番外編
「うあ~あっちぃ~」
雲一つない快晴。
遮るものがないから照り付ける日差し。
おまけに周りにはがしゃがしゃと音を立てて行進する鎧群。
うがー、夏なんか消えて無くなれー。消滅しろー。うおんとぅでぃさぴあー。
「あはは、辛そうだねえ」
「そりゃそうですよ~」
心の中で夏に呪詛を吐いていると、上から声がかけられた。
手で日差しを遮りながら声の主を振り仰ぐと、そこには白いローブに身を包んでいる美女が苦笑してこちらを覗き込んでいた。その顔には汗一つかいていない。
おそらくかぶっているローブがあのテントと同じような魔道具なんだろう。羨ましい。
「まあ、自分で決めたことなんだから頑張りなよ、男の子」
「わかってますよー」
そう、この炎天下の中、わざわざ俺が騎士団の皆さんと同じように道を歩いているのは、ほかならぬ俺自身が体力増強のために言い出したことなのだ。
もちろん、行進を遅らせないように、ついて行けそうになかったらさっさと荷馬車に戻ることを約束してある。俺の体力だと道の四分の一もいかずにばてることなどわかりきっている。
『……だらしないな』
『うるさい。お前とは基本的な体力が違うんだからしょうがないだろ』
口をはさんできたグリーンウルフにそう言い返すと、なぜかむっとしたような感情が伝わってくる。なんだよ?
『……そろそろ、名前決めろ』
『……あー』
そういえば、こいつの名前はまだ決めてなかったな。出発してから二日は経つのに全然気づいてなかった。グリーンウルフ自身も言いださなかったし。
『でも、お前って名前いらないとか言ってなかったか?』
『……気が変わった』
『ふーん』
ま、なんでもいいけど。
しかし、名前ね。名前か。
「いざ付けるとなると、どんな名前にすればいいのやら」
「名前?」
おっと、口に出してたか。従属のパスつなぎはもうちょっと練習しないとな。声を出さなくても連絡しあえるって、ものすごいアドバンテージだし。
もっと遠距離でもできるようになったら、それこそ一か所に留まったままあらゆる情報が手に入る。いやはや、胸が躍るね。
さて、それはそれとして、どうせ漏らしちゃったんならルイディアさんにも手伝ってもらいますか。
ということで、ルイディアさんに軽く事情説明をする。
「なるほど、グリーンウルフの名付けかあ。というか、まだつけてなかったんだね」
「いやーははは。いろいろ忙しかったりしたもんで」
やっぱりそこは気になっちゃいますよね。
忙しかったというか、従属のパスつないでると喋ってるのが誰なのかが普通にわかるから、もうグリーンウルフって呼ぶことがあんまりなくて忘れてたんだよな。
正直、グリーンウルフに言われなかったらずっとつけないままだったと思う。
『……ふざけんな』
はいはい、俺が悪かったから手を噛むのはやめなさい。甘噛みでもだいぶ痛いから。
「うーん、確かにどんな名前にするかは悩むね。そもそも魔物にあんまり名前を付ける人もいないし」
「あ、そうなんですか」
「うん。魔物使いのほとんどが見世物なんかの商売道具としてしか考えてないから、わざわざ名前を付けてかわいがることがないんだよ」
なるほど。そりゃ商品に一々名前なんか付けてられないだろう。
というか、俺みたいに魔物を戦力として考える人の方が少ないのか。つまりこのまま街に行くと見世物扱いされて注目されるわけだ。できれば初めに言っておいてほしかったなあ。
ま、危険視されないだけましか。リンはどっちにしろ麻袋から出てこないだろうから問題はないとして、グリーンウルフの方は騎士団のお墨付きでも貰っとこうかね。
飼い主しか噛まない、臆病な魔物ですってか。
「何の話です?」
「お、ちょうどいいね。エド、君も一緒に名前考えてよ」
ルイディアさんの横に馬を出してきたのは、同じような白いローブを着たエドさんだ。
好青年そうな顔立ちに興味の色を浮かべてグリーンウルフの方を見ている。会話を聞いていたからか、ルイディアさんが名前と言っただけで何の話か察したようだ。
なんとなく視線を感じて後ろを見てみると、ミリアさんが口元を歪めて俺たちを見ていた。ああ、やっぱりあの人も参加するのか。
「グリーンウルフの名前か。……どんなのがいいとか、本人から希望はないのか?」
「あー、それは聞いてませんでしたね」
