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その劇は

『はい、というわけで今日も同じく依頼を受けに行くわけですが』

『まだ一回しか受けてないけどね』


 時刻は昼前。昨日と同じく日差しが照り付けている街中で、俺たちは寄り道しつつギルドへと歩いていた。

 寄り道の内容は主に食べ物を売っている屋台だ。昨日はいろいろとあって結局昼は抜いてたからな。

 しかし、この辺りでは、あるいは平民だけがそうなのかは知らないが昼に食事をする人はあまりいないらしい。屋台も少なければ食べ物を買っている人もほとんど見かけない。

 数少ない屋台も何か他のものを売るついでに取り置きのできる食品を置いているだけに近い。

 

『もっと食事を充実させてほしいもんだねぇ』

『まあな』


 もちろん一日二食の生活にも理由がある。

 辺境は昔から魔物の被害が大きく、今の騎士団ができる前にはこの都市まで襲撃をかけてくることもそれなりに多かったのだとか。

 そのせいで農作物が全滅したり、逆に農業を営んでいる人々が殺されてしまったりで食料が満足にいきわたらなかったのだ。

 それは平民だけでなく領主やほかの貴族たちも同じ。だからこそ一日一食、あるいは二食までに減らすしかなかったと。

 しかも、腹を満たすために自分たちの友人や家族を殺し、食った魔物を解体して食材にしたというのだから、壮絶の一言では表せないほどに悲惨だ。

 今の騎士団長であるレイドさんが4、50代に見えることを考えるとそれが改善され始めたのはせいぜい20年から早くとも30年前。

 どうしてここまで魔物に忌避感がないのかが不思議になるぐらいに酷い歴史だ。普通は魔物なんて見た瞬間にぶち殺す、ぐらいの反応をしてもおかしくはないと思うのだが。

 レイドさんやルイディアさんに人望があるにしてもおかしすぎる。

 何か他に理由があるんだろうか。


「それで今日はどんな依頼を受けに行くんですか」

「その前に何であんたがここにいるんですか」


 さっきまでいなかったのにいきなり現れたぞこいつ。神出鬼没か。

 というか気づかなかったのかノーディ。


『……敵じゃない』

『そうだけどさ』


 でも、ほらさ、近寄りたくないやつとかいるでしょ? 俺の隣にいる奴を筆頭としてさ。ノーディにとってのサイラスさん的存在が。

 いや、この際近寄ってくるのはしょうがないけどせめてその前に知らせてくれ。びっくりするから。


「細かいことはいいでしょう。それよりも依頼の話です」


 あんたはもう少し気にしてくれ。ほら、俺の冷たい視線とか気づかない? 気づかないか、そうか。


「今日は薬草採取とか、都市の周りでできることをいくつか受けようと思ってます」

「おや、森の方へは行かないのですか」

「昨日、物騒なことを聞きましたから。しばらくは控えておこうかと」

「ああ、おかしな魔物が出てきているという話ですか」


 あ、知ってるのか。『住宅街』でも噂になってんのかな。


『……あいつ』

『言わない方がいいと思うよ。ジンの精神衛生的に』

『何の話だ?』


 俺の精神衛生がどうしたって? なんか物騒なことでも起きたのか。


『聞いたら後悔すると思うけど……聞く?』

『危険性はないんだろ?』

『うん』

『じゃあやめとく』


 好き好んでストレス増やしたくもないしな。さて、そろそろギルドか。

 頭のちょうど真上辺りに来た太陽を見つつなんとなく時間を把握する。ちょうど真昼ぐらいかね。

 ああ、でもギルドに入る前に一つ聞いておかないとな。


「いつまでついてくるんですか」

「あなたのいるところへどこにでも」

「わあ、堂々たるストーカー宣言」


 こんなに真正面から宣言されたことがかつてあっただろうか。たぶんなかったと思う。遠回しなのはあった気がする。

 出来ればやめてほしいが、言って通じるのかが分からない。いや、十中八九通じないだろう。なら悩んだり口に出したりする方が無駄なんじゃないだろうか。


「……はあ」

「どうしたんですか」

「あなたのせいで疲れたんです。というかお金はいいんですか。昨日は稼ぐとか言ってましたけど」

「もとからそれなりに持っているので問題ありません」


 一応最後に無駄なあがきをしてみるが、やはりあっさりと返されてしまった。しょうがない。今日はこの人と一緒に外に出よう。

 そしてできることなら置き去りにしよう。


『その時は頼むぞノーディ』

『……わかった』


 快く頷いてくれたノーディに頼もしさを憶えつつギルドへと入る。

