消えるべきは桃の花
―桃の花は咲いているがあたりに吹く風はまだ冷たい。
こんにちは。はじめまして。
この小説を開いてくださりほんとうにありがとうございます。
このサイトではじめて小説を投稿させていただきます。
文章に至らぬ点が多々あると思いますが、その際はアドバイスを頂けると嬉しいです。
最後に、この小説を読み終えましたら、ぜひ感想や評価、批評をよろしくおねがいいたします。
ではそのまま次にどうぞ、お進みください。
午後八時:ファミレスにて
「君の裸をスケッチさせてほしい」
羽田は真剣な顔をして私に言った。
突然電話を掛けてきて
“午後八時時に美大側のファミレスに来てほしい”
と人を呼び出しておいていきなりこれか。
「話は飲み物を注文してからでいいかな」
話が長くなりそうなので注文を取らなければいけないと思った。長話をするのに何も注文しないのは店員にも悪いだろう。
羽田はブレンドコーヒー、私はミルクティーを頼んだ。注文をするや否や彼はもう一度口を開いた。
「君の、裸をスケッチさせてほしい」
「裸」と口に出すのが少し恥ずかしくなったのか今度の彼の言葉の中に一瞬の隙ができた。
「どうして」
少し間をおいて私も口を開いた。なるべく口調を優しくした心算だった。
「そのわけは僕にも解らない。ただ、今日の講義を受けていたら、君の、その、裸が、描きたいと思ったから」
やはり羽田は話しているうちに、「裸」と口に出すのが恥ずかしくなってきたらしく初めの威風は無くなっていた。
「嫌だったらもちろん断ってもいい。僕が描きたくなっただけだから」
沈黙が続いた。私もどう返答すればいいか解らなかった。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとミルクティーです。ごゆっくりどうぞ。」
沈黙を破ったのは私たち二人ではなく、飲み物を運びに来たファミレスの店員だった。
「いいよ」
続く沈黙に耐えられなかった私は、口を開いた。
「え…本当にいいのかい」
そんな彼の言葉にわざとらしく口角を上げて私は答える。
「いいよ。私のスケッチ、描いてよ」
羽田は自分から頼んだはずなのに驚きを隠せないようだった。
「それで、いつ描くの」
羽田の返事を待たないで私は聞いた。しかし、彼が私の返答を理解して返事をするのには少し時間がかかった。
「じゃあ今から。今から僕の家に行って描こう」
思い立ったかのように羽田は眼を見開いて言った。
「描くとしたら今が一番いい。今描かなければ忘れてしまいそうなんだ」
そう言った羽田の表情には少し気迫があった。
「いいよ。羽田の家行こうか。今から」
私がそう言うと気迫があった彼の表情が少し緩んだように見えた。
会計を済ませた私たちは、そのまま電車にゆられ羽田の自宅に向かった。
午後九時:羽田の自宅にて
羽田は変わっている奴だ。このことは先の文章で判っただろう。それは美大生にありがちな、世間で言う“変わった奴の性格や雰囲気”に近い。
私と彼が出会った…と言ったら交際しているような言い方になってしまうが、初めて顔をあわせたのは、一年前、三月、桃の花が咲く季節の合コンだった。
今考えてみれば、合コンと言っても、出会いのない美大生と出会いのない専門学生のためのただの飲み会だったと思う。
そこで私は友人から羽田を紹介された。
その時の羽田の恰好が、若干伸びすぎているように見え寝癖がついたままの髪型で、くたびれたユニクロのジャケットに、ユニクロのインナー、ユニクロのパンツそれに黒縁の眼鏡だったからか、私には羽田が美大生の典型的な例に見えた。
友人が言うには“変わった奴だけど根はいい人”らしい。
少し経って、羽田が変わった奴とは充分理解できたが、いい人かは未だにわからない。
なんだかんだ思いつつもその場でラインの友達登録をした私たちは、ふた月に一度のペースで会っている。だがしかし、まだ彼と交際をしているわけではない。
友達以上の一線を私たちが越えることはないだろうと私は時々思っている。どうせ越えるなら同居、いや結婚まで一気にいってほしいくらいだ。
あ…結婚、専門学校を卒業したら悪くないかも…でも、とりあえず、今のうちは同居が限界か…
そんな馬鹿らしいことを考えながら、私は下着を丁寧に畳んだ。
「脱いだよ」
隣の部屋にいる羽田に声をかける。
「脱いだらそこにあるタオルを巻いてこっちに来て。こっちの準備も済んだから」
前にも来たことのあるアパート三階1LDKの羽田の家は前よりも少し片づいているように見えた。前に来た時は画材道具がひとまとまりに壁によせられてきれいとは言いづらい部屋だった。
私が戸をあけると、スケッチ道具一式が机に並べられ、その隣にキャンバスが置かれたイーゼルが部屋の中央にあった。イーゼルの目の前には、羽田がいつも使っている窓のそばにあったはずの普通のソファが白いシーツを被せられていた。
「そこのソファに寝転んでほしい。タオルは自分で外してもらいたいのだけど、極力、隠すところは隠したい」
裸が見たいわけではないのか。私も見られて嬉しいものではないが。
「何で隠すか…フェイスタオルは何かいやらしくて嫌だし」
フェイスタオルは下品だから私も嫌だ。
