……うん。いや……うん、まあ
森の中から飛び出してきたのは、赤銅色の髪に軽鎧を身に着けた女性だった。
ここまで全力で走ってきたのか肩を上下させて、バルラとシグルドさんが戦っている方を睨みつけている。すると女性の険しい顔が徐々に崩れていき、数秒も経つ頃には険しいというより変な顔になっていた。
具体的に言うとオタクものに興味のなかった友人が、いつのまにかメイド喫茶に通い詰めになっている事実を知った時のような感じだ。いや、俺は経験ないけどね?
「……シグルド?」
女性は変な顔のままシグルドさんの名を呼ぶ。しかし、意識して出た言葉ではないのか、直後にはっとした様子で口元を押さえていた。
シグルドさんの知り合いか。それか仲間の人か? だったら俺たちが何も言わなくても加勢してもらえる、かな。
「何であいつが……いや、そういえば探してくれている人がいると……そうか、だから……そうだ、彼らは!?」
何かを口に出しながら考え込んでいたかと思うと、女性は突然に周りを見回し始めた。
そうすると別に遠く離れているわけでもない俺たちは当然、女性の目に留まる。俺たちを発見した女性はシグルドさんの方を見ることもせずにまっすぐにこちらへと走ってきた。
いやいやいや、何でこっちよ。シグルドさん助けに行った方がいいんじゃないの!?
そんな俺の内心が通じるはずもなく、女性は俺たちのそばで膝を折った。
「君たち、大丈夫か。見たところどちらも大怪我を負っているようだが……それに、その魔物は」
「俺たちは大丈夫です、痛みがあるだけなので。それよりもシグルドさんの加勢に行った方がいいのでは……」
さすがに心配なのでそう言ってみるが、女性は眉を寄せて返す。
「あいつはあの程度では死なないさ。怪我をしているとしてもな」
女性は困ったような、寂しそうな顔をしてそう言った。
どうやら怪我をしていることも含めて心配いらないと確信しているらしい。あの速さを見切れていた時点で驚いたが、なんでさっきの短い時間で怪我のことまでわかるんだ。仲間だからか。
「とにかくあっちは心配いらない。それよりもここまでで何があったか聞かせてもらえるか?」
悠長なことを、と思わなくもない。だが、大丈夫だというのならそれに従うのがいいだろう。俺なんかよりもはるかに戦闘に通じている人たちが言うことだし。
「わかりました。では、まず自己紹介を。俺は冒険者のジンといいます。この魔物たちは俺の相棒でリンとノーディ。そっちが同じく冒険者のハーモニーで、倒れてるのはただの子供です」
「そうか。私はシグルドの仲間のトランだ」
よろしく、なんて定番の挨拶をすることもなく状況を手短に説明する。
シグルドさんが吹き飛ばされたことを聞いた時にはさすがに女性……トランさんも反応していた。まあ、心配していたというよりも何を馬鹿なことを、と憤っていた感じだったが。
そしてすべてを説明し終えた後、頷くか相槌を打っていたトランさんは。
「よし、とりあえずあれを倒せばいいのだな」
戦っている二人を指差してそう言った。
……うん。いや……うん、まあ、その通りっすね。
あれ? どうしよう、さっきまでの絶望的な雰囲気が一気にふっとんじゃったぞ? クールな感じかと思ったらこの人も脳筋かな?
「出来るのですか? 少なくともシグルドは苦戦していますし、あなたも一度は逃げられているようですが」
俺に説明を放り投げたハーモニーが口を開いた。お前、ほんとこっちが忘れたときにしゃべってくるな。
しかし、それは俺も気になるところだ。確かにシグルドさんクラスが二人いるなら倒せるのだろうが、トランさんはあれらと同じ動きができるのだろうか。
「問題ない」
俺たちの懸念などお見通しなようで、トランさんはあっさりと言い切りシグルドさんたちを指差した。
二人の動きは目に見えないが、それ故にまだ決着がついていないらしいことが分かる。たまにはじかれた小石や巻き上げられた土が飛んでくるので危ないことこの上ない。
そんな暴力の風を巻き起こしているバルラを倒す方法があるのだろうか。
考える俺を尻目にトランさんは口を開く。
「今現在、奴らの戦力はそれなりに拮抗している。ならばシグルドを強化するか、バルラを弱体化させたなら何とかなるだろう」
自信満々に、ではなく。
当然のことのようにトランさんはそう言った。
『すごいあっさり言うね。大丈夫かな』
『お前にだけは言われたくないと思うぞ』
少し無理をしているようにも感じるセリフだが、トランさんに恐怖の表情はなく、焦っているようにも見えない。本当に何とかなるんだろう、とは思うが。
「さて、まずは……シグルド!」
俺たちが何となく不安を覚えている中、トランさんが名前を大声で叫んだ。
一体何を、という言葉を思い浮かべた数瞬後、暴風雨が吹き荒れている戦場から影が一つ飛び出し、トランさんのそばに着地する。――いや、あの勢いなら着弾と言った方がいいだろうか。
弾丸のように飛び出した影はもちろんシグルドさんだった。足を折り曲げ、地面に手をついているシグルドさんはその顔に安堵と驚愕を浮かべている。器用だなおい。
「トラン……よかった。無事だったんだな」
「そんなことはどうでもいい。さっさとあれを倒すぞ」
笑顔を浮かべかけたシグルドさんに、トランさんが手を差し出しながら突き刺すように言葉を発する。一瞬いばらの棘を幻視してしまうほど冷たい声音だった。
だが、シグルドさんはその言い方に不満な顔をするわけでもなく、軽く頷いてトランさんの手を握る。
……そういえばバルラはどうなったんだ?
『ぬ……ほう、また加勢が来たか』
シグルドさんたちと真反対の方向にいるバルラは、頭を振って二人を見ていた。どうやら血が目に入って足止めされていたらしい。
……いや、それで追撃ができなくなるか? せいぜい少し隙ができるぐらいじゃ。
『向こうも疲れてるんじゃない? ほら、かなりしんどそうだよ』
さすがに足を止めているのは不自然だと思ったが、よく見てみると確かにバルラも肩で息をしている。
ちょうど休憩によかったってことか? それか戦闘狂としては敵が増えるのは嬉しいことなのか……どっちもかな。
「ふう……よし、やるか」
バルラの方を見ている間にシグルドさんの準備も終わったようだ。何かが変わった感じはしないが、足元に回復薬の入れ物が転がっている。怪我は治ったのだろうか。
剣を構えるシグルドさんの肩にトランさんが手を置いた。
「シグルド、一つ言っておく」
「……なんだ?」
先ほどまでよりも幾分か硬い表情のトランさんに、シグルドさんも振り返らないまま答える。
すると、トランさんはその口からとんでもないことを言ってのけた。
「お前が負けたら、私たちは恐らく死ぬ」
それはさっきまで俺たちが思っていたことだが、まさかあれだけさらりと「何とかなるだろう」と言っていた本人からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
しかし、やはりシグルドさんに驚いた様子はない。同意するように頷いてさえいる。
トランさんは、淡々と言葉を続けた。
「だから、それだけ頭に留めて戦え。わざわざ面倒な作戦も考えるな。お前は――いつも通り、誰よりも前で、敵に突っ込んでいけ」
そう言い切ると、トランさんはシグルドさんの肩を押すように離した。
それに応じるようにシグルドさんは接近してくるバルラに向かって足を一歩踏み出し。
「あぁ――わかった」
それだけを言って、駆けだした。
主人公はジンです(二回目)




