生きます
「あれが、街ですか」
「そう、私たちが住んでるところだよ」
キャンプを出発して四日目。
俺を含めた騎士団は、ようやく街に着いていた。
いや、本当は着いてないんだけども、ここまで来たらもう着いたも同然じゃん? なにせ完全に今日中に着くって分かってるんだから。
『……ようやくか』
『長かったね』
珍しいことに、リンが荷馬車の中から這い出して来た。飛び上がり、俺の隣にいたグリーンウルフ、ノーディの背中に張り付く。
どすん、となかなか重そうな音がしたにも関わらず、ノーディはびくともしない。煩わしそうに背中を見るだけだ。
『お前、自分で歩けよ。歩けなくても跳ねれるだろ』
『疲れるからいや』
「お前……」
呆れた目を向けても、リンはびくともしない。従属パスを通して鼻歌まで聞こえてくる。
ああ、うん、まあ、いいか。
それよりも街だ。
まだ距離があるにもかかわらず、街はとてもはっきりと見える。見る限りではかなり巨大そうだが……。
「あの規模で街なんですか?」
「あ、説明してなかったね」
ルイディアさんは失敗失敗、と言って説明をし始める。
俺が街と呼んでいるあれは、正確には都市らしい。
その名は辺境都市アンティール。王都から最も遠い都市。
そして、それゆえに情報が届くのも遅く、王都の流行に疎いこともままあるそうだ。
「辺境都市なんて名前からわかるけど、要するに田舎なんだよね」
「はあ」
そこは重要な話なんだろうか。
いや、女性にとって流行は大切なものなのかもしれないが、今はなぜ都市が街と呼ばれてるのかの理由を聞きたい。
「まあ、話を戻すけど」
それてるって自覚はあったんですね、という言葉を飲み込み、話の続きを聞く。
ルイディアさんの説明はたまに横道にそれることはあったが、おかげで大体のことはわかった。関係ない話を省くと、こういうことか。
辺境都市アンティールには、中に四つの街がある。
領主を含めた貴族たちの住む場所であり、豪邸が居並ぶ『貴族街』。――曰く最も派手な街。
商店や屋台が多く、市が開かれる『商業街』。――曰く最も雑多な街。
こちらは貴族ではなく一般市民が生活している『住宅街』。――曰く最も平凡な街。
そして、ごろつきやチンピラが徘徊し、男も女も妖艶な衣装で人を誘ってくる『歓楽街』。――曰く最も危険な街。
この四つだ。
といっても、『貴族街』以外は明確に区切られているわけではなく、雰囲気で何となくわかる、という曖昧なものだそうだが。
で、アンティールに住んでいる人々は、都市へ行くとか家に帰る、という言葉は使わず、『○○街』へ行く、帰るという言い方をするそうだ。だからルイディアさんも街と言っていたと。
ちなみに、団長さんたち騎士団が帰るのは『貴族街』で、ルイディアさんたちは『商業街』らしい。俺がなる冒険者も商業街で登録手続きをするらしく、街に入ったらルイディアさんに案内してもらうこととなった。
「何から何まですみません」
「別にいいよ? 私もギルドに用事があるから、そのついでだし」
この人の場合、本当に用事があるのかどうかも疑わしいんだがな。
親切にしてくれるのはとても嬉しい。しかし、感謝どころかどんなことをしても足りないぐらいの貸しを作ってしまうのは心苦しい。何も返せないのは心への負担が大きすぎる。
せめて、サイラスさんのように十倍にして返せとでも言ってくれればましなのだが、団長さんには気にするなとか言われるし、ルイディアさんは絶対に用事のついでって言うし、他の人たちに何か言ったら子供が遠慮するなって……。
「どうしたの? ジン君」
「いえ、ちょっと汗が鬱陶しくて……」
夏は嫌いだが、今に限ってはこの気温でよかったと思う。
「それより、あとどれぐらいで着くんでしょうか」
「もう見えてるし、たぶん一時間もかからないよ。あ、それと騎士団とはもう少ししたら別れるから、準備しといてね」
「……はい?」
おう? ちょっとまて、今なんて言った?
いや、そりゃあ街に着いたら別れるのはわかってたが、もう少ししたらってどういうことだ。あと一時間近くあるのにどうしてここで……。
『団長さんたちは『貴族街』に行くからでしょ』
『あ、そうか』
あれだけ巨大な都市で入り口が一つなわけないか。そもそも『貴族街』と他の街では区別されてるそうだし。
じゃあ、リンの麻袋持ってこないとな。荷馬車の中だよな?
