プロローグな日常ー3
プロローグの最後です
「アルス......?」
「お前の異世界での新たな名前だ。お前の本当の名前では目立つからな。だからあちらの世界でも自然な名前にしようって訳だ。それに見た目も少し弄ってやろう。今の火傷で爛れた顔のまま異世界に送ったら流石に嫌だろ? 慈悲深い私に感謝しろよ」
サタナエルはまるで拾ってきた犬に名前を付けるかのように、優越と蔑みを含んだ視線をチラリと俺の方へと向ける。
それよりも見た目も変える? まあ確かに火傷で爛れた顔のままで送られても困るが......
「あと異世界ってどういう処なんだ? それにお前の封印を解くための方法もまだ聞いて無いんだが」
「まあ、行けばわかる。封印はダンジョンを攻略すれば解ける方法が見付かる筈だ。すまんな、私でもそれぐらいしかわからないんだ」
何せ"奴等"は私を封印した後に直ぐに人間界に向かったからな。とサタナエルは付け加えると憎々しげに、だがまるで昔を思い出し笑う時のように喉を鳴らし嗤う。
なんか、こいつ本性現してからやたらにフランクだな。まあいい、俺のやることは変わらない。
「・・・約束を守るというなら、異世界でもダンジョンでも何処にでも行ってやる!」
「フフッ......それでいい。そんなやる気満々のお前に、私から手助けを一つしてやろう。受け取れ! 私の力の一部だ」
サタナエルはそう言うと手から紫紺に輝く光の球を出してみせた。その光の球はまるで月明かりのように美しくどこか生理的に恐怖を感じるそんな光を讃えている。
俺は思わずその幻想的な美しさに見惚れていると、
その光の球は手の上から浮き上がり俺に近付き、スッーとそのまま胸の中に吸い込まれていった。
その瞬間ーーーー
「こ、これは? ーーーーっ!? ガッ!? く、苦しい!! あ"、あ"ガッア"、ウワ"ァアアア"ア"ァ"ァ"ァ"ァア゛ァア゛ア゛ア゛アアアアアアアアア゛ア゛!!!!!! な、何をしたぁ!!!!!!??? た、助けてくれ!! ガハッ......」
光の球が体に侵入した瞬間、一瞬にして全身を不快感、狂気、恐怖、破壊衝動等の様々な負の感情が駆け巡る。それはまるで身体中を巨大な百足が大量に這いずり回るように。
あまりの負の感情に体と精神は着いていけず、眼は血走り絶え間ない血涙を流す。体は酸素を求め転げ回り、極限の痛みに頭を打ち付け意味不明な叫び声を上げる。
そんなおかしくなりそうな痛みの中、頭の中に突如声が鳴り響くーーーー
『スベテヲ。ハカイシロ、ジュウリンシロ、コロセ、コワセ、ウバエ、リョウジョクセヨ、ギャクサツシロ、モテアソベ、クルエ、ボウギャクノカギリヲツクセ、ザンサツセヨ、セイフクシロ、ホロボセ......ソシテ......全テヲ支配シロ!!!!!! 全テハキサマノ下僕ダ......我ノ名ハサタナエル全テヲ支配シ統ベルモノナリ!』
思考が端から虫に喰われ蝕まれるように徐々に意識を削り、黒く染めていく。
俺は霞む視界でサタナエルを捉える。その顔には三日月の様に釣り上がった禍々しい笑みを浮かべ何かをぶつぶつと呟くように囁いている。もう音が分からない、感覚が無い、視界もそろそろ限界のようだ。呼吸が出来ない、体から体温が抜けていく......もしかして、俺、死ぬのか? まだ、二人を助けてない......まだ終わりたくない......お、わり、な......い。
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
「気分はどうだい?」
「・・・こ、ここは? 俺はいったい......」
「ははっ、デジャブだな。アルス、お前は気絶したんだよ。私のくれてやった力に耐えきれずな。まったく、これだから人間は使えない。私が力を調節してやらなければ消滅していたところだったのだぞ?」
「あっ! 思い出した。お前! 説明も無しに何いきなりやってんだ、死ぬかと思ったぞ!!」
「・・・下僕よ、そんな口の聞き方いいのか? まあいい、私は慈悲深いからな。それよりも、お前が転げ回り苦しむ姿はなかなか滑稽だったぞ。」
そう言うと道化でも見たような下卑た笑みを浮かべクスクスと嗤い出す。
本当こいつ正確悪いな......というより、人間の体に耐えられないものを俺の体に入れようとしてたのかよ! 無茶苦茶な。
俺が非難の視線を向けると、サタナエルはその深紅の瞳で俺の目を覗き混む。
「な、なんだよ?」
「成功だな」
(成功? どういうことだ?)
