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誰か何とかしてくれ――っ!?

 『歓楽街』を脱した俺たちは、市場ではなく俺の泊まっている宿まで戻ってきていた。ハーモニーはともかくシグルドさんには悪いと思ったのだが、どうせ帰るつもりだったからとここまでノーディを運んできてくれた。ちなみに、リン(in麻袋)は俺が背負っている。。

 どうやら、シグルドさんが泊まっている宿もこの近くにあるらしい。さすがに同じ宿ではなかったが。


「ありがとうございました。わざわざこんなところまで」

「気にするな。暇だっただけだから」


 軽く手を振って去っていくシグルドさんにもう一度頭を下げる。本当にいい人だったな。

 ただ、歩いている最中にぼんやりすることが多かったのが気にはなるが。


「それで、ハーモニーさんはどうするんですか?」

「私は……そうですね、どうしましょうか。あなたはどうします?」


 ハーモニー予定を問えば、宙に目を泳がせながらそう聞いてきた。

 俺の予定か。そういえばまだギルドに行ってなかったな。でもノーディたちが倒れたままで、一人で出歩くのはちょっと怖い。またスリにでもあったら対応できないし。

 とすると、やっぱり。


「今日はノーディたちが復活するまで宿でゆっくりしときます」

「なら、私もそうしましょうか」

「あ、じゃあもう帰るんですね」

「は?」

「え?」


 首を傾げるハーモニーと、目を丸くする俺。え? 俺なんか変なこと言った?

 そしてこの流れは嫌な予感がするぞ?


「私はこの宿に泊まるんですが」

「……泊まっている、ではなく?」

「はい、あなたがこの宿に泊まっているようなので、私もここに泊まることにします。なんなら同室にしますか? 料金が半分になりますよ」


 いやあのすいませんほんと、ほんと待ってください。


「なんでしょう」

「えーと、いろいろ聞きたいことはあるんですけど、一つだけ。本気でここに泊まるんですか?」

「はい」

「……うわあ」

「なんですかその顔は。まるで泥に足を突っ込んだと思ったら排泄物だったことに気が付いた時のようです」


 たとえが無駄に細かいけど心情的には似たようなもんだよ。あんたのせいで俺は今こんな目に合ってるんだからな。トラブルメーカーと一緒の宿に泊まるとか冗談じゃないぞ。

 

「私の何がいけないというんですか」

「そりゃあ敵味方の区別なくダメージ与えるような人に傍にいてほしくありませんよ。……そもそも、あの楽器は何なんですか?」

「――ほう、聞きたいですか」


 あっ、失敗した。

 反射的にそう思ったが時すでに遅し、ハーモニーは楽しそうに笑いながら楽器を取り出している。

 それを見た瞬間に悟った。ああ、駄目だ。この顔はオタクの顔だ。語りだしたら止まらないやつの目だ。


「それでは説明いたしましょう。私のことは先生とお呼びなさい」

「わかりましたから、一旦俺の部屋に移動しましょう」


 案の定ノリノリで話を進めていくハーモニー。突き付けられた指をかわして俺はせめてもの抵抗として移動を提案する。立ちっぱなしは辛いし、少しは体を休めたい。


「? そちらは馬小屋ですが」

「ああ、馬小屋を借りてそこで寝てるので」

「……本当に面白い人ですね」


 変わっているのは知ってるがあんたに言われたくはない。

 呆れ顔のハーモニーに手伝ってもらってノーディを二人がかりで引っ張っていく。馬小屋の中に入るとさすがにかなり狭い。三人でもぎりぎりだったからな。

 まあ、ハーモニーは全く気にしていないようなのでいいだろう。

 上機嫌に竪琴を取り出したハーモニーは、胡坐をかいてそれを突き出した。


「さて、まずは相棒の名前でしょうか。彼は≪ノイズマン≫――正確には≪雑音震脳 ノイズマン≫です。名前の由来は、もうわかりますね?」

「ええ、まあ」


 そのままだからな。というか、ノイズマンはそのままなのに雑音云々は日本語なのか。固有名詞だとそのままなんだろうか。


「彼は魔道具ですが、同時に魔導生命体でもあります。つまり意志を持っているわけですね。私が≪ノイズマン≫のことを彼というのもそのせいです。といっても、それほどしっかりとしたものを持っているわけではなく微弱なものですがね。

