドアは少しギィ~と音を立ててゆっくりと開きました。中に入ると少し大きめのテーブルがあって、どうやらそこが受付みたいでした。‥でも、受付に座っていたのが眼鏡をかけたヤギのおじいさんだったので、ルナは少しだけおかしくなって思わず笑い出しそうになりました。 受付のヤギは、ルナが入ってくるのを待っていたように優しく微笑みを浮かべながら言いました。
「ようこそ空中図書館へ‥貴方がルナさんですね?‥ピピさんから聞いていましたよ。私は受付のルキアと言います」
「おじゃまします。ルキアさん!」
「今、案内係を呼びますので‥」
ヤギのルキアが小さなベルを鳴らそうとしたのをピピが止めました。
「ルキアさん。僕がルナを案内するので、他の方をお呼びするには及びませんよ」
ルキアは、ピピの言葉に頷いてベルをテーブルの上に静かに置いてから言いました。
「おぉ、それもそうですね。では、ピピさんお願いしますよ?」
ルナは、ルキアというヤギのおじいさんにお辞儀をしてからピピと一緒に中へと進んで行きました。地上の図書館と同じように本の匂いに包まれていて、同じだなと思いました。本当に普通の図書館みたいでした。
「ここって、本当に空中なの?」
「えっ?‥本当ですよ。外を見てみますか?」
ルナの不思議そうな顔を見て、ピピが廊下にある大きな窓を開けて外を見せてくれました。‥窓の外には一面に星空が広がっていて、下にはルナが住んでいる町‥地上の世界が広がっていました。ルナが驚いたように見入っていると、ピピが優しい言葉をかけてくれました。
「地上からは見えないようにフィルターがかかっているので、誰もこの空中図書館のことは知らないんです」
「もし、外に出てしまったら地上に落ちてしまうの?」
「大丈夫ですよ。貴方がルナである限り‥」
「意味が分からないわ?」
「つまり‥貴方のようにここに招待された者は、人間であれ動物であれ、その受信機を持っていると神様から守られ、地上へ落ちることはないんですよ」
「つまり、この受信機がある限り大丈夫ってこと?」
「そういうことです。‥ですから、その受信機を大切に保管しておいてくださいね?」
そう言うとピピはルナにウィンクしてみせました。ルナは、こくりと頷きました。それから辺りをきょろきょろと見回しました。空中図書館は、かなり古い建物らしく中は木製の床や階段で、本が並んでいる本棚も木で作られていました。二人が歩くと床や廊下もミシミシという音がするほどでした。
「空中図書館って、ずいぶんと古い建物なのね?」
「地球が生まれた時、同時に神様がお作りになりました。‥もっとも、何度かの改築はありましたが‥この建物になってから三百年になりました」
「‥すごいのね?」
ルナが感心して手すりをなでていると、廊下の所々に赤いスイッチのようなボタンがあるのに気づきました。まるで「押してください」とでもいうように、そのボタンはあちこちの壁にあったのです。ルナは、興味津々になってボタンの前で立ち止まってピピに声かけました。
「ねぇ、この赤いボタンは何なの?」
「えっ?‥あぁ、それは‥」
‥カチッ‥
ルナは、ピピが言い終わる前に赤いボタンを押してしまいました。ピピは呆れたように両手をあげて「押しちゃいましたね‥」と言いました。すると同時に建物がビュ~ンと不思議な音を立て始めました。
「えっ?‥な、何が起こったの?」
ルナがびっくりしてピピを見ました。ピピは呆れた顔のままで、でも軽く微笑みを浮かべながら言いました。
「‥ところで、貴方は旅行が好きですか?」
「えっ?‥どうして?」
「そのボタンを押すと、銀河を一周するんですよ?」
「誰が?」
「この図書館‥つまり、空中図書館自体が大銀河を一周するんですよ?」
「図書館が‥?」
ルナが驚いて窓の外を見てみると、本当に空中図書館の建物全体が宇宙船のように不思議な光を放ちながら空高く上がって行くのが分かりました。ルナはそれを見て急に不安な気持ちになりました。
「‥大銀河って、ちゃんと帰って来られるの?」