サタナエルは悩む俺の姿を見ると、また鏡のような物を取り出して此方へ差し伸べてきた。その鏡に映ったのは以前のようは病床に伏せる両親の姿ではない。その鏡面には、俺に良く似た男が映っていた。
いや......これは俺だ。だが、眼の色はサタナエルの出した紫紺の光の球に近い紫水晶色に変わっている。
「上手く私の力がお前の体に定着したということだ。正直、期待はしてなかったが......フフッ。数打てば当たるとは正にこのことだな」
「・・・?」
「理解出来んようだな。猿が。お前でも分かるように説明するとだな、私は自分の下僕を作るためお前達の世界ーーーー人間界で間接的だが人を殺し、またはそれに近い状態にして、幾度も私の力に適合する《適合者》を探してたということだ。わかったか? ちなみにお前で確か5兆人目ぐらいだったかな?」
「なるほど、良く理解したよ。お前が本当とんでもない下衆だってことをな」
俺が罵声を吐き捨てると、サタナエルは誉め言葉か? と言わんばかりに鎖の刺さった胸を張り、自慢気に鼻を鳴らす。
そして、俺は確認のためおもむろに再度、鏡の自分を覗きこむ。長くも短くもない普通の黒髪に、邪神の影響だろうか? 少し鋭くなった目付きに紫水晶の瞳。そして、平均的な顔立ち。その顔には火傷の痕などは存在せず、普段通りの肌に戻っている。
「そんなに鏡を覗き込んでどうした? まさか、お前ナルシストではあるまいな?」
「ちゃうわ!」
思わず関西弁が出てしまった。こいつは高圧的だがたまに人を食ったような態度を取るので非常にやりづらい。
しばらく、俺は他に体に変わったところはないか、と探しているとサタナエルは何かを思い出したと言うかのように鎖をジャラリと鳴らす。
「アルスよ。優しい私からもう一つ、プレゼントをくれてやろう。自衛ぐらいできなければ話にならんからな。」
「プレゼント? まさか、またさっきのような激痛が伴うとかそういうのじゃないだろうな?」
「フフッ。疑り深いやつだ。なに安心しろ、『魔法』をくれてやると言うだけだ」
「ま、魔法?」
突然ファンタジーなことをいい始めるサタナエル。まあ、今起こっていること事態がファンタジーのようなものだが......
どんなものだろうか。と考え事をしているとサタナエルはタブレットのような黒い薄っぺらい板を取り出すと器用に片手で操作し始めた。
そして、操作し終わったのか黒い板を虚空へ放り投げると、
「ふむ。こんなものだろう......さて、我が下僕涼乃優一改めアルスよ! 我が復活のためその魂尽きるまで働くがいい!! ちなみにサービスだ、もしお前があちらで何年掛かろうとお前の世界では時間が進んでないことにしてやる。ではな......期待して待ってるぞ」
そう言い終わると、真っ白な光が体を包み込む。
「えっ!? ちょっ、いきなり!?」
意識が薄れる。俺は光の中、眠るように意識を手離した。
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