ここがギルドですか
「それじゃ、辺境都市アンティールへようこそ」
「はい、これからよろしくお願いします」
笑顔で手を振ってくれる門番さんに軽く会釈をして、この世界に来て初めての街の中に足を踏み入れる。
……うん、何ひとつ心配することなかったな。めっちゃ簡単に入れた。
『……拍子抜けだな』
『ほんとになあ』
まさか、許可証(らしい)を見せて名前名乗っただけで、「じゃあ大丈夫だな」と言われるとは思わなかった。ノーディやリンを見せても反応は変わらなかったし。
まあ、さすがにドッグタグのような金属板をつけるようには言われたが。
「ね、大丈夫だったでしょ」
「ええ、まあ……けど、いいんですか、あれ」
「それだけレイドが信用されてるってことでいいんじゃないかな」
確かにレイドさんの許可証も効果があったんだろうが、どっちかというとルイディアさんが一緒にいたからなんじゃないかと思う。門番さんも、ルイディアさんたちを見て少し驚いたように見えた。
個人的な知り合いなのか、この都市で知らぬ者はいないってレベルなのか。
「それじゃギルドに行こうか。あ、ミリア達もついてきてもらうからね」
「……めんどい」
「文句言うなって」
「あ、ちゃんと用事あったんですか」
この二人までついて行かせるってことはそういうことだよな? 俺についてくるための方便じゃなかったのか、よかった。
「うぬぼれ?」
「ある意味での信頼ですよ」
だらけた口調から一転、意地悪気な雰囲気を醸し出すミリアさん。フードから少しだけ見える口元には悪人のような笑みを浮かべている。この人はこういう笑顔しかできないのか。
「確かに、ルイディアさんならそれぐらいはしそうだな」
「でしょう?」
おぼえがあるとばかりにエドさんが頷く。普段からそれっぽいことしてるのかね。
しかし、俺たちの会話に、先を歩いていたルイディアさんは振り返って言う。
「別に、赤の他人にむやみやたらと優しくはしないよ?」
「あ、はい」
あれ? 今、振り返るときにちょっと黒いものが見えた気がする。
……昔、なんかあったのかな。
「そんなことより、ギルドまでの道のりも多少おぼえていったら?」
道のりっていうかその笑顔に恐怖を覚えるんですけど。
「街並みも見てほしいし」
街並みよりあなたの笑顔に釘付けです。いや、そんな素敵な意味じゃなくてね?
とりあえず、言及してもろくなことにならないということはわかるので、ルイディアさんから無理矢理に目を離して街並みを見る。
しかし、さすが商業街というだけあって、街並みも面白いことになっている。日本人の視点での話ではあるが。
「あれは武器屋ですか?」
「そうだね。その隣にあるのが鍛冶屋で、あそこは工房と店がつながってるんだよ」
「先の方に見えるのは?」
「あそこからは市場だね。売り手は他方からの行商人とか、店から出稼ぎに来てる商人見習いが主だよ」
「あの黄色と赤のまだら模様の建物はなんでしょう」
「あれは……なんだろう」
いやほんとになんだあれ。黄緑みたいな目にやさしい色じゃないのよ? まじでまっ黄色と濃い赤が混ざり合ってんの。目にやさしくないってレベルじゃねえぞ。
まあそれはどうでもいい。今はあの店(?)の模様よりも気になることがある。
『……さっきから、見られてる』
『でも、見られてるだけだね』
そう、そこだ。
何で俺の隣に明らかに魔物とわかる奴がいるのに、誰一人として怯えないんだろうか。
ドッグタグのおかげなのか、それともやっぱり旅芸人か何かだと思われているのか。通り過ぎる人々は、こちらに少し注目はするものの、特に大きな反応は見せずにそのまま歩いて行く。
さすがにこの無反応はおかしい気がする。いや、怯えられたいわけではないんだけども。
「本当に、誰も怯えませんね。一応こいつら魔物なんですが」
「ここが『商業街』だからっていうのもあるけどね。見た目は奇妙だったり怪しいものも普通に売られてるし、一々驚いてられないんでしょ」
たくましいな。さすが辺境の人たくましい。
魔物は絶対に敵である、という思想を持っているわけじゃないのなら、誤解もされることはないだろうか。しかし、利用できるなら利用する、だった場合は逆に厄介だな。
まあいいか。
「ところで、冒険者ギルドまではどれぐらいなんでしょう。門からは近いんですか?」
「割と近いよ。冒険者の名のとおり外に出ることが多いからね。ついでに緊急時に早めに対処できるようにね」
「ああ、魔物に襲われることが多かったからですか」
