強さ
ジンは、俺が英雄だといった。
その言葉は、俺が何よりも言われたかったものだ。
それも、言った奴はなにも含むところがない綺麗な目で、まっすぐに俺を見つめてきている。
子供のころから憧れた光景。
仲間と共に命を懸けて強敵と戦い、そいつを倒して人を助けた。そのうえ、死んだ奴は誰もいない。強いて違うところをあげるなら、仲間が全員そろってたわけじゃないってことぐらいか。
夢がかなったなんてものじゃない。理想をそのまま写したような、最高の状況。
――だが、全く、嬉しくない。
……いや、わかってる。当然なんだ。
結局は、ジンが言った通りだ。
俺は納得できていない。この状況に、この光景に。いや、納得できるわけがない。
俺は確かに勝利に貢献したんだろう。だが、それはただ戦っただけだ。
それすらも、英雄の夢なんて捨てろと泣いたトランに協力してもらって、その計画を心のよりどころにして、ようやく戦えた。
これのどこが英雄だ?
いいや、そもそも人として駄目だろう。
自分のことを心配してくれている幼馴染に頼って、頼りまくって、結果は戦いに負けている。止めを刺してくれたのは、パーティーメンバーですらない十近く年下の少年。
いっそ笑えてくるほど酷いな。
こんなのは、俺の目指したものからは程遠い、どころか同じ道に立ってすらいない。
なら、あの時どうするべきだったのかと考えても答えは出ない。
だって、少なくともこの結果だけは……誰も死なずに街に帰れたという結果だけは、最善のものだから。
戦わないという選択肢はなかった、トランに協力を要請しないという選択肢もない。そうしないと負けていたから。
では、剣が砕けなければ……どうにかなっただろうか? かもしれないが、あの時点でそれは絶対に予測できなかった。
普段の手入れを怠っていたつもりはなかったし、バルラの体に叩きつけ続けたのが問題だろう。片手剣で岩を切ろうとしたようなものだ。
……要するに。
俺は弱かった。
納得できないほど酷いこの結果は、結局、俺があらゆる意味において弱かったからだ。
俺がもっと強ければ、バルラに楽に勝てただろう。トランに手伝ってもらうこともなかっただろう。死にかけることもなかっただろう。
バルラに遭遇したことを、剣が砕けたことを、運が悪いと言うのは簡単だ。だが、それは英雄が……人を救う奴が口にしていいことじゃない。
どんな時でも、どんな状況でも、どんな奴が相手でも、かっこいい言葉と一緒に敵を倒すのが、英雄だ。
俺は悩んで、悩んで、突撃して、協力してもらってすら敵を倒せなかった。
だから、もっと強くならないと。
それで自分が納得できるのかはわからないけど、たぶんそこが最低基準だ。最低でもバルラぐらい……いや、現れた敵を軽く倒せるようになってから、理想を追いかけよう。
どうせ格好いいことなんてできないんだ。幼馴染とろくに話もせずに喧嘩して、ほとんど他人の年下に頼るぐらいだぞ。……本当にろくでもないな。
ま、まあ、かっこをつけるより、泥水をすすってでも生きる覚悟をした方がいい。
英雄であろうとすることをやめはしない。そこだけは譲れないが……それよりも、優先させる目標ができた。
「頑張らないとな」
「頑張ってください」
……ああ、そういえばジンがいたんだったか。
なんだ、なんか、凄い恥ずかしいぞ。俺、ずっと人が見てる前で考え込んでたんじゃないか。
「百面相みたいでしたよ」
「わざわざ言わなくていい……」
思わず顔を押さえてしまうが、指の隙間から見えるジンは楽しそうに笑うだけだ。
……とりあえず、それは置いておくとして、いろいろと後回しにしてたことをやらないとな。
トランに謝って、これからのことを……他の奴らも加えてしっかりと話す。
どうなるだろうな。最悪、パーティーが崩壊するか。これ以上トランに重圧をかけるわけにもいかないんだが……。
「どうしよう」
「前向きになったと思ったらすぐに後ろ向きましたね」
「いや、何をどうしたら丸く収まるのかが全くわからなくてな……」
トランは英雄になるのを否定してくるだろうし、他の奴らと相談すると言っても、また同じように喧嘩だけで終わる可能性も否定できない。
というか無理じゃないか、丸く収めるの。トランは反対だろうし、ノアはよくわからない。他の奴らも現状に満足してる……上に行きたいと思ってるのは俺だけかもしれない。それに、これ以上トランに負担をかけるのはな。
「まあ、そりゃ我を通すのなら衝突はありますよね。お互い譲れないものがある時は特に」
「……だよな」
「ただ……個人的な意見を言わせてもらうと、そこまで抉れるようには思えないんですけどね」
「?」
いや、この時点で抉れまくってるぞ? 少なくとも、何事もなく終わる気は全くしない。最悪パーティーが崩壊すると思う。
「パーティー全員で殺し合いと裏切り合いが発生しないだけ、最悪じゃないと思いますよ」
「普通、そこまで行くことはないと思うんだが……何かあったのか?」
「あったっちゃあったし、なかったっちゃなかったです。俺の話はどうでもいいですよ」
いや、さすがにそんな経験してるのをどうでもいいとは言えないぞ。十五歳でそれって、どれだけ過酷な人生送ってるんだ。
「まあまあ、せめて後にしましょう。まずはシグルドさんの話です」
あいまいに笑って、ジンは話を戻そうとする。
聞かれたくないこと、なんだろう。ジンは英雄になれなかったと言っていた。それに関係のあることなのかもしれない。
もしそうだとしたら、そこを掘り下げられるのは……辛いな。
「俺から見た感じ、トランさんはシグルドさんのことをそこまで悪く思ってないように感じたんですよね。バルラと戦ってるときとか、険悪そうな雰囲気全く感じませんでしたし……まあ、戦闘中だからって言われたらそれまでですけど」
「……そうなのか? いや、けどな」
さすがに悪く思ってないってことは、あり得ないんじゃないか? トランは切り替えもうまかったし、ただ単にあの場で喧嘩を引きずらないようにしてただけだと思うが。
「もしそうだったら楽ではあるけどな……そう上手くはいかないだろ」
「まあそれはそうですけど、あまり重く考えすぎてもいけませんよ。そりゃあ、人間関係は打算と企みから作られるようなもんですけど、そういう付き合い方はできないでしょう?」
「……本当に何があったんだよ、お前は」
「いろいろです。あまり覚えてませんけどね」
覚えてない、というのがどういう意味かは分からないが、そう語るジンの顔は、その時だけ……何かを睨むように鋭くなっていた。
その表情はすぐに無くなったが、ジンは一体、どこでどういった生活をしてきたのか。
そういえば、バルラに会っても悲鳴も上げない、黒いスライムを従えてる、歩けないぐらいの怪我を負っていても無理矢理移動する……よく考えたら、というかよく考えなくても色々とおかしいな。
黒いスライムはともかく、痛みを耐えるのは大変だぞ?
「……あ」
「ん?」
目の前の子供がどんな人生を送ってきたのかを考えていると、ジンが突然声を上げた。
その眼はこちらを凝視して……いや、違う。見ているのは俺じゃなく、後ろだ。ハーモニーが戻ってきたのか?
「ああ、まだいたな」
その声を聴いた瞬間、俺は思わず後ろを振り返ってしまう。
そこにいたのは、
「話をしよう、シグ。これからのことを」
腕を組み、厳しい顔でこちらを見ている、トランだった。