 そして、その機能はナイフのような刃物で彼を弾いた時、それを聞いた生物の脳に耐えがたい激痛をもたらすというものです。指で弾くときには、音は良くともただの楽器ですが」

「先生、質問です」

「何でしょうジン君」

「スライムには脳と呼べる器官がありませんが」


 もう突っ込むのも面倒になってきたのでノってみることにした。

 すると、俺の問いにハーモニーは鼻で笑って返す。うん、こいつはいちいち人の神経を逆なでしないと話ができないのかな?


「核が脳の代わりをしてるじゃないですか」

「あーはいはい、じゃあもう一つ」

「はい、なんでしょう? 何でも聞いてください」


 自信満々といった様子で胸をそらすハーモニー。そのせいで薄手の服が押し上げられているが、なぜだろう。色気を微塵も感じない。

 調子に乗っているハーモニーに怒気がくすぶるのを感じつつ、最も気になっていたことを聞く。


「俺が聞いてもなんともなかったのは何故ですか?」

「あ、わかりません」


 はい、俺の怒りゲージが95%に到達しました。

 これは限界ぎりぎりですね。逆に珍しいですよ。表面張力なんてありふれた限界じゃありませんからねえ。

 え? 何で100に到達しなかったか? 理由は、腹の立つことにハーモニーの顔だ。唇を引き締め、眉をひそめている様は困惑が容易に見て取れる。

 どうやらふざけて答えたわけではないらしい。口調以外は。


「……わからないとは?」

「そうですね。では、≪ノイズマン≫の能力について説明させていただきます」


 居住まいを正したハーモニーに、俺も怒りを抑えて聞く姿勢を整える。


「まず≪ノイズマン≫の雑音は聞いたものに常に同様の痛みを与えるわけではありません。音の強弱はもちろん、聞き手のスキルやギフトの有無、曲や詩の選択によっても効果が変わってきます」

「他二つはともかく、最後のって……」

「彼の本質は楽器であり、何より意志を持っていますから。好みの詩もあれば嫌う曲もあるのです」


 姿以外は人とそれほど変わりません。そう笑顔で言うハーモニーに何となく既視感を覚えた。


「なので効き目が変わること自体は珍しくはありません。それ以外にも……聖教国を知っていますか?」

「……確か北方にあるっていう」

「はい、人を産み出した女神を信仰する国です。その国の【魔導技王】は音を完全遮断する魔道具を作って≪ノイズマン≫を無効化しました。他にも、帝国にいる【万能師】が何故か私の演奏を全力で嫌がって防いできたりしましたね」


 何があったのか聞かなくてもわかる気がする。演奏だけならともかく、こいつ自身に関わりたいとは俺もあまり思わない。

 っていうか。


「【魔導技王】とか【万能師】ってなんですか?」

「職業ですよ。その二つは最上位職と呼ばれるものなので聞いたことはないかもしれませんが。しかしこちらも字面でどういったものかは分かるでしょう?」


 最上位職、か。確かに何となくわかるが、聞いたことはないな。そういえば職業のことはほとんどルイディアさん達に教えてもらってなかった。

 ステータスを見ても職業は冒険者になっていなかったし、どういうモノなんだこれ。


「まあ、それぐらい凄い人たちなら防げる、という意味です。あなたはそんな職業に就いていますか?」

「いいえ。じゃあ本当に理由が分かりませんね」

「そうですね。≪ノイズマン≫も特に語る気はないようですし、お手上げです」

「あの、すいません」

「ん?」


 ハーモニーがため息をついて両手を頭の上に掲げたところで、誰かが声をかけて来た。

 いや誰かっていうか知ってる声だな。


「フィオ?」

「誰ですか?」


 ああ、ハーモニーは知らないか。

 硬くなった体をほぐしているハーモニーに、フィオがこの宿を経営している人たちの娘であることを説明する。


「ほうほう、ならばちょうどいいですね」


 ちょうどいい?