 すると、見覚えのある装備を身にまとった人が見えた。


「シグルドさん」

「ああ、お前、らか」


 こちらを見た瞬間にほんの少し眉をひそめたシグルドさん。その眼が何を捉えたのか簡単にわかってしまうのは、いいことなのか悪いことなのか。


「依頼か?」

「ええ、シグルドさんも?」

「そんなとこだな。今回は少し毛色が違うが」


 気を取り直して会話を始める俺たち。隣にいたハーモニーはギルドの依頼板へと歩いて行った。

 ハーモニーがそばから離れたときに広がった安堵の雰囲気は決して気のせいではなかったはずだ。

 しかし、毛色が違うとは。


「どういうことですか?」

「今回は迷子探しの依頼なんだがな。ギルドを通してないから厳密には依頼とは言えないんだよ。どっちかっていうと頼み事だな」

「へえ。ならなんでギルドに?」

「頼まれたのがすぐそこだったからな。情報収集ついでだ。お前らも見かけたら保護しといてくれ」


 そう言ってシグルドさんは迷子の子供の特徴を教えてくれた。

 年は十歳ぐらい。こげ茶の髪に栗色の瞳の女の子で、服はお気に入りの白いワンピースだそうだ。

 とりあえずお気に入りの情報はいらないと思う。


「見覚えはないですね。わかりました。門に行く途中までで良ければ気を付けておきますよ」

「助かる。依頼、頑張れよ」

「ありがとうございます」


 最後に軽く頭を下げて、ギルドから出て行くシグルドさんを見送った。

 その姿が見えなくなってから俺は依頼板を眺めてみる。

 だが、薬草採取のほかによさげな依頼は特にない。ゴブリンやオーク討伐は森に入らないといけなさそうだし、Fランクだと受けられない依頼の方が多いからなあ。

 さっさとある程度まで上げないと……ああ、でもさっさと上げるとそれはそれで面倒だな。


『なんでもいいから早く行こうよー』


 思考に浸りそうになった俺を、リンののんびりとした声が引き戻してくれた。

 そうだな。ひとまず昨日と同じく薬草採取だけ受けとくか。


「では、いきましょうか」

「え、はい?」


 薬草の採取を探そうとする俺を遮るように横から声が掛かった。

 声の主は当然のごとくハーモニーだ。いなくなったと思ったらまた急に現れた。

 行くって……ああ、薬草採取か。やっぱり一緒に行くことになるんだな。

 諦めかけた俺に対して、しかしハーモニーが口を開いた。


「薬草採取とゴブリン退治です」

「? ……! はあ!?」


 諦めから疑問、驚愕を経て、感情が口から飛び出した。忙しいな俺!?

 じゃなくて!


「何でゴブリン退治なんて受けてるんですか! 森は危険かもしれないって言ってたでしょ!?」

「安心してください。この辺りに魔物が寄り付くことは辺境騎士団のおかげで全くと言っていいほどありません。おかしな魔物というのもあくまで噂に上っているという程度です」

「安全は確保して動くべきでしょう! 可能性がある時点で警戒するのは当然です!」



 ――その言葉が、一体ハーモニーの何に触れたのか。吟遊詩人の雰囲気が突然、がらりと変わった。



「それではつまらないでしょう」

「……は?」


 呆然とした俺の声に反応することなく、ハーモニーは腕を軽く掲げ、詩を歌うように言葉を紡ぎ始めた。

 

「力も取り柄も信用もなく、従えているのは魔物のみ。なれどその眼は前を見据え、故にその者は立ち上がり、そしてやがては一歩を踏み出す――と」


 吟遊詩人はその口から音を奏でる。


「あなたを歌うとするならば、そんなところでしょうか。いやいや、実にいいと思います。私が求める理想に近い」

「何を言って」

「しかし、ですよ」


 他者の声に耳を傾けず、ただ自分の音だけを辺りに響かせ続ける。

 俺もギルドにいる冒険者たちも、あまりに唐突な詩人の変化にただ驚きながら、その劇のような演説を見守るしかない。


「しかし、それではつまらない。ただただ、前を向き、立ち上がることが分かっている物語テンプレートは心が躍らない。意外性がなく、予想したとおりに事が運ぶ物語は私にとって面白くない」


 楽器は取り出さず、体の振る舞いによって感情を表現するハーモニー。

 表情は変わっていないのに、なぜか不機嫌な様子がありありと伝わってくる。


「もっと、せめてもう少し驚きが欲しいんですよ。あなたの心の奥にある、私の心を刺激する驚きが。ええ、例えば――英雄を見たときのような」


 最後に俺を指さして、突然に始まったその劇は、やはり突然に終わりを迎えた。


 

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