――強い
ゴブリンの死体は後で処理することに決めて、俺たちは森の中を走っていた。
走るとはいっても場所が森の中で、しかも俺の足が遅いので付き合うノーディたちもそこそこの速度しか出せないわけだが。
「二つほどお聞きしてもよろしいですか」
移動し始めて少し時間がたったころ、意外にも軽い身のこなしでついてきていたハーモニーが口を開いた。
「答えられる、ことなら」
「ではまず一つ目、どうして徒歩で移動を?」
息が切れて短く返す俺にハーモニーも簡潔に質問をしてくる。
「ノーディの負担を、これ以上増やすわけには、いかないからです」
ノーディには今でも索敵、警戒を同時に続けてもらっている。逃走用の体力も考慮するとこの時点で働きすぎだ。
リンも危機察知能力は高いけど、条件付きな上に広範囲ではないからな。ノーディの代わりはこの場の誰にもできないわけだ。
ハーモニーに関してはできてもやらないだろうし。
「なるほど。それでは二つ目、あなたと魔物たちはどの程度まで意思疎通ができるのですか?」
「他の人と、比べたことは、ありませんが、かなりのもんだと、思いますよ。騎士団の、方にも才能が、あると言われました」
いつか聞かれるだろうと思っていたことに、用意していた答えを返す。
……まさか今聞いてくるとは思わなかったけどな! めちゃくちゃびっくりしたわ!
なるべく不自然にならないように努めたけど、どうだろうか。ばれてないかな?
「ふむ。才能ですか。確かにこれほど魔物と親密に付き合っている人は見かけたことがありませんね」
「へえ、そうなん、ですか」
「個人の性格もあるでしょうが、どのような地域でも大抵魔物は倒すものであり飼いならすものではありませんから」
やっぱりそうなのか。
そうすると俺の存在は本当に不自然だな。今度ルイディアさんに理由でも聞いてみるか。あの人なら都市のことは何でも知ってそうだ。
『……そろそろだ』
おっと、もう着くのか。本当に近かったんだな。
『ゴブリンと人の数はわかるか?』
『……人、一人。ゴブリンは五、だ』
『人は移動してるか?』
『……いや』
ハーモニーとの雑談を打ち切ってノーディに聞くと、ほとんど間を置かずに答えてくれた。
しかし、ゴブリンの数が多いな。しかも人の方も囲まれているのか動いてない、と。さっさと助けないとヤバいな。
……ああ、そうだ。聞くの忘れてた。
『襲われてる人はどんな奴だ?』
『…………多分、子供だ』
『そうか』
なら、しょうがないか。
『リン』
『オッケー。単騎突撃だね!』
『ああ、全力で殺し尽せ。見られてることは気にしなくていい。ノーディは護衛として残ってくれ』
子供を見捨てるのはさすがに気分が悪いからなあ。必要ならやるけど、今はまだ余裕もあるし、どうにかなるだろ。
「じゃあ行ってきてくれ」
『行ってきまーす』
『死なないようにしろよ。赤の他人よりお前が大事だ』
『やだかっこいい。まあ大丈夫だよ』
ノリが軽いから心配になるんだよ。
木から木へ飛び移りながら去っていくリンに一抹の不安を覚える。ステータスとしてはそこらのゴブリンよりもリンの方が圧倒的に高いんだが。
『……俺たちは?』
「一応目で見えるぐらいまでは近づくか」
「わかりました」
わざと出していた声にハーモニーが反応してくれた。正直、使い分けが面倒くさい。こいつがいなかったら気を遣う必要もないのに。
しかもハーモニー自身は全く戦えないという。なんだこの縛りプレイ。
「それにしてもあなたは本当に動きませんね」
「口は動かしてますよ」
「……むう」
はっはっは、言ってやったぜ!
とか、下らないことやってる場合じゃないな。とっとと移動して万が一の場合にサポートできるようにしとかないと。
そう思い、歩き出した瞬間。
――ズドン!