「あぁ、それなら心配ありませんよ。とりあえず、銀河一周と言っても、夜明け前までには帰ってきますから‥」
「だって宇宙は‥」
ルナはお父さんから、星に行くまでには光の速さでも何年も何十年も、いやもっとかかるぐらい遠いんだって教えてもらったことがあったんです。だから、銀河一周なんてとんでもないと思ったんです。でもピピは「大丈夫ですよ?」とでも言いたげな顔を少しも変えないで、ルナに説明しました。
「ルナさんは、一晩中星空を見たことがありますか?」
「ないけど‥?」
「例えば、今は夏の始めだから空にはさそり座のような星座がよく見ることができますよね?」
「うん‥」
「でも、星座たちは地球の北半球では北極星を中心として一晩で一周しているんです‥だから、夜中になると冬の代表的なオリオン座などを見ることができるんですよ?」
「へぇ~そうなんだぁ‥」
「ルナさんは地球がどれくらいの速さで動いているかご存知ですか?」
「さぁ‥?‥分からないわ」
ピピは、自慢げにヒゲをぴんと引っ張りながら、説明を始めました。
「地球が自転している速さは、赤道付近でだいたい秒速‥つまり一秒間に四百メートルぐらいで動いています」
「一秒間に四百メートル?‥そんなに速いスピードで回転しているの?」
ルナが驚いてピピの顔を見ました。ピピは、ますます自慢するような顔で続けました。
「地球が太陽の周りを一年間で一周する‥つまり公転の速度は、秒速約三十キロメートル‥太陽系が銀河を公転する速度は、秒速約二百二十キロメートル‥全体を総合すると、地球は宇宙というものの中で、秒速約二百四十キロメートルぐらいの速さで動いていることになります」
「??????‥」
「‥つまり、光の速さがおよそ秒速三十万キロメートルですから、それにはもちろん及びませんが、それでもすごい速さでしょう?」
「余りにすごいので、信じられないわ!」
「ですよね?‥私たちが住んでいる地球がそんなに速く動いているなんて、全然感じないでしょう?」
「うん!‥地球って、そんなに速く動いているなんて、感じたことないわ」
「飛行機に乗っている時に飛行機の速さを感じないのと同じなんですよ」
「あぁ、そういうことか‥」
「‥つまり、この空中図書館も同じように一晩で銀河を一周することができるんですよ?」
「なるほどね‥」
「窓の外を見てご覧なさい。ほら、土星があんなに近くに見えますよ?」
ピピに言われて、ルナが窓の外を見ると、本当にプラネタリウムでしか見たことがない土星が星の欠片のようなリングを連れて本当に美しく輝いていました。ルナは、初めて見る大きな土星に見とれてしまい、感動で声も出ませんでした。そんなルナを見て、ピピはルナの肩に手を当てて優しく囁きました。
「いつまでもここで星を見ているのもいいんですが、せっかく空中図書館へいらしたんですから、図書館の中もご案内したいんですが‥」
「うん‥でも‥」
ルナが名残り惜しそうに金星や土星を見ていると、ピピが微笑みを浮かべながら言いました。
「‥また珍しい星の近くに来たら教えてあげますから‥ね?」
ピピにそう言われて、仕方ないというような顔でルナはピピに頷きました。ピピに手をつながれながら二人は奥の部屋の扉を開けました。するとそこには、今までに見たことがないぐらいの大きなシャンデリアがあって、その下に広がっている部屋には、どこまでもどこまでもたくさんの本が並んだ本棚が続いていたのです。こんなに多くの本のある図書館に来たのは初めてでした。
「‥これ、全部本なの?」
「そうです。今までに書かれたすべての本はもちろん、歴史的に意味があるもののすべてが保管されています」
「すごいのね?」
「音楽や映画などの音声映像資料は、別の部屋で保管されています」
「‥こんなにあったら、一晩では全部見ることできないわ‥」
「それは大丈夫ですよ。この図書館では本を読むということもできますが、時間がない時には、本の表紙をタッチするだけで書かれている内容の全部を頭に入れることができるんですよ。違う国の違う言葉で書かれている本も自動的に翻訳されるんです。だから、熊やクジラの書いた本だって読むことができるんですよ?」