 立ち上がったハーモニーの言い方に疑問を覚えた直後、その口から言葉がつづられた。


「フィオさん、私をこの宿に泊めてください」


 ……あ。

 そうだ。そういえばそんな話をしていたんだった。

 馬鹿か俺は、絶対に宿の人たちにこいつを合わせたらいけないじゃないか。


「え、あ、はい。だったら、とりあえずお母さんにどの部屋を借りるのかを……」


 自分の馬鹿さに頭を抱えそうになる俺をよそに、フィオは宿の従業員として客の対応をしている。少しどもっているのはハーモニーに見とれてしまったのだろうか。

 どうでもいい情報を捕らえて思考の邪魔をする俺の耳に、さらに爆弾が放り込まれた。


「馬小屋に泊まることはできますか?」

「な……にを」


 何を言ってるんだこいつはあぁぁーー!? 

 馬小屋!? 泊まる!? 宿が同じになるだけならともかく泊まる場所まで同じにするってどういう了見だこの女!?


「え? それは……」

「フィオ、絶対にこいつをここに泊めないでくれ! じゃないと馬小屋がいつか血の海に沈むぞ!」


 具体的には俺がストレスで血を吐く! 何だ、それが目的か!? 遠回しな殺人か!?


「いや、うん、さすがに二人も馬小屋っていうのはお母さんも許さないと思うし……大丈夫、じゃないかな?」

「いよっしゃあ!」


 俺の思考が伝わったわけではないだろうが、フィオはこちらから距離を取りつつもそう返してくれた。フィオのエプロンが女神の羽衣に見えるぜ!

 ガッツポーズを決める俺に、距離を取ったままフィオが訪ねてくる。


「あの、それでジンさん。その方はお知り合いですか? すごく美人な方ですね」

「知り合いじゃなくて赤の他人だし、美人なのは外見だけだ。何故か俺と同じ宿に泊まるなんてストレスでの殺人を企んでる」

「一目ぼれをしたからです。あなたを殺すなどと物騒なことはしませんよ」

「えっ……」


 はっはっはっはっはっは! どうしようかなぁ、今すぐ叫んで道に飛び出したい気分になってきたぞぉ!? でもここで諦めたら試合終了だなぁ!


「一目ぼれって、どうしたんですか、何があったんですか?」


 だから、とりあえず頬を染めて口を手で覆って目を輝かせてるのやめてもらっていいですかフィオさん! 女の子って恋バナ大好きね!


「そうですね。強いて言うなら盗人を撃退した彼の手並みでしょうか」

「盗人を撃退!?」


 したけども! その言い方だとまるであんたを俺が助けたみたいじゃないか!?


「はい、その時の彼の雰囲気が私の目的を叶えてくれそうなものだったので、彼の近くにいたいと思ってしまいまして」

「きゃーーっ!」


 ぎゃーーっ! この野郎、俺の人間関係に全力で杭を打ち込んできやがる!?


『はっ……今、何かが面白いことになっている』

『そんでお前のその勘すげえな!?』


 今まで声の一つも漏らさなかったリンがこの時になって急に起き上がってきた。麻袋から這い出てくるリンにさっきまでの調子の悪さは微塵も見えない。

 こんな時にスライムの勘発動しないでほしいんですけど!?

 

「そういうわけなので、できれば同じところに居たいんですが」

「わかりました! ちょっとお母さんに相談してきますね!」


 ああ、もう、本当に。


「誰か何とかしてくれーーっ!?」


 心底からの俺の叫びは、盛り上がっている女性陣には届かなかった。




 

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