や ば い
「何があったんですか?」
「ステータスのことでちょっとな」
空からステータス降ってこないかなー。ああ降ってきたとしても俺のところになんか来るわけないかー、ははっ。
ああ、それにしても夕陽がきれいだなあ。あの夕陽を見てたら、俺のステータスなんてちっぽけなことに……。
「思えてくるかあああぁぁ!! 命に直結してんだよおおおぉぉ!!」
そうだ! 命があぶないんだ! この程度で呆けてる場合じゃない! 生きるためにどうすればいいのかを考えろおおおォォォゥ!!
「あの、大丈夫なんですか、あれ」
「ほっといていいだろ。男には何かしら悩む時期ってのが「あ、アンさん。もう報告終わったんですか?」遮んなてめえ」
「あ、はい。一応は」
「?」
なんでそんなにびっくりするんだろうか。
まあいい。そんなことよりも聞きたいことがある。叫んでいる間に思い付いたのだ。自分に戦力が無くても何とかなる方法を。
すなわち、『自分が戦えないなら他の奴に戦わせればいいじゃない!』と。
では、誰を俺の代わりに戦わせるのか、という問題が出てくるのだが、これに関してもしっかりと考えた。
俺のスキル【従属Lv1】を使う。これが俺の予想通りの効果を持つのなら、戦力皆無のこの現状をどうにかできるかもしれない。
「だったら、聞きたいことがあるんですが」
「っなんでしょう」
だから、なんでそんなに警戒してるんですかね? 一瞬肩震わせてませんでした? あ、さっき叫んだからか。でも、そんなに怖がらなくてもいいと思う。
「スキルの中に、魔物を従えるようなものってありませんか」
「……なぜそれを聞くのかはわかりませんが、ありますよ。調教というスキルです」
あれ? もしかして勘違い?
「それ以外にはありませんか? 普通のスキルじゃなくてもいいんですが」
「そうですね、ジンさんが習得できるものではないと思いますが、調教のスキルが進化すると従属というスキルになります」
よっしゃ来た!
「なんだ、お前スキル持ってるのか?」
「持ってるんですよ!」
あれ、こういうのなるべく言わない方がよかったんじゃなかったっけ。
まあいいか、どうせ使ってたらそれ系統のスキルを持ってることはばれるだろうし。そもそもこの人たちに言わないでどうにかなるわけもないしな!
「……そうか」
さて、とりあえず方針は決まったな。
後は魔物を捕まえる方法だが……これも一応考えてはいる。まー考えなくても結論は出てたようなもんなんだが。
「なあ、ジン――」
「ジン君」
「はい?」
あれ、なんで団長さん? っていうか、いつからそこに。まあ、気配なんてわからないし、さっきまで騒いていたから最初からいたって言われても違和感はないけど。
「聞いておきたいことがあるんだが、君はこれからどうするつもりかな?」
俺がこれからどうするか?
ああ、アンさんから記憶喪失のことも聞いてるんだろうし、そりゃ聞くよな。で、俺がどうするかと言えば、それはもちろん。
「とりあえず、魔物を戦力にしようかと思ってます」
「なぜそうなったのかの過程を教えてくれ」
ああ、いきなりそれだけ言われてもそりゃわからんよな。どうやら、俺はかなりテンションが上がっているらしい。ちゃんと説明しないとな。
「実は……」
かくかくしかじか。
いや、べつにこれで理解してくれたわけじゃなかったんだけども。俺がかなり弱いことが分かったって説明した時点で大体察してくれたからさ。どっかで聞いてたんじゃないかってくらいあっさりと『そうか、わかった』って言われた時にはびっくりしたね。
「しかし、どうやって魔物を従属させる気だね? 魔物を従えるには、相応の強さを見せなければならないぞ」
「それについても考えています」
「ほう」
やっぱりそういう感じだよな。まあ、人間を襲うやつらが自分よりも弱い人間に従うわけはないだろう。これは予想していたことだ。
だから従える方法は考えている。しかし、それをするのは俺一人では確実に無理だ。
なので、俺にできる最大のお願いの仕方で、騎士団の人たちに手伝ってもらおうと思っている。
そのお願いの仕方とは――
「魔物を捕まえるのに付き合ってください、お願いします」
「……ふむ」
そう、土下座だ!