「熊やクジラも本を書くことができるの?」
「言葉は人間だけだと思っていたんですか?‥ウサギの僕が話しているのに‥」
「あぁ、そう言えば確かにそうよね?」
「‥例えば、こんなのもありますよ?」
ピピはそう言うと、本棚の中から一冊の絵本を取り出してルナに渡して「見てご覧なさい」と言いました。ルナは本を受け取って表紙を見ました。その絵本の表紙には「石」が描かれているだけで、題名も作者書いていませんでした。ページをめくってもいろんな色や形の「石」が描かれているだけで、「これは何なの?」と不思議に思っていると最後のページに、こう書かれていたんです。
「一つの石には、一つの石の一つの意味がある‥」
ルナは、絵本を閉じてピピの顔を見ました。
「‥これって何なの?」
「これは‥つまり、石が書いた絵本ですよ」
「はぁ?‥石って、道に転がっている、あの石?」
「そうです。あの石ですよ。世の中には、すべての物に意思があって自分を表現することができるんですよ?」
「‥だから、『一つの石には一つの石の一つの意味がある‥』ということなの?」
「そうです。もちろん、表現方法は違っていて、神様が『美しい』と思われた物の呟きを絵本という形にしてくださるんですよ」
「さっきから、何度か『神様』って言っているけど、『神様』って、どんな人なの?」
「それは‥そのうちに分かりますよ」
ピピは少し困ったような顔をして、わざと話をそらすように、小さく咳をしてから、部屋の奥へと歩いて行きました。ルナは黙ってピピの後を歩いて行きました。何がどうなっているのか、何をどうすればいいのか、何も分からなかったからです。ピピは、まるでルナの心配な気持ちなんて、まるで関係ないみたいに、本棚の間を踊るように、だけど静かに歩いて行きました。時々、立ち止まって本棚の中から本を出して「こんなの、読んでみませんか?」とルナに勧めました。ルナが受け取った本は表紙を触っただけで、まるで瞬間的にその本を全部読んでしまったように、分かってしまうのでした。嘘だと思って適当なページを開けると、ルナは初めて読む本なのに、ちゃんと覚えている場面が書かれていました。
ルナが不思議に思ったのは、どの本も素敵な話ばかりで、何なんでしょう‥「優しさ」とか「暖かい気持ち」にさせてくれるものばかりなのでした。
「素敵な本ばかりなのね?」
「‥そう言っていただければ幸いです」
「‥でも、みんな同じような本ばかりだわ」
「それは‥つまり、この空中図書館は、本を探しに来るんじゃなくて、その人に必要な本が用意されているんですよ?」
「今の私に必要な本が用意されているの?」
「あの‥一つだけ、お願いがあるんですが‥」
「なぁに?」
「‥僕に理由を聞かないで欲しいんです」
「理由を聞いちゃダメなの?‥どうして?」
「ほら、また理由を聞く‥『どうして?』って‥」
「あっ、‥本当だ!」
ルナは恥ずかしそうにピピを見ました。ピピは少し困ったような顔をして、ルナに話し始めました。‥それは、この空中図書館の説明のような、それ自体が童話であるような不思議な話でした。
昔々‥この世界と言うか、地球を含めた宇宙と言うものを神様が創り出した時に、神様は何かが足りないような気がしたのです。目の前に広がる大宇宙を見ながら神様は呟きました。
「何もかも創り出したというのに‥何かが足りん」
神様は、じぃっと目を閉じて考えました。考えていて、不意に「あること」に気がつきました。
「そうか!‥目に見えるものだけではダメなんじゃ!」
神様は立ち上がって、「音や音楽」という目には見えないけれど、そこにあるものを創り出しました。‥でも、まだ足りないものがあるような気がしました。大切なもの‥本当に大切なもの‥
「だが‥」
