最悪だ
ぶつぶつと何かをつぶやいた後、シグルドさんはバルラというらしい魔物を見据えて駆けだした。
まあ、駆けだした瞬間も見えなかったからこうだろうって予想でしかないけどな。
手渡された回復薬をリンに飲ませながら、さっきまでシグルドさんが踏んでいた地面を見る。
よほど全力で踏み込んだのか、その場所の地面は抉れていた。
『やっぱりいたね、何食わぬ顔した化け物が』
『あれがCランクなんだってよ。Sランクならこの世界壊せるんじゃないか』
『ないとも言えないねぇ』
いつも通りリンとふざけたやり取りをしているが、従属パスからの返事も見た目も、明らかに弱っている。HPもせいぜい数十しか残っていない。
バルラが衝突する寸前に【吸収】を使って受けきれる衝撃を全て受け止めたせいだろう。それでも全員が吹き飛ばされはしたが、俺やあの女の子が無事な時点で手放しでほめていいぐらいだ。
しかし、リンを戦力として考えるのは難しいか。
『どうだ、動けそうか?』
『動くこと自体は、できるよ。戦うのは無理っぽい』
『だろうな。生き残ってくれてるだけでも御の字だ。とりあえずノーディのところまで行くぞ』
あくまでも軽い様子を装うリン。そんなことをしても満身創痍なのはお見通しなのだが、誰に似たのか強がりをやめようとはしない。
ほんと、人間臭いな。
呆れながらもその体を担ぎ上げ、立ち上がる。
『……大丈夫なの? 動けないぐらい痛みがひどいってさっき』
『訂正だ。ものすごく痛いけど動ける』
こっちの心配してる暇があるなら自分の心配をしろと言いたい。
確かに両足が完全に折れてるか砕けてるかって感じで痛いけど、回復薬を使ってなお死にかけのリンよりはましだ。
何より、痛みにはなれてる。俺が耐えられなかったのはテントにいたときの筋肉痛ぐらいだからな!
『筋肉痛おそるべし……!』
『最悪の痛みは筋肉痛だった……だと……?』
こっちの世界の人間には決して通じないネタを交えつつ、何とかノーディたちが倒れている場所まで移動しきった。
『よいしょっと。ノーディ、大丈夫か』
『……ああ』
こっちもかなり酷いな。HPが半分以上減ってる。……なのに、女の子たちはほぼ無事、と。
たぶん女の子たちの盾になったな。偶然、なわけないか、馬鹿野郎が。
『お前らの命を最優先だって言わなかったか』
『……死んでない』
『そういう問題じゃないんだよ』
子供に死んでほしくないのは本心だけど、お前らを犠牲にして他人を守ろうなんて思わないんだ。
俺が言えたことじゃないがもう少し自分の体を労われ。
『戦闘は無理そうだな』
『………………あぁ』
渋々と、心底から嫌そうに事実を認めるノーディ。なんだ、お前も戦いたかったのか? バトルマニアはあの馬だけでお腹いっぱいだぞ。
『……違う。お前だ』
『誰もジンを守れなくなっちゃったからね』
『……ああ』
思わずノーディのような返し方をしてしまった。
自分たちが瀕死の時に人の心配ばっかりだなこいつらは。
『まあ、それに関しちゃどうにかなるだろ。今もシグルドさんが戦ってくれてるし』
両者の動きは霞んでよく見えないながら、シグルドさんが吹き飛ばされたりはしていないので何とか戦えているのだろうということはわかる。
『ああそうだ。ノーディ、一つ確認しときたいことがある』
『……なんだ』
体を労われといった手前これ以上ノーディを働かせるのは気が引けたが、聞かないわけにはいかないことだ。
『バルラから血の匂いはするか。シグルドさんや魔物以外でだ』
俺たちが逃げた時、バルラに挑んで足止めをしてくれていた人物。その生死を確かめるために。
『……たぶん、ない』
『よし、ありがとう。ちょっとの間、休んどいてくれ』
血が流れていないのなら生存している可能性はある。つまり、助けに来てくれる可能性もあるってことだ。俺みたいに足をやられて行動不能になってたらその限りじゃないけど。
『そんな頼りない救援あてにしちゃっていいの?』
『いいや、ただ、シグルドさんの戦闘にはどっちみち混ざれないからな。できることをやるだけだ』
『街に戻って助けを呼んで来いって言われてたよね』
「今から呼びに行ったところで俺の足だとかなりかかる。ノーディも動けない。だから」
ノーディの横に倒れている二人のうち、最も傷が少なく単独で行動しても問題ない人物を指差す。
「ハーモニーに行ってもらう」
「それは、少し困りますね」
すると当人がのっそりと、億劫そうに体を起こした。ローブがごそごそと音を立てる。
……いつから起きてたんだ、こいつ。
「一応言っておきますが、私が起きたのは少し前です」
俺の表情を読んだのか、顔にかかる髪を鬱陶しげにはらいながらハーモニーはそう答える。
その眼は眠たそうに半分閉じられていた。まさに寝起きといった様子だ。
でもこいつの場合だとそのしぐさも素直に信じられない。
「そうですか」
「信じてませんか?」
「どうでしょうね。それより、困るってどういうことですか」
まさかこの期に及んで俺の近くにいられなくなるからなんてふざけた理由じゃないだろうな。だとしたら背負ってる楽器叩き壊すぞ?