「……都市の歴史とか話したっけ?」
「二日ほど前に、少しだけ」
自分で話してたこと憶えてないんだ。どれだけ熱中してたんですか。
「年寄り」
「そこ、うるさい」
年寄りだと怒らないのに、お人よしって言われたら怒るのか。どこに地雷があるのか全く分からん。
と、こんな楽しい会話をしながら人込みをかき分けていると、突然ルイディアさんが立ち止まった。追いかけることに意識を割いていたせいでぶつかりそうになり、慌ててブレーキをかける。
「とおっ」
「あ、ごめんごめん」
思わず漏らした声に気づいたのか、ルイディアさんは手を振りながら謝ってくる。しかし、その顔は別の方向を向いていた。
見ているのは、周りの建物と比べると少し高く、そして壁の色が特徴的な建物だ。いや、さすがに赤と黄のまだらよりはましだけども。
他の建物が割と華やかだったり、そうでなくとも白に近い色をしている中で、ここだけはまるでそこらの石を削ってそのまま置いたような色をしている。見栄えに全く気を遣っていないらしい。
「ここがギルドですか?」
「そうだよー。いきなり物とか人が飛んでくるあるから気をつけてね」
それはあれか。ケンカしてたらつい人間ぶっ飛ばしちゃったー、っていう漫画でしか見たことがないような展開が実際にあるということなのか。怖いなおい。
『言いつつちょっとワクワクしてない?』
『ファンタジーのお約束に心躍るぐらいには俺も男の子だ』
巻き込まれないという確信があるなら、野次馬として見学ぐらいはする。混ざりたいとはみじんも思わないが。っていうか死ぬ。俺も混ぜてくれとか言った瞬間に首がスパァンっていく。
「ジン君、行くよ?」
変にリアルに想像してしまったせいで足を止めていたらしい。少し先からルイディアさんに呼ばれてしまった。
俺は返事をして、ギルドに足を踏み入れる。
瞬間。
ギルドの中にいた全員がこちらを向いた。
「……」
しかし、ルイディアさんたちが特に反応を見せないので俺もなるべく平常心を保ちつつ、だがなるべくエドさんの陰に隠れて歩いて行く。
なにこれ怖い。あの人たちリンたちを見たとき完全に敵を見る目になってたよ。全員こっち睨み付けてた。正直、悲鳴上げそうになりました。殺気ってこういうのを言うんだな。
『……本当に大丈夫か?』
『いやー、そこは俺に聞かれても』
『冒険者にとっては慣れ親しんだ敵だろうしね』
どうでもいいけど、慣れ親しんだ敵って表現はあんまり聞かない気がする。
『……でも、全然反応しないやつもいたな』
『うん。あの奥の人とかね』
『え、マジで?』
俺から見た限りでは全員こっちを向いていたように見えたんだが。
内心首をかしげつつ、ノーディの顔の先にいる人物を見てみる。
その人物は薄紅色の髪を手で押さえながらギルドの壁にもたれかかっていた。
上は黒と茶色の皮鎧とグローブ。下は膝やふくらはぎなどを保護するレギンスと皮鎧と同じような色のブーツを履いている。横に立てかけてある剣はあの人の持ち物だろうか。大きさからして片手剣っぽい。
顔は下を向いていまいちよくわからないが、何か悩んでいるかのように眉を寄せているのが見て取れた。
『どうしたんだろうな』
『さあ、便秘とか?』
『お前、便秘馬鹿にしてんじゃねえぞ。本人は結構つらいんだからな』
『あ、うん、ごめん……』
まあ、あの人の悩みは俺たちには関係ないか。
ずっと注目しているのも失礼なので視線を外し、目の前にあるカウンターを見る。
窓口は五つあり、それぞれは木で仕切られている。どこが何を担当するかは特に書いていない。なんでも担当するのか、単にギルドはすべてこういう形なのかどっちなんだろうか。
「それじゃあ、私たちは少し上の方へ行ってるね。ちなみに登録は受付ならどこでもできるから、好きなところに行ってね」
「好きな娘のところに行ってね!」
「一気に行きにくくなったんですけど」
最後の一言は明らかに余計だろミリアさん。わざとらしく大声で叫びよってからに。
あーあー、他の冒険者たちもにやにやして見んなよ。見世物じゃねえぞ。いや、ノーディたち連れてるとそうとも言えなくなるけどさ。
っていうか、順応はええなこの人たち。さっきまで殺気むんむんだったのに。
受付嬢さんたちも苦笑いの嵐だよ。
『どうする? 私としてはあの一番右の子がいいんだけど。胸おっきいよ』
『何でお前はそんなにノリノリなんだ』
この突然変態……間違えた。この突然変異体め。あと、俺としては真ん中の人がいいです。銀髪だし。
ちなみにノーディは?