悪人顔で楽しそうににやけているミリアさんに思わず苦笑していると、エドさんから質問された。確かに聞いておいた方がいいな。趣味に合わないもの付けられても嫌だろうし。
『で、お前はなんか希望とかあるのか?」
『……わからない。似合う、の』
『了解』
グリーンウルフが言ったことをそのまま伝えると、ミリアさんが俄然やる気になったようでいろいろと考えたものを言ってくれた。当たり前のように、半分以上は罵倒に近かったが。
ちなみにその一部がこれだ。
「みどり」「尻尾」「毛ダルマ」「気絶屋」「ぷるぷる」「パシリっぽい」
一番マシなのが色の情報しかないみどりという、あまりにも酷すぎる名前の数々。最後のパシリっぽいってなんだよ。もうただの感想じゃねえか。あと、ぷるぷるってどういう意味だ。
「サイラスさんの前に出るといつもプルプル震えてるから」
「却下で」
「似合ってる」
「そういう問題じゃないんです」
たしかに、特徴をよく表していると言えばそうだけども、いくら何でも不憫すぎる。
そもそも似合ってるからって名付けられたんじゃ、それこそ『狼』一つでもいいじゃないですか。
「ルイディアさんたちは何かありません?」
似合ってるのに……、といまだに文句を言っているミリアさんを放置して、まともな名前が出てきそうな二人に話を振る。
少しの間の後、ルイディアさんが口を開く。
「フュリーっていうのはどう?」
「名前としてはいいですね。ちなみにどういう意味で?」
「今は使われてない古代の言葉でね。風を走るっていう意味があるんだよ。似合うと思うんだけど」
「なるほど。似合ってますね」
さすがルイディアさん。期待以上にいい名前を出してくれた。風を走るというのが風を切って走るなのか風の中を走るという意味なのかは分からないが、似合っているのは変わらない。もうこれでいいんじゃないか?
「ちなみにエドさんは?」
「俺はヴォルフだな。帝国の言葉で狼を表すらしい」
「こっちもいい名前ですねえ」
ヴォルフにフュリー。どっちも甲乙つけがたい。グリーンウルフは雄だから、ヴォルフの方がいいかな? ってぐらいだ。
『お前はどっちがいい?』
『……嫌だ』
『……嫌? 両方共か? なんでだよ。どっちもいい名前だろ』
もしかしてぷるぷるの方がよかったのか。いや、いくらなんでもそれはないだろう。
少なくとも、俺だったら絶対拒否する。
『……ジン、つけろ』
『俺に付けろと?』
何故にわざわざ。
面倒とは思わないが、俺がつけることに何か意味があるのだろうか。そんなにいい名前を付けられるとも限らないし。
しかし、グリーンウルフはそれでもいい、と言って譲らない。
まあ、それならそれでいいか。
グリーンウルフの意思を伝えて謝ると、ミリアさん以外は気にしなくていいと言ってくれた。ミリアさんは尻尾だけでも検討しろと言っていたが、ルイディアさんに窘められて渋々下がっていった。
なんであんなに押してきてたんだ、あの人。
まあ、それは置いておくとしても。
「名前ねえ」
正直、あまりいいものは浮かばない。
神話や伝説からとっていいのならいくらでも浮かぶが、それだとどうにもグリーンウルフのイメージに合わない気がする。こいつの性格って臆病者だしな。
ふむ、こういう時はいろいろと見直すべきだな。名付けをするなら対象がどういうものか、どんな能力を持っているかで判断をしなければならない。名が合うほど力もまた増す。
まずはステータスもっかい見てみるか。
----------------------
種族:グリーンウルフ
Lv8
HP:212/212
MP:32/32
筋力:354
体力:323
敏捷:258
知力:65
魔力:13
スキル
疾駆Lv3
爪術Lv2
危機感知Lv3
ギフト
牙狼Lv4
--------------------------
……うん、相変わらず羨ましくなるほどのステータス。なんでこの強さでこんなに臆病なんだこいつ。スキル三つにギフトまで持ってて、その上これらは使いにくくもない。
正直言って、まともにやれば確実にリンよりも強い。
それだけにこの自信のなさがわからない。
『なあ、グリーンウルフ。一つ聞きたいんだけどな、何でお前はそんなに臆病なんだ?』
『……死にたくないから。警戒は当然』
言いたいことはわかるが……ちなみに、お前よりもはるかに弱い俺の方が危険に無頓着なのはどう思ってる?
