まだ終わらない
声を上げ、バルラから少し離れた場所で足を止めたシグルドさんは、荒く息を吐き出した。相当疲れているのか胸のあたりをおさえながら。
……大丈夫か、あれ。
いきなり消えるような速度で動き始めたから忘れてたけど、吹き飛ばされたときの怪我が治ったわけじゃないだろう。あんなに動き回ったら傷は痛むはずだ。
『まあ、どこぞに死ぬほど痛いけど動けるとかのたまう人もいるみたいだしねえ』
『ああ、俺も人のこと言える立場じゃなかったな』
っていやいや、そうじゃないそうじゃない。
『怪我したまんまならそんなに長いこと戦えないんじゃないかって言いたいんだよ』
『でも、さっきの様子だと割と早めに決着がつきそうだよ?』
『……まあ、な』
確かに、さっきまでの戦いを見る限りではこのままどうにかなりそうな気もするが……もしものことは考えておかないとな。
シグルドさんの強さはよくわからないが、バルラは見ただけで勝てないと悟るほどの雰囲気があった。それは今もそうだ。
間近でシグルドさんの戦闘を見ていて、今はかなり有利な状況であるとわかるのに何故か安心ができない。
「おや、動きそうですね」
ハーモニーの言葉にはっと顔を上げる。いつの間にか考え込んでしまっていたようだ。
見ると、シグルドさんとバルラは先ほどと変わらない場所に佇んでいた。だが、バルラの様子が少しおかしい。
走り出すときのように足を踏ん張っているのではなく、隙だらけな状態だ。
そのうえ、体は少し震えているように見えた。
まさかあんなに戦闘至上主義みたいな発言しといて怖くなった、なんて……ないよな?
『――ふ』
俺の下らない考えは、バルラが発したによって否定された。
『は、はは、はははははははは!』
恐らく俺以外には嘶いたように聞こえているのだろう笑い声が、シグルドさんの声よりも大きく戦場に響く。
『貴様、なかなかに強いではないか! はは、あっさりと吹き飛ばされたときには失望を覚えたが、あれは演出か何かか!? まだまだ余裕があると思っていいのか!?』
興奮しているのか地面をその脚で何度も蹴りつけながら、バルラは楽しそうに叫び続ける。
そして、叫べば叫ぶほど、地面を蹴る力が強くなっていった。
最初はぎりぎり認識できる程度だった振動が、今は明確に地面が揺れていると感じられる。何より、蹴りつけている場所に小さくクレーターができ始めていた。
『いいだろう! 貴様を全力で戦うにふさわしい相手だと認めよう!』
バルラはそう言い放ち、消えるほどの速度で地面を踏みつけたその瞬間。
地面が轟音と共に爆散した。
辺りに土の粉塵がまき散らされ、バルラの体がそれによって覆い隠される。
「……な」
「どうやら、向こうも本領を発揮したようですね」
嫌に落ち着いたハーモニーの声が耳元で聞こえた。
思わず振り向くと、ハーモニーは何故か≪ノイズマン≫を抱きしめてこちらに這い寄ってきていた。
「今までは、本気じゃなかったってことですか、あれで」
「幼体とはいえBランク下位の実力は持っているのでしょう。……ジンさん、あれを【従属】させることはできますか?」
何でいきなりそんなことを……いや、この状況でそれを聞いてくるのは普通か。しかし、これまででバルラを【従属】させられていない時点で察せるだろう。
「できたらやってますよ」
「でしょうね。まあ一応確認してみただけです」
「ハーモニーこそ、アレを大人しくさせるような演奏とかできないんですか?」
「……あなた以外の全員が巻き添えになりますが、覚めることがないほど深い眠りにつかせることができないわけではありません」
「却下で」
要するに皆殺しにするってことじゃねえか。本末転倒だろ。
「まあ……最後の手段として取っておきましょう。彼が負けなければ、使う必要はないので」
その言葉と共に、今まで大して表情を変えなかったハーモニーが眉間にしわを寄せてバルラを見る。
それはまるでシグルドさんが負けるだろうといっているようで――だが、それ以上のことを聞く前に、戦況は動き出した。
『行くぞ!』
叫び、バルラが駆けだす。
その速さは先ほどまでとは比べ物にならないほどだった。
土煙を吹き飛ばし、一歩を踏み込むたびに地面を陥没させる様は、竜と戦っている時のサイラスさんを思い起こさせる。何の策略もなく、小細工も使わず、ただ圧倒的な身体能力で相手を蹂躙する戦い方を。
違うのは、その暴力を振るわれるのが自分たちということだろうか。
ああ、今ならノーディの気持ちが少しわかる。
「とか、現実逃避してる場合じゃないな」
遠くに飛んでいた意識を引き戻して現実を見る。
バルラの突進をシグルドさんは避けた、らしい。相変わらず見ることができない上に、バルラが巻き起こす土煙で余計に戦況が分かりづらい。
ただ、またシグルドさんが不利になってしまったということはわかる。あの速さでは、そうそう攻撃を仕掛けることはできないだろう。
『何でいきなりパワーアップしたんだろうね、二人とも」
『スキルだろうよ。自分の身体能力を上げるとか、限界を取り払うとか、その類の』
二人のスキルが同じものかは知らないが、もし後者ならさらにシグルドさんが不利になるな。
……ああ、確かに覚悟は決めておかないといけないな。
俺は、こんなことで、こんなところで死にたくはない。
『……ジン』
最悪リンに無理矢理女の子たちを運んでもらおうか、などと考えているとノーディが突然話しかけてきた。
『どうした? お前は休んでろよ』
『…………違う。人だ』
なんだそのちょっとしたタメは。明らかに動く気だっただろ。
っていうか人?
『人が来るってことか?』
『……ああ、森の中だ。近づいてきてる』
援軍、と思っていいのか? それともこの辺りをうろついているだけの冒険者?
『私たちを助けてくれた人じゃない?』
『ああ、それか』
そういえばいたなそんな人。さっき思い返してた気もする。
しかし、それはいい情報だ。何とかその人に援軍を呼んでもらうか、シグルドさんに加勢してもらえば……まだチャンスはある。
倒せなくてもある程度、弱らせれば【従属】もバルラに効くかもしれない。
よし、まだ終わらない。まだ終わりじゃない。
「ハーモニー、森から人が来るそうです。おそらく俺たちを逃がしてくれた人が」
一応ハーモニーにも伝えておこう。いきなり≪ノイズマン≫をかき鳴らされても困る。
「ああ、そういえばそんな人もいましたね」
あ、忘れてたんだ。いや俺が言えたことじゃないけどさ。
「しかし、その人は戦力になるのでしょうか? 少なくともバルラはここにきた時は無傷でした。傷を負わせられないのならあまり意味はないと思いますが」
「それならそれで援軍を呼んでもらえばいいでしょう。俺たちがうだうだしてるよりよっぽど話が進みます」
少なくとも、俺たちはこの場では役立たずにしかならないからな。
というか、仮にも恩人に向かって酷い言い草だな。
『ジンも人のこと言えないからね?』
『……来るぞ』
そう言ってノーディが頭を森の方向に向けると同時に、その人の声が響く。
「――くそっ、ようやく追いついたか。まだ彼らは無事か!?」
二週間以上たっての投稿となります。遅くなって申し訳ありません。
色々と終了したので、これからは普通に投稿していくことができると思います。……たぶん。
これからもよろしくお願いします。




