発射
準備といっても、やることは大してない。基本的にリンをバルラの頭近くに当てるってだけだし、そもそも俺たちは動けないし。
タイミングに関しては、シグルドさんのことを最も理解しているトランさんが見計らうことになった。というか、立ち止まりでもしない限り俺やハーモニーに戦況は理解できない。
……改めて俺たち役立たずだな。いや、ハーモニーに関しては特化しすぎてるだけだが。
「ところでジン君。スライムはどうやって飛ばすんだ? この距離では、狙いをつけるのも実際に飛ばすのも大変だと思うが」
シグルドさんが戦っているのは俺たちから十数メートル離れた場所。森の中なら木を足場にすることもできただろうが、平原でこの距離は確かにきつい。
「大丈夫ですよ。多少外れても、リンが或る程度は調整できるので。……なあ、二人とも」
『いやいやいや、確かにやったことのある方法だけどさ。ぶっつけ本番すぎるんじゃない?』
『……大丈夫なのか』
シグルドさんに使う分は分けて、残った回復薬や薬草を使って回復した二人が、元気に抗議してくる。
……そう、二人だ。ハーモニーたちを庇い、瀕死とはいかないまでも重体だったノーディが復活しているのだ。だったらね、もうやるしかないでしょう、俺が吹っ飛ばされたアレを。
『正直、失敗する未来しか見えない』
『……飛ぶ方向間違ったら終わりだ』
『不確実に過ぎるってか?』
『いやだって……そうでしょ?』
そうでもない。常に俺と会話のできるお前たちなら、トランさんとタイミング合わせるのは容易だ。そこからもリンが体広げれば着地の調整ができるし、何より体に当たらない場合も考えてある。主にトランさんが。
「もし外れたらそちらもお願いしますね」
「私はいいが、彼女の方は本当に大丈夫か?」
「ええ、気を引くだけなら、いくらでもどうにか出来ますので」
演奏は聞きほれるぐらいに見事なもんだったからな。目に見える距離なら聞こえもしないってことはあるまい。
ちなみに、トランさんが立てた段取りはこうだ。
シグルドさんがバルラに決定的な隙を作り出すと感じたら、トランさんが合図。
ノーディがリンを背に乗せて吹っ飛ばす。
リンが自分で見ながら、あるいは俺の指示で着地場所を調整。
もしもバルラがよけようとしたらトランさんが牽制。
それを無視されたらハーモニーの演奏によって、無理矢理にこちらに注目させる。
そしてバルラにぶつかって口や鼻から潜り込み、衝撃を放出。あるいは衝撃を放出して体勢を崩したところで、潜り込む。
全部が全部うまくいけば……多分どうにかなるだろう。あとの問題はシグルドさんだけだ。
一応、致命傷を回復することも考えてトランさんがそっちに走り込むわけだが、助かるかどうかは五分五分だそうだ。バルラに邪魔されるかもしれないし、シグルドさんが持たないかもしれない。やらないよりかはマシってレベルだと。
『つまり、全てはお前にかかっているわけだリン』
『あれ、本番直前でプレッシャーかけていくスタイル? ていうかテンション高くない?』
『いやほら、無理矢理にでも上げていかないと心臓が、ね?』
『あ、はい』
だってさあ、この作戦が成功してもシグルドさんが死んだら俺のせいだよ? はっはっは……マジでこれ以外の方法ないのかよ。もっと必死に考えようぜ皆。
ノーディはさっきからずっと走っているし、リンはグダグダといいつつも準備万端。ハーモニーは≪ノイズマン≫に指を這わせ、トランさんは瞬きもせずに戦闘を見続けて……俺だけなんもしてない。
くっそ、分かってたけどこういう時に何もできないな俺。しょうがないだろ、時間かけてじわじわ戦力増やしていくのが【従属】なんだよ。
内心でへこみながらほとんど見えない戦闘に目を向けてみると――ちょうど、二人の動きが止まっていた。
「……え」
それは明らかにチャンスだった。
バルラはその場で暴れまわっているようだが、移動は一切していない。どころか、目から血を流しているように見える。
おい、ちょっと待て。なんだこの状況。明らかにここだろう。今がチャンスじゃないか。ここ以外にリンを発射する時があるのか!?
「トランさん!」
「まだだ!」
叫ぶが、怒鳴り返された。
何でだ! シグルドさんは無事で、バルラは隙だらけ! これ以上の機会はないだろう。
だが、叫んだ直後、シグルドさんが振るっている剣が、壊れた。それはもうバラバラに砕け散ってしまった。
……おいおいおいマジかお前。そこで壊れるのかよ!?
「……さっきのはチャンスだったのでは?」
ハーモニーに同意することになるとは思わなかったが、同意見だ。あんな機械は二度とないんじゃないか。
そんな思いを込めて睨むようにトランさんを見てしまう。
「いや、駄目だ。あのクソ馬……こちらに気づいていた」
だが、トランさんもまた、歯を食いしばってバルラを睨み付けていた。
気づい――いや、まじで? 明らかに防戦一方って雰囲気だったぞ。
「どこからどう見ても誘っているようには……」
「ああ、見えないだろうな。しかし、右目を切られたにもかかわらず警戒が緩まなかった。……人相手でもあれほど高度な偽装など見たことがないぞ」
「わざと右目切らせたってことですか?」
「……そうとしか考えられん」
ガチデいかれてんじゃねえかあのクソ馬。……どうする、シグルドさんは武器を失った。今までと互角の勝負を演じることができるのか。
いや、完全になくなったわけではないらしい。懐から短剣を取り出して、バルラに突貫し始めた。また姿が朧げにしかとらえられなくなる。
けど、これ以上長引かせても負けるだけ。
「――! 来るぞ、備えろ!」
「は!?」
いきなりそう叫ばれた。何がどうなってるんだ。来る? チャンスが? ついさっき終わったと思ったばっかだぞ!
『ノーディ、用意!』
『……ああ』
混乱しながらも、一度目の合図を送る。トランさんが次に叫んだ時、同時にバルラの方に発射できるように。
それまでの間は数秒もない。ほんの一瞬程度。
しかし、緊張からか、実際よりもそれはよほど長く感じた。
「いまだ!」
『発射!』
ほとんど同時に合図を告げる。走り回っていたノーディは急停止し、リンは恐ろしい速さで空に上がり、降下し始めた。
着地地点に目を向ければ――シグルドさんとバルラはまだ戦っているし、移動もしている。
方角は完全に一致しているが、距離はわからない。少なくとも大きく外れてはいないように見えるぐらいだ。
本当にこれで大丈夫なのか。どうにもならないが故に、不安は募っていく。
リンが発射されてすぐに、トランさんは走り出していた。気を引くというよりはシグルドさんの援護のためだろうか。
『リン、距離はどうだ。命中しそうか』
『……多分。このままいけばかなり近くに……いや、ずれる?』
『何とか調整してくれ』
もう少しだ。もう少しでリンがバルラに着弾する。地面に落ちるかもしれないが、これだけ近くならまだ何とか巻き返せる。
だから――誰も死なないでくれよ。
そう祈った直後に。
身体が砕けるような、嫌な音が聞こえ。
シグルドさんが、血を吐きながら吹き飛ばされ。
リンが――シグルドさんを吹き飛ばして、顔を上げたバルラの、その頭に、ちょうど着弾した。