こちらの文化に土下座というものがあるのかは知らない。だが、俺にできることは本当にこれぐらいしかないのだ。
ただでさえ、命を救われ、保護までしてくれているのに、俺は何も返すことができない身だ。これ以上何かしてくれるようお願いするのは、それこそ礼儀知らずと言われてもしょうがない。
しかし、それでも俺は死にたくない。
だから、俺がやれることの中で一番誠意を表せる行為で頼み込む。これが断られたのなら、それはしょうがないと思っている。俺が頭を擦り付けたところで、何か価値があるわけでもないのだから。
「まあ、魔物を従えるのに付き合うこと自体はいいだろう」
情けないことしかできない自分にへこんでいると、団長さんはごくあっさりとOKを出してくれた。
おおおおお! ありがとうございます団長さん!
「だが、そこまでして戦力を求める必要があるのか?」
「?」
どういう意味だろうか?
「別に深い意味はない。ただ、確かに君は記憶喪失で、身寄りが無いかもしれない状態ではある。が、しかしそれは魔物に戦闘をさせる理由にはなりえない気がしてな」
「それは、」
「冒険者はなりやすい職業ではあるが、それ以外にも職業はある。いくらなりやすいとはいえ、自身が弱いということを知ってなお、それを目指さずともいいはずだ」
それはそうだ。
別に俺は勇者でもなければ、大きな目的があるわけでもない。絶対に戦わなければいけない理由などどこにもない。
しかし、俺が求めているのは生きるのに必要そうな戦力なのだが……団長さんが聞きたいのが、本当にそのことなのかがわからない。
「それに、かもしれない、とは言ったが君の身内が町に一人もいないという可能性は薄い。まず町に帰ってから、一人も知り合いが現れない場合にするような行為を、君はこの時点でやっているというのは、まるで自分の知り合いが現れないことを知っているかのようではないか?」
……ん? なんか雲行きがおかしくなってきたぞ。
「君はアンかサイラスにMPの事を聞いたか?」
「え?」
なんでいきなりMPの話?
「アンに話の内容を聞いたが、そのなかでステータスの事は出てきても、その中身まで説明しているとは聞いていないな。アン、サイラス、聞かれたことはあるか?」
「いえ、ありません」
「やっぱりか」
……あ!? そういうことか! ってかなんであの時の話を団長さんが知って自分で最初からいても違和感ないって言ってましたね俺!
「まあ、お前が説明したって時点で大したこと聞けてないんだろうなーとは思ってたが」
「……うるさいです」
俺が焦っていることなどお構いなしに話は進んでいく。いや、当然なんだけども、それでもちょっと待ってほしい。
っていうか、なんでアンさんだと大したこと聞けないのか……いや、今それどうでもいいわ!
「そもそも、こいつが記憶喪失だって報告すんのに、そこまでの時間はかからないだろ。それこそ、俺らが状態異常の事を話しているときには戻って来てたんじゃねえの?」
「そうですね」
おおう、つまり最初から疑われてたってことですか。
「もうわかっていると思うが、ジン君」
団長は顔を上げられない俺の肩に手を置いて、言う。
「君はたしか、サイラスとの会話の中で『魔力、MP』と叫んでいたな。……あれがどういうことなのか、教えてもらえるか?」
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
さーて、俺は今何回やばいと言ったでしょう。
え? ふざけたこと考えてる場合じゃない?