『もう持ってきてるよ』
『……早いな。じゃあ、リンは麻袋の中入っとけ。ノーディも、今から行くところは人が多いからな。覚悟はしとけよ』
『わかったー』
『……わかった……』
テンションの明暗がはっきりとわかるな。そんなに嫌ならノーディは街の中に入らなくてもいいと思うが。
『……死んだらどうする』
『あ、うん』
確かに街の近くに魔物一匹でうろついてる方が危険だな。
でも、お前ならたぶん全力で走れば逃げられると――
『……あいつが住んでる都市だぞ。俺如きが逃げられるか』
『確かに』
そうだな、俺達が行くのってサイラスさんが住んでる都市だもんな。化け物が日常的に挨拶してきても不思議じゃない。
さすがにサイラスさんクラスはこの都市にはいないらしいが、騎士団の人たちもノーディより普通に強いし、あっさり狩られそうだ。
『しょうがない。頑張って慣れてくれ』
『……おう』
一応団長さんからの認可は受けてるし、許可証みたいなものも貰ってるから、ノーディが街に入るのも法律的には問題ない。問題は、いくら許可が下りてても、街中に魔物が入ることをよく思われるかなんだが……。
ま、なるようにしかならないだろう。拒否されたら必要なものを買って都市の外で暮らせばいいだけだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ?」
「……だと、いいんですけどね」
ルイディアさんの言葉に苦笑して返す。
嫌な予感は特にしないし、形だけの慰めを言う人でもない。本当に大丈夫なのだろう。
ただ、やっぱり未知は恐怖だ。
「あ、そうだ。団長さんたちにちょっとお別れ言いたいんですけど」
「ごめん、もうここで別れるんだ」
「……マジっすか」
「うん。完全に言い忘れてた、ごめん」
ちょっと急すぎません? いや、そちらにとっては予定していたことなんでしょうけども。
えー、あー、……しょうがない、今言うか。
「すいません、先行っといてください。ちょっと最低限はお礼言ってから追いますので。あ、行軍止めさせたりはしませんから」
「いや、私が言い忘れたせいだし、待つよ。二人も構わないよね。ね?」
ルイディアさんが後ろについてきているエドさんたちに同意を求める。なんか肯定以外認めない声をしてる気がするのは気のせいだろうか。
お二人は特に何を言うでもなく頷いていたが、ちょっと首を振るのが早かったように見える。
「ありがとうございます」『ノーディ、背中乗せてくれ』
『……ちっ』
『舌打ちすんな』
ものすごく不服そうなノーディだったが、乗ることは許してくれた。ここでツンデレとか言ったら振り落とされそうだ。ツンデレの意味が通じるかは知らんが。
そんなどうでもいいことを考えつつ、ノーディに騎士団から少し離れて横を歩くように頼んでから、思いっきり息を吸い込む。
「騎士団長レイドさん、および騎士団員の皆さん!」
全員に聞こえるように、全力で声を張り上げる。
「このたびは何もできず、何も返せない私の命を救ってくださったこと! そして、生きるための力を与えてくださったことを心から感謝いたします!」
息継ぎをして、また叫ぶ。
「今はこのようなことしかできませんが、いずれ必ず、このご恩は返させて頂きます!」
喉がつぶれるほど声を振り絞った。
「本当にありがとうございました!」
言い切ると同時に、ノーディにまたがった姿勢のまま頭を下げる。
数秒間、鎧と行軍の音だけが平原に響く。
「……ふう」
軽く一息つき、頭を上げる。こんな雑なお礼しかできなかったことが本当に申し訳ないが、一応やることはやった。これ以上ルイディアさんたちを待たせてもしょうがないし、後で騎士団の詰め所にでも行って、改めてお礼を言わせてもらおう。
ぶつぶつ言いつつもしっかりと騎士団の横を歩いてくれているノーディに帰るように伝え――
「ジン」
――ようとしたところで、聞きなれた声が耳を打つ。
聞き間違えるはずもない。俺にとっては誰よりも印象的な声だ。
反射的にそちらを振り返ると、あの人は行軍の前に立って、俺たちに手を振りながら、言った。
「死ぬなよ」
決して大きな声ではなかった。
だが、この場のどんな音よりも、その言葉は俺に響く。
なにせ、あれは俺の憧れた人だ。たった十五年の人生でも、初めて俺が尊敬した人なのだから。
「生きます!」
今までで一番でかい声を出してしまったのは、しょうがないと思ってほしい。
俺の返答を聞いて、サイラスさんは笑いながら行軍に戻る。相変わらず、終始愉快そうな人だ。
『ノーディ、ありがとう。戻ってくれ』
『……おう』
未知は恐怖だ。
知らないものほど何があるかわからない。
ただ、おそらくどうにかはなるだろう。
ここはあの人たちが守っている街で、あの人が住んでいる都市なのだから。
『あれだな。俺、結構単純だな』
憧れの人に声をかけてもらうと元気になるとか、どこの少女漫画だよって話だ。
『何をいまさら』
『……何をいまさら』
『え、その反応はちょっと傷つくんですけど』
予想していたのと違う反応に抗議するが、ノーディもリンもそれに耳を貸すことなく、待ってくれているルイディアさん達の元に戻っていった。