そんな物騒なことを考えている俺に、ハーモニーは軽く眉をしかめてローブに隠れていた自分の足を見せつけてくる。
「私、足をやってしまったようです」
ハーモニーの足は青くうっ血するどころか赤黒く変色していた。折れているかまではわからないが、さっきの表情を見る限り動かしただけでも痛いんだろう。
「あなたも、同じですか」
「……くそ、最悪だ」
これじゃ誰が助けを呼びに行こうとかなり時間が掛かる。俺はそもそも街まで足が持つかも怪しいぐらいだが。
どうするか。正直ほとんど打つ手はない。できることといったらリンのスキルでシグルドさんを援護することか、バルラを【従属】させることか。
しかし、バルラ相手に【従属】が成功するかが分からない。最悪ただ邪魔をするだけになる。
考え続けている間に、シグルドさんたちの戦闘に進展があった。主にこちらに悪い方向で。
「う、おあっ!」
シグルドさんがバルラの巨体にぶち当たってしまっていた。
恐ろしい速度で宙を吹き飛び、さらに地面を数メートル転がってようやく止まる。
遠くでせき込む音が聞こえるので生きてはいるらしいが、これでは今までのように戦闘を続けるのは難しいだろう。
バルラはバトルマニアなだけにシグルドさんが立ち上がるのを待つつもりのようだが、危機は変わらない。こうなったらイチかバチかでリンにスキルを使ってもらうしかないか……?
「おや、根性がありますね」
「え?」
そう思っていると、ハーモニーが何故か感心したような声を上げた。
目線の先には、もちろんシグルドさんとバルラがいる。両者の立ち位置は少し変わっていた。バルラの突進をシグルドさんが避けた形だ。
あれほど強く吹き飛ばされてまだ戦えるのは確かに凄いが、あまり長くは続かないだろう。
「どっちにしろピンチなのは変わらないんじゃ」
「どうでしょうね。シグルドは強いですよ、能力としては」
「褒めてるのか貶してるのかわからないんですけど」
「褒めています。当人の実力は高い、と言いたかったんです」
ハーモニーと会話をしつつも眼前の戦いから目はそらさない。どっちにしても見えないからあんまり意味はないけど。
と、そう思っていた。
それもある意味ではあっていたのだが、ここからの戦闘はまた少し違っていた。
『おおおお!』
遠くとも聞こえるバルラの咆哮。それと同時に繰り出される突進を、掻き消える程の速度で回避するシグルドさん……いや違った。回避したと思った瞬間にバルラの側面に移動していた。
そしてそれもまた一瞬。バルラの頑強な体に剣が叩きつけられた音がしたかと思うと、次はその体の上にシグルドさんの姿が現れ、また金属と岩がぶつかり合うような不協和音が鳴り響く。
「……怪我する前より速くないですか」
ほとんど残像を残す速度で動き、剣を振り続けるシグルドさんは怪我など全くしていないように思えた。
俺が呟く間にもシグルドさんの攻撃は続くが、バルラが思いきり後ろ脚と下半身を振り回したことで一度距離を取った――かに思えた。
『なにっ!? がっ!』
実際は体を振り回したことで固定されている頭の近くに移動していたようだ。それも一瞬だが、しかしバルラは悲鳴を上げた。
その顔には、遠目でよくわからないが血が滴っているように見える。
「……ふうー。目や口は通る、か!」
そんなシグルドさんの声が、一旦静まった戦場に響いた。