神様は、また考え込んでしまいました。すべての物に「思い」は与えましたが、「本当に大切なもの」を創り出すことは簡単なことです。でも、それを創ってしまっては、やがて生まれてくる「人間」にとって必要なのだろうか?‥「考えること」ができる人間を創り出す必要がなくなってしまうような気がしたからです。いろいろと考えてから、神様は「本当に大切なもの」を人間の目には見えない場所に「空中図書館」というものを創ることにしたんです。‥例えば「優しさ」、「幸せ」、「思いやり」、「悲しさ」、「寂しさ」など、目に見えない本当に大切なものは、人間たちが自分たちで見つけるべきものとして創ることをやめたのです。「空中図書館」は、神様のそんな考えで創られたものなので、「何故そこにあるのか」というような理由なんて初めからないのです。「初めからそこにあるもの‥」それが空中図書館なのです。「何故海がそこにあるのか?」を誰も考えることがないように、「何故空中図書館があるのか?」を考える必要はないのです。
「‥つまり、そういうことなんですよ?」
ピピはルナに微笑みながら言いました。ピピの話を聞いてルナもなんとなく納得したような気がしました。
「すべての物に意味はあるけど、理由は自分で考えなさいってことね?」
「さすがルナさん。分かっていただいてありがとうございます。少しだけ耳をすましてみてくれませんか?」
ルナは、「自分で考える」ことの大切さが分かったような気がして、この空中図書館にある物のことについて考えてみることにしました。ルナが黙って目を閉じて耳をすましていると、そこにあるたくさんの本たちの囁く声が聞こえてくるような気がしました。いいえ、本だけではなく窓や壁や階段‥この空中図書館の全部がまるで生き物のように囁いているんです。ただの挨拶をしていたり、仲良く話し合ったり、中にはケンカをしていたり‥そんな話しを聞いているとルナは、とても素敵な気持ちになりました。
「この図書館って、面白いわね。まるで生きているみたいだわ!」
「神様が創られた物には、すべてに意味があるんですよ?」
「理由は、自分で考えればいいのよね?」
「そうです。人間には考える力があるんですから‥」
「考える力かぁ‥」
ルナは、空中図書館のみんなが話しているのがとても楽しそうで「私も話してみたいなぁ」と思いました。
「みんな何を話しているのかしら?‥私もみんなと話してみたいなぁ‥」
ルナがそう言うと、本や廊下も階段も窓も‥とにかくすべての物が一斉にルナに話しかけ始めたんです。みんなが一度に話しかけたので、ルナはびっくりしてしまいました。
「あっ、あのね?‥みんなが一度に話してくると、何を言っているのか分からなくなってしまうわ!‥順番に話してくれない?」
「私が一番よ!」
「いや、ワシが一番じゃ!」
「ボクが最初だよ!」
みんな、自分が一番だとまた騒ぎ始めてもめそうだったので、ルナは「スッ、ストップ~!」と大きな声で言いました。みんなはルナの声で一斉に黙ってしまいました。静かになった部屋の中を歩きながら、ルナは目の前に立てられていた本棚の柱に触ってから、本棚に話しかけました。
「こんにちは!」
「やぁ、ルナさん‥こんにちは!」
本棚は、自分が一番最初に話しかけてもらえたので、自慢げに精一杯の優しい声で答えました。
「たくさんの本を積んでいるから重くないの?」
「もちろん、重くて肩が凝りそうですよ。‥でも、私のどこからどこまでが肩なのかよく分からないので、肩凝りなのかどうか、分からなくて困っているんですよねぇ‥」
「ウフフ‥それじゃあ本当の『カタナシ』ね?」
ルナが笑うとみんなも笑いました。次にルナは、しゃがみ込んできれいに磨かれた床に話しかけました。
「本当にきれいに磨かれているのね?」
「もちろんですとも!‥私はこの図書館で一番のきれい好きですから」
「そのようね?‥滑って転ばないように気をつけないといけないわね?」
みんなは「そうだ、そうだ!」と口々に言いました。それからルナは、図書館中のすべての物に話しかけました。‥さすがに男の子のトイレには行けませんでしたけどね。どれもみんな面白くて時間を忘れてしまいそうでした。そんなルナを優しく見守るようにそばにいたピピが腕時計を見てから言いました。
「ルナさん、もうすぐオリオン座の一等星、ベテルギウスの近くを通過するはずなのですが、見てみますか?」
