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逝くしかないじゃない!

 麻袋を開けた瞬間、目の前が真っ暗になった。


「ぐあっ!?」


 いきなり何かが顔に飛びついてきたのだ。

 混乱する暇もなく、一瞬の浮遊感と息が詰まりそうな衝撃を受ける。

 背中がものすごく痛くて、呼吸もうまくできない。しかも目が隠れているから、余計に痛みが増している気がする。

 だが、


『リン、か?』

『は・い』


 それ以上に、嬉しさがこみあげてきた。


『無事だったんだな……』

『は・い』


 何で喋れるようになっているのか、そして体の色が変わっているのか、色々と聞きたいことはある。

 それでも、今は、リンが無事だったことを喜ぼう。


『よかった、本当に』


 リンが顔から離れ、腕に落ちてくる。這うのが精いっぱいだったのにどうやって顔に飛びついたのかはわからないが、体に異常はないようだ。黒くなっていることが異常といえば異常だが、気にするほどのことでもない。

 従属のつながりから、悪いものではないことはわかっている。というか今わかった。

 今まで感じ取れなかったつながりが、リンが飛びついてきて、俺に触れた瞬間に回復したのだ。回復したというよりは、途切れかけていたものが急に強くなった感じだったが。


『ご・め・ん』

『……何に謝ってるんだ?』


 少なくとも、謝られるようなことは何もないはずだ。心配をかけたというなら、それは俺の自業自得だし、むしろこっちが謝らなければいけないような気がする。


『い・ろ・い・ろ』

『……まあ、生きててくれたらそれでいい。死んだら償いも何もできなくなる』


 話しにくいのか説明できないのか、言葉も感情もあいまいなものしか伝わってこない。

 なので、一応気にすることはないと遠回しに伝えておく。俺の感情もある程度分かるはずだし、問題はないだろう。


『か・わ・っ・た』

『? 何が』

『じ・ん』


 俺かー。

 ……まあ、変わったといえば変わったんだろうが、自分の感覚としてはいつも通りでしかないんだよな。

 在り方や性格が変わったわけでもない。ちょっと頭がすっきりした程度だ。

 嫌な予感もするし、これに関しては今は考えない方がいいな、やっぱり。早急に解き明かしたいわけでもないし。


「あれ? そういや」


 エドさんはどうしたんだ? 

 今まで一切声をかけられなかった上に、あたりを見回しても馬しかいない。

 呆れて帰られたというのは考えづらいし……。


『リン、なんか見てなかったか?』

『し・ら・な・い』


 ふむ。とりあえず、リンが無事なことが分かった以上は、ここにいてもしょうがない。サイラスさんたちのところに戻ろう。

 

『こ・れ』

『ん?』


 立ち上がると、腕の中のリンが器用にも体を触手のように伸ばして、麻袋をさす。それはさっきまでリンが入っていたものだ。

 随分気に入ってるな。

 

『これでいいか?』


 麻袋の口を広げて、リンを中に入れる。どうでもいいけど、弾力のある液体って不思議な感じだな。ゼリーみたいな感触でもないから余計に。


『あ・り・が・と・う』

『ん。それじゃ行くか』


 それなりの重さの麻袋を担ぎ上げ、馬小屋から出る。


「ドン!」

「うおっとお!?」


 その瞬間、いきなり横から耳元で叫ばれた。

 びっくりした! 超びっくりした! 危うくリン落とすところだった! 何してくれてんだこの人!


「何やってんですかサイラスさん!?」

「何って、驚かせようと思って」

「ふざけんな!」


 心臓止まるかと思ったわ! っていうか完全にガキのいたずらじゃねーか、下らないから余計にむかつくやつだぞこれ!

 

「そもそも何でサイラスさんがここにいるんですか」


 俺が見たときはまだ竜の相手をしていたはずだ。あの状況からてこずるとは思ってないが、死体の処理とかどうしたんだろうか。


「まあ、それは置いといて」

「置いとかないでください」

「とりあえず早く戻るぞ」

「率先して無駄なことしたのあなたですよね?」

「みんな待ってるからな。エドたちも含めて」

「あっれ~? この人が話してるの空の上にだったかな~?」


 いつも以上に、何一つこっちの話を聞かずに笑顔でごり押ししてくる。せっかく戦ってるの見てちょっと見直してたのに台無しだ。

 そもそもなんで皆が待ってるのか。戦後処理に俺がいる必要ないよな?


