厳しい世界
「あの時は大変だったな……」
結局、オークの駆逐は一日では済まず、休憩を取りながら丸二日かかった。
しかも、俺がサイラスさんではなく他の騎士の人たちと共に行動していた時に、ちょうど逃亡しようとしていたオークの指揮官にぶち当たったりして……本当に大変だった。
結果的に生きて帰れたが、あれだけ命の危機を感じたのは一体何度目だろうか。これ以外で命の危機を感じたのは、せいぜい馬に乗ったときや結界ごとぶん投げられたときだ。
あれ? 二回ともサイラスさんと行動してた時じゃね?
『ジン、大丈夫?』
『ああ、うん。大丈夫大丈夫。ちょっと一昨日のこと思い出してただけだ』
恐ろしい事実は置いておくとして、それが一昨日のことだ。
オークの指揮官を殺し、残党狩りを終えてこのキャンプに帰ってきたのは昨日なのだが……そこで起こった悲劇については、思い出したくもないので封印する。
少しだけ言うなら、何故か持ち込まれていた酒による宴会が始まり、それによってサイラスさんがはやし立てられて暴れたり、アンさんがわりとアレな感じで乱れたり、エドさんが愚痴をこぼしながら絡んできたりと、控えめに言ってもひどい光景があちこちで見られたのだ。
もちろん、これらはごく一部のことでしかない。
繰り返し言おう、これらはごく一部のことでしかない。
……裸踊りとか騎士がすることじゃないと思う。
さすがにそれは、他の人たちも全力で止めていたが。
『本当に大丈夫?』
『ハハハ、ダイジョーブダイジョーブ』
ちょっと昨日のこと思い出してただけだから。うん、大丈夫ったら大丈夫だ。あんな一面を見てしまったことについてはちゃんと封印してあるから大丈夫。
「再開に水を差すようで悪いんだけど、リンのことについては今聞く?」
「あ、すみません。まずは団長さんの方の話を」
リンのことは後でも聞けるし。
「別にこちらの話は後でもいいが?」
「いえ、そこまで緊急の要件でもないので……。飛びついてい置いて言うことでもないですね、すみません」
団長さんの言葉に首を振って、話の腰を折ったのが自分だったのを思い出して頭を下げる。
「別に謝らなくてもいい。まあ、聞きたいことは昨日も言った通りだ」
「これからどうするのか、ですか」
「ああ」
正確に言うなら、街に帰った後にどうするのかなんだろうけどな。この人たちが、今更俺をここに置いて帰るってことはないだろうから。
しかし、どっちにしろ、どうするのかは決まっている。
「生きます」
「……うん?」
「生きることを目的にします。いのちだいじにってことですね」
冗談を言っているわけではなく、生きること、つまり生き延びることがこれからの目的だ。
そんなもん聞いたわけじゃないだろって? いいんだよ。とりあえずニュアンスさえ伝われば。たぶん団長さんならこれだけでもそれなりに分かってくれるはず。
「なるほど。ならそのためにどうする? やはり冒険者になるのか?」
「そうですね。たぶんそれが一番楽だと思うので」
察してくれたのか、団長さんは少し渋い顔をしながら頷いてくれた。
わざわざ生きるという、当たり前の宣言をした意味を分かってくれたようだ。実際のところ、あれでそこまで伝わるとは思っていなかったのだが。
まあ、伝わろうと伝わるまいと関係ないといえばない。言うこともやることも変わらない。これまで通りだ。
「街の中で安全に暮らそうとは考えないか? 信頼できる仕事場へ口利きしてもいい」
「お心遣いありがとうございます。でも、リンやグリーンウルフまで養うにはそれだと足りませんし、かといって二体を手放すのも、今はもう考えられませんから」
「……そうか」
それに、街の中にも危険はある。どれだけ治安がよかろうと、絶対にガラの悪いやつは存在するものだ。それに対抗するだけの力は必要で、力を身に着けるのには、やはり街の外に出てリンたちを鍛える必要がある。
俺が対処できるならいいが、今の俺は身体的な力だけで言うならリンよりも下だ。
会話だけで全てを解決できるほど、この世界は甘くない。
「ならば、もう何も言うまい」
「すみません。せっかくのご厚意を蹴ってしまって」
「気にすることはない。君の人生なのだから、決めるのは君だ。しかし、もう一つだけ聞いておきたい」
「なんでしょう」
団長さんは、ほんの少し眼光を鋭くして問いかけてくる。
「君は元の世界に帰る気はないのか?」
「……どうでしょうね」
元の世界、日本に帰る。
これについては、今までも考えなかったわけではない。
だが、不思議なほどに帰りたいとは思わなかった。それは、目の前のことに必死だったからというのもある。
しかし、多少落ち着いた今でも、帰りたいとは思わない。
「帰った方がいいとは思うんですが、どうにもその気が起きないもので」
誤魔化すでもなく本心を話す。
向こうでは嫌なこともあったが、いいこともあった。こちらの世界と違って死ぬ危険性もかなり少ないし、決して帰りたくないとは言わない。
ただ――
「まあ、そんなところです」