『……どうでもいい』
そりゃそうか、種族が違うもんな。リンが変なだけか。
妙に人間臭いスライムに呆れつつ、真ん中の受付嬢さんのところに歩いて行く。あ、ミリアさんはルイディアさんに頭叩かれてから二階へ連れていかれました。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
受付嬢さんはいい笑顔で出迎えてくれた。営業スマイルという単語が頭をよぎったが、苦笑いが含まれているので多少は普通の笑顔なのかもしれない。
「聞こえてたと思いますけど、ギルドへの登録をお願いします」
「登録ですね。推薦状などはありますか?」
「いえ、特には」
「では、こちらに名前と故郷をお書きください。字を書けなければ代筆も請け負っております」
「一応書けるので大丈夫です」
羽ペンを受け取り、渡された紙、というか羊皮紙というのだろうか。ともかく手触りがごわごわしている紙に書いていく。
これはスキルやギフトを書く必要なはいらしい。なんでも、受付嬢にいいところを見せたくて嘘のスキルを書き込むやつが続出したのだとか。まあ、そんなあほな話だけじゃなく、切り札を見せたくないとか人に知られたくないスキルがある、という理由も存在してはいるが。
故郷の欄は日本ではなく、竜に焼き尽くされた村の名前を使用する。ほとんどの村人が死亡しているうえ、目立つ特産品があったわけでもないので偽装としてはちょうどいいそうだ。
偽装する必要があるのか? わざわざ異世界人だとばらして注目されるよりはいいだろう。
特に長い名前でもないのでさらりと書き上げ、受付嬢さんに渡す。
「……ジン・オオミヤさま、故郷はルゥハ、でよろしいですか?」
別に間違いもないので頷くと、受付嬢さんは『しばらくお待ちください』と言って奥に歩いて行った。
しばらくか。ここで待っていた方がいいのか、それとも多少なら動き回ってもいいのだろうか。でも、ルイディアさんたちが戻ってくるまで特にやることもないしな。
『……何でなでる?』
『そこに毛皮があったから?』
鬱陶しそうにするノーディだが、明確に拒否してくるわけではないので少し硬めの毛を満喫する。窓口の前で座り込んで魔物をなでまくる俺の姿は、一体どんな風に映ってるんだろうか。
愛玩動物は貴族ぐらいしか持っていないらしいし、かなり異質であるのは間違いないだろう。
ちなみに、ノーディは座っていると俺よりも高い位置に頭が来るので、顔をうずめて抱き着くこともできる。さすがに嫌がられるのでやらないが。
「ねえねえ。ちょっといい?」
でもやってみたいなあ、とか考えていると、突然左から声がかけられる。
そちらを向くと、受付嬢さんがカウンターから身を乗り出して俺を見てきていた。
受付嬢さんは全員同じ服を着ているが、この人の分だけは少し変わっていた。具体的には、あれだ。お尻の部分に少しだけ穴が開いて、そこから尻尾が飛び出している。腰まで伸びている髪が尻尾が揺れるたびにわきに追いやられている。
ついでに、頭頂部には猫のような耳がピコピコ揺れていた。その耳は彼女の髪と同じ赤銅色をしていて、触ったらもふもふなんだろうと思う。
珍しいものに対する好奇心からか見開かれている目も合わせて、全体的に猫を連想させる姿だ。
「なんでしょう」
「その狼ってさ、もしかしてグリーンウルフなの?」
「そうですよ」
あっさりと肯定すると、受付嬢さんはさらに興味深そうにじっくりと観察してくる。
「普通、魔物っていうのは人になついたりしないと思うんだけど」
「俺は【従属】を持ってますからね。基本的に言うことにも従ってくれます」
「【従属】? 珍しいものもってるのね。でも、それだったら冒険者なんて危険な職業より、見世物とか御者をやってた方がいいんじゃない? 字も書けるみたいだし」
