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断言します


 しばらく瞬きをして、ぼんやりと天井を見上げていたかと思うと、シグルドさんは勢いよく上体を起こした。


「バルラは――!」

「落ち着いてください。バルラは倒しました。そして全員無事に帰れましたよ」

「……ジン? ここは……」

「治癒院です」


 鬼気迫る表情のシグルドさんを宥め、現状を説明していく。もちろん、俺が提案した作戦や、その結果シグルドさんがどうなったのかも含めて、詳細に。

 シグルドさんが瀕死になってからの事だけだったので、割とすぐに説明話終わった。


「皆、無事だったんだな。……よかった」


 全てを聞きおえたシグルドさんは、開口一番、心底安堵した声音でそう言った。

 おいおい、マジか。


「それだけ、ですか? 他にも何かあるんじゃ」

「ん? ああ、……トランはどこに行ったんだ? 色々、あいつと話し合いたいことがあるんだが」

「トランさんはたぶんギルドに報告とか言ってるでしょうけどそうじゃなく! ほら、俺の作戦とか!」

「……ああ」


 ああじゃねえよああじゃ!? 自分の命かけさせられたんだぞ他人に独断で! もっと怒れよ! あふれ出る怒りをエクスプロージョンさせろよ!

 そして何で俺の方が切れてんだよ!


「別にいいんじゃないか。そのおかげで全員が助かったわけだからな」


 俺の内心の叫びは通じるはずもなく、シグルドさんの様子は特に変わらない。まるでそれが当然のことであるかのように自然体のままだ。

 ……この人は。

 これが英雄ってやつなのか……? 普通は少しぐらい不満は抱くだろう。あの作戦の内容を聞いて、一切負の感情が見えないってどういうことだよ。


『ある意味、壊れてるんじゃないかなあ。自分の命に対する価値観が』


 死ぬより怖いことがあるってやつか? 理解はできるけど賛成はできんな。


「……なるほど。確かにこれでは、彼女も心配するでしょうね」


 向かいのハーモニーが何かをつぶやいた、ような気がした。またろくでもないことだろうか。

 まあ、気にしてもしょうがないか。


「とにかく、すみませんでした。勝手に命を捨てさせるような作戦を実行してしまって」

「だから気にしてないぞ。それに、その作戦はトランも賛成したんだろ? なら、それが一番、生き残る確率が高かったってことだ……多分な」

「……あの、一つ聞いていいですか」

「?」


 トランさんと会話した時から、ずっと気になってたんだよな。


「シグルドさんとトランさんって、どういう関係なんですか」


 シグルドさんのパーティのリーダーってことぐらいしか知らないんだよな。シグとか呼んでたから、それなりに長い付き合いなのかね。喧嘩したっていう割には、信頼とか連携も凄かったし。

 俺の問いに、シグルドさんは首をひねってうなり声をあげる。


「どういうって言われてもな……」

「いや、そんなに難しく考えなくても。ただどれぐらいの付き合いなのかな、と」

「そうだな。同じ村に生まれて、ほとんど一緒に過ごしてきたから……二十年以上か」


 予想以上に長かった。


「え、シグルドさんいくつですか」

「二十二、三だな。要するに幼馴染だ」

「へえ、だから愛称で呼ばれてたんですね。シグって」

「それは別に幼馴染だからってわけじゃないけどな。……何ならお前もそれで呼んでいいぞ。短いし」

「はあ」


 それからはお互いベッドに腰掛けて、適当な雑談を交わす。正直、作戦のことを責められなかったのは驚愕したが、本人がいいといっているなら、わざわざぶり返す必要もないだろう。

 それはそれとして、守ってもらった恩は返すが。

 ……そういえば、騎士団にも全く返せてないな。むしろ今回の件でルイディアさんにまた恩ができてしまった。

 どうしよう、生きてるうちに返済できるかね?


