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子供は駄目だろう

 ヤバい。

 

 久しぶりに身近に、本当にすぐそばに死を感じている。つい先ほどの突進よりもよほど強く。

 ああ、駄目だなこれ。勝てない。ノーディが今すぐ全速力で逃げたとしても追いつかれて、そのまま轢き潰される。

 

『……どうする』

『……どうしようもないんじゃないかな?』

『少なくとも囮使ったぐらいじゃどうにもならないのは確かだな』


 だからといってあきらめることはできない。せめて思いつく手は片っ端から打たないと。

 まずは話しかけてみよう。この際、ハーモニーが見てるのなんだのは気にしないようにする。命あっての物種だ。

 女の子は……また気絶してるのか。向こうはリンに任せておこう。どうせ勝てないんだから戦力は必要ないしな。

 さて、普通に魔物と話すのは久しぶりだ。意識を集中して、と。


『あ、あー。聞こえていますか?』

『――ほう。我らの言葉を……人が話すか』


 よかった、話は通じるみたいだな。しかも話し方も流暢だ。

 ゴブリンやオークだとまともに会話にならなかったことを考えると、格の高い魔物は知能も高いのかもしれない。

 いや、無駄なこと考えてる場合じゃなかった。


『そのたぐいのギフトですので』

『面白いものだな。人の形をしながら、まるで魔物の如きその気配。貴様、何者だ?』

『異世界から来た、ということ以外は一般の人間のつもりです。変わってはいるのでしょうが』

『異世界? ……貴様、勇者か何かか』

『いいえ、私は本当にただの一冒険者です。そもそもこんなものが勇者と名乗っていれば世も末でしょう』


 表で雑談を交わし、裏で思考を続けていく。

 まるで貴人のような話し方をする白馬。しかし何故かその話し方は堂に入っており、違和感は微塵も抱けない。

 もしかして同族内の主とかだったりしないよな? さすがにそんな奴がこの辺りをうろついてる意味が分からないし、違うだろうが。

 それにしても、ここまで話が通じるんなら何とか交渉もできないだろうか。


『一度試してみたら?』


 そうだな。これで見逃してもらえたら御の字だ。

 そう考え、辺りを軽く見まわしている白馬に声をかける。


『ところで、一つお聞きしてもいいでしょうか』

『なんだ』


 白馬は相変わらずこちらに目を向けない。さっきから一体何を探してるんだ。

 気になるが、聞くべきことは聞いておかないとな。


『私たちは、あなたにとって獲物なのですか? それとも進行方向に偶然いただけの通りすがりなのでしょうか』

『……』


 少しの沈黙の後、白馬がようやくこちらを向いた。

 その眼には静かな威圧感が宿っているように感じられる。

 ……あ、なんか嫌な予感がする。


『……後者だ』

『それでは――』

『だが、今、前者になった』


 やっぱりそうくるかよ!

 どういうことだ!? 俺が何か怒らせることでもしたか!? いや、会話の中ではそんな予兆はなかったし、今も怒ってるわけじゃなさそうだ。

 つまり、向こうの事情か?

 とりあえず思いっきり悲劇ぶってみよう。この白馬の性格なら態度を変えたことの説明ぐらいはしてくれるはず。


『何故です! 私たちを狙う理由はあなたに無いはずでしょう!』

『確かに、わたしは腹が減っているわけではない。その意味であれば、貴様らを狙う理由はないだろう。だが、わたしにはもう一つ目的がある』

『その、目的とは……』


 白馬は一度後ろを振り返り、答える。


『強者との戦いだ』


 きょうしゃ? きょうしゃ……強者? え、この馬バトルマニア!?


『この近くの都市に恐ろしく強い騎士がいると聞きやってきたが、生憎とその騎士は大抵都市の中にいた。都市そのものに襲撃をかけようとも、周りに守らなければいけない者がいる状況では騎士は力が出せないとも聞いた。――故に、貴様らだ』

『……俺たちを人質にでも?』

『いいや、ここで死んでもらう。人は、守るべきものが死んだとき、死の原因をひどく憎むのだろう。弱者をいたぶるのは好みではないが、戦いには代えられぬ。外に出たものを殺せば騎士団とやらも出張ってくるだろう』


 迷惑極まりない戦闘至上主義だな! しかも作戦が雑すぎる!