「何をやってても死ぬことはありますからねえ。どうせならそれをはねのける力を持っていたいじゃないですか」
俺の言葉に、受付嬢さんは同意を示すように頷く。髪の毛がさらさらと垂れて来た。受付嬢さんはそれを鬱陶しそうに耳にかける。
「ま、死ぬのなんて普通は嫌よね。理不尽なことだと特に」
「はい。なので、正確には納得のできるように生きて、死にたい、ですかね」
そのために少なからず力は必要だ。弱者には発言権すら与えられないことなどよくあることなのだから。貴族なんていう特権階級が身近に暮らしているここではさらに顕著だろう。
もしかしたらお茶壷道中を実体験することになるかもしれない。
「その年で随分と達観してるわねえ」
「達観というより実感ですが」
「……そう、苦労してるのね。確かルゥハの村の出身なんだっけ。あそこは、その……」
言いよどむ理由は、竜があの村の付近に出たということを知っているからだろう。実際には俺はルゥハの出身ではないが、そんなことをこの人が知るはずもない。
しかーし、俺とてその程度の事態を想定していなかったわけではない! 言い訳の一つや二つは用意してあるのだ!
「いえ、俺は確かにルゥハが故郷ですが、別にあの村で育ったわけではないんですよ。ただ単に生まれた場所があそこだったというだけで。なので、思い入れというものは……ないんです」
今までなるべく大きな声で話していたのは、聞き耳立てている冒険者にこのことを伝えるためでもあるのだ。同情を買っておねーさんに優しくしてもらおうなんて下心は俺にはない!
記憶喪失のふりしてたやつが言えたことかだと? その通りです誠に申し訳ありませんでした!
「あ、そうなんだ。じゃあ普通に話してもいいの?」
「いや、もしかしたら出身者の方がいるかもしれないんで、やめといた方がいいと思いますけど。っていうか、こんなにおしゃべりしてて大丈夫なんですか」
「依頼者様は来てないし、大丈夫よ。……ここの冒険者は私たちを見に来てるだけだしね」
後半はぼそっと呟くように言ったが、この距離だとしっかりと聞こえてしまう。異世界にもそういう人たちはいるのか。
「……美人は大変ですね。いろいろと」
「そうね」
そこで否定しない辺り、なかなかいい性格をしているようだ。そうでなければ冒険者相手の受付など務まらないか。
「まあ、私だって別に嫌な気分ではないんだけ――にゃっ!?」
「ジン様、お待たせしました。こちらがギルド員証明証となります」
「あ、どうも」
さっきまで話していた左の受付嬢さんが愚痴に入ろうとしたところで、真ん中の受付嬢さん……めんどくさいな。真ん中さん、左さんでいいか。
真ん中さんが左さんの襟元を後ろに引っ張った。首が閉まったのか、左さんは変な声を上げたのちせき込んでいる。割と強い力で引っ張られたらしい、容赦ねえな。
「ギルドの利用方法、規則などはご説明いたしますか?」
「あの、左の方は」
「お気になさらず」
女性の笑顔ってあらゆることに使い分けられるんだね。こんなに威圧感に満ちた素敵な笑顔はルイディアさん以外に見たことないぜ。
「すみません。説明はいいです」
「……遠慮なさらなくてもいいですよ?」
真ん中さんは少し申し訳なさそうな顔でもう一度説明をすすめてくる。
いや、別にあなたの笑顔に気圧されたわけではないですよ?
「いえ、一応ルイディアさんから重要なことは聞いているので、いいかなと」
「ああ、そういうことでしたか。申し訳ありません」
真ん中さんは頭を下げてくるが、謝られることでもない。気にしてないとだけ伝えて窓口を離れた。
その直後、後ろから左さんの抗議の声と真ん中さんの冷ややかな声が聞こえてくる。いっつもここはあんな感じなのだろうか。