「ほれ、行くぞ」

「あ」


 肩に担いでいた麻袋を強引に奪い取り、さっさと歩いて行くサイラスさん。

 結局疑問に答えてくれなかったなあの人。しかも笑顔、か。……ああ、嫌な予感がする。

 しかし、俺に拒否する権利もなく、渋々ついて行くことにな――いや、歩くの早いですサイラスさん。おいてかないで。



 ---------


 

 早歩き(というかほぼ走ってた)でサイラスさんの後を追っていると、だんだん騎士団の人たちの姿が見えて来た。その時、ふと違和感を抱いた。

 全員、ちょっと様子がおかしいのだ。

 鎧を身に着けているのはいい。さっきまで竜と戦っていたから、それは当たり前だ。

 ただ、顔つきや緊張感が……なんというか、いかにもこれから戦闘をしますという雰囲気をまとわせている。もう竜との戦闘は終わったはずなのに。


「来たか」

「団長、連れてきました」


 内心で首をかしげていると、団長さんがこちらに気づいて声をかけて来た。今の言葉と団長さんの目がこっちを向いてることから、本当に俺のことを待っていたらしい。

 なぜにそんなことを。


「さて、なぜ君がここに呼ばれたかはわかるか?」

「わかりません」

「本当に?」


 いや、本当にって言われても……。

 少なくとも、俺が同行しなければいけないようなことは、レベル上げと魔物のテイムを除いてここに存在しないはずだ。逆に言うと、その二つに関係することなら俺がついて行かなければならない。

 でも、この人数でわざわざ俺のレベル上げを手伝ってくれる、なんてことはないだろう。むしろ効率が悪くなりそうだ。

 なら魔物のテイムかと言われたら、それも同様に大勢の人員を集める必要はない。

 この人数が出て、なおかつ俺に関係することがあるとすれば……オークか? そういえば、確かここに来る前、オークの群れのことを団長に報告しろって言われたな。

 それを言ったのがサイラスさんで、本来俺たちの後にキャンプに到着するはずだったその人は、竜が出たためかはわからないが、すぐに帰ってきた。

 つまり、団長さんにもう報告は言ってるわけだ。

 そこからこの人数と考えると確かにつじつまは合う。合うのだが……竜の相手をした後に、すぐにオーク狩りとかありえるのか?


「見当はついたかね」

「……まさかとは思いますが、オーク狩りですか?」

「ふむ」


 恐る恐る聞いてみると、団長さんは一つ頷いて、笑みを浮かべる。


「やはり君は頭がいい」


 おう、まさかの予想的中だよ。

 どんな体力してんだこの人たち。頑丈とかそういうレベルじゃねーだろ。俺なんて、ほとんど何もしてなくても相当疲れてるのに。


「そろそろ準備も終わるころだ」


 団長さんは、俺の後ろを指さしながらそういった。

 振り返ってみてみると、馬小屋の方から十数頭の馬が引かれてきていた。

 その馬たちはおそらく荷馬車であろうものにつなげられていく。あれには遠征用の物資が入っているのだろう。


「ああ、君にはあれに乗ってもらう」

「……え?」

「なるべく早く行きたいのでな。あれに乗ってもらうのが一番早いと思うのだが」


 団長さん? 

 俺が驚いているのは荷馬車に乗っけられることじゃなくて、俺もついて行くことが当然であるかのように話が進められていることなんですが。


「ちなみに、今から行ってどれぐらいで着くんですか?」

「五時間ほどか。そこから一日かけてオークたちの駆除をすることになる」

「まってください、スケジュールおかしいでしょう」


 人間がこなせる量じゃないと思います。しかも万全な状態ならともかく、さっき竜と戦ったばっかですよね? あまり戦えなかったから欲求不満とかバカみたいなこと言いませんよね?

 しかし、俺の言葉は届かない。


「結局竜はサイラスに取られてしまったからな。まだ全員体は動かしたりないだろう?」

「「「「はい!」」」」


 わーおぅ……バカとか言ってすみませんでしたー……。

 とりあえず、今わかったことが二つ。

 オークを利用して俺のレベル上げもしようと思っていること、そして、どうやってもここから逃げ出せそうにないこと。


「それじゃ、乗ってくれ」


 だって、団長さんが笑顔で荷馬車を指さしてるんだもの。


「安心しろ、お前には安全にレベル上げしてもらうつもりだから」


 サイラスさんが楽しそうに背中を叩いてくるんだもの。


「お前ら、今度はサイラスさんに獲物とられないようにしろよ!」

「「「「おう!」」」」


 騎士団の皆さんがものすごく気合い入れてるんだもの。


 逝くしかないじゃない!


 心の中で、このネタ前にもやったなあと思いつつ、俺はいつの間にかリンとグリーンウルフが乗せられていた荷馬車に乗り込んだ。

 ちなみに、エドさんたちは自分たちの馬で行くらしく、外から手を振られた。売られていく子牛を見るような目をしていたのが、なんとも印象に残っていた。

 

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