かつて見た景色
ふと気づくと、あたりが暗くなっていました。
そして、今まで何をしていたのかが思い出せません。これはどうしたことでしょう。
……とりあえず、一曲弾いてみましょうか。何か思い出せるかもしれませ――おや?
何でしょう、あれは。
遠くに光のようなものが見えます。それも、太陽の光ではなさそうですね。どちらかと言えば……黄金色でしょうか。
言葉だけなら悪趣味ですが、優しいですね、あの光は。
面白そうですし、近寄ってみましょう。
「おお……」
思わず声を出してしまいました。
光の中には景色が広がっていたのです。空高くを飛んでいるような視点で、人では絶対に見ることができないであろう光景です。
いえ、景色だけではありません。音や、吹きつけてくる風すらも感じられます。まるで本当に飛んでいるかのように。
本当に素晴らしい。初めて馬に乗ったときと同じような、それでいて遥かに大きな衝撃です。これは曲作りがはかどりますね。
……? 馬といえば、何か忘れている気もしますね。というか、私は何をしていたんでしたか。この光景はもう少し見ておきたいですが……そういえば触れるのでしょうか、この風景は。
さすがに空を飛んでいるなら、触ってもただ空を切るだけですかね。
なら、いっそのこと飛び出してみるというのはどうでしょうか。
どうせこれは現実ではない――そう、現実ではないのです。
ああ、思い出しました。今まで何をしていたか。
バルラを倒して、治癒院に運ばれて、入院させられて、……その後の記憶が抜けていますね。そこで眠ってしまったのでしょうか。とすれば、これはやはり夢ですね。
まあ、現状確認はこれぐらいでいいでしょう。それよりも、この景色です。
私にこのような経験をした記憶はないのですが、どうやって再現しているのでしょうか。まあ、夢の景色を真剣に考察しても、あまり意味はないでしょうね。
何より、夢だとわかってしまえば……もう躊躇うことなどありません。風景に飛び込んでみましょう。
落ちるのでしょうか? 宙に浮くのでしょうか? それとも飛び込んだ瞬間に目が覚めるのでしょうか? 最後のはやめてほしいものですが……いやいや、実に楽しみです。
「では、いざ!」
心を躍らせて飛び込んでみれば――私の身体は、宙に浮いていました。叩きつけてくる風が、照り付ける日が、先ほどよりも具体的に感じられます。
ああ、これは、なんとも気持ちいいですね。
まるで、元からこの景色を見ていたかのように体になじんでいます。……そうですね、気分もいいですし、一つ何か歌いましょうか。
曲は何にしましょう……ふむ、まあ適当に『魔王との大戦』でも。
とにかく私は大きく息を吸って、歌を歌い。
――ガギャアァアァァァ
直後に、止めてしまいました。
……なんでしょう、さっきのは。あれは私の声ではない。……ですが、ずっと聞き続けてきた音。
ノイズマン?
何故、私の喉から彼の音が出るのでしょう。いえ、夢なのですからそこに言及してもしょうがないのでしょうが……本当に、それだけでしょうか。
そう、例えば、この視界はかつてのノイズマンのものなのでは――。
――ギギィギィィィィ
ああ、待ってください。まだ、もう少しだけその声を、聴かせて。
■ ■ ■
「……」
夢の終わり方のわりに、目覚めは思いのほかすっきりとしたものでした。
ですが、あれは一体何だったのでしょう。ノイズマンのような音……を、私が出していた?