 冗談じゃないぞ、そんな下らない理由で殺されてたまるか! 何か、何か言い訳を……。


『しかし』

『は?』


 物騒な気配を放ち脚に力を籠め始めていた白馬が、唐突に雰囲気を和らげる。まあ、多少マシになった程度なのだが。


『わたしにも情はある。話の通じるものを無為に殺したいとは思わん』

『それは、先ほどの話と矛盾があるのでは』

『ああ、だから貴様だけだ。貴様だけは見逃そう。ついでに魔物たちもな』


 ――それは。

 

『それはなかなか、魅力的な提案ですね』

『なに、貴様の態度が殊勝だったというのもある』


 なるほど。つまりこのチャンスは俺が自分で獲得したものってわけだ。

 俺たちを見つめる白馬の眼に嘘はないように見える。馬の表情はわからないが、なんとなくそれはわかる。

 この白馬が他者を騙すことを喜びにしている下種でもない限り、俺たちの安全は確保されたようなものというわけだ。幸いにして、森の出口は近くにある。ノーディに乗って全力で走ってもらえばすぐに抜けられるはずだ。

 ハーモニーはもともと囮として考えていたようなものだから関係ない。そもそも外に出ようと言い出したのはあいつだしな。


『じゃあ、問題は一つだけだねー』

『ああ、そうだな』


 従属パス越しに俺の考えていることを悟っているリンは、全身を使って女の子を器用に抱えなおす。

 隣にいるノーディは、いつでも走れるように準備を整えていた。

 そんな二人に頼もしさを憶えつつ、俺は口を開く。


『申し訳ありません。もう一つ質問しても?』

『なんだ』


 苛立った様子もなく聞き返してくる白馬に、なるべく笑顔で問いかけてみた。


『あの子供はどうするのでしょう』

『殺す』


 白馬の返答は、あっさりと、何事もないかのように放たれた。


『子供を殺せば騎士もさっさと』

『じゃあ駄目だ』

『出て……何?』


 続く言葉は聞かずに俺はノーディにまたがり、その体に全力でしがみつく。瞬間、ノーディは全力で地を蹴った。

 体にかかる衝撃を感じながらしがみついている手と従属パスに意識を集中する。


『リン、乗れ!』

『もう乗った! 女の子とハーモニーも回収済み!』

『よし、最悪ハーモニーはあいつにぶつけろ!』

『扱いひっどいね!?』


 知るか! 今回こんなことになってんのは大体ハーモニーのせいなんだよ! その命をもって責任を取らせろ!

 全部守るなんて理想を口にするのは守れる時だけだ!

 でも!


『最優先は俺たちの命だ。女の子はぎりぎりまで守る!』


 でもな、子供は駄目だろう。子供が目の前で死んだら、それは……悲しいじゃないか。

 ああ、そうだ、悲しいんだ。何でそう思うのかは全くわからないけど、悲しいんだよ! 駄目なんだ! 子供は殺させたら駄目なんだ!

 この子みたいに小さい子が、死んだら駄目だろう!

 

『ジン、わかったから、落ち着いて』

『……これから、どうする』

『あ、ああ。……そうだな。あいつはまだ追いかけてこないか?』

『うん。私たちが逃げた時、誰かがアレに襲い掛かってたからそのおかげじゃない?』


 アレに襲い掛かるような奴がいるのか。信じられないが好都合だな。この隙にさっさと都市の中まで逃げよう。

 そうすれば強い騎士ってのはサイラスさんの事だろうから、どうにかして騎士団かルイディアさんに言って討伐してもらえばいい。


『とにかく都市まで一直線だ。攪乱なんぞあの速さの前に大した意味がない。特にノーディは三人も背負ってるからな』

『……ああ』


 密着させているとノーディの息の荒れ具合がよくわかる。

 けど、頑張ってくれ。せめて森を抜ければ人目につくことも多くなる。もしかしたら援軍も期待できるかもしれないんだ。


『……おい』


 全くと言っていいほど勝算のない逃走に頭が痛くなるのを感じていると、ノーディが話しかけて来た。


『どうした。限界か?』

『……違う。人がいる。森の近くだ』


 森の入り口に誰かいる? 冒険者だろうか。というかそうであってほしい。これ以上足手まといはいらないぞ。どんな奴かわかるか?


『……知ってる奴だ』


 知ってる奴。

 そのノーディの言葉に疑問を覚えるより先に、ある人物の声が聞こえて来た。


「――い! おい、どうした!」


 この声は、確か。


『ノーディ、いったん止まってくれ』


 言わずとも止まるつもりだったのか、今度は吹っ飛ばされることなくゆっくりとスピードが落ちていき、ちょうど森の出口が目視できる辺りでノーディは止まった。

 顔を上げると、足を止めたノーディに駆け寄ってくる人が見える。


「どうしたんだ! ものすごい勢いで走ってたが」

「――シグルドさん」


 それは現役Cランク冒険者という戦力だった。



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