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フローリスト  作者: 大久保ひより
1/1

バラの香り

彼に白いバラの花束を渡した瞬間、何かが終わった。

何か、というぼやかした表現は良くない。

ひよりの彼に対する一方的な想いがついに枯渇した。


先に飲み屋に着いたひよりは、彼が来るということで、その日の昼食が喉を通らなかった。

彼は遅れるみたいでひよりはその間緊張し、ガブガブと酒を飲んだ。


彼が到着した時にはいささか酔っぱらってしまっていた。


彼が到着するとひよりは


「はい!」


と言って投げるように彼に花束を渡した。


彼は何も言わなかった。

飲み屋のテーブルの上でしばらく置きっぱなしになった花束の写真を彼はスマホで撮ってから

相変わらず黙ったまま花束を紙袋にしまって床に置いた。


次会ったら。とひよりは三週間前から夢想していた。

彼に「何か特別なもの」をプレゼントしようと。


それが、なぜ白いバラの花束になってしまったか。

片思いの常の夢想として彼の誕生花をググって居る時に、急に次、彼に会ったら花を贈ろうとなぜだか思考がつながってしまったのだ。


ドキドキしながらフローリストに電話するときには何故だか花は白いバラに決定してた。


「12月って赤いバラや、白いバラの姿が市場から消えちゃうんです。だから日付が決まったらなるべく早く教えてください。」


予算なんかを話して居る時フローリストの店員さんはいった。


そうか。とひよりは思った。

12月は告白の季節なんだね。


当日花を受け取って、新宿までの電車の中押しつぶされやしないいかと心配しいしいひよりは幸福だった。


なのに、渡してしまい、紙袋にしまわれ、感想すらない。


ひよりそのものではないか。


歌舞伎町の飲みの席が終わり、ひよりがもう一軒行きましょうと彼を誘うと、彼は断った。

そして、さっと右手を出し握手をした。

ひよりは握手に応えながら自然に左手が彼の右手に伸びて、軽く引っ張るような形になった。


彼の反応は無かった。


悲しく顔を伏せてひよりは手を放した。


すぐそこに客待ちのタクシーがいた。

ひよりがドアの前に立ってもなかなかドアは開かなかった。


タクシーの運転手が、暗に「これでいいのかい?」と言っているようにひよりには思えた。

勇気を出して彼の方を見てみた。


彼は笑いながら礼儀正しく会釈をしている。


それを確かめた途端にタクシーのドアが開いた。


新宿二丁目でへべれけに酔っぱらってカウンターで寝てしまっているところをひよりは起こされた。

「もう、6時半よ。」

と言われて

「お勘定は。」

というと。

「お勘定はもらったわよ。」

と言われてひよりは

「寝ちゃってごめん。また来るね。御馳走様。」

といって帰った。

あれから何をどれだけ飲んで何を話したか、全くもって覚えていない。


最初に行って最後に舞い戻っていったMに再び入る前に財布に一万円あるのを確かめたのが、そしてMで新しくボトルを入れたのをかろうじて覚えている。


ひよりは部屋に帰った。

猫が怒って鳴いているのをなだめながら、部屋にうっすらとバラの香りが漂っているのに気づいて悲しくなった。


もしかして。と思ったのだ。

ひよりは部屋を出る前に彼が来てもいいように、掃除をして、バラの香りがほのかにするファブリーズをカーテンやクッションカバーに吹き付けてから家を出たのだ。


そのバラのアロマの香りがひよりを悲しくさせた。


ひよりの部屋に緑の観葉植物はあっても、花なんて一輪も無い。


涙の粒を両目に期待したけれど乾いたままだった。


ひよりはバッグの中身を整理して、ハンカチを洗濯機に放り込み、所持金を調べた。

一万二千円。

一万二千円?!


お勘定はもらったわよなんて言って。

二丁目のみんな。

私を見ていたんだね。


ごめんね。ありがとう。ありがとう。

やっとのことで、ひよりは泣いた。

バラの香りだけが漂う、一人の部屋で。



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