もののけの姫的なアレがやりたい
『……それで、どうなったんだ?』
『さすがに理由が理由で、俺自身が否定してたからな。女一人で外に泊まるのは危ないからってグリッサさんが拒否してくれて、ハーモニーは普通に宿の部屋に泊まることになった』
フィオも不満そうにしていたが、グリッサさんには逆らえないようだったし。グリッサさん様様だな。
あの騒動中に眠っていたノーディに事の顛末を説明し終えたところで、俺たちは入ってきたときと同じ門の前に着いていた。
現在の時刻は昼。太陽は西に少し降りているぐらいでとても暑い。
帽子か何かを買っておいた方がよかったかとも思ったが、リンが帽子代わりになって光を吸収してくれているおかげで、顔の周りは常に日陰にいるように涼しかった。
有害なものを含む太陽の光を吸収しているリンは大丈夫なのかと聞けば、むしろ太陽からの魔力が心地いいのだとか。こっちの世界は紫外線のほかに魔力も含んでるのか。
いや、もしかしたら紫外線の代わりに魔力が含まれているのかもしれない。
「日が沈むまでには帰ってきてくださいね」
「わかりました」
ギルド証を見せると衛兵さんはあっさりと通してくれた。
昨日ぶりの平原はとても明るく、広く見えた。外と中で印象が違うのはなぜだろう。別に街中が暗かったわけでもないのに。
『ところでジン、何で薬草採取しか受けなかったの?』
『今回は試しだからな。時間がどれぐらいかかるのかを調べたいんだよ』
頭上のリンに答えてから手に持った依頼書に目を向ける。
内容は『薬草の採取(Fランク~Dランク)』。都市の周りに生息している草ではあるが、魔物の危険性が全くないわけでもないこの依頼は、一定以上のランクは受けられない代わりに常時受けることができる依頼として張られていた。
昼になってようやくギルドに訪れたときには、出来そうなのがこれぐらいしか残ってなかったっていうのもあるな。
『……何でついてきてないんだ? あいつ』
『ハーモニーは街で歌ってくるってよ』
金稼ぎと趣味を両立しているらしい。確かに声もよかったし街中で歌えばいくらでも金を落としてくれるのだろう。人目のあるところで手を出すチンピラもあまりいないだろうしな。
『羨ましいねえ。そんなに簡単に稼いでくるって言えるなんて』
『注目集めるのは好きじゃないから、別に羨ましいとは思わないけどな』
『スリ相手に大立ち回りした人が言えたこと?』
『アレは警告だ。馬鹿なことしてくる奴らに手を出したら痛い目見るぞってクギ刺しただけだ』
少ないながら人はいたんだ。あれだけやっとけば、ただの田舎者とは思われないだろ。
最後は涙目で衛兵さんに連れていかれたスリを思い出しつつ、目で見える距離にある林に向かって歩く。ルイディアさんによると薬草はあの辺りによく生えているのだそうだ。
教えてもらったことを反芻していると、ふと俺の隣を歩いているノーディに目が行った。
そして、ちょっと試したいことを思いついた。
「なあなあノーディ」
『……なんだ?』
ノーディは振り返らずに返事をする。こいつも従属パスに慣れてきてるな。起きてる間はずっと使ってるようなもんだから当然か。
「お前さ、俺を乗せて歩くことできたよな」
『…………声、出てるぞ』
『おっと』
ちょっと興奮しすぎたか。
というかノーディ、もう察してるな? たぶんお前が考えた通りだよ。
『俺を乗せたまま走れるか?』
『……たぶんな』
『え、馬に乗ったとき凄いことになってたじゃん。ノーディでも同じじゃないの?』
『まあな』
自信なさげなノーディにかぶせるようにリンが言った。
俺はそれを肯定して、『凄いこと』の詳細を知らず頭に疑問符を浮かべているノーディの背中にリンを下ろす。
『だけど今はあの時とは条件が違うからな。単純にステータスが上がったし、何より人が操る馬に乗るわけじゃない』
『かもしれないけど、馬には人が乗るための道具とかがあったよ。ノーディは人を乗せて走る訓練してるわけでもないんだしやっぱり無茶じゃない?』
『……お前、ほんとに賢くなったな』
数日前まで片言ってレベルですらなかったのに。ノーディはいまだにタメがあるんだぞ。サイラスさんの話題の時には不自然に早くなったりしたけど。
かなり長い時間がたったような気がして、だが思い出してみるとまだ新しい記憶に懐かしさを憶えた。
いや、今は考えてるときじゃないな。
芽生えたそれに蓋をして説明に戻る。
『それに関してはリンに協力してもらおうと思ってる』
『……んー、私がジンとノーディを固定するってこと? さすがにMPの問題もあるから衝撃の吸収は無理だよ?』
『あっさりと当ててくれて助かる。衝撃はやってみてからだな。別に全力で走らないといけないわけでもないし意外と何とかなると思うんだが』
『で、ぶっちゃけると?』
『もののけの姫的なアレがやりたい』
ノーディの大きさや乗る時の絵面はこの際どうでもいい。とにかく狼に乗って駆けるという憧れのシチュエーションがやりたいだけだ。
こっちの世界だとネコ○スもできそうだから期待してる。ネット上だと死神とか言われてるけど、あれは最高のもふもふだと思うんだ。
まあそれは置いといて。
『いざというときの逃走方法は必要だと思うんだよ』
『一理ある。じゃあ一回やってみようか』
『てなわけでよろしくなノーディ』
『……まあ、いいが』