いやしょうがないじゃない、だって肩に手を置かれた瞬間悲鳴あげそうになったもの。リストラされる人の気持ちってこんな感じなの? そりゃ、胃潰瘍ぐらいはできますよ。ふざけてないと精神もたない。
いや、言葉も口調も怒ってる感じじゃないんだけど、逆にそれが恐ろしいというかなんというか……いや、こういう時こそ落ち着かないとな。とりあえず、何か対策を考えていこう。はい、思いつきました。
え? 速すぎる? いや、今考えたわけじゃないし。さっきふざけてる間に考えていたのだーはっはっは。……うん、めっちゃパ二くってるな、俺。
それは置いといて、まずはちゃんと会話できる状態にしよう。土下座のままだと相手の反応すら分からない。
「あの、とりあえず頭あげてもいいですか?」
「別に私は頭を下げろとは言っていないが」
そうでした。
自分が勝手にやっただけだったことを思い出して、土下座状態から正座に移行する。やっぱり会話をするときは相手の顔を見ないとな。今の団長さんの顔は逆に見たくないけど。
「さて、それでは説明してもらおうか」
見事なまでの無表情。少しでいいんで崩してくれるとありがたいです。
今までの話し方から、俺が嘘をついているということは確信しているらしい。でも、なんか怒っているわけでもなさそうなんだよなあ。よくわからんけど。
怒ってなかろうが怖いもんは怖いけどな!
「わかりました。とりあえず全部説明します」
「随分あっさりと話すものだな?」
いや、実はもう少し時間稼ぎというか、ちょっとずつばらそうと思ってたんだけども。冷静美人と長身強面と無表情美形に囲まれている状態で時間稼ぎなんて真似ができるほど、俺のメンタルは強くないのだよ。
正直、今現在泣きそうになるのをこらえてます。
「いや、完全に疑われてるのに嘘つこうと思えないだけです。拷問とかやられるのも嫌ですし。熱せられた鎧に押し付けられるとか」
「別に痛めつけるつもりはないが」
あ、そうなんだ? じゃあ、視界の端で件の長身強面男がポーズ取ってるのは見なかったことにしていいってことですよね?
あ、冷静美人がさっさと話せって顔してる。わかりましたよ、話しますよ。
俺は、信じてもらえるかわからないですけど、と前置きしてから話し始める。
自分が異世界人であること。気づいたらあの森に倒れていてサイラスさんに発見されていたこと。記憶喪失のふりをした理由。などなど、重要そうなことはほぼすべて答えていく。
MPを知っていたことに関してまで話したところで、団長さんがストップをかけてくる。
「大体の事は分かった。……やはり君は異世界人なんだな」
やはり、と言うからにはこちらの世界にも異世界の概念はあるということか。だったら、さっさと話しとけばよかったかなあ。いまさら言っても後の祭りだけども。
「いつから気づいていたんですか?」
「君の服装がこのあたりのものと違っているのと、記憶喪失と言ってきたあたりで大体の予想はついていた。それに、ここには……いや、この世界には大昔からほかの世界から来たという人間が何人も現れている。その上、私と出会った時、君は記憶がないはずなのに不自然なほど落ち着いていたからな。理由付けはともかく、最初から最後まで行動が雑だった」
ううっ、反論できない。
淡々と語られる理由は、俺が懸念していたことをほぼ完璧に突いてきている。あと、改めて見直すと、これは隠す以前の問題だ。超恥ずかしい。
「まあ、だからこそ俺たちは君を敵だとは思わないわけだが」
「でしょうねえ」
こんな雑すぎる隠し方で誤魔化される人なんていないに決まってますよねーははは。
……落ち込むわあ。
「なかなか冷静だな。君は。もう少し慌てるかと思っていたのだが」
いや、十分慌てましたよ? ただ、一周まわって冷静になっているというか、開き直ったというか。
ああ、異世界人がわりと普通にいると聞いて安心しているのもあるか。俺の中では、それが三番目ぐらいに重要なことだったし。もちろん一番目は自分の貧弱さだ。
二番目は……ああそうだ、ついでに俺のステータスも伝えとこう。どのみちこの人たちに頼らずに生きていくのは、どういう道に進むにしろ無理そうだからな。
異世界人がいたのならわざわざ言う必要もないかもしれないが、念には念をだ。
「えーっと、すいません。もう一つ伝えておきたいことが」
「なんだね」
「俺のレベルって1なんですけど、やっぱり今まで来た人たちもそうだったんですか?」
「……なに?」
え、あれ? なんか団長さんが無表情を崩したんですけど。しかも横の二人もものすっごく驚いた顔で俺を凝視してきてる!?