『……無知。命知らず』
『ひでえ言い草だな』
無知の方はともかく命知らずは言い過ぎだ。俺ほど命を大事にしている人間はいないというのに。
あと、俺に言わせればお前が警戒しすぎだ。もっと楽に考えてた方がいいと思う。……でも、そうか。そういう風に考えてるんだな。
ちょっと名前が思いつきそうだな。
『よし、荷馬車はいるぞ』
『……思いついたか?』
『んー、かもな』
まだ形にはなってないけど、ピンとくるものはあった。
『……どんなのだ』
『まあ、待て。もう少しまとめるから』
急かしてくるグリーンウルフを宥めつつ、御者をやっているグリムさんにひと声かけて荷馬車に戻る。グリーンウルフはいつも通り荷馬車の隣を歩いている。身体が入らないわけではなく、揺れが気に入らないのと強度が信用できないらしい。
ここまでくると臆病というより疑心暗鬼か妄想狂のような気もする。
まあ、悪いことじゃない。
妄想ができるのは知力の高い証拠だ
動物は本能で危険から逃げるが、人は恐怖を想像して逃げる、とは誰の言葉だったか。
人と同じことをしている時点で、こいつの知能は人と同程度にはあるってことだ。あるいはそれよりも高いのかもしれない。
だとすると、知識が増えれば自分で考えて判断することが――。
「いやいや、ずれてるずれてる」
今はあいつの名前だ。
といっても、あの言葉を聞いたときにどんな名前にするかは大体浮かんできてるが。
「死にたくない、とはいい言葉じゃないか」
思わず笑みが浮かぶ。俺も全く同意見だ。
まあ、俺は別に死ぬことが嫌な訳じゃない。単に納得できない死に方が嫌なだけだ。どうせいつか死ぬんだから、死に方ぐらい選ばせろい!
っと、ふざけるのはここまでにしといて。
『おい、名前決まったぞ』
『……本当か』
従属のパスを通して伝えると、グリーンウルフは荷馬車に飛び乗ってきた。反応早いな。
『……教えろ。早く』
『わかったわかった。お前の名前はノーディだ』
『……ノーディ』
ノーディは、なぜかジッとこっちを見てくる。視線の意図はわからない。従属から何も伝わってこないのだ。
……おい、お前、従属のパス無理矢理切断してるな? いつの間にそんな器用なことできるようになったんだよ。
『……わかった』
『ちょっと待てい! 気に入ったかどうかぐらいは聞かせろ!』
『…………嫌だ』
『おい、おま――』
あっ、外出やがった! くそっ、俺の足だと追いつけないからってあの野郎!
まあいい、感想はいつか聞き出してやるとして……それよりも。
『さっきから黙って引きこもってるリン君よ。あいつに一体何言ったのかな~?』
『何のことかわからないな~?』
はっはーん、惚けやがるか。
『何で断定できるの? わたしがやったという証拠でも?』
『馬鹿にしてんのか? 証拠だらけだろ』
『ほう、例えば』
なんだ、探偵ごっこでもやろうってのか? いいだろう、何が目的か知らんが乗ってやる。
『まず初めに、ノーディの方から名前決めろって言ってただろ』
『ふうん、そうなんだ』
ちっ、さすがに引っかからないか。そうだね、とでも答えてればどうして知ってるのか問いただせたのに。
『……ああ、そうだ。けど、これはおかしい。あいつはそこまで名前にこだわりを持ってなかった。グリーンウルフって言われてようが気にしてなかったしな。
だから、ここで誰かに名付けに関する何かを吹き込まれたんじゃないかと思いついた』
『それがわたしだと?』
『俺はそう思ってる。が、これだけでお前が観念して、私がやりました、なんて言い出してくるとは思ってない』
『当然。そもそもわたしはやってないし、仮に、あくまで万が一にやっていたとしても、その理論だと穴だらけだね』
『わかってる。だからこれから理由を上げていくんだ。余計な口挟むな』
『わたしに口はないんだけど』
……嬉しそうにしおってからに。
うまいこと言ったつもりか。
『話を続ける。ノーディは名前が欲しいとは言ってたが、具体的にどんな名前がいいとは言わなかった。似合ってるのっていう無難で漠然としたことぐらいだな。言ったのは。
このことから、ノーディは名付けという行為をしてほしかったのであって、名前そのものが欲しいわけではなかったといえる。