少し離れたところから鉄の塊が落ちたような音が聞こえて来た。
……ああ、リンか。
『あいつ、人を助けるって目的は忘れてないよな?』
『……さあ』
あの衝撃音だと近くに子供がいたら危ないと思うんだが。
ちょっと速足で向かうか。
『ちなみに、子供は血を流してたりはしてないんだよな』
『……わからない。血だらけだ』
『あ、そりゃそうか』
リンが殲滅優先で戦ってたら血なんかそこら中に飛び散ってるだろうしな。
「さっきの音は何でしょう」
「リンの戦闘音です」
一人状況を理解できていないハーモニーにそれだけ答えておく。っていうか、冷静だなこいつ。
あ、ゴブリンたちが見えて……間違えた。ゴブリンを殺し尽したリンが見えてきた。
『早いなオイ』
『まあね。レベルも上がったよ。ついでに討伐証明部位も回収しておいた』
『お疲れさん』
頭蓋骨が陥没していたり、眼球が抉られていたり、割と悲惨なゴブリンたちの中心に立っていてすら軽い口調のリンにねぎらいの言葉をかける。
しかし、これだけ濃密な血の匂いは久しぶりだな。オーク戦以来だ。
『で、さ』
あまり長居したくはない状態の中で、惨状を作り出した本人が突然跳ね上がった。
着地場所は、襲われていたのだろう子供のすぐそばだ。
『この子、なんか見覚えっていうか、聞き覚えのある見た目なんだけど』
『は?』
なんともおかしい言葉遣いをするリン。俺たちに子供の知り合いなんていなかったはずだし、意味が全く分からないんだが。
そんな誰もが抱くであろう考えは、襲われていた子供を見てあっさりと吹き飛んだ。
その子供は、こげ茶の髪に、少し血が掛かっている白のワンピースを着ている女の子だった。瞳の色は気絶しているのか瞼が閉じられていてわからないが、年齢は十三歳ぐらいに見える。
『ああ、うん。確かに聞き覚えのある見た目だな』
『でしょ』
『……シグルドさんが探してる子、だよな?』
『特徴はばっちり一致してるねぇ』
……帰ったら聞いてみるか。
ノーディならあの人の匂いも追えるだろうし、出来なくともこの子を家まで送れば解決だ。
ギルドの依頼じゃないとも言っていたし問題はないだろう。
『ちなみにこの子が気絶してるのは』
『私が来た時には気絶してたよ』
そうか、ならいい。
リンの戦闘みられると目を覚ました後に怯えられるからな。
「……ふーむ、この辺りのスライムは武器も使うのでしょうか……」
「ハーモニー、帰りますよ」
「ええ、わかりました。剥ぎ取りも済ませているようですし」
ゴブリンの死体をまじまじと見つめ、触っているハーモニーに今度こそ帰ることをつたえる。今度は文句も出てこなかった。
「さて、それじゃあノーディ――」
『ジン! 何か来る!』
『……速い!』
ノーディに案内を頼もうとした直後、俺は二人に引っ張られ、突き飛ばされた。
そして、俺がさっきまでたっていた場所を恐ろしいまでの速さで何かが爆走していった。
周りの木々をものともせず砕きながら現れたソレは、同じく木に体をぶち当てて、地面をめくり返しながら停止する。
俺たちから少し離れているとはいえ十分に危険な距離で、停止してしまった。どうやら通りすがりではなさそうだ。
『ノーディ、は傍にいるか。リン、大丈夫か』
『問題ない! ハーモニーはわからないけど女の子は保護した!』
よし、まだ何とかなる。ってか、そう思わなきゃやってられん。
くっそ、なんなんだこの森は。俺が帰ろうとするたびに引き留めてきやがる。
しかも――なんだ、あれは。
「ブオォォ……」
ソレは魔物だった。
第一印象は、馬だ。白に近い灰色の体を持ち、頭部から首筋にかけて銀色のたてがみをはやしている。
大きさはサイラスさんが乗っていた馬と同じぐらいで、体にまんべんなく筋肉の鎧をつけている。堂々と立つ脚はあの速さが出るのも納得できるほど強靭そうだ。
俺はこの魔物を見たことはなく、名前すら知らないが、これだけはよくわかる。
――強い。それも恐ろしく。
未だ馬はこちらを振り向かないが、こいつが俺たちを獲物として認識していることは間違いないだろう。その証拠に、動こうとすると蹄で地面を殴りつけてくる。
その度に地面は揺れ、白馬からの威圧感は増した。
こいつから逃げるのは、それこそハーモニーをおとりとして使っても不可能だ。むしろ距離を離したら最高速で突っ込んでこられる。
かといって近接戦を挑んでも……負けるだろう。可能性があるとすれば俺の【従属】ぐらいだが……そっちも、テイムできる気がしないな。
一度話しかけてみるにしても、ハーモニーのことを考えると控えたい。正直、こっちから打てる手はほとんどないな。
……しかし。
『……全然こっち振り向かないね』
そう、そうだ。
この白馬は、突っ込んで停止したその格好のまま全く動かない。荒く息をついているだけだ。
もしかして、何かを警戒してるのか? 向こうの方角にあるのは――。
「……え?」
白馬が動かない原因を探ろうとしたところで、小さく声が聞こえて来た。
発生源に目を向けてみると、そこにいたのはリンと――女の子だった。
さっきまで気絶していた女の子は、しっかりと目を開いて白馬の姿を凝視していた。
呆然と開けられていたその口が、一度閉じられて――
『止めろ!』
「きゃあああああ! むぐっ」
遅かった……!
リンも直前に女の子が目を覚ましていることに気づいたようだが、一瞬の遅れで女の子は悲鳴を上げてしまった。
急いで白馬の様子を伺う、と。
「ブオオォォ……」
白馬が、荒く鼻息を漏らして、こちらを見ていた。