どゆこと? レベル1ってそんなにおかしいの? もしもここで私を見つめないで! とか言ったらどうなるんだろう。
……うん、良くても殴るぐらいはされそうだからやめとこう。この人たちの誰かに殴られたら、俺の貧弱どころか赤ん坊並みかもしれないステータスじゃ、当たり所が悪ければ死にそうだ。
さーあ、それはそれとして、今のわたくしの内心を大暴露しちゃいますと――
これ、ヤバいわ☆
「それは、本当なのか?」
だってほら、団長さんがかなり険しい顔で見下ろしてきてるんだもの。
「マジかよ……」
サイラスさんが呆然としてるんだもの。
「そんなことが……?」
アンさんが目を丸くして見つめてきてるんだもの。
いやな予感しかしないじゃない!
そりゃあね、俺からしたら覚悟していたことではあるが、いきなり聞かされた3人にとっては寝耳に水だろう。
でも、本当だからしょうがないんだよなあ。こういうことになる可能性を見越して、この場で信じられそうな人たちに打ち明けたのは、間違っていなかったと信じたい。
一応言っておくと、このことは土下座をする前、具体的には年齢とレベルの数値は近いと聞いた時から、打ち明けようとは思っていたのだ。もしも町に入る時に名前や歳、レベルを調べられたりしたら、その時点で俺は普通に生きることはできなくなるのだから。
ああ、土下座と言えば、完全にばれていたとはいえ命の恩人たちを騙していたことを謝らなければならないな。許してくれるかはわからないが。
「団長! 捜索班、全員帰還しました!」
現実逃避気味にいろいろ考えていると、突然誰かの大声が響いた。囲まれているせいでよく見えないが、捜索に言っていた騎士さんたちが帰ってきたらしい。
その声と同時に、固まっていた三人が動き出した。
「……ああ、ご苦労。報告者以外は休んでいいと伝えろ」
「はっ!」
まず団長さんが報告に来た騎士さんに命令をだす。一番立ち直りが速いのは、さすが騎士団長と言うべきか。
「サイラス、待機していた班に交代で見張りをするように言ってこい。アンは彼をテントに連れて行け。俺も報告を聞いたら行く」
「「はい」」
おお、サイラスさんが初めて騎士っぽく見えた。敬礼もちゃんとしてる。
っていうか、いつのまにか夕方になりかけてるな。こちらの世界でも夕焼けはとても綺麗なものに見える。
太陽が赤く輝きながら沈んでいき、あたりが暗くなっていく様も全く同じだ。アレが太陽という名前なのかは知らないが。
「ジンさん、行きましょう」
「あ、はい」
何となく夕日を眺めていると、アンさんが先に行ってしまいそうだったので少し慌てながら立ち上がる。が、
「ぐっ!?」
その瞬間、激しい痺れが足を襲ってきて、思わず膝をついてしまう。……さすがに長いこと正座していたのはかなり効いたらしい。歩くことすらままならない。
「あ、しが……」
「……歩くのは無理そうだな。アン、背負って行ってやってくれ」
「はい」
自分で歩きます、と言うことすらできない。いや、冗談抜きで動けないんだよこれ! じゃなきゃ女の人に背負われるとかしないわ!
「本当にすみません……」
「いえ、気にしないでください」
俺は情けない姿をさらしながらテントに戻る羽目になるのだった。