「えっ?‥オリオン座の‥?」
「ベテルギウスです。‥とても美しいですよ?」
「見てみたいわ!‥みなさん、また後でお話ししましょうね?」
ルナは、今まで話していた物たちに挨拶してから、ピピと並んで部屋を出て廊下にある窓のある所へ行きました。窓の外は昼間のような明るさで、太陽よりも大きく、輝いた星が美しく浮かんでいました。その星は、太陽よりも明るくて、眩し過ぎて他の星が見えないくらいでした。
「まるで昼間のように明るいのね?」
「はい。‥これでも、窓ガラスが光を百分の一に抑えてくれているんですよ?」
「百分の一の光でも、こんなに眩しいの?」
「はい。大きさは太陽の七百倍から千倍もあるんですよ?」
「せっ、千倍~?」
「驚きましたか?‥地球と太陽よりもずっと離れているから、そんなに大きく見えないんです。でも、これ以上に近づくと星の引力で図書館自体が引っ張られてしまうんですよ」
「宇宙って‥本当にすごいのね?」
「地球から見れば、並んだ一つの星座に見えますが、宇宙の中では何光年も離れた恒星の一つに過ぎないんですよ?」
「ベテルギウスかぁ‥宇宙って本当にすごいのねぇ‥?」
「今、貴方が見ている星の光が地球で見えるのは五百年後なんですよ?」
「‥つまり、光の速さでも五百年もかかるぐらいに遠くにあるってことなの?」
「さすがルナさん‥自分で考え始めましたね!」
「うん‥考えるって、とても素敵ね?」
「そうですね‥ところでルナさんは、私がなぜ貴方をこの空中図書館へご案内したのか考えることができますか?」
「えっ?‥いいえ、考えたことないわ」
ピピは微笑みながらルナに「こちらへ‥」と手招きをして廊下を奥の方へと歩いて行きました。しばらく行くと古い扉のある部屋がありました。ピピはそこで立ち止まって、ルナに小さな声で囁きました。
「ここが館長室‥つまり『神様のお部屋』です」
「神様の‥お部屋?」
ルナは、一瞬ドキッとした声でピピの顔を見ました。ピピは「心配しなくても大丈夫ですよ?」と右手でルナに部屋の中へ入るように促しました。
ルナは、大きく深呼吸してから、古いけれど立派な扉をコンコンと叩きました。すると中から「どうぞ」と声がしたので、ルナは大きな扉をゆっくりと開けて部屋の中へ入りました。部屋の中は優しい香りがしていて、大きな天体望遠鏡のような物が置いてあって高そうなソファーのセットもありました。一番奥に大きな机があって、椅子に座っていた「神様?」は窓から外の景色を眺めているみたいだったので、ルナには見えませんでした。
「あのぅ‥?」
ルナは神様と思われる人に向かって声をかけました。すると、向こうを眺めていた「その人」がゆっくりと回ってこちらへ向きました。
「えっ?」
ルナは声も出ないほどに驚きました。振り向いた「神様」は、まるで王様のような立派な服を着ていたんですが、顔が‥つまり首から上の部分がモヤモヤとして無かったからです。ルナの驚いた顔を見て、気づいたらしく神様が言いました。
「あっ、驚かせてしまいましたね?‥普段は顔を付けていないので‥」
そう言うと、神様はそわそわと何かを探しているようにしていましたが、廊下に立っていたピピに気づくと慌てるように声をかけました。
「ピピ、すまないが今だけ顔を貸してくれないか?」
「いいですよ」
ピピがそう答えると、神様は机の上にあったペンのようなものを振りました。すると、さっきまでモヤモヤしていたものがたちまちピピの顔になってしまいました。それはルナにとっては何もかもが不思議でまるで絵本の世界のような出来事の連続でした。あっけにとられて何も言えないでいるルナに向かって、ピピの顔になった神様がゆっくりと話しかけました。
「私が神です。もともと私には身体というものを持っていないのです」
「神様には身体がないんですか?」
「形を持ってしまうと、必ず古びてしまい、やがて滅びます。だから、身体という形を持たないのです。私の中にあるのは、ものを創り出す『意志』だけなのです。‥だから、誰かと会って話す場合には、その時だけ他の誰かの身体を借りることにしているんですよ」