簡単に言うと、自分と他の奴が違うことが分かればそれでよかったんじゃないかってことだ。そして、ここから何を吹き込まれたのかを推測すると……まあ、ざっくり言ってお前は主人、つまり俺にとって他と区別がつかない消耗品だみたいなこと言われたんだろう』
『ふーん。でも、これだと私が関わったのかはわからないよね。それに、名前だってもしかしたら自分を表すものが欲しかっただけかもしれないし』
お前が関わったかどうかについてはそれなりの証拠があるんだがな。
とりあえずは後者の否定をしていこうか。
『自分を表すものなら俺がつけなくてもよかっただろうし、それにルイディアさんたちが挙げてくれた名前はどっちもノーディのことをよく表していた。それを否定したってことは俺がつけることに意義があったんだ。
そう考えると、似合ってるものを付けろっていう言葉も誰かから吹き込まれたものなのかもな。
それと、なぜお前が関わったのかだが……ノーディが、従属のパスを切断してたからだ』
『というと?』
『あいつにそんな器用な真似はできない。いくら人と同等の知能があろうと、所有者の俺でも難しいことを受ける側のあいつができるわけがない。つまり、俺かお前がやり方を教えないと、出来るはずがないことをやっていたわけだ』
『わたしもその従属を受ける側だよ。そんな器用な真似はできないんじゃない?』
『いいや、お前は別だ、リン。【吸収】っていうギフトを持ってるお前はな』
ギフトならノーディも持ってたが、あいつのは完全物理特化だ。【従属】を利用するのに役立つもんじゃない。
だが、お前の【吸収】なら従属パスを通じて俺から知識を【吸収】することもできるだろ。そうでなくても、従属パスそのものを【吸収】すれば、切断したのと同じになる。
『それにお前、今日一回も俺に話しかけてこなかっただろ。後輩の名前決めやってるのに、なんで先輩のお前は口出さなかった?』
『それは』
『眠ってたからなんて言うなよ? お前は毎日俺たちに合わせて寝てるし、そもそも、弱小種族のスライムが、敵に無防備な姿を数分もさらすのか?』
『ふむ……』
少し考え込むような思考が伝わってくる。
しかし、これでリンのことを追い詰められたなんて思ってない。なにせ、俺はリンがノーディに変なことを吹き込んだ犯人と断定して話を進めているが、決定的な証拠はない。吸収についてもいいがかりだと言われればそれまでだ。
一番怪しいのはその通りだが、違うとはっきり否定されればそれまでだ。これ以上は追及できない。
『……ジン』
『なんだ』
リンから話しかけられ、いったん思考を中断する。
リンは、今までより少し真面目な雰囲気と共に、言葉を紡ぐ。
『わたしには、何の事だかわからない、よ』
『……そうか』
やれやれ、探偵ごっこは終わりだな。まあ、そもそも本物の探偵はこんな推理小説みたいなことしないんだが。
『でも、一つ聞かせて』
馬車の荷物にもたれかかろうとしていた体を止める。まだ探偵ごっこは終わりじゃないらしい。
リンは一泊置いて、問いかけてくる。
『何でそんなに怒ってるの?』
『……怒ってる?』
いや、別に怒ってはいないけど。単に、なんでノーディにわざわざ名前付けをねだらせたのかが気になっただけだし。俺に名前付けるように言っても同じだったんじゃないかって。
そう説明しても、リンは納得しない。
『でも、ジン、怒ってたよ。わたしにはそう見えた』
『んー……まあ、たぶんだけど』
『何?』
いや、本当にたぶんだぞ。確かってわけじゃ……いいから教えろって? わかったわかった。
『たぶん、お前がノーディにやなこと吹き込んだんじゃないかって思って、腹が立った。勝手に想像して何言ってんだって話だが……』
他の可能性が思いつかなかったとはいえ、勝手に怒りを抱いて、しかもそれを態度に出していたとは。恥ずかしすぎる。何してんだよ俺。
『……ちょっと嫉妬しちゃうね』
『嫉妬? 何で?』
『なんでもないよ。まあ、理由はわかったし、もう聞くことはないから、それじゃ』
『ああ、うん』
それじゃってお前……。お前と話できなくて、どうやってこの中で暇潰せばいいんだよ。
……また歩くか。ついでにノーディに名前の感想でも聞きに行こう。あ、でもその前にどうやって捕まえるか考えないとな。