「……そうか。時間を取ってすまなかったな。街には今日出発するから、用意をしておいてくれ」
「はい、わかりました。街までよろしくお願いします」
「ああ」
軽く頷く団長さんに背を向け、リンの麻袋を背負う。あれ? そういえば、今回サイラスさんが一切口を出してこないな。
そう思って斜め前に立っているサイラスさんを見ると、ゆらゆらと頭が揺れている。
……寝てる? 寝てるな、これ。
大丈夫なのか、いろんな意味で。確かに昨日はかなり騒いでたけどさ。
「その馬鹿は気にしないでいい」
「あっはい」
思わず安らかな顔で舟をこいでいる強面を凝視していると、団長さんの冷えた声が予想していたよりも近くで聞こえて来た。いつの間に後ろに移動したんですか。
さすがに問いかける勇気はなく、言われた通り一切後ろを振り返らずに早歩きでテントから出た。
直後、鉄で何か固いものを殴打したような音がしたような気がするが、きっと気のせいだろう。
『ねえ、ジン』
『ん?』
街に帰る準備なのだろう、撤去されていくテントを見ていると、リンが声をかけてきた。声と言っても、スライムには発声器官がないので、ほとんど心で話しているのと変わらないのだが。
『察したってどういうこと? 生きるって伝えて何を察するの?』
『あー、あれな』
さすがにあれだけだと分からないか。当然だな。察せる団長さんがおかしいだけだし。
といっても、別に深い意味を持たせたわけじゃない。
『生きることを目的にする。つまり、目的のためには手段を選ばないって意味だ』、
『……? わざわざ伝えなきゃいけないようなこと?』
『あの人たちが騎士とかじゃなかったら、特に伝える必要もなかったかもしれないけどな』
『?』
リンはわかっていないようだが、手段を選ばないのなら、それが法に触れることもあるかもしれないわけだ。
もちろん、そんなことにならないように行動はする。目立つことはしたくないし、注目されるのもごめんだ。
しかし、この世界はそんなに甘くはない。いや、ここに限らず、すべてが思い通りに動く世界など存在しない。チンピラに絡まれることもあれば、厄介なやつらに目をつけられることもあるだろう。
それらが、ただ金を巻き上げてくる程度のことしかしないのなら、俺も派手な行動はしない。
だが、もしも。
もしも、そいつらが俺の命を奪いに来る、あるいはそれに相当することをしようとするならば。
俺は一切の慈悲も、欠片の容赦もなく、そいつらを叩き潰すだろう。それこそ、騎士団という守護者が、敵に回るような手を使っても。
『まあいっか。あと、もう一つ聞きたいことがあるんだけど』
『なんでもどーぞ』
『何で元の世界に帰りたくないの? 私たちに遠慮してるとかじゃないよね?』
『……あー』
それかー。
それについては、ちょっと説明するのが恥ずかしいんだけども。
あと、帰りたくないんじゃなく帰る気があんまりないってだけだから。
『聞きたい?』
『できれば』
『……まあいいか』
リンに隠し事する意味もあんまりないし、話しても問題ないだろう。というか、リンって性別あったっけ? なんか話し方が随分女性っぽいというかなんというか……どうでもいいけどさ。
『正直に言うと、な。ちょっと前までは、帰りたいって思いの方が強かったんだよ』
死ぬ危険が恐ろしく高いこの世界で、いくら人が優しくとも、残りたいとは思っていなかった。
騎士団の人たちに恩を返し、帰る方法が見つかったのなら、あの時の俺はたぶんすぐに帰っただろう。それまでに未練ができていた可能性もあるが。
では、いつ俺の考えが変わったのかというと、それはもう、とても巨大な出来事があった。
『ちょっと前にさ、竜が来ただろ?』
『私は見てないけど、そうだね』
『リンはずっと袋の中にいたしな。んでまあ、その時にサイラスさんがその竜をぶっ飛ばしたわけだ。文字通りの意味で』
『それを見て、変わったってこと?』
『そうなんだが、思ってるのとはちょっと違うぞ』
確かに、あの時の衝撃はすごかった。あれほど人を怖いと思ったのは、前の世界を合わせても二回ぐらいしかない。
それでも、恐怖を感じて留まりたいという考えを持つ人はいないだろう。
俺がここにいたいと思ったのは、この世界の在り方を見たからだ。
すなわち、質が量を上回ることがあり得るということを。
『俺の世界ではな、国に逆らえる個人はいなかったんだよ』
いや、それが本当に個人のみの考えであったなら、逆らうことは許されていた。
しかし、それはひとえに〝個人の力など何の脅威にもならないから″に他ならない。
金を稼ぐのにも、テロをするのにも数の力は必要だった。
この世界の人間も、それは同じだろう。サイラスさんだって、あれだけ圧倒的な力を持っているのに騎士団に所属している。
『でも、サイラスさんは逆らえる。その気になれば、自分の力そのものを盾にして、国に何かしらの要求をできるはずだ。……まあ、要するに力へのあこがれだ』。
『それ、あの竜を見たときも感じた?』
『え?』
……そういえば、感じなかったな。
情けなくやられているのを見たから?