「意志って‥気持ちや思いってことですか?」
「そう‥まぁ、そういうことです。‥ところでルナさん。貴方は、自分が何故この空中図書館へ招待されたのか、分かりますか?」
「えっ?‥それは‥ピピが‥」
「確かに、貴方を招待しに行ったのは、ピピですが‥実は私がピピに貴方を招待するようにお願いしたんですよ」
「どうして?‥どうして、私なんか‥?」
「貴方に『考えること』をあきらめて欲しくなかったからです」
「考えることを‥あきらめる‥?」
「はい。‥ルナさん、貴方は自分が変だと友だちや周りの人たちから言われていましたよね?」
「はい‥でも、どうして分かるんですか?」
「私は神ですよ?‥地上の出来事は全部見えているのですよ」
「あぁ‥」
ルナは、神様の前で自分がピピと出会った小森にいた自分を思い出しました。その日も、ルナは学校で休み時間に男子たちから「お前は変だ!」とはやし立てられたのでした。学校の先生たちも口では言いませんでしたが、ルナのことを変わった子だなと思っているようでした。
何故、ルナがそんなふうに言われるようになったのかと言うと、実はルナの口癖が「何故?‥どうして?」だったからでした。自分が「不思議だな」と思ったことを自分が納得するまで周りの大人に聞いたのです。それはルナが幼稚園に通うようになる前からでした。ママも「変な子ねぇ‥」と言っていましたが、小学校に入学しても変わりませんでした。例えば算数や国語の時間では‥
「どうして、数字は十のカタマリで足し算するのに、時計の勉強では一時間は六十分なんですか?」
「どうして、足し算は+っていう記号を使うんですか?」
「どうして、平仮名や片仮名や漢字には書き順があるんですか?」
「どうして?」
「何故?」
‥‥
ルナは、自分が不思議に思ったことをそのままにしておくことができなかったのです。最初は簡単に答えることができた大人たちもルナが少しずつ大きくなって、簡単に答えられないことまで聞くようになってくると大人たちは決まってこう言うのでした。
「そんな変なことを考えていないで、勉強しなさい‥」
それは、ルナにしてみれば「疑問」に対する答えではなくて、新たな不思議しか生みださないのでした。
「‥何故、勉強しなきゃいけないの?」
神様は、そんなルナを優しく見つめてゆっくりと言いました。
「‥もし、その時に先生や大人たちがこう答えていたとしたら貴方はどう答えたでしょう‥?」
「えっ?」
「面白いこと気がついたね。‥自分で考えてごらん‥って?」
「はぁ‥?」
「疑問を持つことは、とても大切なことです。‥でも、貴方は自分でそのことについて考えてみましたか?」
「‥自分で考えないで、大人に聞いていただけかも‥しれません」
少し困った顔をしたルナに、神様はこんな話をしてくれました。
「昔、アメリカという国に一人の少年がいました。‥その少年も貴方と同じように、自分が不思議に思ったことを先生に聞いたんです」
「どんなふうに?」
「リンゴは何故赤いの?‥どうして空は青いの?‥って」
「‥それで先生は、どう言ったんですか?」
「リンゴは、赤いからリンゴなんだ!‥空は青いに決まっているんだっ!」
「それで?‥その子はどうなったの?」
「この子は変な問題児だという理由で、退学‥つまり、学校をやめさせられてしまいました」
「可哀想‥」
「それでも、その少年のお母さんは、彼を自分の家で勉強させることにしたんですよ。‥そんなある夜に少年は、お母さんに聞きました」
「なんて‥?」
「ママ‥どうして、夜は暗いの?」
「‥それでお母さんは、なんて答えたの?」
「さぁ‥分からないわ。自分で考えてごらんなさい?‥って答えました」
「それで?」
「彼は暗い夜でも、明るくできないかなぁと思って、一生懸命に勉強や研究、実験をして‥やがて電球を発明しました‥他にもいろんなもの発明をしてやがて大人になった彼は発明王となり、世界中の人が尊敬するようになりました」
「それって、もしかして‥?」