「何か隠すにいいもの…」
ふと私の目に彼の部屋の窓から見える桃の花が映った。手を伸ばせば届きそうだろう。
「ねえ、あの桃の花、ここから手を伸ばせば枝ごと取れないかな」
「あ、桃の花で隠す…大丈夫だよ。この部屋は窓を開けたら枝が部屋に入ってくるほど桃の木に近いから。五本ほど枝を取ってみる」
羽田は私の考えに気づいたらしく窓を開けた。三月中旬の少し寒い風が部屋に吹き込んできた。
「ほら、一本。二本三本…五本。大きさもバランス良くとれたと思う」
羽田は私に桃の枝を差し出した。と思ったらまたすぐに自分のほうに引き戻した。
「まって。やっぱり裸の君の上に僕が桃の花を置いていく。だから、タオルを取ってソファの上に寝転んでくれないか」
そう言う彼は何かに気付いているようだった。
「…うん。いいよ」
少し間をおいて返事をする。
私はタオルを取り、裸になってソファの上に横たわった。
「なるべく見ないようにするから」
「別に、大丈夫だよ。見ないと隠せないでしょう」
それもそうかという羽田の表情が、やけに可愛らしく見えた。
「じゃあ…失礼します。」
そう言うと、羽田は私の裸の上に桃の花を置いていった。
桃の花は触れると枝が冷たく、花弁が少しくすぐったかった。
羽田は置いては戻しを繰り返しながら、桃の花の位置をきめていった。
「これだ。これが一番きれいだ」
羽田は満足げに私を見てからキャンバスをのせたイーゼルの前に座った。
ふぅと息を吸って吐く。その行動が一瞬で羽田を変えた気がした。
「そのまま待っていて」
鉛筆を持った羽田の右手は、ものすごいスピードで動き、形を描いていった。
彼の眼は、時々、私を見てはキャンバスをもう一度見つめるという動きを繰り返していた。
時間が経った。それは長い時間だったが、私は時間が経つのをあまり感じなかった。このまま羽田にずっと描いてもらっても良いとも思った。私はこの時間が好きだった。
「恋ってこういう事か」
羽田の右手が動きを止めて鉛筆を机に置いた。
羽田はしばらくキャンバスをじっと見つめていた。
「できたよ」
立ち上がった彼はタオルを私に掛けた。
タオルにくるまった私はソファから立ち上がった。桃の花がぽとぽとと床に落ちた。
「服着てくる」
そう言った私は、隣の部屋に入った。
「こっち、片づけておく」
隣の部屋から羽田の声が聞こえた。
ショーツを履き、ブラジャーのホックを締め、パンツを履いて、パーカを着る。何の変哲のない事なのに私の胸は異様に早く動いていた。
「着たよ」
普通の顔でそう言いながら、先の部屋に戻る。部屋は元通りになっていた。
「あの絵、見るよね」
「うん」
私は何故か緊張していた。
羽田がイーゼルから絵を持ち上げて私の目の前にキャンバスを突き出した。
「はい」
ソファの上にまぎれもない私自身、肌は柔らかく、桃の花で隠された局部は触れたら壊れてしまいそうなほど、繊細だった。
羽田が描いた私の絵はとても綺麗だったがしっかりと私の存在を描いていた。
「あ、ソファにでも座ろう。ずっと立っているのも嫌だし」
そう言い、羽田はカーペットの上、私はソファの上に腰を下ろした。二人ともどこかぎこちなかった。
「気に入ってもらえたかな。僕自身はとても好きなのだけど」
好き。と言われ、どう返せばいいのか解らなかった。
「…私も好きだよ。こんなに素敵な絵、ありがとう」
少し間をおいて、羽田の眼をみてお礼を言う、その言葉が上手く出てこなかった。
そのまましばらく見つめあったまま沈黙が続いた。
「…好きだ。この絵を描き終わって初めて気づいた。君に恋していたことに、君が愛おしいことに」
羽田からの突然の告白だったが、なぜか私の返事はするりと口から出た。
「私も好きだよ、羽田のこと」
言葉にするととても世俗的で、軽く感じられたがそれ以外に言葉がなかった。
羽田の手が私の頬を撫でた。彼の少し長い指の腹が心地よかった。
そのまま顔を近づけて少しの間、見つめあう。
私は眼を閉じた。次の瞬間、柔らかい唇が私のそれと重なった。しばらくそのままだったが、羽田が私の唇を自分の唇で、すこし強引に開けた。私の口内に入ってくる舌は、私の舌と絡まり、私は少し息苦しかった。
ゆっくりと唇を離す。その行為は少し切なかった。
「ごめん。気持ち悪いよね」
「大丈夫だよ」
二人はもう見つめあうこともせず、俯いたままだった。
「あ、もうこんな時間だ。もう、終電無くなっちゃっているよね。タクシー呼ぶよ」
気づけばもう一時過ぎ、時が過ぎるのはあっという間だった。
「大丈夫、自分で拾うから」
駅からここまで近いから、タクシーなんてすぐ見つかる。
「じゃあ、これ。タクシー代」
そう言って、彼は私に一万円札を差し出した。
「いいよ。自分で払う」
苦笑いをしながらバッグを手に持つ。
「…そっか。じゃあね」
そう言う彼の表情はどこか寂しげだった。
「じゃあね」
そう言って彼の部屋のドアを閉めた。
私はゆっくりとアパートの通路を歩き、そして階段を下りた。
アパートから少し歩いて、振り返り、アパートを見た。
そうして私はまた前を向き、駅の方向に歩いて行った。
三月の風は少し冷たかった。
この小説を読んでくださりほんとうにありがとうございました。