いや、違う。俺はその前、たぶん竜の咆哮を受けたときからそう思っていた。
怖くて、恐ろしくて、――そして、くだらない。
あの時、朦朧とする意識の中で、そう感じたのを覚えている。
『じゃあ、さっき言ったことは違うよ』
『なら、なんなんだ? 俺としてはそれ以外に考え付かなかったんだが』
リンは、一泊置いて、言った。
『ジンは、力じゃなくて、それを振るってるサイラスに憧れたんだよ』
…………。
……ああ、そうか。
そうなのか。
「そうか……」
寝起きに冷や水をぶちまけられたような気分だ。
頭の中が晴れていくのが、明確に感じられる。
普段ならありえないと断言する言葉が、不思議と頭によくなじんだ。
人に憧れたのなんて初めてだというのに、それ以外にあり得ないと納得できる。
――俺はサイラスさんに憧れた。
この厳しい世界で、我を通せる強さに憧れた。
竜を怯ませる恐ろしさに憧れた。
そして何より、その力を恐れられない生き方に、憧れた。
「そういや、いなかったなあ……」
近くに、すごいと思った奴は何人かいた。
ただ、その全員が、ずっと一人で立っていた。
馬鹿にしあうこともなく、見下すこともなく、ただ合理的に、一人だった。
馬鹿みたいにふざけて、笑ってる奴は一人もいなかった。
あんなふうになりたいと、思った。
でも、
『なる必要はないな』
というか、なれたとしても、恐らくならない。
俺は生きることを目的にする。どんな状況だろうとも。
前の世界からそうだったし、それを変えるつもりもない。生きるために必要ならどんなことでもする。それに、俺自身が力を手に入れることはもう無理だ。
『ま、隣の芝生を見ててもしょうがないか』
『うん、ジンはジンだよ』
その通り、俺は俺だ。あの人に憧れたのも、それを知って衝撃を受けたのも事実だが、やっぱり根本は変わらない。いつも通りだ。
なれないことなんてわかってる。前の世界でも、絶対にかなわないと思った奴もいた。その程度で、今更ショックを受けたりはしない。
『とりあえず、グリーンウルフに今日出発って伝えるか』
『うん』
サイラスさんを過剰に恐れている狼を思い出しながら、止めていた足を再び動かす。
降り注ぐ日を浴びて歩いて行く中、サイラスさんに憧れた瞬間を、ふと思い出す。
絶対者だったのだろう竜が吹き飛ばされ、なすすべもなく転がり、圧倒的に劣るはずの人間が、それを笑いながら成し遂げている光景。
それを見て、あの時の俺は何を思っていたのだろうか。
(……ああ、思い出した。確か、なんて――)
なんて素敵な世界だろう、だ。
何とか一章完結です!
正直、途中から一回削除して書き直すか迷いましたが、読んでくれている方々のおかげでどうにかここまで書き切りました!
あれですね。プロット作らずに長編なんてやるもんじゃありませんね。
見切り発車でやったせいでいろいろグダグダになってますし……。
とりあえず、二章はプロット作って、いくらか書き溜めしてから投稿しようと思います。(当たり前だろとか言わないで)
あ、その前に一章の矛盾してそうなところの見直しとかか……どれぐらいかかるんだろ。
と、そんなわけで、しばらくは投稿できないと思います。申し訳ない。
それでは、こんなところまで読んでくださった方々、ありがとうございました! できれば、これからも暇つぶしに読んでいただけたらと思います。