「そうです。彼の名はトーマス・アルバ・エンジンです」
「そうだったんだ‥」
「‥さっきも言いましたが、疑問を持つことは、とても大切なことです。‥でも、疑問を持つだけではダメなのです。疑問に思ったことに対して、それは何故なのか‥自分で理由を見つけることをしなければいけません」
「‥つまり、考えるということですか?」
「そうです。‥ただ、リンゴが木から落ちるのを見て『不思議だな?』と思っているだけでは、万有引力の発見はできませんからね‥?」
「‥なんとなく『考えることの大切さ』が分かってきたような気がします」
「分かっていただいて、私も嬉しいです。‥今の人間は、残念ながら考えるということをあまりしなくなりましたから‥」
神様は、少し残念そうな顔をしました。それが気になってルナは神様に聞きました。
「どうしてそんな残念そうな顔をするんですか?」
「エンジンの発明以後、人間はどんどん考え、便利なものを発明しました。‥それ自体は良かったのですが‥『考えることができる機械』まで発明してしまいました。‥つまりコンピューターの発明です。今の人間たちは、インターネットでどんなことでもすぐに『答え』を見つけることができるようになってしまいました。‥それが本当に正しいのかどうかも、考えようともしないで‥」
「便利な世の中はダメなのですか?」
「ダメなのかどうか、私にも分かりません。‥ただ、今のままでは、人間は考えるという力を失ってしまいます。このままだと、人間が機械に支配される時代がやってくるかもしれません。『考える』という力が、結果的に『考える力』を奪うことになるとは‥それはとても悲しいことです」
「神様は、人間がどうすればいいと思っているんですか?」
「‥それは、人間が自分で考えて、その答えを見つけるしかないのです。ルナさん、貴方はどう思いますか‥?」
「‥分かりません。‥でも、自分で考えてみます!」
「ありがとう‥貴方をこの空中図書館に招待して本当に良かったです‥」
ルナは、「考える」ということや、「自分」というものを見つめていました。自分が、自分が何故この空中図書館へ招待されたのかも含めて‥この空中図書館で、ルナはいろんな不思議ことを見つけることができました。表紙を触っただけで中身が全部分かってしまう本やお話しができる柱や壁や本棚‥そして、一晩で銀河を一周してしまうこの空中図書館自体がルナにとっては「不思議」の宝箱のように思えました。でも‥
「‥でも、神様が私に教えてくれようとしたのは、そんなことじゃないような気がするわ」
神様から顔を返してもらったピピが自分の腕時計を確かめてから、ルナに話しかけました。
「地球時間で、後一時間もすれば地球に到着しますよ‥?」
「うん‥あのね、ピピ?」
「はい‥何ですか?」
「ここに来た時に貴方は言ったわね?」
「私が言ったこと‥ですか?」
「理由を聞かないでくれって‥」
「あぁ‥確かにそんなお願いをしましたね‥それが何か?」
「貴方や神様は、本当は何でも知っているけど、私に答えを教えたくなかったからじゃあないの?」
「どうして、そう思うんですか?」
「本当の答えは、自分で考えて見つけるものだから‥」
「表紙を触っただけで、全部分かってしまう‥嫌、分かったような気になって欲しくなかったからですよ‥?」
「時間がかかっても、自分で考えないと本当の答えを見つけたことにはならないってことね?」
「そうです。一番困るのは、本の表紙を見ただけで、分かったふりをすることなんですよ」
「‥それと、すべてのものには意味があるんだってことも教えたかったんでしょう?」
「神様が創られたものには、必ず意味があるんですよ」
「うん。そのことが分かっただけでも、私がここに来た意味があるのよね?」
「そうです。分かっていただいて嬉しいです」
「‥でも、これっきり、もう来られないのかしら?」
「さぁ?‥それは私にも分かりません‥神様が貴方を必要とすれば‥」
「‥うん。自分で考えることをあきらめないで、頑張ってみるわ!」
「そうですね?‥また、お会いできる日を待っています」