「ん、ハーモニーはどこ行った?」

「え?」


 雑談をしているうちに、いつの間にかハーモニーの姿が無くなっていた。口を挟んでくる奴がいないと思ったら。


『リン、なんか見てたか?』

『うん、二人が話し始めてちょっとした時ぐらいに、部屋から出てったよ。二人とも気づいてて無視してるのかなーと思ってたんだけど』

『いや、まったく気づいてなかった』


 大して広くない治癒院の部屋で、人ひとり出て行くのに気付かないもんかね。何かスキルでも使ったのか?


「ま、そのうち帰ってくるでしょう」


 帰ってこなくてもいいけど。


「そうだな」


 シグルドさんも軽く頷き、その後は何故か喋り出すことなく部屋に沈黙がおりる。こちらから話しかけてみようとも思ったのだが、どうもシグルドさんは何か考えているらしい。眉を寄せて黙り込んでいる。

 何となく気まずいな。

 

「なあ、ジン」

「あ、はい」


 居心地が悪く感じてきたところで、おもむろにシグルドさんが口を開く。


「お前は……どういう奴が、英雄だと思う?」


 考えながらなのか、とぎれとぎれにそう聞いてきた。

 どういう奴が、と言われても。やっぱり物語で読むような英雄像が出てくる――いや。

 こっちの世界で英雄と聞かれたら……やっぱり、あの人かな。


「サイラスさんって、知ってます?」

「それはもちろん。騎士団の〝死神″のことだよな」

「死神?」


 何その物騒なあだ名。あの人、どっちかっていうと死神より変神の方が似合ってるのに。

 聞き返したらシグルドさんの方が首を傾げてた。名前より有名なあだ名だったらしい。ついでに、あだ名じゃなくて二つ名だと。

 つまりサイラスさんは〝死神″のサイラス? すげえ似合わねえ! 見た目的には強面でぴったりなのに全然似合わねえ! 今はもう少し違う名前で呼ばれているらしいが、大して変わらないのだとか。


「ま、まあ、そのサイラスさん、というか騎士団の方々に助けられたんですよ、俺。それで、戦いぶりとか、あれだけ力を持ってるのに人に慕われてるところとかを見て……ああいうのが英雄って呼ばれるかは知りませんが、憧れましたね」

「なるほどな」

「え、何で笑ってるんですか」


 嘲笑のような気分の悪いものではないが、唐突に笑われると恥ずかしくなる。何? そんなに面白い話だった? それともサイラスさんの存在が面白かったの?


「いや、何というか、子供っぽいところもちゃんとあるんだなと思ってな」

「そりゃ子供ですからね……?」


 逆にどういう奴だと思われてたんだ。子供っぽくないのは重々承知してるが、こっちの世界だとそうでもないはずだぞ。

 っていうか、この質問の胃とは何なんだ。


「んん……まあ、なんとなくなんだけどな。バルラと戦ってるときにな、漠然と感じたんだよ。英雄が必要ってことは、それだけ困ってる人間が多くいるってことなんだろうなって」

「……そうでしょうね」

「俺が目指すのはおとぎ話の英雄だ。それは変わらない。ただ……英雄になるために人を助けるのか、人を助けるために英雄になろうとしてるのか、ちょっとわからなくなってな」


 おお……ちょっとした雑談だと思ってたら予想外に重い話がぶっこまれた。

 けどとりあえず、問題を解決はできないだろうが一つ言わせてもらおう。


「シグルドさんはとっくに英雄だと思いますよ。実力は分かりませんけど、精神は絶対に」

「は?」


 いや、何でそこで訳が分からない、みたいな顔をされるんだ。こっちがしたいよその表情。

 少なくとも、治ったとはいえ見殺しにされて死にかけて、人が助かったからよかったなんて言える人が、英雄じゃなくて何だというのか。大馬鹿?


「…………」

「自分で納得できないんだったら、納得できるまで努力でも続けるしかないでしょうけどね。俺は断言します。シグルドさんは英雄だって」

「……そうか」


 他人に断定されても、在り方の問題は本人にしか解決できないから、意味があるかはわからないけどな。でも、英雄になろうとして、結局何も達成できなかった奴には……全員助けられたという結果が、とても貴く見える。


「――そうか」


 もう一度呟いたシグルドさんの表情は、なんとも複雑なものだった。



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