ノーディの許しをもらい、俺はその背にまたがる。肩から胸のあたりに腕を伸ばしてしっかりと体を掴み、さらにその上からリンに固定してもらう。
安定感はかなりのものだ。従属パスで会話ができることも手伝って安心感も桁違いだな。
『よし、それじゃ出発!』
『進行!』
『……おう』
短く返事をしたノーディの体が動き出した。まずはゆっくりと歩いて感触を確かめているようで、まだ周りを見る余裕はある。
低い姿勢からの視点はなかなか新鮮だ。
『……行くぞ』
『おう』
のんびりと景色を眺める暇はないようだ。ノーディの言葉に腕に力を込めて顔を窒息しないぐらいに密着させる。
姿勢を整えた直後、体に少しづつ衝撃が来る。
これぐらいならまだ耐えられるな。
少なくともサイラスさんの死の乗馬よりはるかにましだ。
『……どうだ』
『まだまだ大丈夫だな』
こちらの安否をしっかりと気遣ってくれるノーディに涙が出そうになった。
……そうだよね。普通、そういう風に聞くものよね。なんであの人は「とりあえず突っ走る」なんだろう。ガンガンいこうぜしか作戦がないんだろう。
『しょうがないよ、サイラスさんだもの』
『そうだな、サイラスさんだからな』
『……サイラスだからな』
俺たちのサイラスさんのイメージは全く同じらしい。誰一人として反対意見を出さない。
ただ、ノーディは会話をしつつも速度を上げていっている。その証拠に体への衝撃が増えてきた。
『これで全力の何割ぐらいだ?』
『……二割ぐらい、か』
『そうか。じゃあ一回半分ぐらいの力で走ってみてくれ』
今回はリンもいるから最悪落ちても問題ないしな。
ノーディは了解して、すぐにスピードを上げた。
……んん、結構クルけど顔を上げられないほどじゃないって感じか。全力だとしがみついたうえでリンに手伝ってもらわなきゃいけなさそうだ。
『よし、今度は全力で走ってみてくれ。リン、落ちたら受け止めてくれよ』
『……わかった』
『いいよー』
返事をしたノーディは徐々にスピードを上げていき、リンは固定する力を強めた。
どんどん衝撃は強くなり、そろそろ【HP自然回復】が発動しそうなほどだ。顔はもちろん上げられない。
『ノーディ、止まっていいぞ。ってか止まってくれ』
痛みが強くなってきたことに危機感を覚えてノーディに止まるようにお願いした俺は――次の瞬間、リンと共に空を飛んでいた。
傍で見ていたノーディからすれば、飛ぶというよりは恐ろしい勢いで吹っ飛んでいったらしい。
俺が止まれと言ったから止まったら、何故か体が軽くなって、はるか彼方に俺たちがいる。そんな感じだったそうだ。
着地前にリンが俺の体を全て包んで【吸収】を発動させてくれたおかげで何とか助かったが、アレは数日ぶりに命の危機を感じた。
……今度からはゆっくり止まってくれってちゃんと言おう。
■ ■ ■
『……大丈夫か?』
『何とか……?』
ノーディが心配そうに、ぐったりとしたリンに話しかけている。
あの後、リンは衝撃の吸収で全MPを使い切った上にHPも半分近く減ってしまっていた。
麻袋の中に入っていた薬草を吸収してHPは何とか回復したもののさすがにMPまではどうにもならず、リンは今――ギルドの近くに来るまで喋ることもできないありさまだったのだ。
いやあ、本当にあの時は全員パニックだったな。
ノーディはずっと謝ってるし、リンは死にかけだったし、俺は何が起こったのかわからなかったし。
『とりあえず依頼の話を済ませたら今日は帰ろう。金は数日分はあるしな』
二人にそう伝えて真ん中さんに話しかける。
「薬草の採取の依頼、終わりました」
「お疲れさまでした。……はい、規定数ちょうどですね。それではこちらが報酬になります」
「ありがとうございます。お仕事頑張ってくださいね」
「あら、ありがとうございます」
会話もそこそこに受付を済ませてカウンターを離れる、と。
「ああ、ジンさん。あまり関係ないかもしれませんが、ここ最近おかしな魔物の目撃情報があるんです。都市まで近づいてくることはないでしょうけど……亜種かもしれない、といううわさも出てきていますので」
「そうなんですか? ありがとうございます、気を付けます」
耳寄りな情報をくれた真ん中さんに頭を下げてお礼を言い、今度こそノーディたちと共にギルドを出た。
『おかしな魔物ってなんだろうな。竜が来たせいで逃げた魔物の一部とかか?』
『……かもな』
聞かせてもらったことを雑談の種にして帰路へつく。
夕方の市場は人が多く、ノーディがいなければもみくちゃにされていただろう。それほど気にしないとは言っても、やっぱり触れるほど近くに来たいわけではないようだ。人々は俺たちを少し避けて進んでいく。
避けられて安堵を覚える日が来るとは思わなかった。
『……ん』
『どした?』
自分の考えに苦笑していると、ノーディが突然遠くを見るように顔を上げた。
『……あいつの匂いがする』
あいつ? ハーモニーのことか? ……まさかサイラスさんじゃないよな。
『……ギルドの奴だ』
『ギルドにいた奴っていうと、シグルドさんか?』
『……ああ』
まあ、そりゃこの街にいるんだから偶然に近くで会うこともあるだろう。何か気になることでもあるのか?
俺の顔からか、それとも従属パスから疑問を受け取ったのか、ノーディは鼻にしわを寄せてこういった。
『……そいつから血の匂いがする。魔物じゃないやつだ』