「それじゃあ、サヨナラ‥」
ルナは、ピピとしっかりと握手しました。それからルナはピピと一緒に図書館を出ると、いつの間にかルナはまだ真っ暗な自分の部屋の窓から中に入っていて、静かにパジャマに着替えてからベッドの中にもぐりこんで眠りました。
次にルナが目を覚ましたら、朝日がまぶしい自分の部屋のベッドの中でした。自分が自分の部屋にいるのが、不思議でした。
「確か、昨夜は空中図書館で‥」
一瞬、自分が夢を見ていたのか、本当のことだったのか、あやふやな気持ちになってしまいました。ルナがぼんやりと辺りを見ると机の上に不思議な小型ラジオのようなものが置いてあるのに気がつきました。
「あっ、あれは‥?」
ルナはベッドから出て机の上のそれを手の上に乗せてみました。それは、ピピからもらった空中図書館への移動装置の受信機だったのです。どうやら、ルナは夢を見ていたのではなくて、本当に空中図書館に行ってきたらしいんです。
「ルナちゃ~ん!‥起きてる~?‥朝ごはんができたわよ~!」
一階からママの声がしました。
「は~い!」
ルナは急いで着替えをしてから、階段を降りて行きました。本当は眠っていないはずなのに、ルナはいつものように元気な自分が不思議でしたが‥
「おはよう!」
「おはよう。‥ルナちゃん、昨日は疲れていたみたいだったけど‥大丈夫?」
「うん!‥大丈夫よ!」
「良かったわ。さぁ‥食べる前に顔を洗ってらっしゃい」
「は~い!」
「今朝は元気がいいのね。何かいいことあったの?」
「別に~!」
ルナは、顔を洗ってから、朝ごはんを食べて、準備をして学校へ出かけて行きました。確かに、昨日までとは町の様子も違って見えました。なんだかとても楽しい気分で学校まで行けました。その日から、ルナは少しだけ変わりました。今までのように不思議だなと思ったことがあっても「何故?‥どうして?」って言わなくなりました。その代わりに、分からないことがあった時には図書室で本を読んで調べるようになりました。
やがて、三月も終わって新しい学年が始まりました。‥そんな四月もそろそろ終わろうしていたある日のことです。朝の会が終わって、一時間目は算数でした。三年生になったルナたちは初めて「割り算」を習っています。先生ができるだけ分かりやすく割り算の答えの出し方を黒板に書いて説明している時にルナが手を挙げました。先生は少し困った顔をしてルナをあてました。先生も友だちも、「また、ルナの『どうして?』の質問が始まったのかな?」と思ったのです。ところが、その日は違っていました。
「先生。私はどうして割り算の記号が÷なのかなと思って、自分で考えてみました。それで、よ~く÷っていう記号を見ていたら、二年生の最後に少しだけ習った分数の形に似ているなって思ったんです。もしかしたら割り算の÷って記号は分数の形からできたんじゃないかなと考えたんですが、どう思いますか?」
先生やみんなは、じぃ~っと黒板を見て黙っていました。やがて先生は笑顔になってルナに言いました。
「分数と割り算かぁ‥確かに同じように『分けていく』という考えだから、割り算の記号が÷って形をしているのかも知れないですね?‥三橋さん、面白いことに気がつきましたねぇ‥?」
すると、クラスの男子でいつもルナに意地悪なことを言う子が手を挙げました。
「よく分かんないけど‥『もとの数』が十五の時は、三分の一は五になるってことと同じなんですかぁ?」
「その通りですよ!‥分数と言うとのは、割り算の親戚のようなものです。‥だから、十五を三で割ると五になるんですよ?」
「‥つまり、仲良く分けると‥割り算になるってことですか?」
「そうです。みんなで仲良く分けるというのが、割り算の考え方の始まりなんですよ?」
「なぁんだ。やっと割り算と分数の意味が分かったよ。ルナ‥ありがとうな?」
その日から、ルナはみんなから「変だ」と言われることがなくなったということらしいですよ。‥ついでに言うと、その後大人になったルナは、いつまでも小さなラジオのようなものを大切な宝物にしていたそうですよ?
(おしまい)