何故そんな夢を見たのでしょうか。それに、あの風景は……。
「ん……どうかしたのですか」
ベッドから体を起こそうとすると、胸を押さえて苦しそうな顔をしているジンが目に入りました。
声をかけてみると、ジンは一度目を見開いた後、すぐに睨み付けるように私を見てきます。
「声をかけるなら、その前に一度声をかけてから声をかけてください」
無茶なことを言われました。しかし、彼に反論すると火に油を注ぐことになりかねません。ここは大人らしく、そっと流しておきましょう。
すると諦めを含んだ表情をされました。何故でしょう。
その後少し話をしましたが、私の足が治っていたことはともかく、シグルドのあの怪我を完治させた方がいるとのこと。
【医者】の応急手当があったとはいえ、治癒院につくまでに死んでもおかしくなかったはずなのですが。
そんなことができる者といえば、聖教国の【聖女】か、魔術特化の【魔法使い】、あるいは【治癒術師】ぐらいでしょうか。
辺境都市は聞いていた以上に魔窟ですね。最上位職に就いている人がとても多い。
噂の‟死神″もおそらくは最上位職なのでしょうし。
そんなことを考えている間に、ジンとシグルドは二人で話し込んでいました。その途中に聞こえてきた発言は、まるで彼が目指している英雄そのもののようです。
ああ、これは確かにトランさんが心配するのもわかりますね。……そういえば、件のトランさんはどこにいるのでしょうか。
ジンはギルドに行ったと言っていますが、彼女なら報告後すぐに帰ってきそうですね。
少し見に行きましょうか。二人の話も気になるといえば気になりますが、それよりも彼女に聞きたいことがありますし。
邪魔をしないようにそっと部屋から離れて外へと向かいます。
すると、部屋を訪れようとしていたのか、こちらに向かってきていたトランさんに会いました。
「おや、どうも」
「ああ……あなたか」
「ギルドへの報告は終わったのですか?」
「もう歩けるのか、凄いなあの人は」
あの人……治癒魔術の方でしょうか。
「これから退院するのか?」
「いいえ、少し貴方に聞きたいことがありまして。出来れば今すぐ」
「……何か急な用事が?」
「いえ、どちらかといえば好奇心です。あの時のシグルドと貴方の会話について」
私の言葉を聞き、怪訝そうな顔をしていたトランさんはああ、と納得した顔つきになりました。
本人に心当たりがあるんですか。
「シグルドと話した時のことか」
「ええ、まあ。一応移動しましょう。通路で話していても邪魔でしょうし」
「いや、ここで話そう。どうせすぐ終わる」
「そんなに中身のない話でしょうか?」
「私が意地を張っただけ。要すればその程度だ」
おや、あっさりといいますね。確かにその通りではあるのでしょうが……まさか、そちらがそれだけ言い切るとは。
「私たちの話は覚えているか」
「ええ、それなりに悲しいお話でしたね」
「それなり、か。……その通りだな。死んだのはたった一人で、それも私が暴走した結果だ。村を焼きつくされたなどという悲劇に比べれば、取るに足らないものだろう」
「私から見ればそうですが、貴方にとっては違うのでしょう? 悲しみは比べるものではないと思いますよ」
帝国で聞いた歌で語られていたことです。歌詞、曲、ともにいいものでした。
「……よそう。話が長くなる。どうせ君が聞きたいことは、あの時の私の態度と、バルラとの戦闘時の態度の違いだろう?」
「ええ、あれほど取り乱していたというのに、シグルドが戦っている所を見て随分と冷静でしたから」
まあ、それだけなら経験と言い切ることもできますが、その後の彼の命を囮に使うという作戦。私はトランさんが反対するものだと思っていました。
ですが、彼女はあっさりと了承した。そうすることがもし確実だったとしても、経験があるからこそ否定したかったでしょうに。少なくとも、葛藤らしきものがほとんど挟まれなかったのはおかしいでしょう。
さすがにあの時に問うことはできませんでしたが。
トランさんは視線を少し下に向けて答えます。
「わかっていたからな。私が何を、どれだけ言っても、あいつは英雄になろうとするし、英雄のように動く。最初からそうだった。……それこそ、子供のころからな」
「…………」
「魔物に襲われたとき、シグは一人だけ一歩踏み出したんだ。……私たちは何もできなかったのに、あいつだけが魔物に向かって踏み出した」
彼女はあざけるように、悲しむように、――それでもどこか少し嬉し気に口元を緩めて、言葉を続けます。
「本人は、恐怖からわけがわからなくなったと言っているが、それなら後退るはずだろう。……私たちは後から憧れたが、あいつは最初から英雄だった」




